17話 強敵との出会い
…結局俺達は花畑の中へは入らず、ちょっと離れた草っぱらでひと休みしていた。
キャシーは少し離れたライと隊長のいるあたりで、なにやら変なヤカンみたいなものを小さい焚き火にくべてお湯を沸かしている。
相変わらず何考えてんだか何も考えてないんだかわからない顔をしたクルルだが、最近ちょっと表情がはっきりしてきた気がする。ただ俺が見慣れただけかもしれんが。
ちなみに、あの人懐こい兵士達も一緒にいる、こいつら隙あらば俺を撫でてくるんだ。モテる男は辛いぜ。
「いやー、俺薬草の原料が花だったなんて知らなかったよー」
「おいおい…あれだけが原料じゃないぞ?そもそも名前に[草]ってついてるだろ。本当に知らないのかよ」
へえ?それは気になる、漢方薬とかハーブとか混ぜるの?
耳をぴくぴくさせる俺を膝に乗せ、クルルもじっと聞いていた。
その様子を見たハロルドはちょっと得意気な顔になり、薬草について詳しく教えてくれた。
「薬草ってのはな、一般的なやつだと…まぁ簡単に説明すりゃヒルデの花をしぼったやつにマテルの葉を浸して、一週間以上干したやつを言うんだ。もっと効能があるのもあるらしいが、このへんじゃ滅多に見ない。城下町まで行けば普通に売ってるけど、よっぽど重症でなけりゃマテルのでじゅうぶんだ」
「へー。じゃ薬草を作るには、花と草の両方が必要なのか。ただの乾燥した草だと思ってたけど、手間がかかってんだな」
「そうだぞー。しかもヒルデの絞りかたや浸す時間の違い、乾燥させる時の部屋の暗さや湿度も影響するんだ。うち実家が薬屋だからさ、よく手伝わされたよ」
ほー、あれか、薬屋の若旦那的な。どうりでちょっとお育ちが良さそうな顔してる。
「そういやギルドに行くと、だいたい毎日マテルの葉の採取依頼が出てたっけ。あれ、薬草の原料として必要だったんだ。俺てっきり何かの料理に使うんだと思ってた」
「おいおい…」
ギルド?採取依頼?
なんか聞き覚えのない言葉が出てきたぞ、気になる。
「なあ、噂をすればあれマテルの葉じゃね?」
リックが少し向こうの切り株の根本を指差した。
似たような葉っぱがわさわさ生えてるんだが、どれのことを言ってるだろう。つーかみんな同じに見える。
「あ、本当だ、こんなところに。町の周辺じゃもうねこそぎ冒険者に持ってかれちゃって、たまにしか生えてないのにな」
嬉しそうに言いながらハロルドがそそくさと移動し、少し背の高い草をぷちっと引き抜いた。
なに、あれがマテルの葉ってやつ?
「あー!俺が見つけたのにー!」
「はっはっはっサンキュー!後でギルドに持ってって小遣いにしようっと」
「ずりぃ!」
ギルドの話が出るかと思って待ってたんだが、葉っぱで話題がずれてしまった。
ギルドの説明プリーズ。あ、二人とも走ってっちゃった。
ちぇー、会話に参加できないのがほんとにもどかしいな。おかげでこの世界の常識ってのがまだよくわからない。
俺が人間だったら、聞けば教えてくれたんだろうに。
「ミー…」
ちょっと拗ねてたら、何故かクルルに撫でられた。
そうか、お前も常識ってもんをあんまり知らないんだったな、これからは一緒に学んでいこうぜ。
「薬草…マテルの葉、少し変わった匂いがする葉だと、思ってたが…知らなかった」
呟くクルル、匂いか。ふーむ。
珍しい貴重な植物を探してギルドに持ってくと金になる、と。そしてクルルも俺も、多分普通の人間より嗅覚はいいはずだよな。
これ、稼げるんじゃないの?ゼニの匂いがするぜー?
