21話 コポート村緊急会議
空が夕焼けに染まる頃、俺達はコポート村の村長の家、その応接間の椅子に座っていた。
テーブルの上からクルルを見ると、いつになく真剣な顔で考え込んでいる。
隣のライアットも顎に手をあてて思案中、そのまた隣のゴツいおっさん、神父っぽいローブを着たじいさん、他多数の方々みーんな腕を組みうんうん唸りながら悩んでいた。
村へ入る前、あの地底湖っぽいとこでウロとかいう神様(?)が色々教えてくれたんだが…
まず、魔物について。
魔物とは、高い魔力に侵されて変質し、かつその状態で生存できた個体から成った種族らしい。
この世界の生き物すべてには微量な魔力が宿っているが、魔物はとくに、生命力そのものが魔力といえるものが多い…らしい。よくわかんなかったが。
ゆえに、生態も通常の動物とは異なるものがほとんどで、食物を摂取するだけで成長できるものはほぼなく、他の生き物を倒しその魔力を吸収し自身を変質させることで、わずかずつ、より強い個体へと変化していく。
ライアットはその、相手を殺して得る魔力を『経験値』って言ってた、ゲームでは定番の言葉に思わずちょっとわくわくした。
レベルアップってやつだな。
人間や動物はレベルを上げなくとも、健康に生きていれば時間とともに肉体的な成長が進む。これは俺のいた世界と変わらない。
しかし、魔物はレベルをあげないと成長できないらしいのだ。
ごく稀に例外もあるが、少なくとも俺はそういった魔物ではないらしい。
自分が魔物だという自覚はないが、卵から産まれたって段階ですでに猫じゃないよな…
言われて思い出したが、こっちの世界で最初にいたあのヌルヌルのやつは卵の殻だったんだ。
なんか俺の体格からすると妙にでっかかった気がするけど。
そうだ、俺の(この世界での)親についても聞いたが、10年ほど前に魔王の配下として大暴れした極悪な魔獣だったとのこと。俺のおかん、犯罪者でした。
もし呪いで猫に変えられていなかった場合、子供の俺も魔獣として生まれてくるはずだったらしいんだが…
少なくとも三つ以上の頭を持ち、全長5メートルは軽く越える巨体に羽が生えていて。火を吹いたり、毒霧を吐いたり、人間を襲って食べるという…
いやー、話を聞いて考えを改めました。
猫でいいです。猫、最高。
ライアットが言うには、ウロは俺とクルルのことを気に入ったらしい。
俺があまりにも弱いのが心配だと、大サービスと言って『加護』というものを授けてくれた。ライアットが隣で慌てていたので、チートな能力なのかもしれない。
彼女の加護は、魔力を高めて死ににくくするとかなんとか、精霊が守ってくれるようになるとかいうもの?らしい。
難しくてよくわからなかった。クルルはさらに分からなかったようで、顔が固まっていたな。
そしてそのへんまで話が進んだとこで美麗なエルフのおねいさんとお兄さんが多数乱入してきて、何故かもめてたりもした。
いきなり転移魔法を使うなとか、魔物を勝手に中へ入れるのはやめろとか、涙ながらに懇願されていたようだ。
ウロは全然気にしてなくて、すまないねーとか軽く謝って笑ってたっけ。
おねいさんとお兄さん可哀相。
その後すぐ村へ戻ることになったのだが、なんと俺達は村から数百キロ離れた場所にいたのだ。
魔法で瞬間移動させたと聞いて、顎がはずれるかと思った。
で、そんな離れたとこからどうやって元の村に戻るのかというところで、怒られたばかりの件の転移魔法ってのをまたもや使ったのだ、あの女は。
どこ〇もドア的な魔法らしいのだが、すさまじい魔力が必要らしい。そして使うとその周辺の空気中にある魔力が乱れて、動植物や地形に影響を与えてしまうという。
しかも、ウロはライアットの持ってる魔石を使い魔法を発動させ、村に戻ってきたと同時に、じいさんは粉々になった魔石を前にがっくり項垂れていたのだった。
多分、連れてかれた時に叫んでいたのもそれだったんだろう。じいさん、石に名前つけてるのね。
俺の出した結論、あの女にはなるたけ関わらないよう気をつけていこう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
で、話は戻る。
