25話 冒険者のマリー
何度チェックしても誤字脱字が見つかる不思議(笑)
冒険者達が集まる場所にはたいがい酒場が出来る。
村、町など規模にもよるが、ギルドのないところでも冒険者が立ち寄る機会が多いならそれだけで商売はなりたつ。
ここの酒場も、客はほとんどが冒険者…余所者であった。
俗にこういう店は「冒険者酒場」とか呼ばれて一般客からは眉をひそめられることが多いが、そうそう柄の悪い奴ばかりではない。少なくとも、この国の酒場はみんな健全で良心的だった。
この国で産まれてから外国へ行ったことはないが、話を聞いている限りわざわざ外へ出ていく気にはならない。なんなら私はこの国で一生生きていくつもりでいる。
その理由は、この国が平和で豊かなことが第一。生まれた土地を離れるのが寂しいというのが第二の理由。
儲かるという意味なら到底隣国に及ばないかもしれないが、平和…これがなかなか手に入らないご時世なのだ。
私は冒険者としてそれなりのものだと自負している。
剣士のシャティとの二人パーティーだが、それゆえの身軽さと気心の知れた友達同士という安心感によりフットワークは軽い。
指命依頼があれば、城下町周辺ならすぐ駆けつけることができる…多人数のパーティーと違って移動手段が豊富なおかげで。
一般的な移動手段として、乗り合い馬車は安くて手頃だが、貸しきりにするには倍額が必要。
人気が高いから狙った日時の便に乗れなかったり、予約していても報酬を上乗せして横取りされちゃったりもする。
そもそもぎゅうぎゅうに詰めても7人くらいまでしか座れない、御者とその護衛もいるんだから体格のいい奴で4人以上のパーティーでは相当きゅうくつな思いをしなければいけない。
一日~二日で済むならそれで我慢もできるけど、一週間もそれじゃあ正直野宿と代わらない疲れが…まぁこの辺は個人差が大きいだろうけど。
貸し出し馬車はというと、さらに高い。赤字になる確率も倍増。
高額で売れる魔物素材等の確実な利益が見込めない限り、逆に足が出てしまうだろう。
あとは…あんまり乗りたくないけど荷車の大きいの。あれ、なんていう名前だっけ?
メンテナンスも使用許可も簡単だし、けっこうパーティー共有で所有してるとこも多い。
最近では組立式の屋根を作って簡易のテントとして使っている奴等も見た。何気に便利そうで、あれならちょっと欲しいかも。
商隊に護衛としてついていく場合でも、二人くらいならまず断られることはない。
ある程度知名度がついたからこそ女二人と見くびられることがなくなったのだが…護衛として三人以上ともなると、小さい商隊には断られてしまうことがある。
体格が良い上にごつい鎧を着ているとさらに渋られ、難癖をつけて依頼料を値切られたり。彼らも商品を積載量ぎりぎりまで載せたいだろうしね。
華奢で体重も軽い女二人、今まで護衛としてついた商人はみんな喜んで雇ってくれたものだ。ま、力量が証明できてなかったら性別を理由に断られたとは思うけど。
まぁ徒歩で馬車の周りを護衛するって依頼なら、かなりの人数でもまず断られないらしい。
でもその場合は超長距離を歩き続けるだけの体力と、自分達の旅の荷物をずっと背負う必要がある。寝る時も馬車の周りで野宿。
途中で休めないし、私はあんなキツいの二度とごめんだわ。
まぁともかく、大人数で移動するより二人で動くほうが楽なことが多いのだ。
ギルドの依頼では「薔薇と向日葵」と名乗ることにしている、それぞれの好きな花の名前からとってみた。
女二人のパーティーだから確かに戦力はそれほど高くない、それを理由によく他のパーティーからの勧誘を受けるが、いつも丁重にお断りしている。
私達を見て鼻の下を伸ばす男共が信用ならないのもあるが、正直二人で何も問題がないからだ。
