20話 幕間 定期連絡
白い砂浜、輝く湖面を下に見ながら、俺はクッキーをぼりぼりかじっていた。
ここに来るのは嫌だが、毎回うまい紅茶とお茶請けがあるので楽しみにしている部分もある。
遠く、眼下に見える砂浜には十人ほどの人影があった。
その内の二人が眩い光を放ち、姿を消す。
消える瞬間
「ぎゃあああああアリシアーーーー!?」
とか叫んでたが、いつものことだ。どうせ魔石の名前だろうし問題ない。
「あ、魔石!そうだった、頼まれてたっけ…いいや、今度会ったら渡してやろ」
腰に下げた皮袋から拳大の石をとり出しかけたが、もう転移してしまったようだし、後でいっか。
この皮袋は改めて考えると本当に便利だ。
以前あいつらと一緒に旅をしていた時に作ってもらったのだが、容量は小さいとか言ってたのに入るわ入るわ、一度試しに手当たり次第つっこんでみたらうちの家財道具一式が全て収まってしまった。
一般に出回っている魔法収納系のかばんなんぞより遥かに優秀。さすがは賢者様。
まぁ、材料の関係でいくつも作れないとは言っていたが。
さて、あいつも村へ戻っていったことだし、俺の用事もすませてしまおう。久しぶりに奴の顔を見たら、教会の飯が食いたくなったな。
あ、こっちのクッキーはイチゴの味がする。
ぼりぼりぼり。
「ちょいと、アタシの分も残しといておくれよ」
「おう、もういいのか?」
音もなく宙を進んできた黒髪の女が、俺の向かいの椅子に腰を降ろした。
「そのクッキー、味はどうだい?」
「ん?けっこううまいぞ」
「ふぅーん、そいつはよかった」
黒髪の女、ウロがニヤニヤと笑顔を浮かべた。
なんだろう、このクッキー変なもんでも入ってるんだろうか。毒を食ったとしてもなんともない俺だが、さすがにちょっと気になる。
微妙な表情が見てわかったのか、おもむろに赤い唇を開く。
「これねぇ、お姫様が焼いたものなんだよ。一週間前から毎日届けてくれてる」
「へぇ、珍しいな。お姫様ってそういうことするもんなのか」
おお?
これはレアな代物だったようだ、ラッキー。今日来て良かったな。
「ふふふ…お姫様がね、手作りのお菓子をぜひ食べさせたい奴がいるんだってさ。
アタシを毒味役にするなんざたいした女だよ」
「あのちびっこがなぁ、青春だねぇ」
二人並んで紅茶をすする。ほっとするな。
「で…定期連絡が遅れたのはまぁいいさ。調子はどうだい?」
んん?なんか機嫌がいいっぽいな。
良かった、気分屋な上に俺には容赦ないから毎度ながら不安だったが、今回は肩すかしかもしれん。
「なにも変わらないぜ、山の上はちょっと騒がしいけど」
「ほう、なにかあったのかい?」
「そろそろ卵が産まれそうなやつがいて、皆落ち着かねーんだよ。男連中が特にテンパってる」
「そりゃめでたい」
なんせ頭数が少ない、さらに寿命が長いせいか卵なんざ200年に一回出来るかどうかだ。
しかも今回の夫婦は、俺らの里でも上位の存在なので皆の動揺もけっこう大きいものがある。
「一緒になってわたわたしてたら、邪魔だから外行って滋養のある物でも取ってこい!って皆追い出されちまったんだ」
最後のクッキーを手に取ると、ウロが睨んだ。
レディーファーストとか言うなよ、早い者勝ちだ。
「あぁ、それでか…ここ最近あちこちで見かけるって噂になってるよ。
あの子ら、普段それほどうろつかないからねぇ。ウェスリー王のお陰でそれほど騒ぎにゃなってないようだが」
「ありがたいわー、あのおっさんのお陰で変なやつが来なくなったし、良いことずくめだぜ」
危ね、そうだった、うちの連中があんまり普段と違うことしてると怖がられるんだよな。
昔は大変だったらしいが、ここ最近は王のおかげで相互不可侵でうまいことやってきてる、俺も気をつけなきゃだな。
里に戻ったら、皆にも伝えておこう。
ふいにウロが口許を袖で隠し、肩を揺らした。
「なんだよ、思いだし笑いか?」
ほんとに気味悪いぐらいテンション高いな、いつもの怖い笑いかたと違うからすぐわかるぞ。
