26話 リョーシになりたい
評価入れた下さった方々、ありがとうございます!ひっそりこそこそ頑張ります!
青い空、白い雲、眩しい太陽。目の前に広がるのはどこかで見たような、さわやかな風が吹き抜ける広い草原。
目線を下ろせば、俺の肩の高さにクルルの頭が見えた。あれ、俺こんなに背高かったっけ。
「さあでかけよう、まものをけちらしてみんなをたすけるヒーローになるんだ」
ふと気づくと俺の周りには剣や斧、弓を持った鎧姿の戦士達が。クルルも柔道着みたいな服を着て、忍者っぽい覆面と籠手をつけてポーズを決めている。
「おれたちにかなうてきはいない、いくぞー!」
「おー!」
わーいわーい、やるぞー!魔物なんて軽く一捻りだー!
みんなと競うように駆け出す俺。
わー…あれ?み、みんな待って、ちょっ速いよ!置いてかないで…っ
みるみる距離が開いていき、みんなの足音とクルルのしっぽが遠ざかっていく。必死に走るが全然スピードが出ない、追い付けない。
背後が不安になってなんとなく振り向くと、そこには視界を覆うほどの魔物の群れが。
「ミャーーーー!?」
「わっ!?び、びっくりしたぁ」
は!?
な、あれ、魔物の群れは!?なんでキャシーがいて…ええ?あれえー?
混乱して頭をぐるぐる動かして周りを確認した。
人がいっぱいいてぎょっとしたが、クルルがなんか椅子の上に寝てる、隣にはなんか見覚えのある美女が…あ、黒ワンピさんだ。
そうだ、ここ食堂じゃん。
良かった、夢だったんだ。心底ほっとして、へたりと尻餅をついてしまった。
「ふーっ…ふーっ…」
…獣のような荒い呼吸音がして、俺の後ろ頭に風があたる…ま、まさか夢じゃ、ない…?
おそるおそる真後ろを振り返ると、ある意味夢であってほしいものが。あのセクハラボーイッシュの顔が目の前にあった。なんと俺は彼女の手のひらの上に座っていたのだった。
「か、かかかかか…」
ひぃっ!?なに、威嚇!?それとも笑ってんのコレ!?
「かんわぁいいいいいーっ!!」
「ミギャー!?」
もふもふもふもふ…
「あー、ちょっとシャティ?そろそろ本気でトラウマになっちゃうからぁ、やめたげてー?」
俺を顔にあてて満遍なくぐりぐりするセクハラボーイッシュをやんわり咎める黒ワンピさん、でもお願い!もちっと強めに止めてやってください!
ふう、起き抜けに酷い目にあった。でもあれが夢で良かった…
「ジャック、大丈夫か」
「なんか魂が抜けたみたいな顔してるね」
カウンターテーブルの上に座ってやっと落ち着いた俺を撫でながら、キャシーが心配してくれている。
「ごめんなさいねぇ、うちの馬鹿娘のせいよねそれ」
「うううううう撫でたい撫でたいぃ!」
「はぁ…大丈夫よ、私が抑えとくからぁ。しばらくは」
「いやしばらくじゃなくてずっと抑えといてよっ?」
黒ワンピさんの発言に訂正を求めるキャシー、いいぞもっと言え。
セクハラボーイッシュは…つーかこいつの名前ってなに?もうめんどいし、これでいっかな。
「ジャック、女将が、おかわりを」
「ミ」
ふるふると首を横にふった。もう腹いっぱいだわ。
カウンター席に並んで座っているクルル達の向いには、ややぽっちゃりしたエプロン姿の女性が笑顔で立っていた。
手を伸ばし、俺の頭から背中をゆっくり撫でてくれる。
「あんた達、主従そろって少食だねえ、でもまぁそのなりじゃ仕方ないか。早くおっきくなるんだよ」
「プルルルル…」
はー落ち着くぅ。
やっぱ男よりは女性に撫でられたほうが気持ちいいな、ソフトな感じで。喉が鳴る鳴る。
「ボクも撫でる!」
「ダメよぉ、しばらく猫禁止。この村から出禁くらいたくないでしょおー?」
「うっ」
ほっ、良かったあいつも会話ができるようになってる。
女性に撫でられるのは好きだけどこいつだけは除外しとこう。
食べすぎて寝込んでいたらしいクルルだが、俺がホットミルクを飲んでいる間になんとか立ち直ったようだ。
起きた後、俺が飯ー!と鳴き出したのを見てセクハラボーイッシュが「ジャックちゃんのためならボクお乳出るかも!」とか言い出して服を脱ごうとして店内が一時騒然となったのは忘れておこう。
店いっぱいにいた人達は、料理と酒を食い尽くすと波が去るようにいなくなった。すげぇ人数だったけど、なんかお祭りか宴会でもあったのかな?