俺が魔物で、今より成長するためにはどうすべきか。
バッタの一撃で臨死体験するような俺が、どうやってレベルを上げるのかについて、村をあげて会議中だったりする。なんとも付き合いの良い人たちだ。
キマイラ云々てとこは伏せてあったが、俺が魔物なことは説明した。そしてまだ目茶苦茶弱いってことも。
みんな難しい顔で唸り続けてるんだが、十人寄れば文殊の知恵とか言うし何か方法がある、はず。あるといいな。
経緯としてはこうだ。
クルルが森で俺を拾ってなつかれ、何故か使い魔として契約されていた。そしてテイマーとして俺を育てて行きたい、と。
この世界には『テイマー』という職業があり、基本的に誰でもなれるらしい。
が、才能がないと難しく、また魔物を使役することから危険も多く、許可制になっている。本人と使い魔の両方にテストがあり、合格しないと正式なテイマーは名乗れない。
城下町まで行けばギルドでテストが受けられるんだが、今の俺じゃ…そこでゲームオーバーかも。
うーむ。
きゅるるー
「ミュ…」
静かな部屋に響き渡る、俺の小さな腹の音。
そういやそろそろ夕飯時になるしな。は、恥ずかしい。
「ほっほっほっ、そうだの、こんな時間じゃし明日に持ち越しでいいじゃろう。飯にするか」
じいさんの声で、ガタガタと皆椅子を立った。すんません、議題がこんなやつで。
「ジャック、行こう」
クルルに呼ばれ頷き、テーブルの上を這い這いしていく俺。
「まだ走れないんだな」
「スライムならなんとか…いや、うん…大きさで負けるか」
「虫系の魔物なら小さいよな?あ、でも案外あいつら丈夫だしなぁ」
背後でヒソヒソ聞こえてくるが、聞こえない。うん、聞こえない。
「使い魔として育てるったって、なぁ?」
「ああ、他の魔物を探してテイムしたほうが強くできるだろ…スライムとかゴブリンのがまだマシだ」
聞こえない、聞きたくない。
くそ、好き勝手言いやがって、今に見てろ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ライアットに案内されて、村の奥の教会へと歩いていく。
「ルーシーはしばらく教会で世話をするからの。お主はワシの家で休むといい、男一人所帯でむさ苦しいところじゃが、兵達とテントで雑魚寝するよりは静かに眠れる」
「あ…ありがとう」
礼を言うと、満足げににっこり笑いかけられた。
ちなみにルーシーというのはヤギの名前だ。もはや彼女も大切な仲間と言える。
ライアットはオレの胸に抱えられたジャックをちらりと見てため息をひとつつく。
小さな頭はしょんぼり俯いていて、耳も下がっている。しっぽもオレの歩みに合わせて力なくプラプラと揺れていた。
目に見えて落ち込んでいる。纏う空気も心なしか重い。
「難儀なことじゃが、なに、辛いのはきっと最初だけじゃ。
レベルが少しでも上がれば、きっとそこからは順調に育っていけるじゃろう」
「…ミュ」
「むしろ強くなりすぎるかもしれんぞ、元は最強の種族なんじゃからな。スキルでも魔法でも、意思の影響を大なり小なり受ける。まずは気持ちを強く持つことから初めよう」
優しく、ゆっくり諭すように言いつつ小さな黒い頭を指でつついた。
「ミー」
顔を上げたジャックが、しっかり頷いた。
目に力がある、良かった、少し元気が出たらしい。
オレも頑張らないと。
ジャックのマスターになるのだ、テイマーとして様々なことを学んで行かなければいけない。自分の故郷のことさえ何も知らない無知な自分が、この子のために何がどれだけ出来るのだろう。
「あ、神父さまー」
「おかえりなさーい」
いつのまについたのか、オレ達は教会とおぼしき建物の前に立っていた。ドアが開いていて、中からたくさんの子供が顔を覗かせている。
「おお、いま帰ったぞい。先にヤギが来とるはずじゃが、厩舎かの?」
「ヤギいるよー!ふわふわで可愛いの!」
「あ!?そのおにいちゃん誰?新しい人?」
「わー猫人だー、ウルズくんと色が違う」
「きれーな毛なみー!」
零れるようにドアから飛び出してきた子供達に周りを囲まれた。
子供と話をしたことなどあまりない、傍に寄る機会すらなかったかもしれない。
どういう顔をすれば、何をすればいいんだろう。