「いやね、さっきの子達が面白くってさ。
銀の髪の子がいたろ?」
「銀?あー、あの白いぼさぼさ頭の」
俺よりもっさい頭してたから目が行った。ありゃ伸ばしっぱなしで何年も放っておいた頭だな。元の毛の量が多いのもあってもはや目鼻立ちすらさだかではない、ちょっとすごい小僧だった。
「あの子の記憶も見たんだよぅ?こっそりだけどね」
「…も?こっそり?つーか、んなことできるのか」
ありえねぇ、なんてことしやがるこの女。
魔眼と呼ばれるあの恐ろしいスキルは、世界でただ一人この女だけが使える技だ。
生き物でも物が相手でも、望めば全てを読み取ることができるらしい。
鑑定等よりさらに深い部分がさらけ出される驚異、さらにそれを行使するのが好奇心の化け物であるこの女だという恐怖。
俺も幼少時に一度だけあれを食らったことがあるらしいが、もう二度とごめん被る。プライバシーもなにもあったもんじゃねぇ。
その恐ろしいスキルを、こっそり使ったって…
「仕方ないだろ、キマイラの力が悪用されたら困るじゃないか」
「キマイラぁ?」
「あぁ、この大陸の端っこにあった遺跡に押し込んでおいたキマイラの卵だよ。ライ達に任せといたんだが、他所の人間が入っちまってねぇ」
おう、なんかわからんが大変だったらしい。
俺もある意味当事者だ、詳しく教えてもらった。で、一安心。
「あー…じゃ、まあとりあえずは問題なしと。
あんたが見て安全だと判断できたんなら、もうほっといていいんじゃね?」
「あんたはいつも単純でいいねぇ、羨ましいよ」
呆れたように優しく笑われた。なんだよ、なんの不安があるっつーんだ。
「…あの子の記憶ん中、ちっちゃい黒猫がうじゃうじゃいる明るくてご機嫌な世界だったよ。もう可愛いのなんの。
でもねぇ、その世界の真ん中にゃ大きな壁がある。壁の向こうは…真っ暗闇なんだ。
あの子にとっては、楽しいことも喜びも何もかも全部あのちっぽけな子猫に繋がってるのさ。
これからいろんなとこを体験していけば、あの世界も変わるのかねぇ…」
「………」
聞いた限り、最近まで隷属の首輪なんて付けられてたらしいし、おそらく体感してきた記憶は数えるほどしかないんだろうな。あんなガキに惨いことしやがる。
俺は奴隷制度が大嫌いだ。
あんなものを許容している国がこれほど多い世界なんて、ほんとどうかしてると思う。
王のおっさんが長年頑張ってきてはいるが、成果は芳しくないというのが現実だろう。それでも、俺は国の制度だけじゃなくて人々の意識が変わっていくことを願っている。同じ人間同士で、モノとして扱われるなんてやるせなさすぎるだろう。
珍しい種族だと高値がつくとかで子供を誘拐する奴までいるのだ、こんなの間違ってる。
っと、珍しい種族と言えば。
「なぁ、あいつ虎人だったよな。本人知ってるのか?」
気になったので確認してみる、なんかぼけーっとした小僧だったし妙に心配だ。
「ん?あぁ、そういえばたしかに虎人だったねぇ。もう絶滅したと思ってたが…ライも何も言ってなかったが、もしかしてあの子気が付いてないのかい」
「ありえるぞ。あいつ確かになんでも知ってるように思えるけど、たまに抜けてるからなぁ~」
虎人なんてものを目の前にして、ライが黙ってる訳ない。
あの種族は希少性もさることながら、伝説級の戦闘能力、さらに特殊な魔法を扱うことで有名だ。
前々から魔力の質の違いを調べたいとか、生き残りがいたらぜひ話を聞きたいとかよく言っていた。気づいていたなら、多分ちょっとひかれるくらい質問攻めにしてたはずだな。
「んー、教えてやらないと後で文句言われそうだねぇ。でももう村に帰しちまったし」
「あー…そういや誰かに、虎人を見つけたら教えてくれって言われてたような。誰だったっけなー?」
「なんだいそりゃ、あんたもたいがい適当だねぇ」
ウロと二人、腕を組み目を閉じて悩む。
あー思い出せねぇなー、もやもやする。
バターン!!
