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くろねこの冒険~目指せ!異世界一周~  作者: 葉桜丸
第2章 ウェスリー王国あっちこっち
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102話 幕間 精霊達の宴

すっごくひさしぶりに更新させていただきます。こっそりと。

明るい木漏れ日が燦々と降り注ぐ、心地のいい日溜まり。

葉の一枚一枚に暖かな太陽の光を受け、体が徐々に暖まっていく。

この感覚は大変好ましいものだ。毎朝、太陽が登るこの時間が待ち遠しい。


深い森のさらに奥に広がるこの「精霊の森」は、我ら森の精霊が数多く住まう場所であり、外の世界では数を減らした非力な原種の動物や虫なども数多く棲息していて、とても賑やかだ。


それというのも、ここには「魔物」はあまり立ち入ることが出来ないのである。

例外として強大な力を持つ高位の魔物や、先日の忌まわしいオーク共のように森の守人の権限を強奪でもしない限り、邪悪な生物は基本的に入り口にさえたどり着けない。

なので、この森はいつも静かで穏やかな時間が流れている。


聞こえてくるのは、そよ風で揺れる優しい葉擦れの音、小鳥達の唄う声、朝露が葉から零れる音。

そのようなものだ。

だが、ここ数日は大分その様相が違っていた。




『聞いてるのか?妾は若君の生還をなにより祝いたいのだ!これほど喜ばしいことはない!そうだろうウィック』


『ねえねえ聞いてますかぁ?ヒック。見ましたでしょあの仲睦まじい姿!ウィッ、うちの娘はねぇ、自慢じゃありませんけれどこの森で一番の才媛!ナンバーワンの器量良しなんですっ!ゴックゴクゴク、ウェック!』


……まだ飲んでる。

もう何日目だ?いったいいつまで続くんだ、この酒宴は。




私の高い目線からちょっと離れた下のほう、淡く輝く花畑の真ん中で酒樽に向かって拳を振り上げ熱弁する銀髪の美女、そしてそんな彼女の後ろ頭をペチペチ叩きながら杯をあおる緑色の髪の美女。


…あの二人は、あれでも大聖霊である。

常日頃の厳かな佇まいは欠片も見当たらないが、多分大聖霊で間違ってない。


『わーい!はっぱもじゃもじゃー』

『おいちゃんほんとにおおきいねー』

『これおいしー』

『みてみておっきいまつぼっくりー』

『えい、かんちょ!』


「ぐわッ!?やめろこのちびっこ供!!」


『きゃー!』

『おそったおこったー!』

『わーい、えだびゅんびゅんー、おいちゃんすごいねー!』

『つかまらないよーだ、きゃっきゃっ』


……ッ。


しばらく枝を振り回してクソガキ達を捕まえようと試みるも、視界の端から端まで一瞬で動き回る小さな雷雲達は一匹も捕まらない。

普段は鈍足なくせに、なんて素早いのだ。これが本来の移動速度なのか。


こいつら、普段は雲の中に隠れていて森に降りてくることなんてなかったが、ここまで手の付けられないワルガキだったとは。

人間からは畏れと尊敬を集める雷の精霊がこんなだったなんて、知りたくなかった。

これなら、まだ風の精霊のほうがマシだろう。奴らはおしゃべりで噂好きなだけで悪質ないたずらはしないからな。



雷の大精霊であるヴァイス様にくっついて森へ降り立ったこいつらは、なんだか知らんが「ヒザカックン」だの「カンチョー」だの言いながら執拗に私に電撃を浴びせてくる。

ごく弱い電撃であり、さらに私が年経たトレントで頑強であることからたいしたダメージはないのだが、やっぱり当たるとちょっとビリッとする。


彼ら、雷の精霊は通常空の上にいることがほとんどで、さらに風の精霊を越えるスピードときまぐれさで世界中をふらふら移動することからか、森から動かない我らはあまり関わりを持ったことはなかったのだが。

他の森の精霊とも稀に連絡を取り合っているけれど、雷の精霊なんぞと対話したことのある者はいなかった。


このクソガキ…いや、小さな雷雲達。

彼らは精霊として生まれてまもない身で、精神的にもまだまだ幼く、未熟であるらしい。

雷の精霊自体が我らに比べると数が少なく、また成熟するまでに長い年月がかかるそうだ。

幼く非力で少々やんちゃな彼らは、成熟するまでは雲の上にある「精霊の里」で過ごしているらしく、今回特別に地上に降りてきたのが楽しくて仕方ないようだった。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