元々身が軽くトリッキーな攻撃が得意なシャティだが、見た目によらず身体強化の魔法が得意だ。しかも器用で勘もいい…誰よりも早く魔物の群れに気づいたり、森で罠を仕掛けて獣を狩ったり。
彼女はとても優秀であった。その若さを考えると、まだまだ成長途中とも言えよう。
対して後衛の私は…攻撃魔法特化型。
身体中につけた護符、アミュレットによってさらにその威力は倍増される。
欠点として腕力体力とも並以下だが、これはもう仕方がない。強い魔法使いになりたいと願い努力し続けた結果、気がついたらこうなっていたのだ。筋トレとかは根性ないから無理。
状態異常系も補助系の魔法も使えない、だが気合と根性で身体強化魔法はなんとか会得できた。シャティにコツを習ったおかげだ、ほんとこの魔法には助けられてきた。
幸い私は五大属性の内、火、水、土に適正があった。
これはなかなか恵まれていると言える。最も、使う魔法は全部攻撃系だけども。
まぁそんな殺伐とした片寄った能力のせいで、野営時には薪に火を付けるくらいしか出来ないってのは自分でも情けないと思うけど。その分戦いで頑張っている。
今、私はギルドの指命依頼を一つ片付けて、シャティと一緒に食事をとっていた。
この村の食堂はなかなか味も値段も良く、ここへ来たら必ず寄るのが暗黙の了解になっている。ここでしか食べられない料理って訳じゃないんだけど、たまに無性に食べたくなる。不思議。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて…つい現状を忘れたくて色々思い出していたが。そろそろなんとかしないと、なんか世間体とか評判的なものがピンチだ。
目の前にいる、この、女を捨てただらけ顔の相棒を正気に戻さなくてはならない。
店内のテーブル席に座る他のパーティーの奴等が軽くひいてるし、私たちと並んでカウンター席に座っている村長の娘も苦笑いを隠さない。
「うふ、うふふふふふ、ふふふふふ…」
蕩けきった顔でよだれまで滴らしながら笑い続けている様は、普段の凛々しく快活な彼女を知る身としては正視に耐えない。
その、声を殺した忍び笑いの原因は…彼女の手のひらの上で大の字になって寝こけている一匹の子猫であった。
野生が欠片も感じられない腹を晒したこの寝姿、いくら赤んぼうとはいえありえなくない?警戒心とかないわけ?
さっきまでシャティにもみくちゃにされて嫌がって逃げようとしてたわよね、この猫…
そういえば私の弟も小さい頃よく倒れながら寝てたっけ。人も猫も、赤んぼうというものは突然気絶するように眠ってしまうのは一緒なのだろうか。
「うふっ、うふふふふ、かーわーいーいー…」
だめだ、目が完璧にイッてる。
肩を叩こうとしていた手をゆるゆると膝に下ろした。
「はぁ…これはしばらく戻ってこないわねぇ」
猫好きなのは知っていたが、ここまでだとは…
「見てられないわね。でもちょっとわかるわよ、ジャックちゃん可愛いもん」
「はぁ?ジャックぅ?誰よそれ…まさかこの猫のこと?」
村長の娘と隣の…もっさい兄ちゃんがこくこくと頷く。
なによその立派な名前、猫のくせに。
あ、でも原種の猫ならおかしくはない。そ、もし本物の原種のなら、ね。
私は知ってる、原種の子猫は全て目が青いのだ。
体毛の色に関係なく、幼少時だけの特長…原種の神秘性と稀少性もあり、その青い瞳にはマニアが多い。
そして、今そこで腹を見せていびきをかいている生き物の目は、金色だった。
確かに魔物にしては小さすぎるし、見た目の特長は原種そのもの。でもこの目の色はごまかせるものではない。
多分こいつも、ものすごい勢いで大きくなっていくだろう。そしてその内に角が生えたり牙が口からはみ出てきたり、日に日にごつく醜くなっていく。
魔物とはそういうものだ…可愛いのは一瞬の間。
その猫もどきの飼主は、村長の娘?それともこの髪もっさもさの少年だろうか?
