3話 目覚め
真っ暗な空間にいることに気が付いた。
何も見えないが、温かくて…落ち着く。かすかに鼓動が聞こえるようだった。
規則正しく響く鼓動に包まれながら、目を閉じる。気づけば安らかな眠りについていた。
突然目の前に一直線に光が走り、瞼を開いた。ま、まぶしい。
光りに目が眩み、腕で目を隠そうとするとなんだかヌルヌルして…生臭い。腕に何かついてるのかと思ったが、臭気は辺り一面から漂っているようだった。
ねばつくスライムみたいなものに半身が浸かっていて、身動きがとれない。目が慣れてきて気づく、光が差し込む方向を見ると巨大な目玉がこっちをじっと見下ろしていた。
「シャーッ!!」
恐怖のあまり叫び声を上げようとするが、口から出たのは空気の漏れるような音だった。ネコか蛇の威嚇のようだが、そんなことよりあれはなんだ?あの巨人はなんなんだ!?
ヌルヌルしながら後ろへ逃げようとするも、上半身を起こそうとしたら踏ん張りが利かずつるんと倒れこんでしまった。スライムのような地面(?)に顔が沈みこみ、おぼれかける。
ゴボゴボともがいていると、何かに全身をつかみあげられ、上へと持ち上げられた。喉に詰まったスライムを吐きだしながら、パニック状態でじたばたともがく。
「…なんだ、これ…?」
誰かの声が上から聞こえた。だがあまりの異常事態に俺の精神はもたなかったらしい、声の主が何者なのか理解する前に、俺の意識は途絶えていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(いったい、これは…この生き物は…)
俺の爪により真っ二つに割られた卵の中には、とても小さな何かがいた。赤黒い粘液の中で蠢いていたそれを片手でつかみ、持ち上げて凝視する。
とっさに取り出してしまったが、まさかこれは魔獣の赤ん坊なのだろうか?生きている…
ならば成体になる前に殺してしまわないと…手の中でかすかに呼吸しているそれは、血のような液体にまみれ気味悪くぬめってはいたが、まるで子猫のように見えた。バランスの悪い大きな頭の左右にちょんとついた小さな耳、短い手足に、尾が一本。
割れた卵と、その生き物とを交互に見る。小さい、いくら生まれたての赤ん坊とはいえ、魔獣にしてはあまりにも小さすぎるような…?
思考が停止しているオレの周囲で、轟音を立てる魔法の火柱が勢いを落としはじめていた。それに気づき、とっさにその生き物を服の胸元へ押し込んだ。
赤い炎が急速にしぼんでいく。俺と周囲を隔てていた罠がなぜか作動を止めたらしい。炎が消えた後も残る熱気にしっぽの先がちりちりしたが、騒がしい声で我に返る。
(なんだ、様子がおかしい…)
間髪入れず盗賊達が広間になだれこんできた、その後ろからガチャガチャという重い金属音が続いてくる。
銀色の甲冑を纏った騎士達が、剣と盾を構えてこちらを向いていた。その数は三十人をゆうに超えている。あのエンブレム、たしか…なんとかと言う王国の騎士団だ。思い出せない。
「ひるむな、かかれ!」
お頭の声に野盗達が武器を振り上げ、騎士達に襲いかかっていった。お頭がぐるりとこっちに向き直るとオレの肩をつかんだ。
「魔獣は!キマイラの卵はどうした!?早く…ッ」
俺の背後にある、割れた卵を見て絶句する。だが、その中に何もいないことにも気が付いたようだ。広間を血走った目で見渡し、魔獣の姿を探す。
「た、卵が…おい、卵が割れてるぞ!?」
「なに!?まずい、キマイラはどこだ、大盾隊!前へ!」
「魔導師隊、防護障壁を!」
騎士達も異変に気づき飛び退るように通路の奥へ撤退していく。盗賊達もおびえた顔をして逃げようとしていたが、お頭に一喝され踏みとどまった。
お頭が部屋の端へ走り低い位置の壁を蹴りつけると、その部分が腰の高さまで崩れ落ちた。オレは首をつかんでなかば投げ捨てるようにそこへ放り込まれ、背中から落ちた。どうやら抜け道があったらしい、胸元に納まっているあの小さな生き物を思い出し、片手でかばう。
オレはお頭に怒鳴られ蹴とばされながら、真っ暗な通路を走り出した。