先日、この精霊の森で起きていた深刻な事態を解決するのに彼らが助力してくれたことから、数日前に感謝の宴を開くこととなった。

ヒトの集落で祭りをやっているのを見て、彼らが自分達もやりたいと言い出したからである。


我ら精霊は人間のように食べ物を摂取する必要はなく、酒を飲んで酔うこともない。

だがはるか昔、とある森の精霊が「自分も酒で酔ってみたい」「仲間と集い、踊り、楽しく過ごしたい」と人間の祭りに興味を持った。

そしてそれに同調する何体かがのんびりきままに研究を重ねて作り上げた、精霊でも飲める酒。我らは適当に精霊酒と呼ぶ。

ここの森でもその製法を知る者が作っており、普段なら彼らがチビチビ飲むだけだったそれを、人間を真似て皆で集まって飲むことになったのだ。


それまで全く興味を持っていなかった森の精霊の多数が初めて口にした、酒。

が、いざ飲んでみれば「酒に酔う」という慣れない感覚が思いの外おもしろく、普段は浮かれることなど滅多にない我らトレントやアルラウネ達も、ヒトの言葉なら夢見心地とでも言えばいいのか、ふわふわと楽しい気分で酒を楽しんでいた。


だがしかし、楽しかったのは最初だけ。

夜更けまで楽しく酒を飲み語り合った次の日の朝、目覚めた我らを待っていたのは著しい体調不良。

視界が常に揺れているような気持ち悪い酩酊感と、体があちこち歪んだような嫌な感覚に襲われ、皆ふらふらだ。


酒を作った連中に慌てて聞いてみれば、ヒトでいう「二日酔い」という状態に陥っているのだという。

酒を飲めばこうなるのは常識だと笑われ、戦慄した。

あれから三日、ようやくふらつきも治まりホッとしていた我らの前に、困った問題が残っていた。


我ら森の精霊も、雷の精霊も、一様に二日酔いで苦しんでいたのだが……そうでなかった者もごく少数いる。

そう、二日酔いに陥らず、全く苦しまなかった者が。

彼らは数こそ多くなかったものの、苦しむ我らを尻目に翌日も酒を飲み続け、宴が始まってから三日目の今現在に至っても楽しげに騒ぎ続けているのだ。



何故こんなにも、同じ酒を同じように飲んでいたというのに。

釈然としないのだが、彼らはヒトの言葉で言う「ザル」という体質であるらしい。

……私は樽で二つ飲んだだけで、あれほど苦しんだ。昨日までは一日中絶え間なく気分が悪くて、正直地面に立つのも辛く、根を引っこ抜いて体を横にしたいほどだった。他の連中も似たりよったりだ。

うむ、やはりまだ胸がムカムカする。


気分の悪さを思い出して鬱々とした気持ちになったが、まぁそんなこともあったが宴から三日たった今日は皆だいたい元いた場所へ戻り、普段通りに過ごしている。

が、若干数が未だに宴を続けていた。件の「ざる」連中である。


静かな森を引き裂くようにけたたましく騒ぎ続ける彼ら……筆頭は我らが親愛なる森の大精霊、デリュフィリーデ様である。あとヴァイス様。

今もまた樽を一つ空にして、次の酒を持ってこーいと言いながら上機嫌に……何故か二人で肩を並べて踊っている。


彼女らは、確かに酔っているんだと思う。

あの出来上がった様子から見ても、酒で酔わないという「ざる」ではないだろう。

だが、いくら飲んでもあんな調子で、杯が止まらないのだ。我らは一晩経ったらすぐ不調になったのだが……彼女らは全くペースが落ちず、上機嫌でひたすらカパカパと飲み続けている。