「そういえばクルル、ジャックちゃんは登録してないの?首輪もりぼんも着けてないわよね」
「とうろく…?」
村長の娘が思い出したように聞くと、少年は何も知らないようにおうむ返しで答えた。
って、このもさもさの名前、クルル?
女の子…じゃないわよね、痩せてるけど体型が男だもん。
「貴方クルルっていうのぉ?ずいぶん可愛らしい名前ね。
ところでその猫、貴方のだった?相棒が離さなくってごめんなさいねぇ」
散々触りまくっといて今さらだが、シャティの無礼を謝っておこう。
飼い主がこんな穏やかそうな子だから良かったけど、これがお貴族様とかだったら衛兵なりなんなりに苦情が行って大変なことになっていたろう。
この村の中にいる他の猫たちは、村の皆が所有者として登録したと聞いている。
そして村の人々は旅の者が猫を触るのを全く怒らず、むしろ可愛いだろ撫でていいぞと薦めてくるのだ。ほんと珍しい村だと思う。
普通の原種じゃ、勝手に触るなんてご法度だろうに。罰則がある国もある。そんなイキモノを飼主登録してないなんて、本当なの?
まさか何も知らないとか。
「えーっとクルル、くん?
…登録っていうのはねぇ、このイキモノは私が飼っているんですって国へ申し出ておくこと。専門の受付で書類を書かなきゃいけないんだけどね。そうしておけば、万が一はぐれたり盗まれたりした時も、権利を証明できるの。
登録しておくとぉ、いざってとき少し安心できるわよ」
悪い奴はどこにでもいる。
備えておかないと、いざという時に泣くはめになるのは自分だ。
「うーん、この村にはギルドがないからねー。
パパに聞いておくから、明日にでもうちに来てみて。必要になるたび町に行くのは手間だし、うちならそういった手続きに必要になる書類いろいろ揃えてあるから…そういえばあんた、字書ける?」
「………」
村長の娘の申し出に無言で頷きかけた少年だったけど、なんか途中から口許が変だ。もじもじしてる…
字が書けない人ってけっこう多いからね。
うん…どうしよう、もしかしなくてもこの子達、この猫もどきが魔物だって気づいてないのかしら。
もし原種だと思ってるとしたら、すごいショックを受けてしまうだろうことは容易に想像がつく。
魔物は人間や原種動物と違って、何かしら他のイキモノを殺すことで魔力を取り込み、成長する。
それは魔物の種類にもよるけど、一気に体が膨れ上がり異形に変容するレベルのやつもいる。
こいつが虫を食べたりしていきなり化けものの姿に変異したら、この純粋そうな少年少女の心に深刻なトラウマを刻んでしまうだろう。私だって出来ればお目にかかりたくはない、そんな光景。
「そうだ、あんたジャックちゃんを使い魔として育てていくつもりなのよね?
だったら、最初からそっちのほうで登録しとくといいわ。
まだ戦えるレベルじゃないと思うけど『ペット』として登録して、後で『使い魔』に変更ってなると登録料が倍以上になっちゃうらしいわよ」
「と、つ…わ、わかった」
戸惑いつつ素直に頷く少年を見て村長の娘が威張るように胸を張る。
って、ちょっと待って、今なんて言ったの?使い魔?
