16話 白い花畑
焚き火の前で一眠りした後は、いつも通り馬車で移動である。兵士の皆さんが隊列組んで歩く中で俺達だけが馬車移動。なんかすいませんねぇ。
ガラガラガラ…
クルルの手にしがみついて、窓越しに森を眺める。
こっち来たばっかりの頃は日本とは濃さの違う緑に癒されていたのだが、さすがにこう代り映えしない景色が続くと飽きるな。
「…ねぇ、あんたどこの出身なの?」
ふいに聞こえた問いかけは、向かいの席に座っているキャシーのものだった。
多分明らかにクルルに聞いてるんだと思うが、とうの本人は自分だと思ってなくて戸惑った顔をしている。安定のボケ少年だ。
返答がないので再度口を開きかけるキャシーだったが、隣のライアットに遮られ言葉を飲み込んだ。
「あー…それは本人も知らんのじゃ。ワシが責任持って調べるがの」
「え?なによ、記憶喪失じゃあるまいし、どこの国かくらいわかるでしょ」
怪訝そうに言われ、クルルが少し困った顔になる。
やっと自分が聞かれてるってわかったみたいだけど、この様子じゃ何も覚えてないんだろうな。
キャシーはちょっと呆れたように肩をすくめる。
「なによ、それもわからないっていうの?でもその丸い耳、変わってるわよね。あれじゃない?雪の多いとこに棲んでる猫族って毛が長くなるっていうし、北のほうの出なんでしょ。何ていう村?名前も変わってるわよね、このへんじゃ聞いたことないし。なんで神父様と一緒にいるの?」
あまり深く考えないやつなのか、興味津々といった顔でクルルを観察し始める。ちょ、わかってたけどこの娘、なんか色々失礼かもしれない。
じいさんがわざとらしくため息をつき、おもむろに立ち上がった。のっそりと袖をまくり、腕を伸ばす。
「いったーー!?なんでー!?」
「失礼じゃぞ」
わりと力の入ったアイアンクローを食らってキャシーがもがく。
なつかしいな、俺も子供の頃食らったわーあれ。
「何度も言うたじゃろ!初対面相手に無遠慮に詮索するでない!あと外見の特徴を見すぎるのも失礼じゃ」
「はぁーい…」
頭を擦りながらしぶしぶ頷く。
まぁ確かにちょっと遠慮が足りなかったかな。でも、相手がこいつの場合…
「…?」
やっぱり、なんだかわからないという顔のクルル。お前の話だぞー。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それきりキャシーも大人しくなり、静かに馬車に揺られていた。
つーかじいさんが見張ってなかったら多分大人しくしてないな、この娘は。たまにちらちらと目線を感じるし。
そんな少女をじとーっと見据えていたじいさんが、おもむろに口を開いた。
「のぅ、キャシー…あえて聞くがの、昨日のゴブリンとはどの程度戦えたんじゃ?」
一瞬なんのことかと思ったが、キャシーが唾を呑みこみ固まっていた。あ、昨日のあれか。
…なんか、目線を反らしてませんかこの娘。
「魔法には自信がある、と言うとったが…兵達の報告のよると、ゴブリン共は魔法で攻撃された痕がなかったらしいぞ」
「…よ、避けられちゃった、の…かも」
「しかも蹴りを食らって伸びてるやつが二匹に、拳骨の跡がついとるのが一匹いたそうじゃ」
「……」
キャシーはわざとらしくそっぽ向いたまま口笛を吹き始めた。
こいつ魔法使いじゃなかったの?武闘派?
ライアットは額に手をあて、空をあおいだ。
「やっぱりのぅ。だから口をすっぱくして何度も言うたじゃろ、魔法になにより重要なのは集中力じゃ。ちょっと魔物が出たくらいで慌てとったら何もできんぞ」
訥々と説教は続く。
なんかこいつ案外苦労してんのかな?たしか教会勤めで、毎日のように彼女の親が相談に来るとか言ってたっけ。
なんだな、万事が万事こんな感じなのかこの娘は。
「う、うう…ジャックちゃんの目が冷たい気がする…」
「安心しろ、多分気のせいじゃないぞ」
うん。なんとか嫁に行けるといいな、俺は応援してるぞ。
そんな横で、クルルは相変わらずぼーっと話を聞いていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
キャシーの村まであと半日程となった所でお昼休憩となった。
馬車が止まり、たいして構えもせずにクルルと外へ出て驚いた。
「おー、これはいいですね。ちょうど花が咲き始めたところですか」
後ろから来た隊長が感嘆の声をあげる。
目の前には広大な花畑が広がっていた。背後を振りかえると広がる薄暗い森。なんだよ、変わりすぎだろ。
「どうじゃ、中々の景色じゃろ」
何故か得意気に威張るじいさんエルフ。た、たしかにこれは絶景だ。
しっぽをプルプルさせて感激する俺。
真っ暗な森の中にぽっかり穴が空いたみたいに広がる白い花畑…よく見たら花びらがぼんやり薄ピンク色に発光している。
なんて幻想的なんだろう。
この感動を分かち合おうと頭上を見上げると、クルルが相変わらずぼーっとした顔をしているのが見えた。って全然明後日の方向向いてやがる。
「ミー」
おい、こっち見ろよ!すげえぞ、見る価値あるって!
足場にしているクルルの大きな手のひらを短い前足でぺちぺち叩き、訴える。
「ほっほっほっ、そーかそーかお前にはこの価値がわかるんじゃな」
「ミー!ミー!」
わかるよ!
この花、えっと名前わかんねーけど、なんか光ってるし神々しいっていうか、なんかきれいじゃん!こんなの見たことないよ!
美意識とかあんまりないと思う俺でもこれはぐっと来た、と必死に伝えようとした。
そんな俺の頭を撫でて、じいさんがうんうんと頷く。すごく嬉しそう。
「たしかに、これほど見事に咲くとは思いませんでしたね。この森のなにかが合うんでしょうか」
「まぁ説明すれば長くなるんじゃが…ちょいと日の当たりかたと土壌の改良をの」
おー、すげー。勝手に咲いて増えた訳じゃなくて、まさかこいつが育てたのか。
賢者って万能だな、魔法だけじゃないんだ。
「村のみんなもこれには驚いてたわ。まさかヒルデの花がここで育てられるなんて、思いもしなかった」
キャシーもにこにこしながら花畑を眺める。
これ、ヒルデっていう花なのか。名前もきれーだなー。
「これだけの収穫があれば、もう村の財源に不安はなくなるじゃろ。種を仕入れるのに多少赤字になってしまったが、売りに出せばすぐ回収できるわい」
「おお!それはありがたい。城下で最近薬草が品薄で値が上がり困っていたんです、これが市場に出れば徐々に元の値段に戻るでしょう」
……?なん、え?ちょっと待って?
「うっふっふっ、この花びらの透明度を見なさいおじ様!これなら普通の薬草より高い治癒効果が確実に出せるわよ。今まで出回ってた質の悪い薬草なんて駆逐してやるんだから!」
「ミャー!?」
これ、薬草の原料かよ!?
こんなきれいなのに、こんな神々しいのに、磨り潰して薬にしちゃうの?マジで!?
「ジャック、あの花は匂う。傍には行かない、ほうがいい」
手のひらの上でわたわたしていたらそんなセリフが頭上から。
この花、薬草でしかも臭いのかよ!?異世界の植物ひでえな、さっきの感動を返せ!