武器商人と人狼
物語…風にはしたのですが、個人的な人狼のイメージをぶっこんだだけです。はい、あと魔女についてもちょっとだけ。
「武器商人と小鬼」というのも書いているので、若干続編になるのかな?
評価等々してくれると嬉しかったり…
『人狼という魔物がいる。彼らは姿を狼の獣人と人間に変わることができる出鱈目な存在である。そのため、人間社会にも紛れ込んでいる可能性があるが、優れた知能と身体能力を持っており、対話も可能と言われている。しかし、人間を喰らうこともあり、極力関わるべきではないだろう。また、人狼独自の信仰が確認されており、魔女を敵視する傾向がある』
美女マゼンタ・ディラ・セカンドは自分の背丈ほどある脚立の1番上に座って読書中、不意に視線を感じて本を閉じる。すると、その下から見上げていた美男シアン・ディラ・セブンと目が合う。
「姐さん…何してんすか?」
シアンの少しばかり不審げな声にマゼンタはしばらく何か考えた後、妖艶な笑顔を見せる。
「サボり?」
「姐さん!」
シアンの顔が若干赤くなれば、マゼンタも可笑しそうに目を細めた。
「だって、お掃除疲れるしお寿司」
「何言ってんすか?」
「本当にな」
「社長が帰ってくるまでの間に店を綺麗にしなきゃマズいっすよ!」
そう言って、シアンはマゼンタに布はたきを突きつけると、マゼンタはそれらから目を逸らし、掃除しなければならない店内を見渡した。
店内は天井が高く、広い敷地には無数の武具が並び、壁には並の冒険者では借金しても買えなさそうな一品達が飾られていた。そして、それら全ての状態は良好で、埃1つ見えなかった。
そこでマゼンタは改めてシアンを見る。
「必要?」
「もちろんす!」
(潔癖症め…いや…)
「社長が帰ってくるんすよ!なるべく綺麗にすべきじゃないっすか!」
(張り切ってる理由はそれか)
マゼンタは立ち上がると、ひょいと脚立から飛び降りる。しかしその美しき身体はあまりに自然の摂理に反した遅さで床に到達する。
「シアン」
「何すか?」
マゼンタはシアンに近づき、すれ違い様に耳元で口を開く。
「愛いやつ」
「んなっ…」
シアンがたちまち顔を紅潮させるが、マゼンタは一切振り返らず涼しげに笑った。
「どれ、恋する青年の手助けをしてやろう」
「ちょ、違っ!」
「気にするな。私の自己満足だ、が…どうやら客のようだ。先に客の相手をせねばなるまい」
店の入り口につけていたドアベルが気持ちよく鳴り、屈強な壮年の男が姿を見せる。
「「いらっしゃいませ」」
ーーーーーーー
「銀の弾丸が欲しい」
店に来た男の注文にマゼンタは渋い顔をする。
「あー、在庫を確認しますので、少々お待ちください。シアーン、銀の弾丸見てきて」
「ただ今」
マゼンタはシアンに店の奥にあるカウンターのさらに奥の倉庫に向かわせると、男をそのカウンターまで案内する。そしてマゼンタはカウンターの中に入り、男に微笑む。
「一応、取扱許可証をご提示いただけますか?」
男は懐から1枚のカードを取り出して、カウンターの上に置いた。それを確認したマゼンタはシアンの消えた方を見るが、そこそこ大きな物音を立てるばかりで戻って来る気配がなかった。
「申し訳ありません。多分、在庫はあると思うのですが、特定魔物討伐者の方が訪れることが珍しいことですので」
マゼンタが申し訳なさそうに頭を下げると、男は苦笑して手を振る。そうして沈黙が訪れた。
「「………」」
そんな中、シアンは未だに銀の弾丸を探し続けていた。そして10秒ほど続いた沈黙を破ったのはマゼンタだった。
「悪魔狩りですか?」
「え?……ああ、いえその…」
男はなぜか言い淀んだ。さらには顔に緊張が見られ、マゼンタはすぐにこの男の性格を読んだ。その上で男から出てくる言葉を待った。
「じ、人狼、です。はい」
「人狼、ですか。それはまた…凄腕なんですね」
「い、いえ、そんな…ハハハッ…」
「狙撃ですか?」
そう言ってマゼンタは色っぽく長銃を構えるフリをすると、男は赤面して俯いた。
「ええまぁ…ハハハッ」
マゼンタは男の頭を撃ってみるも、自分が構えた長銃に目を落として、すぐさま在庫リストを頭に展開する。
(拳銃なら売りつけられたけど、長銃は扱ってなかったか…)
