9話 幕間3・伝説のテイマー
一面の砂煙、空さえ茶色く染まったその空間がふいに色付く。
真っ先に目につくのは鮮やかな赤、すらりと細いシルエットは女のものだと見てわかる。
そしてその回りを囲むように、色とりどりの何かが歩いていた。皆、赤い女よりはるかに大きく歪な形をしている。いや、彼らと並んでいるせいで女が子供のように小さく見えてしまうのだ。
俺達は突然巻き起こった砂嵐の中で、吹き飛ばされないよう腰を落として必死に互いをささえあっていた。
そんな余裕のない状況で、どう考えても異様な集団が徐々に近づいてくる。
「ちょ、ちょっと、ねえ!ヤバいんじゃないのアレ!?」
「魔物の群れにしても妙だ、まさか…魔人…?」
仲間の一人がつぶやいた言葉に血の気が失せる。
魔人の話は各地に残っているが、どれも10年前に魔王が倒される以前のものだ。
魔王亡き今、そんな化け物に遭遇するはずはない…そうは思うが、目の前で見ている光景は昔語で聞いた魔人の襲撃の光景とよく似ていた。
「に、逃げないと」
「ねー、じっとしてたら案外気づかないで通り過ぎてくれるんじゃニャイ?」
「馬鹿!オレらからあっちが見えるのに、向こうが気づいてないわけないだろう」
そもそも身動きのとれない俺達に逃げることなどできようもない。戦うなんてなおさらだ。
こ、こうなったら玉砕覚悟で…!
わずかな逡巡の後で皆を見回し、無言で頷きあう。
思えばこのチームで何年やってきたろう。
いつ何があるかわからない冒険者という仕事をしながら、たいした怪我もなく依頼をこなせてきたのは、個々の能力もさることながらチームワークに助けられたことが大きい。
戦士のヨハンが魔物の注意をひき攻撃を防いで、剣士のオレが牽制し、後衛が弓と魔法で援護して。なにより…
「…ハンナ、いつも、その、ありがとな。オレが無茶ばっかしてきたくせに死なずにすんだのは、多分お前のおかげだ」
「はぁ!?な、なによいきなり、気持ち悪いこと言わないでよねっ」
プリーストのハンナ、隙あらば痛いツッコミを入れてくる可愛いげのない女だが、その的確な判断に何度も助けられてきた。
普段はオレもつい言い返して喧嘩になってしまうが、これで最後だと思うと伝えたいことが次々に浮かんでくる。
「いつもヒス女とか、可愛くないとか言って…悪かったな」
「な、に言ってる、のよ…それならあたしだって…」
小声でつぶやきながら何故か俯いてしまったハンナの頬は、真っ赤になっていた。
「ははーん…」
「ニャふふー」
生暖かい視線を感じて反対側を見ると、斧を担いだヨハンと弓を口許にあてたルーミがニヤニヤしている。
「お、おい何笑ってんだよ!俺達終わりかもしれないんだぞ!?今のうちに言いたいこと言っておかなきゃ、死んでも死にきれないぞ」
ちょっと怒るオレに、ヨハンは目を細めて肩をポンと叩いてきた。なんなんだよ、なんでそんな余裕そうなの?
