24話 コポート村を散策してみた
誤字報告をいただきまして一部訂正いたしました、教えて下さったお方、ありがとうございます!
木の皮で編まれたらしい篭の中、果物と並んで揺られていた。
この赤い実、りんごみたいだな。
こっちの緑色の長いの、なんだろ?果物っぽい匂いはするけど。キュウリじゃないよな。
くんくん、ふがふが。
「ジャックちゃん、窮屈じゃない?そろそろ出ておいでよ。お日様があったかいわよ」
篭の中から見上げると、キャシーとクルルが俺を見下ろしていた。
「ミー」
「出るか?」
問いかけに頷くと優しく持ち上げられた。
クルルの肩にちょいと載せられ眼下を見下ろすと、なごやかな町並みが見える。よく晴れた、いい天気だ。
俺達はキャシーに村を案内してもらうことになった。
つーかシスターが渋ってたんだが、この娘、村を抜け出した罰は終わったんだろうか?
昨日はずっと自宅謹慎だったぽいけど。村長だっていうおいさんがじいさんにぶちぶち愚痴ってたの聞いたぞ。
「あんたが泊まってる教会は一番奥のほうなの。
あ、そっちの塀があるとこの先がウチよ。昨日来てたんでしょ?ジャックちゃんのことならあたしも呼んでくれたらいいのに。聞いたわよ~使い魔にするんですって、なんなのよそれ羨ましいっ」
…こいつも、俺の尻を見たら笑うのかな?
あの悪魔供のせいでちょっと疑心暗鬼かもしれない。
「まーともかく、村を案内したげるからついてきて……聞いてる?」
道沿いにたってる看板の前で立ち止まってたクルルが、はっと気づいて慌てて歩き出す。
キャシーはため息をつきつつも、村を巡りながら簡単に案内してくれた。
ここ、コポート村はごく小さい村のようだ。
でも宿屋があったり武器とかが並ぶ店があったり、キャシーいわく規模に見合わない発展した場所であるらしい。
なんか、建物なんかはレンガや木で出来た平屋ばかりだ。一階の窓の他にロフトっぽい窓があったりするけど、ちょっと二階っていうには屋根が低い。教会と村長の家だけはでっかかったけど。
この世界に二階建ての家ってあんまりないのかな。
いや、小さい村だからか?
「でもねぇ、なぜかギルドだけないのよ!村の総人口がどうとか、なんか決まりがあるらしくって。
冒険者として活動してる人もけっこういるのに!
だからあたしは、まだ冒険者登録できてないの。あのゴブリン供が邪魔しなければ隣町に行って登録できたのに」
頬を膨らませてぶーたれている、こいつ懲りてないな。
半裸に剥かれてボロ泣きしておきながら、この立ち直りの早さはたいしたもんかもしれないけど。
「そうだ、そこ薬屋さんよ。昨日会ったわよね?ダークエルフのお兄さんが開いてるお店よ、珍しい薬も扱ってるから、街からわざわざ来る人もいるんだから。
この村に名産品はとくになかったんだけど、この店が出来てからはお客さんが増えたの」
説明を聞きつつ歩く道すがら、通行人を何の気なしにに眺める。
うん、確かにけっこう人がいるな。俺のばーちゃんちがある辺りも小さい村だったけど、日中はあんま人が歩いてなかったもん。
皆畑仕事に行ったりしてて…あ、そっか、元の世界とじゃ比べる意味がないか?
