弟子にしてください
――龍族。
ククル・クラーヴァと名乗った少女は、自分のことをそう称した。
つまり、先ほど僕を襲ったのは、この子が変身したドラゴンだった、と。
理由は分からないが、そういうことらしい。
ここが異世界だというなら異種族とかいてもおかしくはないのかもしれないが、まさかいきなり襲われてしまうとは。
なんて不運な出会いだ。
「でも、何で僕を襲ったの?」
「はわっ……そ、そそ、それは、本当にすみませんでした……っ!」
単純に気になったことを質問しただけなのに、ククルは更に深く頭を下げる。もう既に、おでこが地面に触れてしまっていた。
まあ、正直かなり驚いたし死ぬかと思ったけど、何とか無事で済んだわけで。
ここまで反省して謝っている相手に、必要以上の怒りをぶつけることはさすがに気が引けた。
とはいえ、もちろん最終判断は理由を聞いてからではあるが。
「いや、怒ってるんじゃなくて。ただ理由を知りたいだけなんだ。突然襲われて、びっくりしちゃったから」
「あ、う……すみません。えっと、見ての通り、私はすごく気が弱いんです。それはもう、すごくすごく弱いんです」
ククルは頭を上げ、それでもまだ申し訳なさそうな表情で説明を始める。
僕はククルのすぐ近くで腰を下ろし、耳を傾けた。
「でも、龍族っていうのは強さを重要視している種族なんです。戦闘面はもちろん、心も強くないといけないんです。私みたいに、すぐ泣いたり、すぐ土下座したり、すぐ慌てたり……そんなのばかりだと、どうしても龍族の中で落ちこぼれと言われて。それが、悔しくて、悲しくて……」
言葉の途中で徐々に俯いていき、やがて一滴の涙が地面にシミを作る。
正真正銘、別の世界に生きていた普通の人間である僕には、龍族のことなど詳しくは分からないけど。
そんなに強いことって大事なのだろうか。
こうして少し話をしているだけでも分かる。ククルは、間違いなく――こんなに心優しい子だというのに。
「だから、強くなりたかったんです。どうしたら強くなれるのか考えて、どうすれば認めてもらえるのか考えて……知らない人間の方を相手にしても、ちゃんと戦えるようになれば……って」
それで、偶然近くに無防備で眠っている僕がいたから標的にした、ということか。
僕からしてみればかなり強かったし、普通に戦えていたような気がするが。
本人にとっては、今のですら納得はいっていないのだろう。
表情と、次に発せられた言葉がそれを物語っていた。
「ドラゴンの姿になれば大丈夫かと思ったんですが、やっぱりだめですね……。どうしても手が震えてしまいます。他の龍族のみんななら、もっと上手く戦って、あんな無様に落下なんてしないはずです。一人の人間に簡単に負けているようじゃ龍族失格だ……って、また笑われちゃいますね……」
そうして、ククルは力なく笑う。
人間とドラゴンでは、当然力の差なんて歴然だ。
きっと龍族という種族に於いて、人間に敗北するというのはかなり恥ずべき状態なのかもしれない。
「そんなことない。強かったよ、ククルは。実際に戦った僕が保証する」
「え、あ、そんな……あ、ありがとうございます」
僕の嘘偽りない言葉に、ククルは照れたように頬を朱に染める。
勝てたのが奇跡みたいな感じだし、龍族の常識では知らないけど間違いなく弱くなんてない。
何より、強くなりたいと自分で思えた時点で、それすら思えない人より何倍も遥かに強いのだから。
「あの、名前を教えてもらってもいいですか?」
「名前? 僕は、藍都……じゃなくて、えっと……」
唐突に名を問われ、僕は思わず口ごもる。
どうしよう。
ククルもそうだったが、ここは異世界なのだしやっぱり名前はカタカナのほうがいいのだろうか。
考えろ。
いくら底辺と言えど、僕も一応物書きの端くれなのだ。
自分の名前くらい、即興で考えることなど造作もないはず。
「僕は――リオン・ベスティア」
笑顔で、そう名乗った。
リオンは本名で、ベスティアは適当にスペイン語から取った。
理由も意味も特にない。
「リオン、さん……。すごいですね、リオンさんは。自分より何倍も大きなドラゴンと戦って、それで勝ってしまうんですから。私なら震えて怖気づいて、きっと無理だと思います」
若干はにかみながら、ククルは微笑む。
僕も凄まじく怖かったくらいなのだが、ククルの目には違うように映っていたのかな。
少なくとも、そんな完璧な勝利ではなかったような気がする。
などと心の中で思っていると、不意にククルは身を乗り出す。
そして僕の両手を握り、言い放つ。
「私を、弟子にしてください……っ! 私もリオンさんのように、強くかっこよくなりたいんですっ!」
「……は、はあっ!?」
思わず、素っ頓狂な叫び声をあげる。
弟子にしてくれと言われても、教えられることなんて何もないし。
そもそも、僕は強くもかっこよくもないと思うのだが……ちゃんと僕のことを見えているのだろうか。
「いや、買い被りだよ。僕はククルが思ってるような人じゃ……」
「そんなことないです! ただ逃げているだけのように見せかけて、実は攻撃を仕掛ける隙を見極めていたんですよね? 強いだけでなく、とても頭もよくてすごいと思います!」
「だ、だから、それもほんとに逃げてただけで」
「それに、負けた相手を気遣う優しさも持っていて、本当に強い人というのはこういう人のことを言うんだなって少し勉強になりました。これからも、リオンさんの近くで色々と教えていただけると嬉しいです」
「ち、違っ」
「私にはもう、リオンさんしかいないんです。リオンさんみたいに強く、賢く、優しく、もっと強くなりたいんです。お願いしますっ!」
「あの、ほんと、とにかく聞いてっ!?」
だめだ。瞳を輝かせ、こちらの話が全く耳に入っていない。
かなり心が弱いと言っていたが、その割にはすごく押しが強くてびっくりだ。
強くもないし、頭はどちらかと言うと悪いほうだと思うし、別に大して優しいわけでもないし、完全に誤解されてしまった。
「にししー。観念したほうがいいぞー、ご主人ー」
「ええ……」
楽しそうに筆が言い、僕は苦笑するしかない。
ここまで盲信されてしまっては、その誤解を解くことも大変そうだ。
でもまあ、一緒にいれば僕が思ったような人物じゃないことはすぐに分かるだろう。
だったら、それまでの辛抱か。
「幻滅するかもしれないよ……?」
「そんなの、するわけないですよ。心の底から、リオンさんのことを尊敬してます」
「尊敬って……。あーもう、分かった。じゃあ、よろしくね」
「はいっ! ありがとうございますっ!」
こうして。
僕に、龍族の弟子ができた。
何でこうなった……。