ふと花畑の向こうに視線を向けてみれば、うかれ騒ぐ大精霊達の姿を遠巻きに伺いながら円陣を組むように並ぶ者達がいた。漂う雰囲気は暗い。

其奴等はトレント、アルラウネ、古株のマンドラゴラなど、この森で精霊酒を作っている酔狂者達である。みんなちらちらと花畑を見ながら、揃って涙目だ。


どうやら、あの二人が森の酒をほぼ飲みきりつつあるらしい。

元々、森で酒を飲む者は少数派であり、貯蔵してある量も少ない。むしろよく今日まで三日間もの長い間保ったものだ。


酒好きな彼らには悪いが、飲むモノがなくなればさすがにあの(迷惑な)宴も終わることだろう。

……そうすれば、宴が終わればおそらく、この雷雲共も空に帰っていくはず。この煩わしさもそれまでの辛抱だ。


『ねーねーおじちゃん、あれなぁにー?』

『あ!バッタだー』

『ひざカックーン!きゃっきゃっ』

『くだものってあまいねー!もっとちょーだーいっ』


相変わらず私の体の周りを飛び回りながら好き勝手に騒ぐ小さな雷雲達にげんなりしながら、すぐ傍にいるはずの同胞達の様子を見る。


「…………」

「…………」


おい。なにただの木のふりをしてるんだ。

この森にいるトレントは数多く、宴が終わってから各々の定位置に戻ったとはいえ、少し間隔はあけてあるものの私の左右、背後にも同胞はいるのだ。

この、こまっかくて五月蝿い雷雲達の面倒を、なにも私が一人で見ることはないだろう。


「おい、柊の」

「…………」


「なぁ、楠の若造よ」

「…………」


……無視か!

気配を消したつもりなのか!?黙って動かずにいれば自分等はただの木だとでも!?

その辺の普通の森にいる理性もろくにない魔物なトレントならともかく、お前らみたいな威圧感のある「ただの木」なんぞあるか!!


『おじちゃーん』

『ぶんぶんしてあそぼーよー』

『バッタにげたー、おじちゃんバッタつかまえてー!』


ぐっ、こいつらの目は節穴か?

廻りにはこんなにもたくさんの私と同じトレントがいるだろーに。なぜに私一人に全員でまとわりつくのだ。

正直煩わしくて仕方ないのだが、黙ってじっとしているとまた電撃を食らわされるのが判っているので、渋々だが遊んでやる。

しかし、さすがに疲れてきた。ちょっと腰が痛い。


ふと、足元…私の根の辺りがむず痒く感じた気がして、視線を落とす。

私の体の根元からは茸の妖精、マイコニドの子供達がうじゃうじゃと顔を出していた。

彼らはまだ生まれて間もない。ある程度育つまではとても非力なため、何本かのトレントが根元に住まわせ守っているのだ。


子供を庇護するのは親の勤め、と思いもするが、種族の特性上子沢山な彼らは、一度に生まれるのが親が面倒を見きれる数を越えているからな。まぁ、幼子は可愛いものだし、たかが数十年世話をするのにたいした苦労はない。