辺りを歩いてるのは、何か茶色い袋かついだおっさんとか、エプロンつけて買い物バッグ下げたおばさんとか。みんな元の世界ではあまり見かけなかったような、目の粗い生地でできた渋い色の服を着ている。
キャシーとクルルに気がつくと皆笑顔で挨拶してくるし、とても和やかな雰囲気。
顔立ちは…うーん、よくわからないけど、とりあえず外国っぽい感じ。鼻が高いし、金髪茶髪が多くて全体的には白人ぽい。人間時代の俺みたいな平ったい顔のやつも見当たらない。
そういや、髪が黒い人もいないようだ。
ちらほらと犬耳や猫耳が生えた人や、肌の色が赤い人もいた。お、あそこにいる人は牛耳か?背高いな。
ふぅむ、なんか異世界って感じがする。
クルルの肩の上でキョロキョロしてたら、ずりっと前足が滑った。爪をたてようとするがやはり踏ん張りが…
ほんと、この非力っぷりどうにかしないとなぁ…
そんなことを思いながら落下する、しかしいつも通り大きな手のひらが俺を受けとめて肩の上に戻してくれた。
「危ないぞ」
いやすまん、肩の上にいるの好きなんだけど高確率で落ちるんだよね。
クルルは少し困った顔をするが、そっと頭を撫でてくれた。
前を歩いていたキャシーが、それを見て羨ましそうに口をへの字にしている。
なんだ、俺を撫でたいのか?仕方ないなぁ。
「ミー」
キャシーのほうを見ながら可愛く鳴いてやると、ぱっと明るい表情になって駆け寄ってきた。
クルルも少し背を屈めてくれて、俺は大人しく少女の手に抱っこされた。
あれ、撫でてもいいぞって言ったつもりなんだけど…まぁ抱っこでもいいか、今俺は機嫌がいいからな。
つーかこの頃不安になってきたんだけど、俺だんだん幼児退行してたりしない、よな?
この身体に合わせた行動を心掛けてる内に、頭ん中まで猫になってきて、たり…いや、まさかな。気のせいだと思いたい。
喜色満面で俺を抱いていたキャシーだが、背中を撫でて怪訝な顔になる。
「あら?なぁに、服着てるの?」
「それは…スラ…いや、寒いから、シスターが作ってくれた」
「もう春じゃない、そんなに冷えるかしら?でも、ふふっジャックちゃん似合ってるわよ」
俺を高い高いしながら、その場でくるりと回るキャシー。
そうだろ、似合うだろ。これは俺専用の手づくり、オーダーメイドみたいなもんなんだぜ。
つーかこいつ俺がズボン履いてること今気づいたのか。まぁこいつなら納得のにぶさ。
ん?そういえばこっちに来てから初めて服着たな。猫だから気にしてなかったけど、考えてみたら常に全裸だったってことに…いや、深く考えない方がいいね。
あれこれ説明を受けながら、俺達は村の中心に位置する広場へ辿り着いた。
大きな木が並ぶ横には、なんだかオープンな定食屋っぽい建物があっていい匂いが漂ってくる。
木の看板があるな。字が読めないけどスプーンとフォークが描いてあった。
「そこが、村で唯一の食堂『森の木陰亭』よ。
外から来る人達はだいたいここで食事するわね、宿屋でもご飯は作ってくれるけど、あんまり…うん、お薦めできないかな」
「?」
クルルが不思議そうに看板を見つめる。
お薦めされないお店ってわけね、宿屋のほうは。
俺らも飯食いに来ることあったらこっちにしようぜ、クルル。
キャシーに抱っこされたままクルルに視線を合わせたら、なんか頷いてるけどわかってんのかな、こいつ?
食堂の前を通りすぎる途中、大きな扉が全開に開いていて店内が丸見えになっているのが見えた。
店内は思ったより広く、木製のテーブルと椅子が何セットか並び、そこで数人かが食事を摂っている。
「ミャ!?」
うおーーー!
「ジャックちゃん、危ないわよ。急にどうしたの?」
前に身を乗り出した俺を抱き直しながらキャシーが慌てる。
俺が興奮するのも無理はないだろう、その椅子に座ってガヤガヤしてる連中は心ときめく装いをしていたのだから(俺的に)。
皮っぽい茶色の鎧に全身包まれたマッチョダンディー、鈍く光る傷だらけの胸当てをつけて剣を背負った少女、おとぎ話に出てくる魔法つかいっぽいダボッとしたワンピース…ローブ?を着たおじいさん、他多数。
うおおおおっ、めっちゃファンタジーっぽい!!
これはあれか、戦士とか武道家とか魔法つかいとか。子供時代にハマったRPGの世界だ!
そんな人達がぺちゃくちゃしゃべりながら、でかいジョッキみたいのを持って骨付き肉にかじりついている。あまりに現実離れした光景に俺の目はキラキラ、背中の毛は膨らみしっぽはピンピンである。
俺の様子を見守っていたクルルとキャシーだったが、何かに気づいたような顔をして目を見合わせた。
「…この時間て小腹すくよね」
「…こ、ばら?」
「ぺこぺこってほどじゃないけどお腹すいたって意味よ。ほんとアンタ言葉知らないわよね。
せっかくだし、おやつでも食べてかない?」
言いながらすでにキャシーは歩き出している。一瞬遅れてクルルもついてきた。
なに、おやつってここの店でスイーツとか食えるの?
