6話 どうやら転生しちゃったらしい
「おーい、そっちおさえてくれ」
「この杭はそっち、そっちの箱は副隊長の幕へ運べ。魔獣の卵は気をつけろ、重いぞ」
騎士達が手慣れた様子で天幕を組み上げていく。あれから何度目かの設営の様子を、少年の手の上で寝そべり眺めていた。忙しく働く騎士にまじって、ヤギ(俺の食事要員)が一匹、草をはんでいる。
目線を下へずらせば…短い前足が2本、その先の丸っこい手をニギニギと動かしてみる。
俺がこんな姿になって目覚めてから、多分今日で三、四日たつ。
なんでか言葉は理解できたが、人の言葉を話すことはできなかった。なので、いまだ誰とも意思の疎通はできていない。せめて動物どうしってことでヤギには伝わるといいな~と思ったのだが、それも無理らしい。何を聞いてもメーメー鳴くだけだった。
もう、色々考えても無駄だとなかばあきらめがついた。クオリティ高めの夢を見てるのかとも思ったが、この夢は寝て起きても覚めることはないのだ。
彼らと出会った時のことは全く覚えていないが、あのどろどろの何かの中にいた俺を拾ってくれたこいつのことははっきり覚えている。要するに彼らは善人、小動物に優しい人。今のところ他に選択肢もないし、彼らのお世話になっている限りは安全に過ごせそう。幸い今の俺は(見た目は)可愛らしい子猫だ、機嫌をそこねないように気を付けよう。
そういや、なんか知らんがこの長い隊列の一番後ろにはなんか俺と同時に捕縛された盗賊の一団が護送されているらしい。そいつらに先に見つからなくて良かった、何気にそこで明暗が分かれていたのかもしれない。
騎士達は隊列を組み森の中を移動し、あたりが薄暗くなってくると大きなテントのようなものをいくつか設営し、そこで休むことを繰り返していた。そうして向かう先は、どうやら「オウト」という場所らしい。
ん?帰るってことはこいつらの上司がいる所なのかな?大きい町、もしかしてオウトって、王都?
ほほぅ…訳もわからずこの世界に来てから、ずーっと森の中にいる。村とか町とかにいくというなら、ちょっと楽しみかもしれない。しかも王都、きっと素晴らしいところに違いない。その気持ちに呼応して、俺の短いしっぽが上を向きプルプルと震える。
「ジャック、何か見えたのか」
ぼーっとしていた少年が、そわそわしだした俺に気が付きそんな声をかけてくる。
俺は上を見上げた。俺を手のひらに載せてるこの少年は、クルル。ぼやけた白い髪に虎っぽい丸い耳としっぽがあり、なんでも“猫人”という種族なのだそうだ。
髪は伸び放題でもっさもさ、サイズの合わない服のせいで痩せた体がさらに細く見える。それもそのはず、兵士の一人から着替えを借りているらしい。
彼らの会話を聞いていると、どうやらこいつは瀕死の重傷を負っていたようだ。そしてそんな状態の彼が懐に隠していたのが、小さな黒い子猫。要するに、こいつは俺の命の恩人なのである。
クルルは盗賊の一味だったそうだが、ちょっと事情があってこいつ一人だけ罪状をつけないようにしたいという。
本人の意思でなかったというから、まぁ俺からしたら無罪は当然て思うんだが。どうもこの世界でも悪人が子供をくいものにする事件は多いらしい。
そんなクルルが体格のわりに大きな手で、俺の頭をそーっと撫でてくれた。しかしその気を使った触れ方でも俺の頭はぐいぐいと押され、前へ後ろへ揺れてしまう。
「ミー」
痛いと不満を訴えたつもりが、喉から出たのはやっぱり甲高い鳴き声。どう聞いても子猫のそれである。
苛立ちまぎれにクルルの指先にしがみつき、かみつこうとする。が、俺にはまだ歯がない。くっそー、アギアギ…やっぱ噛めない。
「はー、やれやれ…どっこいしょ」
クルルが寄りかかっていた木箱がギシッと音をたてて、かび臭いローブをまとった青年が座った。
金髪に茶色の目をした彼は、ライアット。クルル(と俺)を助けてくれた偉い人らしい。
耳が長くてとんがってるし、賢者様とか呼ばれてるし、ものすごい治療魔法が使える彼はエルフという種族なのだそうだ。エルフってやっぱゲームとかに出てくるあの感じであってんのかな?パッと見はひょろいあんちゃんでしかない。確かに少し顔立ちはキレイだけど。
はー、ほんと、俺違う世界に来ちゃったんだなぁ…でも感覚もあるし、あの世じゃないのは確かだ。異世界とでも言うのだろうか?それこそファンタジーなお話でしか聞いたことがない体験ばかりの数日だった。
…それはともかく、こいつが俺に“ジャック”と適当に名前をつけた犯人である。
クルルが俺を森で拾ったという話をした後、いつのまにかそう呼ばれ始めて、気が付いた時には定着していた。とりあえずジト目で睨んでおく。もうちょっとカッコいい名前が良かった。
「あと数日でそれなりの村に着く。そこで少しは休めるぞい、何を隠そうワシの住む村なんじゃ。ええとこじゃぞ~」
ほんとにこいつ見た目は若いがジジくさい、やっぱエルフってことだし実はすごい年寄なのかな。
無言で聞いているクルルに、ライアットはゆっくり説明していった。
隷属の首輪で、自分の意志に反して盗賊の一味に加担させられていたこと。それが罪に問われるかどうかは判断が難しい場合も多く、あの盗賊達の罪状にもよるらしい。
そういう時は“冒険者ギルド”というところで、鑑定というものをしてもらうのだそうだ。おお…冒険者とは、いよいよ異世界っぽい。
しかし鑑定って、壺か掛け軸みたいに人間の価値を調べる魔法だろうか?
頭上の会話に聞き耳を立てていると、どうやら鑑定とはかなりすごい技術のようだった。
なんでも、古代遺跡から出土する魔導具を使うしかないらしく、人間に対して使用すると身体能力やスキル…魔法とは別物らしいそれが使えるかどうか等がわかり、さらに悪事を働いた者だと“泥棒”“殺人者”などの経歴も文字で出てくるそうな。うへぇ。
う~ん…
それにしても、異世界ものの小説にハマっている同僚から少し聞いたことがあるが、こういう場合は俺ってもうちょっと、こう…せめて二足歩行の生き物が良かった…
戦闘能力なんざ皆無、変わった技能もない、そもそも会話すらできてねーぞ。なんかやたら眠くて一日の半分は余裕で寝てるし。女っ気もゼロじゃねーか、一応性別がメスなのはヤギ一頭だけだ。
釈然としない気分でいると話題が変わったようだ。
ここから歩いて行ける距離に小さい湖があるので、そこで順番に水浴びをするとのことだった。騎士達は天幕の設営や片付けがひと段落してから行くので、今のうちにという話である。そっか、だから今日はこんな早い時間に行軍を止めたのか。
俺はクルルの胸に抱えられながら森の小路へと向かった。