「で。覚悟は決まったかしらぁ?大丈夫よぉ、こう見えて私ヘアカットのスキル持ってるんだから」
「えっ!?そ、そんなスキルあるんだ。んー、それなら心配ないか、じゃお願いしよっかな」
「いやいや、切るのは貴方の髪じゃないでしょおー」
へ?スキルって…なんか前に名前だけ聞いたよーな?
たしか、魔法とは別モンなんだっけ。詳しく知りたいけど…俺しゃべれないからなぁ。
せめて筆談でもできりゃ意思の疎通ができるんだけど、とりあえず看板見た限り読めない字だった。なんか形とかは英語?ぽい気もするけど、俺英語もフランス語もイタリア語も同じに見える人だしなー。
「よっし、じゃ始めるわよぉー。女将さん休憩時間なのに場所借りちゃって悪いわねー、でもすっごく助かるわぁ」
「いいよいいよ、こんな汚い店でよけりゃいつでも貸してやるから。これ使うかい?」
「ありがとぉー」
黒ワンピさんは畳んだ布を受け取りばふっと広げると、椅子に座らせたクルルに手際よく巻き付けていき、頭だけ出した状態にした。
そ、そこまで全身に巻かなくても、これじゃミイラ男じゃん。クルルも何か言えよ。
「私じつは…まぁこんなスキル持ってる時点でばれてると思うけど。将来はリョーシになりたいのよねぇ」
黒ワンピさんが腰に巻いた紐から小さな木箱をはずしながら、少し恥ずかしそうにつぶやいた。
「リョーシ!?意外だわっ」
「だよねぇ!ボクもそう思う」
「…どういう意味よ貴方達」
キャシーとセクハラボーイッシュが頷き合っているのを見て、黒ワンピさんはジト目になる。
つーか俺も意外だと思うぞ。リョーシって、漁師?猟師?どっちにしろすげえ、こんな若くてきれいな娘がなるなんてイメージできない(偏見)
でもさっき言ってたヘアカットってスキルと何の関係があるんだろ。
「マリーってすごい不器用なのに、リョーシになんかなれるの?」
「だよね!天幕ひとつ組み立てるの何時間もかかってるのに。それに未だに火打ち石も上手く付けられないんだよ?」
「うわ、思ったより酷い」
「…火打ち石なんかなくたって魔法でつけるからいいんだもんいらないもん…」
唇を動かさずブツブツ呟き見るからに落ち込んでしまった黒ワンピさん、木箱から出した華奢なハサミを右手に持ってシャキシャキと音を立て…暗い顔のままクルルの背後にゆらりと立った。
「……っ…」
布でぐるぐる巻きのクルルは助けを求めるようにキャシー達を見た後、雑談してて気づいてくれないと分かるとすがるような瞳で俺を見つめてきた。
いや、俺に助けを求められても。
シャキシャキ…
若干不安になってたんだが意外や意外、黒ワンピことマリーのハサミ捌きはなかなか堂に入ったものだった。
「へぇ、うまいもんだ。後であたしも切ってもらおうかねぇ?」
「ふふっ、女将さんならいつでも無料で切ってあげるわよぅ」
「あ!じゃボクもっ」
「貴方は200ギル」
「えーっ!?そんなに切ったらなくなっちゃう」
「そういうシステムじゃないわよ馬鹿」
200ギルってのがどのくらいの価値なのか知らないけど、お陰でこの世界の通貨単位が少しわかりそうだ。円でもドルでもないのね、やっぱ。
目の前をはらはらと落ちていく白い髪、窓から指す光を浴びて時折艶のある白銀に輝いている。よく見るとなんか不思議な色の毛だな。
ドキドキ(心拍数的に)していたクルルも、安定したハサミの音に安堵したようでほっと肩の力を抜いていた。
「ねぇ、ちょっといい?」
「なに?大丈夫よぉ、話しながらでも切れるから」
椅子一つ分離れて見てたキャシーがおずおずと声をかけると、マリーは微笑みながら応えた。なんか楽しそうに切ってるな。
「なんでこんなぐるぐる巻きにしてるの?」
あ、それ!俺も聞きたい。
女将も気になってたらしく、視線がクルルに集まった。ミイラ男か蓑虫だなこりゃ。
「あぁ、それね。つい癖で巻いちゃうのよぉ…昔から家族の髪を切らせてもらってたんだけどぉ、弟がいつも逃げようとするから」
「あ、そう…」
多分みんな同じこと考えてる、こんな姉をもった弟くん可哀相。願わくばひねくれずに育っていてくれ。