「あー!?ねこ!」
「ちっちゃな猫だー!!」
「フギ!?」
オレの胸にしがみついていたジャックに気がつくと、子供達が次々に手を伸ばしてきた。ジャックの全身がぶわりと膨らみ、爪をたてしゃかしゃかとオレの頭によじ登ってくる。
頭の上、オレの右耳にしがみつくとブルブルと振動が伝わってきた。怯えている。
「これ!怖がらせるでない、まだここに慣れてないのだからしばらく触れるのは禁止じゃ」
「えー!?だっこしたーい!」
「可愛いー!」
口々に不満を訴える子供達。ライアットも困った顔をしながら繰返し説明しているが、子供のほとんどはオレの頭の上から目を離さない。
結局、厩舎につくまでジャックはオレの耳にしがみついたままだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一晩あけて、翌日。俺達はまた村長の家に集まっていた。
うぷ…まだ胃がぐるぐるする…
昨夜はじいさんの家に泊めさせてもらったんだが、そこは教会の敷地内の平屋だった。
賢者とか言われてたのにこんな小さい家に住んでるのかと疑問に思ったが、まぁ俺のいた世界の常識があてはまるのかわからんし。
そこはいい、狭くて散らかってて本がいっぱいで図書館の臭いがしたのは別にいいんだ。
問題は教会、そこで面倒をみてるというガキ共だ。
子供は手加減が出来ない、今のか弱い俺から見ると怪物認識である。
クルルの頭の上にいれば安全なようだが…ヤギの腹にひっついて夕食をとり、気がついたらずらりと俺の前に並んでこっちを見ていたのだ。
あの瞬間の恐怖は忘れない。俺、殺されるって思った。
ミルクを腹いっぱい飲んだ直後に腹をつかんで持ち上げられ、たまらず俺は…リバースしました。中身全部出るかと思った。
子供達の手から手を、俺はリレーのバトンのように。ライアットの手伝いをしててそばにいなかったクルルが走ってきて、慌てて助け出してくれてなんとか助かったが。
今朝はクルルも警戒して見ててくれたのだが、ちょっと目を離した隙にやはり俺はぬいぐるみのように子供達に振り回されてしまった。
あの悪魔の巣窟には二度と行きたくない。
テーブルの上でうずくまる俺の背中をクルルがさすってくれているが、その理由を知らない村の人たちは怪訝な顔をしていた。
じいさんが咳払いをしてみんなに注目するよう目で示した。
「さて。では、昨日皆の話を聞いた中からいくつかの案を試してみようかの」
席についていた中年のおっさんに目配せをし、窓を開けさせる。
自然とみんなの視線は窓の外へ向かった。
屋敷の前には広い庭園が広がっていて、ほうれんそうみたいな葉っぱやひょろひょろした苗が並んで植えられていた。その向こうを子供達が走りまわっている。
「おーいお前ら!持ってきたかー」
「あ、父ちゃん。持ってきたぞ、ほら」
おっさんが声をかけると子供達がこっちへ走ってきた。
先頭を走るやんちゃそうな男の子は、手に木の棒を持って上に掲げていた。それはいいのだが、その棒の先に…
「このっくらいでいいんだろ?」
「うーん、ちょっと大きいかもしれん、もう少し小さいのはいなかったのか」
おっさんに渋い顔をされ、男の子が頬を膨らませる。
「これより小っちゃいのなんて、つついただけで潰れちゃうから持ってこれないよ」
「うーん、まぁそうだろうな」
窓越しに、棒の先に刺さった物体がゆらゆらと見えている。おっさんはそれを見て顎をなでつつ難しい顔をしていた。
木の棒の先には、ゆっくり蠢く半透明なぶにゅっとした生き物…スライムらしきものが刺さっていた。
うへぇ、気持ち悪い。
「うん、ありがとうな。ほれお駄賃。無駄遣いするなよ」
「わかってるよ!」
おっさんからコインを数枚渡され、小さな手がそれを受け取る。男の子はにやっと笑うと、子供たちと共にきゃーきゃー言いながら走って行った。
いや、いいんだけどさ?
この世界じゃスライムって犬クソみたいな扱いなのね…棒に刺して子供のおもちゃにされるなんて、なんか気の毒すぎる。
スライム付きの棒を手におっさんが振り向く。じいさんがそれを見定めてうなづいた。
「どれ、ジャック。ひとつとりあえず攻撃してみてくれぃ」
ふぉ!?