そうとわかれば、レッツゴーだ。この休憩時間を有効に使うぞ。
「ミーヤ!」
「?ジャック、向こうへ行きたいのか」
手の上で後ろを振り返り、力強く頷いてみせた。
最近、首を縦横に振ることで多少は意思の疎通ができるようになったのだ。イエスノーしか伝わらないけどさ。
クルルの手のひらで腹這いになったまま、リック達の後をついていった。
森に囲まれた草原で、リックとハロルドはわっさわっさと草を掻き分けていた。
「うーん、全然見つからない」
「懐かしいなぁ、若い頃はよくこうしてマテル探ししたもんだよ。お、っと違った、こりゃ毒草だ」
「うえ、そんなのも生えてんのかよ」
なんか楽しそうだ、宝探しっぽい。
おいクルル、俺達も探してみようぜ。
「ミー!ミャ」
「う、ん?」
「ミィーミャミャー」
「???なにかいたのか?」
あー伝わらねー、わかっちゃいたがどう説明すりゃいいのよ。
ボディランゲージでなんとかわかるかと思ったが、俺の体はまだほんの子猫らしくて四つ足を全部踏みしめてないとすぐ転がっちまう。片手を少し浮かせるのが精一杯だよ。
「あ」
ふいに頭上をなにかが飛んでいったと思ったら、クルルが反対の手でそれを捕まえた。
な、なんかビビビビって音がするんだけど。
「これか?」
「ミ!?」
いきなり目の前に差し出されたのは、巨大なバッタだった。うげ、でかい!なんか怖い!
って、そうか俺が小さいからバッタがでかく見えるだけじゃん。なーんだ普通のバッタ…バッ…
いや怖ぇーよ!?でかいよグロいよ動いてるよ!
「ビビビビビ!」
ゲシッ
「ミ''ッ」
クルルの手からすっぽ抜けたバッタは、俺のおでこを蹴って飛んでいった…
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さて、そろそろ出発するかの」
「け、賢者様ー!猫が目を覚まさないんですっ助けてやってくださーい!」
「なんじゃ、どうした」
バッタにぶつかったジャックがそれきり動かなくなった、そう伝えるとリックがものすごい勢いで走っていってしまった。
ライアットの声がする、良かった、あのすごい治癒魔法で治してもらえるかもしれない。
ハロルドと二人で慌ててリックの後を追う。
「ジャックちゃん大丈夫?ちょっとコブになっちゃってるね」
「ミー…」
追い付くと、ジャックはもう目を覚ましていた。
良かった、治してもらえたようだ。何か声が弱々しいけど。
リックの横でジャックを抱っこするキャシー、それを見ながらライアットが頭を掻いている。
「猫を魔法で治療したのは生まれて初めてじゃわい。いったい何があって仮死状態になっとったんじゃ?」
「………」
ジャックを見守りながら心底ほっとしていたリックが、その言葉を聞き固まった。
死にかけて、いたのか…
そうか、生まれて数日の赤んぼうなんだから、もっと気をつけてやらないといけないな。
オレがバッタを近づけたりしたせいで、可哀想なことをしてしまった。
自分の迂闊さに落ち込んでいると、リックとハロルドが困った顔でこっちをちらちらと見ていた。
「ん?どうした、まぁええがの。なんせこの体格じゃし強い魔法は逆に負担になるかもしれんから、軽くしといたぞい。何かにぶつかったのか落ちたのか知らんが、これからは気をつけて見てやることじゃな」
「ミィ…」
キャシーの胸のジャックが、妙に物悲しい背中をしている気がする。
頭のコブが痛いのだろうか、可哀想に。
「あんた、飼い主ならちゃんと見ててあげなさいよ。赤ちゃんなんて目を離すと何するかわからないんだから。なんかあんた、いまいち頼りないわよ」
「や、あの、お嬢ちゃん」
「なぁ?あ、あんま気にすんなよクルル。こういうこともあるって」
キャシーが口を尖らせて俺を睨むが、リックとハロルドが間に割り込むようにしてにこにこしていた。なんでだろう。
オレがうっかりしていたせいだ、ジャックの親代わりはオレなんだからしっかりしなきゃ。この子を守れるのはオレだけだ。
「ミ」
「な、なに、どうしたのジャックちゃん?」
「なんかお辞儀してる…ごめんって言ってる気がするな」
「なんかそういう顔してるね…」
ジャックを守るために、気をつけていくことは…えーっと…
ない知恵を絞って悩むオレは、ジャックがこっちに向かって頭を下げていたことに気がつかなかった。