そこでマゼンタはふとした疑問を投げた。
「長銃を取り扱ってないので、メンテナンスとかもできないのですが…」
「あっいえ、そういうのは大丈夫ですはい」
「…もしかして外からいらした方ですか?」
「え?確かに今日この街に来たところですが、何か…マズかったですか?」
マゼンタが疑問に思ったのには根拠があった。
「いえいえ、この街に人狼狩りはいませんから。一応、よその武具店も長銃を取り扱ってなかったり、銀の弾丸を在庫として確保してなかったりするかもしれません」
それを聞いた男は意外そうな顔をする。
「えっと…協会からこの辺に多数の人狼の目撃情報があったと…」
「ああそれは」
マゼンタが言葉を続けようとした瞬間、
「ありました!しかも意外と多いっす!」
遮るようにシアンの声が店内に響く。
「純度50%が50発、100が20発っす!」
奥の倉庫から聞こえる嬉々とした声にマゼンタは苦笑して男を見る。
「だ、そうですが…いくつお求めですか?」
「じゃあ…えっと、50を10。100を5で。支払いは協会の方に…」
「シアン、50を10、100を5だ」
「50、10。100、5。了解っす」
「それでは会員証を」
「あっ、これで」
「確認しました。少々お待ちください」
今度は沈黙もなく、シアンが到着した。しかし、小箱を持ってきたシアンはマゼンタの隣に立つなり、首を傾げた。
「随分少ないんすけど、こんだけで怪物倒せるんすか?」
シアンは小箱をカウンターに置いたが、すぐにマゼンタに頭を叩かれる。一方で男は小箱の中を確認すると満足そうに頷き、シアンに柔和な笑みを見せる。
「えっと、僕は長銃使いだからね。人狼の頭を遠くから一撃で仕留められれば、問題ないよ。人狼相手に狙撃を失敗した場合の対抗手段もないしね」
「ああ、人狼っすか。確かに近距離戦闘は無茶っすよね。あれにまともに戦って勝てるのは剣聖様くらいっすから………じゃあ、撤退用に消臭玉とかいかがっすかね?又は撃退用の腐臭玉とか」
「悪いね。手持ちにあるんだ」
「そっすか…」
「ええ、ではまた機会があれば」
(シアンとは普通に話せるのか…)
男はヘコヘコと頭を下げた後、踵を返して店を出ようと歩き出す。
「即金じゃないんすね」
「ま、銀の弾丸高いからな。現金持ち歩くにはリスクが高い。結果的に儲かるなら私は構わんよ。それにしても…」
男に聞こえないように話していたマゼンタは眉を一瞬だけ動かして、ドアに手をかけた男の背中を睨みつける。
(もう遅いか)
男がドアを開け、ドアベルが鳴る。すると、次の瞬間には男が吹っ飛んだ。
ーーーーーーー
吹っ飛んだ男は店内の中央に展示されていた鎧の数々をなぎ倒したところで仰向けに倒れた。
「ななななななななっ…何すか!」
金属製の鎧兜が甲高い音を鳴らして転がる中、まず反応したのはシアンだった。しかしシアンは慌ててカウンターに足をかけて飛び越えようとするが、マゼンタによって制止される。
「ちょ、姐さ」
「来るか…」
完全に不意打ちを食らった男はすぐに起き上がり、ドアも吹っ飛んだ入り口を見る。そこには女が立っていて、男を睨みつけていた。
「人狼狩り…!同胞の仇!」
女はそれだけ叫んで低い姿勢をとると、全身が肥大し始め、灰色の毛が生え、牙や耳、口先すらもとても人間ではない姿へと変貌を遂げていく。
「くっ…!」
男は慌てた様子で懐から拳銃を持ち出すが、拳銃を構える頃には女…人狼の姿が消え、一瞬で間合いを詰めると、男の伸ばした腕を鋭い爪で斬り飛ばした。
「シネ。ソシテ同胞ニ詫ビテコイ」
留めは図太くなった右腕で心臓を一突き。男は容易く死んでしまった。
(相変わらず獣臭いな)
マゼンタはそれらを見て溜息を漏らす。一方のシアンはカウンターまで飛び散ってきた血に腰を抜かした。
「あね姐さん、逃げないと…」
「そうだな。ただ、人狼から逃げられたケースは少ないぞ?あの人狼狩りも狙撃に失敗したら勝ち目なしと言っていたではないか。奴らは嗅覚も聴覚も人間より優れている。連中ほど追跡に適した存在もいないだろうな」
「じゃあどうしたら…」
「まぁお前はそこで丸まっていろ」
マゼンタはシアンを残してカウンターを出る。すると、すぐに人狼と目があった。