部屋のテーブルの上で対峙する子猫とスライム。
「ミュ…」
「「「………」」」
じっと見守るおっさん多数、あと耳をぴんと上に向け緊張した顔のクルル。
期待されてる、つーか心配されてるような…ど、どうすりゃいいの?
攻撃…前足をそろりと浮かせるが、バランスが取れず体がぐらつき、すぐにぽふと足を下ろしてしまう。
か、噛みつきはどうだ?
あーん…口をいっぱいに開いてスライムにそろそろと近づくが、だが…そういや俺、歯が生えてないんだよな…歯がなくってもダメージを与えられるんだろうか。
スライムはぐにぐにと意味不明に蠢いているが、その動きはとても緩慢で俺とそう変わらないスピードである。
ちらりと周りを見回すと、おっさん達の顔がさっきより低い位置に並んでいた。めっちゃ顔を寄せてこっちに注目してるっぽい。うぅ。
クルルはというと、なぜか神妙な顔で自らの右手の爪に噛みつき、引っ張っていた。
何をしているんだ?
と、ぐぐぐと引っ張っていた勢いのまま、爪の一本が指からすっぽ抜けて…
ひゅ…―カシュッ!
鋭い音を立てて天井に突き刺さった。
「「「………」」」
部屋にいたものの視線が天井に集まる。
丸みを帯びた薄い白色の鉤爪は、その鋭い切っ先から根本近くまでが木材に食い込み、なかば埋まっているようだ。唖然とそれを凝視していた者たちが、徐々に青い顔になっていく。
「…クルル?何をしているんじゃ」
じいさんが、右手を舐めている心なしかほっとした顔の少年を見やる。
「急に、かゆくなった、やっと外れた」
「そ…そうか。爪の生え変わりか、痒い…のじゃな。
あー、次からは飛ばさないように気を付けてくれると、ありがたい」
言葉を選んでゆっくり伝えられると、こくりと頷いた。
部屋の皆の安堵の息が聞こえた、あんなもの人間がくらったら怪我どころじゃない、下手したら致命傷になりかねん。ありえんほど恐ろしい切れ味だな。
ちらりと覗きこむと、先ほどはずれたと思った箇所には輝くような真新しい鉤爪が生えていた。
猫の爪が定期的に生え変わり、鞘のようにはずれる事は知っていたが…その爪俺にもちょっと貸してくれないもんかな…
俺の爪は子猫なせいか、短くて細い。なんていうか縫い針のさきっちょみたいに見える。
さらに引っ込めることができなくて常に出っぱなし。力もないから攻撃力って言われても、困る。
改めて、目の前のスライムを見つめる。
うぐ…
でも、この世界で一番弱い魔物の一種らしいし、こいつを倒してレベルを上げないことには始まらない。さっきのちびっこにもおもちゃにされるくらいだし、案外思ったよりもろい、とか?俺と大きさ変わらないけど。
俺は決意を胸に、再び接近を試みる。周囲のおっさん共がごくりと唾をのみこんだ。
と、とりあえず噛みつきよりはパンチ、かな?
ふらふらと前足を片方浮かせ、慎重にバランスを取りながら上に持ち上げる。なんとか振り上げられたところで一気にスライムに叩きつけた。
ぷにょん
…柔らかい。つーか爪が刺さってない気が…も、もっと力を込めて!
えい、えい。
ぷるんぷるん
前足で何度も殴ってるつもりなんだが、多分これ、スライムを揉んでるようにしか見えない。
「う…うーむ…」
「こりゃ思ったより…」
おっさん共がひそひそし出した。じいさんは目をおさえて無言、クルルは真剣にこっちを見守っている。
く、くっそー!えい、えい、えい!!
ぷにぷにとスライムを叩いていたが、急にその感触が変化した。
ぷにんっ
「ミャアア!?」
な、なんだ!?うわ、足がスライムん中にはまった!ぬ、抜けねぇ!
うわわ、肩が顔が腹がぁ!?くくく食われるぅー!?
「わーーーー!?」
「まずいぞ、ひっぱり出せ!」
「た、たしか口以外のとこからはすぐには吸収されないはずだ!まだ間に合う!!」
スライムにほぼ全身取り込まれつつあった子猫を囲み、おっさん達は大いに慌てていた。