「ね、ねぇちょっとぉ?あの猫…使い魔ってことは、貴方達これが魔物だって知ってたのぉ?」
「え?あ、そうなのよ。こんな可愛いのに信じられないわよねー」
果実水を飲みながら、いたって普通に言われた。
そ、そっか…私の取り越し苦労だったわね。
このもっさい少年はテイマーだったのか、人は見かけによらないな。獣人だからってその可能性を考えてなかったわ。
「ねえ、ちょいと。キャシーちゃんとその彼氏ちゃんっ。せっかく来たんだから何か作ってやるよ、何がいい?」
ふいにカウンターの向こうから明るく呼掛けられた。
この食堂の女将、アリン。
長い金髪を高く結い上げ、袖を肘までまくりあげてでかいフライパンを振る腕は逞しく盛り上がっている。
にかっと晴れやかな笑顔を浮かべてこっちを見ている。なんかこの笑顔見るとお腹が減る、条件反射かしら。
「彼氏じゃないわよ!でもそうね、今ちょっとだけお腹すいてるの、でもまだお昼には早いし」
「そうだねー、なら軽めに盛っとくよ」
おお、この昼前の微妙な時間にナニを食べるというの。さすが若い子、胃腸が丈夫だわ。私たちは朝食抜きだからこんな時間に食べてたのに。
壁に張り出されたメニューを指さしてあれこれ注文をつける村長の娘。
この女将はどんなわがままな客の注文にも笑顔で対処してみせる。
そこではたと気づいたらしい村長の娘が、隣に座ってぼーっとしてる少年に目をとめた。
「ねえ、あんたは?ここはなんでも作ってくれるから、何か食べたいものとか好きなもの言ってみなさいよ」
そうそう、食材がないのでもない限り注文通りのメニューを作ってくれるからね。
話しかけられ、戸惑った後で数秒間考える素振りを見せた少年は、遠慮がちにメニューを告げた。
「…芋の、皮が好きだ」
しん、と静まり返る店内。
テーブル席で大笑いしながらジョッキを傾けていた奴等も何故か声をなくしている。
「…も、もっといいもの食べない?ねえほら、シチューとかもあるのよ。肉の包焼きとか、マドレーヌっていうお菓子もおいしいの、聞いたことない?」
「しち…?き、聞いたことは、ある…」
不思議そうに呟く少年。
シチューという言葉自体を口にしたことがないような、言いなれてない感じ…
「うん!そうねっ、えっとじゃあね、がっつりと肉にしましょ。肉は、焼いたのと煮たのどっちが好き?それとも揚げる?」
「…肉…やいた、の…?いつもは、奴らに…見つかる前に、仕留めたまま、かじって…いた、が」
たどたどしく説明していく少年。店内の無言の視線が集まっていくと、ちょっと怯む様子になった。
「…あ、ライアットに会ってから、は……乾かした肉と、パンと…あれは、おいしかった」
彼は必死に思いだすようにして一生懸命しゃべっているんだけど…
さすがにことの異様さに気づいた村長の娘が目を泳がせながら呟く。
「あのさ…い、いつもはどういうのを食べてた?お芋の…実の部分、とかは食べない?」
「みのぶ、ぶ?……いつもは、草や木の皮、に…虫をとったり…川があれば、魚も…たまに…」
ああ…限界だわ。なんか泣けてきた。
「…女将、彼に定食大盛りで」
「ぐすっ…お、女将!俺からも肉の香草焼き大盛り!!早くあんちゃんに出してやってくれ!」
「シチュー特盛りで!肉多目に…うっ、まだこんな子供なのに…!お願い女将、この子が満腹になるまで食わせてやって!」
店内の人々が次々にオーダーを叫ぶと、エプロンで目元を拭っていた女将が激しく頷きながら厨房へ走った。
みんないい奴ばかりだ、だから私この村が好き。この少年はずいぶん酷い環境で育ったようだが、ここに来たならもう何も心配はいらないだろう。
テーブルにいたおっさんに肩を叩かれ、魔法使いのじいさんに頭を撫でられ、剣士の娘に抱きつかれながら、もさい頭の少年はおろおろと戸惑っていた。
草と虫が主食で、よく今まで生きて来れたわね…獣人って食いしん坊なやつばかりなのに。