小さな彼らは普段はとてもおとなしく、また物静かな為たまに存在を忘れそうになる。

そんな彼らを、なんとはなしにほぼ真上から見下ろしていると、小さな丸い頭の内の一つがプルプルと震えだし、そして傘をぽんと開き白い粉を吹き出した。


ぱふっ。


「これ、胞子を吐くでない。痒くなるだろう」


慌ててやんわりと注意を促す。

ああ、さっきから妙に根がむずむずしていた原因はこれか。

まったく、胞子を吐くのは風の強い日にしてくれと教え込んであるのに。しようのない子だ。


ぱふっ。ぱふっ。


止めた、なのにさらに他の頭も胞子を吐き出し始めた。

足元の空間が撒き散らされた胞子でちょっと白く染まり、日差しを受けてキラキラと輝く。


「こらこら、吐くなと言ったろう」


ぱふっ。ぱふっ。ぱぱふっ。


「……おい?」


次々に胞子を吐くマイコニド(小)達。

…小さすぎて気づかなかったが、皆微妙に体が左右に揺れているようだ。それに漂う甘い香り。

こ、こいつらまだ赤んぼうのくせに酒を飲んだのか!?いや、もしや他の連中が飲ませたのでは…


あ。匂いか。

己の微かな嗅覚が辺りに充満する酒臭さを捉え、思い当たる。

花畑の周辺には大精霊のお二方が三日三晩飲み明かしたせいで、嗅覚がマヒするほどに濃厚な酒の香りが蔓延していた。

まだ幼い彼らにとってこの酒の匂いはあまりに強すぎたらしく、それで酔っぱらってしまったようだ。

飲まなくても酔うとは、新発見だ。


『キィッキキーキーキー♪』

『キーキキィキーッキー♪』


ジャンカジャンカジャンカジャンカ。

ドドンドン、ピーピピー。


『わぁ!なになに!?』

『おうたうたってるー』

『がっきだー!』


雷雲にまとわりつかれながら、マイコニド達の胞子でどんどん痒くなる根を持て余していると、辺りが急に騒がしくなってきた。

花畑の向こう側で一塊のマンドラゴラ達が、何故か手に手に楽器を持ち、肩を組んで体を揺らし歌いはじめたらしい。

な、なぜ急に?雨が降った訳でもないのに。


「キキッキーキキィキー♪」

「「「キキー♪」」」


何がなんだか分からずに呆然と眺めていたら、他のマンドラゴラ達までもが一斉に歌いはじめた。そして次々と地面から楽器を生やし、演奏をはじめる。

って、奴等も酔ってるのか!?なんでだ、そもそもお前らに鼻の穴なんかないだろう!?


「うぐぅ」

「や、やめろぉー……頭割れるぅー」

「いった、頭ガンガンするぅ……」


周りから苦しげな呻き声が聞こえて思わず驚く。


隣にいた同胞、トレントが苦悶に顔を歪めて頭をおさえていた。

さらに反対側を振り向いて見れば、そちらでも同様に苦しむ同胞の姿。その下に生えてるアルラウネの娘も、あっちでもこっちでも……

そう、昨日までの私と似たような症状。大きな音を聞くと頭が痛くなるのだ。


なんと、まさか皆はいまだに二日酔いだったというのか?

どうりで大人しいと思っていた、我ら森の精霊は元が無口だから気づかなかったぞ。

なんてことだ、見える範囲のほとんどが苦しんでるではないか。


『わーい!』

『わ、わ!からだムズムズするー、このおとたのしい!』

『いえーい』


「うぉわ!?」


突然、私にまとわりついていた雲達が高速で飛び回りはじめた。

不規則に急加速と急停止を繰り返す小さな雲、ひゅんひゅんと風を切り裂く音が何度も耳(?)をかすめる。


「あちっ!こ、こら!放電するな、危ないではないか!?」


しかも雷雲達はあろうことかバチバチと雷を纏っていた。雲が葉を枝を掠めるたびに、かなりの熱さが襲ってくる。


『らんららー♪』

『じゃんじゃんじゃーん♪』

『わくわくするー!わーい』


危うく火が付きそうになっている葉を慌てて枝ごと振り回し、わたわたと己の腹や地面に叩きつけ消火する。

危な!まさか、年経たトレントである自分が今さら普通の木のように焼けて死ぬなど、冗談ではない。


最初は私の周囲をグルグル飛び回っていた雷雲達だったが、なにやら楽しげにヒートアップしていくにしたがって移動範囲を広げていった。

輝く軌跡を残しながら目にも止まらぬ早さで縦横無尽に飛び回る小さな……大量の雷雲。


「あっちぃ!?」

「うわぁ、なんだどうした!?や、やめてくれ雷のぉ!?」

「でっ、デリュフィリーデ様!ヴァイス様!助けてっ、あいつらを止めてくださーい!!」


周囲は一気に阿鼻叫喚に包まれ、枝葉の一部を燃やされて他の仲間に叩き消されている者や土を撒き散らし逃げ惑う者、雲を捕まえようとして根をもつれさせ転ぶ者と、混乱の極みに……


そんな大混乱の森にあって、我らが敬愛する大精霊の二人は。


「まああステキ!これって新しい曲?ヒック」

「主殿―!妾は、妾は貴方に忠誠をぉー!!おぇッぐっほぐほ……うう、どうせ妾なんてダメダメなダメ精霊なんだぁ~、ぐすぐす」

「ウィッ、だめよぉヴァイスちゃーん。お酒は楽しく呑まなきゃ!さぁ踊りましょーらんららー♪」


何故かは知らんが、軽快に踊り始めていた。

ヴァイス様はデリュフィリーデ様に両手を取られ振り回されているようにも見えるが、なぜに今この状況で踊るのだ。頼むから周りの惨状を見てくれ。

ちょっと泣きたい気分になりながらも、この混乱を治めるべく重い腰を動かすしかない私だった。


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