突如ドアが全開になり、飛び込んでくるエルフ連中。
「い、いたぁー!いたぞここだー!」
「おのれガルム、こんなところにいたのか!!」
「いつもいつも貴様というやつはっ!」
おう、なんか皆すごい怒ってる。今日はまだ何もしてないのに。
俺のこと探してたらしいな、いったいどうしたんだろう。
「きっ、貴様の連れのあのバカ!早く止めろ!」
「ソラのことか?あいつがどうかした?」
うわ、最近すっかり行儀よくなってたのに、ひさしぶりに何かやらかした?
やべぇな、城の屋根ぶち抜いたとか勘弁してくれよ。
エルフのなんとかいう偉いおっさんが泡食って俺の襟元をつかんできた。
「いますぐ止めろ!世界樹の葉をむしってるんだよあのバカが!
一枚二枚なら我らとて文句は言わん、元は彼らの温情でここまで育ったんだからな。だが、だが!このままじゃ葉が全てなくなってしまう!!」
世界樹の、葉?
あー、そうだった。滋養のある薬草を頼まれてたからな、忘れてたわ。
「わりぃわりぃ、里で頼まれてたんだった。先に言っておきゃ良かったな、ごめん」
「はぁ!?」
「いや、卵が出来たやつがいてさ、滋養のあるもん取ってこいって言われたんだよ」
軽く言ったのがまずかったのか、エルフの偉いおっさんの顔が赤くなってきて額に青筋が浮いてきた。
「そ、そんなことならっ適当な薬草とか!他にたくさんあるだろぉーーーー!?」
わー怖い、つーかそれ以上顔近づけないでくれ、俺は男とキスする趣味はないぞ。いやん。
どうすりゃいいかわからないでいたら、隣でウロがニヤニヤと笑みを浮かべていた。その笑顔のまま、そろりとおっさんの耳元に口を寄せる。
何事か囁くと、おっさんの額の青筋が消えてさらに顔が赤くなった。なぜに。
「た…卵…?だれ、だだだ誰のだ…?」
「ん?あぁ、白竜んとこの嫁さん」
「「「うおおおおおおおおおお!!」」」
突如歓喜の叫びをあげるおっさん、他のエルフ連中も笑顔で絶叫していた。
「竜神様ばんざーい!」
「なんと素晴らしい日だ!祭りだ、祭りの準備を!」
「こうしてはいられない、白竜様に捧げる供物を!いや世界樹の実を捧げようぞ!」
うわぁ。
なんかすげぇことになった、エルフ連中っていつもむっつり黙ってるか怒ってるってイメージあったけど、こんなはっちゃけることあるんだ。
軽くびびってると、口元を袖で隠しおかしそうに笑うウロと目があった。
「面白いだろ?この子達は。これだから可愛いくてたまらないんだ」
その後、俺は急きょ開催されたお祭りで胴上げをされ、山ほどお土産を持たされて帰ることとなった。