あ、だめまた涙出てきた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…も、う…食えない…」
「ええ?嘘、まだちょっとしか食べてないじゃないの」
少年は食べ終えた皿に顔を埋めるように俯いてしまった。
結局店内の客のほとんどが少年に差し入れしたため、カウンターいっぱいに料理の皿が並んでいた。
そして問題の彼は、その内の一皿をかろうじて食べたところでギブアップ。
「女将さん、これって…」
「そうだねぇ、修行僧みたいな食生活してたせいで胃が小さくなっちまってんだろう。大丈夫だよ!これからは毎日腹いっぱい食わせてやるからねっ」
女将の力強い言葉に、店内の気持ちはひとつになっていた。皆うるんだ瞳に慈悲深い笑みを浮かべ、苦しそうに腹を押さえる少年を見守る。
「うふふふふふ…ふわふわぁー…ふわふわぁー…」
若干一名、まだ現実に戻ってこれてない奴がいるけど放っておこう。
「あ…」
急に何かに気がついたように少年が顔をあげた。髪の毛のせいで表情はよくわからないが、なぜか困ってるみたい。
「その…オレは、金を持って…」
おそるおそる呟いた言葉を聞いて女将が笑いだした。
「いいんだよぉ、これはここにいる皆が勝手に奢ったんだから」
「そうそう、子供が遠慮すんな。どうだ、ついでにエールも一杯?」
「うっぷ…」
大きなジョッキを持たされた少年が口を抑える。この子私より少食みたい。
「わっははは!酒は次回だな。にいちゃん、もし何か困ったことがあったら俺を頼って来いよ!」
「うちらだいたいここ周辺で魔物狩ってるからさ。金はあんまないけど、飯くらいならいつでも奢ってやるよ」
向こうにいたおっさん達が、ゴトゴトとテーブルを移動しながら胸を叩く。カウンターとくっつけてコの字型にし、大量に並んだ料理を均等に並べ替え始めた。
そうね、せっかく作ってくれたんだから残すのもったいないわよね。
皆考えることは同じらしく椅子を持ってきてテーブルを囲みだした。あ、追加注文でサラダ頼んでる娘もいる。さりげなく私も追加で果実酒を頼んでおいた。
「これはちょっとした宴会になりそうだな」
「おうよ、ほれっじい様も乾杯だ!」
「ふふっ、今日の良き出会いに乾杯」
元々みんなエールを飲んでいたこともあり、なんとなく本当に宴会になってしまった。
店内のあちこちで料理に舌鼓を打つ冒険者達。少年にからんでいたはずが、もはや酒が回ってきて意味不明な盛り上がりを見せている。会話も訳がわからない、つーかうるさいな。
明るい笑い声につられてか、外を歩いていた通行人も次々に店の中へ入ってきた。
「おー、今日って何かあったっけ?」
「さぁな、なんか知らんが楽しそうだからいいじゃねえか。女将さん俺にもエール!」
「つまみが足りないな、オレが払うから何か適当にみつくろってくれよ」
時刻はちょうどお昼時。
どこから来たのかいつの間に店内は人でぎゅうぎゅう、体の大きな牛人や狼人のグループまでいるからスペースがなくて大変なことになっていた。獣人って皆食い意地張ってるからこういう宴会には必ず姿を現すのよね。
そしてカウンターの真ん中にいたはずの私たちは、お調子者の大人達に押し退けられるようにテーブルの隅っこへ避難するはめになっていた。
「ぷはーっ、もう食べられないー」
「貴方…見た目よりずっと食べるのね。食べた分はいったいどこに…あぁ」
「な、なによ、何を人の胸ばっか見てるの!わ、若いから燃費がいいだけよ!」
「うふふふふふふー…」
大皿を一つ平らげた村長の娘、たしか名前はキャシーだったかしら?年のわりにまー立派な胸…ちょっと嫉妬。
そしてまだ夢の世界から戻ってきてないシャティだが、さりげなく料理は食べていたみたい。無意識なのかしら。片手にねこを載せてもう片手でフォークを持っている。目の前に皿がなかったらちょっと怖い光景かもしれない。
