思い出、覚えていますか?
掌編小説です。一話完結です。
窓辺にちいさな時計が置いてある。チクタク、と小気味のいい音を刻み、時刻を知らせる。
晴れの日も、雨の日も、ときに雪が降ろうとも。
そんなある日、その時計がなくなった。
ベッドの床に落ちたのかなと思って探したけど、どうやら違う。
窓辺には一枚のメッセージカードが置いてあった。
「時計は頂戴しました。返してほしかったら、ちゃんと学校にきてください。遅刻ばっかりは許しません」
その字は、僕の知る限り、幼馴染のイツカのものだった。
どうしてそんなまどろっこしいことを、苛立ちが先立った。
朝食をすませると、お母さんが近寄ってきていう。
「あんた、また遅刻。ちゃんと学校いかないと、留年になっちゃうわよ」
「わかってる」
愛想もなく答えたぼくに、お母さんはまだなにか言いたげだ。
「イツカちゃん来てたわ。あの子が来るなんて珍しい。あんたももっと早く起きてたら会えたのにねぇ」
「うるさい」
含みのある言い方がまた癪にさわる。
ろくに反論もできないくせに、意地を張るのは一丁前だった。
昼休みの学校に到着。
席につくと、四方から弁当のヤな臭いが鼻をつく。
そんな当たり前と同じく、窓辺にはイツカが腰かけている。さっきまで友達と談笑していたのに、
「ごめん。アイツに喝いれないと」
とかいって友達のところから僕のところへ、悠然と闊歩してくるではないか。
「はいこれ」
「どうして返してくれるの? ぼく、また遅刻したんだよ」
「遅刻だけど、ちゃんと学校に来たじゃない。それで十分」
意味の分からない理屈だけど、時計を返してくれたことに、ほっと胸をなでおろす。
小さな時計には、僕とイツカの思い出が刻まれている。
五年前、僕たちがまだ小学生だったころ。なけなしのお小遣いを足し合わせ、百均で買った思い出の品。あれから僕たちはずっと長い付き合いだ。
「これからも、毎日学校来なさいよ。そしたら、その時計ずっとあんたが持ってていいから」
イツカは直情的で、いつも支離滅裂なことをいう。
今回も例にもれず、イツカの気持ちばかりが優先された。
でも、そんなのはもう嫌だ。
ぼくは、僕の気持ちでちゃんと伝えないと。
「わかった。だから、僕が卒業までここに通ったら、君にこの時計をプレゼントする!」
「はぁ?! なにいってんの! いらないって、こんなガラクタ!!」
にわかに騒ぎ立つ教室、今は関係ない。
「ちゃんと僕の気持ちを聞いてほしい! 君に迷惑かけたこと、いま謝る。ごめん! それから、この時計ずっと僕が持っててごめん!」
感情の奔流に流されまいと、必死に歯を食いしばる。
こんなところで泣いちゃだめだと思った。
イツカがこの時計を大切にしてたこと、僕は知っていた。
だからこそ、ぼくたちの心は通じ合えた。喧嘩の方が多くて、笑ったときのほうが少なかったけど、僕はそれでも嬉しかった。
でも、最後には結末を知るときがすぐに来る。
友情か恋か、どちらも定かじゃない。だから、ぼくたちは苦しんでいるんだ。
「じゃあ、そのちっちゃい時計の思い出、ちゃんと覚えてる?」
顔は赤く、イツカは震える声で問う。
「うん」
僕は、力強く頷けたのかな。