「派手にやったな。言葉は通じるよな?」
「オ前ハ?」
マゼンタは血で濡れた床を歩き、人狼の前まで行けば、涼しげな笑みを見せた。
「小さな社長に命じられ、ここの店主を任されたマゼンタ・ディラ・セカンドだ。まったく、閑古鳥が鳴く中でようやく訪れ、顧客になりそうだった男を私怨で殺すとは。入り口もぶっ壊されたし…大損失だよ」
「オ前モ、我ラニ仇ナス者カ?」
人狼が長く鋭い爪をマゼンタの首筋に突きつける。しかしマゼンタは表情を崩さない。
「いやいや?私は、いや…私もただの武器商人だよ。確かに彼には君達が忌む銀の弾丸を提供したが、特別彼の肩を持つつもりはない。君が望むのなら、お金次第で武器を提供しよう」
「同族ノ死ニ何モ感ジナイノカ?」
「集団意識が強い人狼には理解できないさ」
マゼンタは爪を避けてその場にしゃがみ、そこに転がっている男だった肉塊が着る服の懐から財布と小箱を回収する。
「おそらくだが、君はよそからこの人狼狩りを追いかけてきたのだろう?大方、この男に群れを全滅させられたか」
「マダ私ガ生キテイル!全滅デハナイ!」
「そりゃ失礼」
マゼンタは立ち上がって、小箱をカウンターの方に向かって投げる。そして財布の中身を確認するが、すぐに肉塊の上に捨てる。
「修繕費の回収は出来ないか…さて、後始末はしてやるから、ここを立ち去ることをお勧めしよう」
マゼンタが人狼の後ろを指差した。人狼もそちらを見れば、先の戦闘によって生じた物音に集まってきた野次馬達がいた。しかし人狼は自分に向けられた恐怖の視線に鼻で笑う。
「コノ街ニハ人狼狩リハイナイノダロウ?何ヲ恐レル必要ガアロウカ」
「なるほど、聞いていたのか。なら、尚更立ち去りたまえ」
「何?」
人狼が首をかしげるや否や、無意識に人狼の毛が逆立つ。人狼の中にある危機感が突然警鐘を鳴らし始めた。
「あの人狼狩りには伝え忘れたが、この街に人狼狩りがいない理由はだな」
マゼンタは野次馬の中で何人かに目星をつけ、人狼に笑いかける。
「この街自体が人狼の縄張りだからだよ。だから自分達を殺そうとする人狼狩りがこの街には存在しないのさ。目撃情報だけが多いのはそのためだろうな。ほら、後ろに何人か同族が紛れているぞ」
人狼はわかりやすく動揺して振り返ると、いくつかの特異な視線と目が合った。
「君達はあれだろう?集団意識が高いために縄張りに無断で入ってきた者には容赦しないのだろう?復讐が終わったのなら、すぐに森なり山なりに帰った方がいい」
「人間トノ共生ニ成功シタ群レカ…ソウサセテモラウガ…」
人狼はマゼンタの方に振り返り、身震いを1度した後、その大きな口をギュッと閉じた。
「それならいい。これ以上は店を荒らしてくれるなよ。後片付けが面倒だ」
そう言ってマゼンタは踵を返してカウンターに戻り始める。すると、カウンターからはシアンが心配そうに頭を出していたため、その何とも情けない顔にマゼンタは苦笑した。しかしシアンの顔がすぐに恐怖に歪む。
「姐さん!」
なぜかシアンは怯えた顔をして、マゼンタの真後ろを指差して叫ぶので、マゼンタは笑顔のまま振り返る。
『憎き魔女の匂いに気付かぬとでも思ったか!』
マゼンタが振り返った時にはすでに人狼が強靭な腕を振り下ろしていた。
ーーーーーーーー
「それでは人狼狩りと野良の人狼が刺し違えたということで処理いたしますが、よろしいですか?……マゼンタ殿」
騒ぎを聞きつけた衛兵が店に辿り着いた時、事態はすでに収束していた。
「ああ、人狼狩りには感謝しかないよ。命がけで私を守ってくれたのだから」
店の外に運び出されていく死体は2つ。人狼に殺された人狼狩りとその人狼である。それらを店先で見送ったマゼンタは対応している衛兵に涼しい顔をした。そこで衛兵は周囲の野次馬をチラリと確認し、マゼンタを殺気が込められた目で睨みつけた。
「貴様が死んだらどれほど嬉しいか。時の魔女め」
「いつから衛兵も獣臭くなったのだろうな。早く職務に戻りたまえ。囲むことしかできない無能め」
「はっ、失礼いたします!」
冷や汗を流した衛兵が立ち去ると、群がっていた野次馬も次から次へと立ち去っていく。その中で何人かが衛兵のような目をしてマゼンタを睨んでいたが、マゼンタは鼻を鳴らして店に戻った。