噂の薄幸少年はというと、限界を超えた量を食べたらしく椅子を二つ並べた上に横にされていた。薦められると断れない性格らしい、律儀なやつだ。たまに呻き声をあげてるから生きてはいるみたい。
「どぉ?お腹いっぱい食べた気分は」
私の問いかけに返答はない、が、右手をよろよろと上げて何か頷いてる。
なんでも、彼は今まで満腹になった経験がなかったそうなのだ。それを聞いた大人達がやっきになって食わせようとしたのは無理もない。やりすぎてるけど。
「ちょーっと食べすぎちゃったわね。無理しないで断っちゃっていいのよ?次からはそうしなさいねぇ」
「…そ、うする…」
「マリー、あんたも食べる?デザート」
目の前にぬっと差し出された焼き菓子を受けとる。
キャシーはまだ食べるつもりらしい、見れば女将が焼きたての特製マドレーヌを配って回っている、店からのサービス?さすが女将。
手元で湯気をたてるマドレーヌを軽く一口かじると、甘くふわりとした優しい食感が口の中でほどけていく。やけどしないギリギリの熱さはさすがという他ない。
「出来立ては違うわねぇ、どう?貴方も一口」
私が差し出した菓子を見るなりさらに顔を青くして首を振る少年。
そんな同行者を尻目に、ぱくぱくと焼き菓子を平らげていくキャシー。いったいいくつ食べるつもりだろう。
「そういえばぁ…お嬢様ってやっぱり冒険者になるのぉ?」
「んっ、もちろんよ!」
うわぁ速答、村長かわいそう。
「あれだけ反対されてもぉ?貴方くらい家柄がよくって可愛い娘なら、どこかの貴族の嫁になったほうが楽できると思うけど」
「やだ、そんなの。パパもママも二言目にはそれ言うけど、それじゃつまんないじゃない」
「んー、つまんないと来たかー」
つい失笑が漏れる。
世の中には貴族と縁を持ちたくて悪いことする娘も多いんだけどな。家柄ってのは努力や工夫ではどうしようもないものだから。
恵まれた環境にいながら、わざわざ冒険者を選ぶとは…最近ちょっと、憧れだけでこの仕事を選び痛い目にあい幻滅して去っていく若者が多いらしいし、なんだか心配になる。私も十分若いんだけどね。
そしてもう1つ。
ちらりと横を見ると、唸りながら腹を抱え丸まっている少年。
この子も、なーんか見てて心配になるのよね。いろいろ頼りないのはもちろん、なんだか赤ちゃんみたいに見える瞬間がある。
こいつが、もしかしてお嬢様の護衛になるのかしら?一応獣人だし多少は頑強なんだろうから。
神父様の客って言ってたけど、食生活や教養の無さを考えると真っ当な親に育てられたとは思えない。多分…獣人だし、孤児か何かだったのを引き取ってきたんだろう。
お嬢様が冒険者になると公言して最近笑えない程やんちゃしまくってるから、これは村長が腹をくくったと見た。どうせ冒険者になるなら、彼女を護衛する者を育て上げて徹底的に守らせるつもりなんでしょうね。
でも、獣人としては力が弱い猫人だし一応男なのに、いいのかしら?まさかとは思うけど去勢…いやいやまさか。いくら親バカ村長でも、そこまではしないはず。
この子はテイマーみたいだし、きっと将来的に見込みがあるんだろう。
「うー…」
背中を丸めて呻いている少年。立ってても横になってても、ぼさぼさの髪のせいで顔がよくわからない。
なんていうか、ありえないわこの頭。人相云々以前に前見えないんじゃない?
苦しそうな彼と対照的に、マドレーヌをもりもり食べて他の客から喝采を浴びているキャシー。いくら若いといえ、明日あたりお腹が出て青くなることになるわよ。
改めて思い出すとこの娘には色々世話になってきた。
ちょっと猪突猛進でお馬鹿なとこもあるけど、明るくて好奇心旺盛、妙なところが世話焼きで。
「冒険者になるなら私は先輩なわけだし。ちょっとだけ、力になってあげたいとこよねぇ…」