近づいてくる店の風景、香ばしい薫り。
くんくん、肉の焼ける匂いがメッチャ気になる!ピザ焼くような匂いも鼻を刺激する、うう俺も何か食べたい。歯生えてないけど。
そして間近で見るとやはり目が行く鎧にローブの人々。
作り物っぽくないリアルな小汚なさに胸が高鳴る。
お、あのおっさんのズボンの膝に継ぎ接ぎが…う、うん。まぁこれこそリアル。縫い目すげぇな、これ絶対自分で縫ったんだろ。
気を取り直して回りを見回す。
ふむふむ、だいたいがグループで食っててお一人様はいない、と。
いや、よく見たらお一人様もいる。なんでか存在感がない奴がカウンターの隅でちびちび酒飲んでるな。雰囲気が違う、黒いオーラが漂ってる。女にでもフラれたか。
おお、あっちのテーブルのグループに犬耳のおねいさんが!しっぽもある!
「あら、キャシーじゃない。なぁにその子、彼氏ぃ?」
「はぁ!?そ、そんなわけないでしょ!バカ言わないでよっ」
カウンターに座っていた二人組がキャシーにきさくに話しかけ、怒られた。気のせいかもしれないがキャシーのほっぺたがほんのり赤い。
そしてやっぱりクルルは…全く動じてない、無表情だ。多分理解できてないよコレ。
「ほんとにぃー?なんだか仲良さげじゃない、おねいさんにも紹介してよ」
にやにやしながらクルルを眺めているのは、黒いワンピースにじゃらじゃらとアクセサリーを付けたロングヘアーの女性。なかなかの美人さんだ。
一緒に座っているのが髪の短いボーイッシュな感じのかわいい娘なので、並んで座ってるとなんとも目に嬉しい。この娘は細身の剣を腰に提げてるから、戦士とかかな。
「こいつは神父様のお客さんで、あたしは村の中を案内してるだけ!
あんた達ってほんとそういう話に持っていきたがるわよね」
「えー?なんでもかんでもってワケじゃないよぅー?
ほんとにいい雰囲気って思っただけだしー」
「キミって誰とでもすぐ仲良しになるよねー。
そういや…あー!?子猫っ!」
突如叫んだボーイッシュさん(仮名)にびくっと怯む俺。彼女の視線は俺に釘付け、なんか目がギラギラしてて怖いんですが。
「かーわいいっっ真黒な子もいたのねー!だ、抱っこさせてもらってもいい!?むしろ抱かせろ」
ひい!?
「どーどー、落ち着きなさぁい。ほら、貴方は女の子」
「はっ!?そ、そう、私は女の子女の子!」
狩人の目をしていたボーイッシュを、黒ワンピ(仮名)さんが落ち着かせる。
よ、良かった、貞操の危機を感じたぜ。
そんな残念な美女をキャシーが唖然と眺めていた。
「あんた本当に猫好きなのね、もしかして…まさかとは思うけどうちの村に年中来てるのって猫目当てだったりする?」
「もちろん!」
ボーイッシュが素早く俺を強奪し両手でもふもふしてきた。ああああ。
「可愛い!ちっちゃい、ふあふあでもふもふっ」
ああああやめろぉー。
「でもぉ、この猫バカはおいといてもけっこういるみたいよ?
だって他に聞いたことないものぉ、原種の猫が家の外自由に歩いてる村なんて」
「え?あ、そうか。見慣れてるから忘れてたわ」
「そうよぉ…入場料とったら案外いい商売になるんじゃなぁい?」
「えー?そこまで珍しいものでもないでしょー」
「ん、もしかして知らないのぉ?原種の価値とか」
「聞いたことくらいはあるけど…なんか思ってたよりすごそうね」
俺の腹に顔を埋めて悶えているボーイッシュをそのままに、雑談するキャシーと黒ワンピさん。助けてくれよ。
「ねこねこねこねこねこおーっ」
「ミャー!」
叫ぶ俺をおろおろと見守りながら、クルルは立ち尽くしていた。