「姐さん!大丈夫っすか!」
すぐに駆け寄ってきたのは涙目のシアンだった。
「シアン、心配するくらいなら私を守ってくれ。それでは社長も振り向かんぞ?」
「うっ…善処します。はい。でも…姐さん、人狼にも勝っちゃうんすもん。何なんすかあれは?」
シアンはつい先ほどのことを思い出して震えた。すると、そんなシアンにマゼンタが抱きつく。
「ちょっ、姐さん!?」
「シアン、1ついいことを教えよう」
マゼンタはシアンの首の後ろで右手の指を鳴らす。
「魔女とは存在自体が理不尽なのだよ」
「へ?あっうわっ!?」
至る所に飛び散った血は宙で1つにまとめられた後に消え、倒れ転がっていた鎧兜の数々は元あった場所に勝手に戻り、壊れたドアすらも不自然なほど完璧に復元される。
「魔法っすか?」
「いや、魔法使いが使う魔法は世界の理に干渉する技術だが、魔女のこれは理の外にある。言うなれば奇跡だな」
「ちょっとよくわかんないっすけど」
「まぁ奇跡は理を作った神の特権だからこそ、その理に従わない魔女は魔女狩りの対象とされるわけだ」
気づけば全てが元通りになっていた。
「確かにこれは理不尽…あっ!」
シアンはマゼンタの両肩を掴んで、身体の密着を引き剥がすと、真顔で首を傾げる。
「その奇跡を使えば、掃除とか必要ないんじゃ…」
マゼンタも真顔になってしばらく沈黙を続ければ、また強引にシアンを抱き寄せる。
「無理。疲れるし。しかも、君が堕落するのは魔女であっても見過ごせない。あくまでも奇跡であることを知れ。後、少し休ませてくれ…」
そう言ってマゼンタは脚の力を抜いて、シアン諸共綺麗になった床に腰を落とした。
「お疲れ様っす」
「ああ、お疲れだよ」
マゼンタはシアンの肩で溜息をつき、シアンから離れる。するとすぐにシアンは立ち上がった。その顔は真っ赤で、マゼンタはおかしく笑うが、赤くなっていたのは顔だけではなく、すぐに笑いも引っ込んだ。
「シアン、両腕が赤いが…どうした?」
マゼンタの指摘にシアンは咄嗟に両腕を背中に隠し、決まり悪そうに苦笑する。
「実は倉庫で銀の弾丸探し終わった後から、なんか腕が痒くてっすね…自分がここまで潔癖症が進んでるとは驚きっす」
シアンは恥ずかしそうに、申し訳なさそうに俯くが、マゼンタは特別気にすることなく鼻を鳴らして笑った。
「そうか、じゃあしばらくは倉庫の在庫管理は私がやろう。それから1度身体を洗ってくるといい」
「へ?」
急なことにシアンがきょとんとすると、マゼンタは鼻を軽く摘む。
「いや何、少し臭うからついでだ。社長にも失礼だろう?」
「マジっすか!すすす、すぐに洗ってくるっす!」
社長、その言葉だけでシアンはすぐ顔にやる気が宿る。そしてシアンは慌ただしくカウンターの奥へと消えていった。
そうして残されたマゼンタは…2つの死体が転がっていた場所に仰向けに倒れた。
「シアン、君は自分の獣臭さに気づいているだろうか…」
マゼンタは瞼を閉じる。
(人狼が狩られる理由は人間にとってその存在があまりに強大で恐ろしいため。しかし、彼らほど神を愛している連中もいない。彼らが襲う人間のほとんどが魔女なのだから)
「人狼と人間、その本質は大差ないというわけだ」
瞼を開けて、マゼンタは天井に手を伸ばす。
(尤も、私がどれだけ多くの人狼に囲まれようとも…私はこうして生きているわけで、持つべきものはやはり力かな)
マゼンタは上体を起こし、以前に増して綺麗になった床を見て笑う。
「君らには同情するよ。まったく」
マゼンタはゆっくりと立ち上がって、カウンターに腰掛けると、読みかけだった本を開いた。
それからというもの、マゼンタは少女と大男が来るまでの間、元通りの日常を過ごし始めたのである。
本質的に同じなら、いずれは混ざり合う。そうして、シアン君のような何も知らない人間が生まれれば、人狼を恐れる人も時代とともにいなくなる。もしかすると、僕ら中にも人狼の血が流れているかもしれない。
人狼については「人を襲う怪物」という側面と「悪しき魔女を倒す者」という側面があり、狼が神聖視されているあたりから、どうするか迷った結果…意味不な物語となってしまった。いやはや…ファンタジーは難しいですな。