11話 おはよう朝ごはん
朝になったことには気づいていたが、この暖かさから離れるのが嫌で狸寝入りを決め込んでいた。
俺が潜り込んでいる毛布越しに、ごそごそばさばさと何かする音は聞こえている。
俺たちは旅の途中である。
彼らと行動をともにするようになってから毎日、寝て起きたらすぐ出発の準備でみんな大わらわなのだ。まあ、俺以外は。
なんたって俺は子猫だ。こうして皆が忙しく働いている時であっても、ゴロゴロと惰眠を貪っていられるいい身分。勤め人だった時は休日さえ目覚まし時計の音で起きていたが、こっちの世界に来てからは言っちゃなんだが毎朝こんな感じ。
だらだら、ごろごろ。
いやー、手伝いたいのは山々なんスけどねー。働きたいのになんの力にもなれず申し訳ないわー。
そんなことを考えてニヤニヤしていたら、突然体が宙に浮き視界がぐるりと回った。
「ミャッ!?」
毛布から振り落とされ、ぽてぽてと絨毯の上を転がる俺。
「あ…すまん」
目を回しながら見上げるとクルルが毛布を掴んで立っていた。慌ててしゃがみ俺を抱えあげる。
「ミー!」
手の上でくるりと回され、全身を確認された。うう、怪我はないからやめてくれ、酔いそうだ。
まったくもう、この野郎はどうにもドジでどんくさくって…
内心で呆れていると、ふと気がついた。俺を見つめる、なんともいえない微妙な表情に。
こいつは変な首輪をつけられて奴隷にされていた。そのせいか知らないが、少々表情が乏しい様子が見られる。しかもたっぷりした髪が顔を隠していて目元がよく見えない。
だのに、この、俺を見る…残念な子を見るよーな目はどういうことだ?
クルルの目線まで持ち上げられて、じーっと見つめられること数秒。や、いや、あのね?俺だってやればできるのよ?なんてーか今はこんな体だから…労働力として期待できないっていうか…
なんとも言えない目線を受け止めきれず視線を反らし、きまずい沈黙にさらされる。
「…はぁ」
ふいにクルルが目を閉じて重い息をはいた。
うぅ、いたたまれない。もしかしてこいつ、俺の考えていることがわかってたり?まさかとは思うけどさ…
クルルの胸に抱き抱えられ天幕の外へ向かいながら、冷や汗をかく俺だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
兵士達はおもいおもいに身だしなみを整えながら、焚き火の周辺に腰を下ろしていた。パンを食べたり、干し肉みたいなものをかじってるやつもいる。
彼らはいくつかの班に分かれ、順番に見張り、巡回などの仕事をこなしていた。けっこうな人数がいるが、その動きは皆きびきびとして無駄がない。まあ、この焚き火を囲む食事の時間は別のようだが。
ふっふっふっ…いつもなら俺はヤギのお乳を飲んだ後再び眠ってしまい、この朝食風景を見ることがなかった。だが今日はこの通り起きている!眠いけど!
なんたって初めて見る異世界だ、食べ物がどんなもんか興味は尽きない。ヤギ乳もうまいけどさ。
ふむふむ、パンは…なんか黒くて固そうな。食いちぎるようにしてるし、やっぱ相当固いんだ。しかも粉っぽい。
干し肉、はなんの肉なんだろう?ちょい黒っぽく見えるのが気になる、木の皮っぽくてなんともまずそう…
そんなそそられない食事の合間に、彼らは水風船の萎んだような物に口をつけている。
中身はやっぱ水なのかな?あれって水筒的な物?
俺を抱え座っているクルルにも、兵士の一人が食糧を渡してきた。おお、なんかボロいガーゼみたいのでくるんである。
ほうほう、近くで見ると思ったよりでかいな。パンに干し肉に、水筒と…小さめのチーズの塊とクルミみたいなのが入ってた。あれ?なんだこれ?
クルルの膝の上に広げられた包みの中に顔をつっこんで、くんくんと匂いを確かめる。
「おいおい、いいのか?猫に食われちまうぞ」
お?近くの兵士が寄ってきたみたいだな。
しかし失礼な、俺は人の飯に手を出すようないやしんぼじゃないぞ。気になるけど。
「それ、やっぱ猫だったんだな。昨日までネズミだと思ってたぜ」
クルルの隣に腰をおろした兵士は若く、まだ幼い顔つきをしていた。くったくない笑顔で横に腰を下ろすと、見上げる俺の頭をつつき耳の後ろをかいてくれた。
ふむ、中々心得てるじゃないか。気持ちよくて喉が鳴る、いかん、眠気が再燃してきた。
「おいリック…」
「なんだよ?だーいじょうぶだって」
もう一人の兵士が若い兵士を咎めるように声をかけるも、すぐ笑いとばされる。
「ちょっと珍しいってだけで、普通の人と変わらないよ。な?」
肩をばんばんと叩かれて、クルルが小さく頷く。
そっか、もしかして獣人って聞いて怖がられてたのかな。クルルはわかってないっぽいけど。
「顔中傷だらけだったからおっかなく見えたけどさ、まだ子供じゃん。な?」
「え、あ、う…子供、じゃない。…多分」
「ん?どういう意味…あれ!?顔が違うっ、傷が消えてるぞ!」
今気が付いたんかい。でもクルルの顔は髪の毛で下半分くらいしか見えないし、無理もないか。
あーもう本当こいつの頭もさもさでうざってーなー、だれかハサミ持ってないかな。って今の俺の手じゃ無理か…
それから二人の兵士は俺たちの隣へ並び、食事を始めた。メニューは一緒のようだ。
若いほうの兵士はリックという名で、俺を膝に乗せてにこにこ顔である。もう一人とあわせて、部隊の最年少であるらしい。背の高い彼はハロルドというのだそう。こいつのほうが頭良さそうだな。くんくんくん。
「こらこら。チーズはやらないぞ、賢者様からの特別な差し入れなんだから」
「お、クルミ食べないのか?なら俺が」
「あー!?」
俺が鼻をくっつけていたチーズをリックが取り上げると同時に、ハロルドがその脇のクルミをさらっていく。悲鳴を上げて怒るリック。
わかるぜハロルド、なんかこのあんちゃん、かまいたくなるんだよなぁ。
若い二人のじゃれあいを見上げつつ、この隙にとこっそりチーズを舐める。ぺろぺろ…
うーん、塩気が効いててなかなか美味である。ちょっとしょっぱいくらい味が濃くて、やや匂いが強いけどこれはパンに合うだろうな。うーまー。ぺろぺろぺろ。
ぺしっ。
「ミャッ!?」
何かに後ろ頭を小突かれたと思ったら、ふわりとしたものが体に巻き付き、そのまま上に持ち上げられた。
クルルが、しっぽで俺を持ち上げたようだ。っておいしっぽ、そんな使い方もできるの?
目線の高さで固定されぷらんと手足をぶら下げる俺を見て、少し困った顔をするクルル。
「だめだ」
うっ、ばれてた。すんませんした。
反省していると、なんとなく伝わったらしくしっぽから解放された。うう、ちょっとドキドキしたけど、異世界で初めての固形物うまかった。歯が生えたら今度は齧りつこう。