「でもお陰で気づかない内にヘアカットのスキル取れちゃっててねぇ。ギルドで初めて鑑定してもらった時に知ってびっくりしたわぁ。」
「初めての鑑定ってことは、ずいぶん早い内にスキルが身についてたのね。でも、マリーのことだからスキルは魔法強化とかだと思ってたわ」
ほうほう、そんなスキルもあんのか。そのへんもちっと詳しく。
「クルル君てこんな顔してたんだ、ちょっと見えてきたね」
感心したようなつぶやきに、皆の視線が再びクルルに集まった。
「ほんとだ。いつも目がどこにあるかよく分からなかったけど…これは、うん、まぁけっこう…アレじゃないかしら」
「あと何年かしたらいい男になるよー、これは。おばちゃんがあと十年若かったら嫁にしてもらいたいくらいだ。はっはっはっ」
おー、ほんとだ。
カウンターに肘をついてまじまじ見つめる女将さん、顎に手をあててうんうん頷いてるセクハラボーイッシュ、なんか顔赤らめながらチラ見してるキャシー。
まだ半分くらいは毛に覆われてるけど、クルルの顔は案外整っていた。目の色が薄くてつり目気味だし、むしろかっこいい系になっていきそうな顔立ちと言えよう。まだ幼い感じだけど。
…くっ、いつもならイケメン死ねと言うところだが、まぁ、まだ子供だしクルルだし許しといてやろう。フッ。俺もオトナになったものだ。
でも皆に顔をメッチャ凝視されて、本人は居心地悪そうにまごついてる。こいつ顔はいいんだから、もちょっと堂々としてたらもてそうなのに。
うーん、しかしそれにしてももったいない。
顔の目立つ位置、鼻の上らへんから左頬にかけてでかい傷跡があるのだ。ずいぶん古いようだが…そういや賢者のじいさんが、こいつ顔に怪我してたって言ってたっけ。治療したらしいのに、これだけは消せなかったんだな。
「ジャ、ジャック…オレの顔、は…おかしい、のか?」
「ミャア?」
消え入りそうな声でつぶやくクルル。おいおい。
耳聡い女将さんがそれを聞いて吹き出し、手を伸ばして俺の頭をちょんとつついた。
「あんたも兄ちゃんかっこいいって思うよねぇ?もっと自信持ちな、そんなんじゃもったいないよー」
「…う…?」
やっと会話が理解できてきたのか、クルルの目から怯えが薄れたようだ。
あぁ、そうだこいつ確か犯罪者の集団に奴隷にされてたんだっけ。今までまともな扱いを受けたことないのかもしれないな。あんな髪型でほっとかれてたくらいだし。
シャキシャキシャキ…
「ちょっと目、閉じててねぇ。前髪の仕上げ行くわよー」
マリーの声にクルルは慌ててぎゅっと目を閉じた。おい、息も止めてるぞこいつ。
「ふふっ、私じつは家族と自分以外の人の髪切るの、初めてだったのよねぇー。それに一度にこんなにたくさん切ったのも初めて、なんだか楽しいわぁ」
「へぇ、ずいぶん手慣れてると思ったけどそうだったの。やっぱりたくさん切るほうが面白い?」
「たしかに、ボクみたく短いのの毛先を少し切るより、そいつくらいボサボサな頭をスパッと切るほうがスカッとしそうではあるよね」
言いながらキャシーとシャティは口をもぐもぐさせている。手元を見れば、籠に入っていた果物を各々丸かじりしていた。
あれ、さっき昼飯食ったって言ってたよなこいつら?
「そーねぇ、やっぱり思いっきり切れるのは楽しいわよぉ。この子の髪、量があってきれいだしね。お貴族様が飼ってる原種の犬みたいな手触りぃ」
ハサミを滑らせるように動かし小気味良い音を響かせて、口許を綻ばせながら明るく答える。本当に髪を切るのが楽しいんだな。
「私の夢はねぇ…いつかお店を開きたいの。町の片隅で、建物なんか小さくても構わない。
服だけじゃない、それに合う髪型にカットしてあげて、アクセサリーとかも用意して、女の子が皆お姫様になれるような…夢を見られる場所を作りたいのよねぇ」
「へぇー、なんだか素敵なお店」
「ねぇねぇ、じゃその時はボクを雇ってよ!ボクも実はアクセサリーとか作る仕事に就きたいんだ、マリーのお店なら絶対お客さんたくさん来るしっ」
「きっ、気が早いわよ馬鹿!でも、まぁその時には考えておくわぁ」
明るい話題に花を咲かす彼女らの前で、クルルが微妙に苦しそうな顔になってきた。
おーい、息は止めなくていいんだぞー?