「…おい」
「やー、そうだよな色々伝えなきゃいけないことあるよなぁ~。あ、俺はとくに言うことないから、ささ、続きをどうぞどうぞ」
「そうそう、言っちゃいニャよ。今しかないよー?ニャッヒッヒッ」
ヨハンがなんかエロい顔をして肘でつついてくる、ルーミの笑い方が気持ち悪い。なんなの、なんでこいつらこんなに楽しそうなの?オレが真剣に人生振り返ってこいつらにかける言葉を探しているのに。
「…おいってば」
「なんなんだよ、だから今までありがとうって言ってるんだろ!何を言えってんだよお前ら!」
「ほらほら、ハンナ。今言わないと人生終わっちゃうよー、がんばるニャー」
「え!?ちょっ、わ、あたしはそんなつもりじゃ…第一こんな朴念仁、なんとも思って、な…」
ルーミに引っ張られてハンナが俺の正面に移動してきた。片手で覆った顔は真っ赤だ、目線もあちこち落ち着きなく動いていて様子がおかしい、どうしたんだろう。
「おーい」
「…ハンナ?何か言いたいことがあるのか?」
「え!?いやっ、あのっ!」
「言ってくれ、どんな言葉でも受け止める。怒ったり笑ったりしないって約束する」
正面から見つめてそう伝えると、みんなが息を飲む音がした。なんだろう、あんなに砂嵐でうるさかったはずなのに、よく聞こえる。
「…あ、」
じっと目を見つめていると、ハンナの顔が耳まで赤く染まっているのがわかった。
彼女がここまで動揺するなんて珍しいことだ、何かよっぽど言いにくいことなのだろうか。
なんか俺まで緊張してきた、いったい何て言われるんだ?な、なんかハンナがすごい可愛く見える…ドキドキしてきた。
「…うっひょーパイセン見て見て、めっちゃ青春ッスよっ」
「甘酸っぱいわー」
「へ?」
聞き覚えのない声が聞こえて驚き、鼻から声が出てしまった。
なんか知らないやつが混ざってるような。
声のしたほうを振り返ると…でっかい狼と二足歩行のトカゲが立っていた。
「な、魔物か!?」
慌てて剣を引き抜いて構える、みんなも動揺しつつ武器を手に向き直っていた。
見たことのない魔物だ、しかも少し離れて背後にも、見るからに強そうな魔物がずらりと並んでいる。いったい、いつのまに。
「や、驚かすつもりはなかったんですよ、すいませんつい面白そうだったもんで」
「いいもん見させてもらったッスわー」
「だから!さっきから声かけてただろ!?」
「あれエドワード、なんかいないと思ってたらそっちにいたニャ?」
「っ…!!」
魔法使いのエドワードがなんか静かに怒っている、そういやこいつさっきまでいなかったな。
元はと言えばこいつがちょっとお花を摘みに行ったと思ったら、急に砂嵐が巻き起こって身動きが取れなくなっていたのだ。
「エドちゃん、落ち着いて。大丈夫よ貴方がいいコだってことはアタシがよぉくわかってるから」
「う…いえ、あ、ありがとう…でもちょっと離れて下さいませんか」
「え~」
エドワードの肩にしなだれかかるようにして大男が立っているのだが、なんか話し方とか雰囲気がおかしい。おねェさん、なのか?
彼(彼女?)もなにか体のあちこちに鱗が見える。
「いやいやすいませんね、オレのスキルのせいでご迷惑かけちゃったみたいで。あ、さっきの砂嵐消しておきましたから、もう大丈夫ですよ。お詫びにこの先の町ででも何か御馳走させてください」
二足歩行のトカゲがペコペコしながら謝ってきた。流暢に言葉を話してるだけでもびっくりなのだが、行動がどう見ても人間ぽい、まさか亜人の一種なのだろうか。魔物と間違って、悪いことをしてしまった。
「いえいえ、こちらこそ魔物とか言っちゃってすいません。ちょっと見慣れない種族だったもので、つい」
「パイセンは魔物だから間違ってないッスよ、でも俺たちは人間を襲うバカな魔物とは違うから、安心していいッス」
「ん?あれ、俺耳がおかしいのかな、今この狼がしゃべったような…」
「…わ、わん」
あれ?今の声…あれぇ?
トカゲさん曰く、彼と一緒にいる魔物達はみんなあるお方の使い魔とのことだ。
この数を一人のテイマーが?と疑問に思ったが、名前を聞いて納得した。
「で、伝説のテイマー…まさかこの目で見ることができるなんて。くぅっ」
驚く俺たちの中でも、特にヨハンが感激して泣き出していた。こいつ小さいころの夢テイマーだったもんな。才能なくて諦めたんだけど。
人懐っこい使い魔さん達と世間話をしているハンナとルーミの横で、優雅に座る女性。
座っているのは、地面に寝そべってなお巨大な魔物の背中の上。たしかキングフォレストベア…冒険者ギルドで話だけは聞いたことがある、最強の魔物の一種、だったはず。
「「「………」」」
オレもエドワードもヨハンも、彼女から目を離すことができなかった。
波打つように長い真っ赤な髪の間から覗く、釣り目がちな紫色の瞳。鮮やかな赤い唇、黒いドレスの胸元から溢れそうになっている胸、ウエストは細くくびれて、魅惑的という言葉がぴったりな美女だった。
そりゃ見るだろう、男なら。
「…ハンナ、はいこれ貸したげるニャ。思いっきりどうぞ」
俺たち三人は、何者かに思いっきり背後からひっぱたかれてやっと正気に戻ったのだった。