101話 おつかいわんこ
クルルの視点でのお話に戻っています。読みづらくってごめんなさい(;^_^)
食堂の前庭、暖かな日差しが気持ちいいそこで思い思いにテーブルにつき、茶を飲んでいる男女。
白銀の刃という冒険者パーティーの彼らは、隣国から来たんだという。彼らの口ぶりからすると、住んでいたのはオレがいたのとは違う、内陸のほうの街なようだった。
海を渡るのは大冒険だと、そもそも船に乗るのも命がけだからヒヤヒヤしたと笑っていた。
それを聞いて、ふと疑問が沸く。
豊かな水場に魔物が多い事は知っている、でもそんなに……船に乗るのは怖いものだろうか?
それに「水に落ちたら人生終わり」とも言っていた。
それってもしかして泳げない、のか?四人とも?
そういえば盗賊といた時、湖や池を泳いで渡らされたりしてたのはオレだけだった、かもしれない。潜って魚を捕ってたのも、考えてみればオレだけだ。
もしや、普通のヒトは泳がないのか?そもそも水の中に入らない……?
気になる、でも聞けずにいる内に話題は他のことに変わってしまっていた。
うーん、すごく気になる。
ひとまず海のことは置いておこう。きっと後でも聞けるだろうから。
今大切なことは、この村についてだ。
魔獣と違って害のない、いわゆる「愛玩動物」と呼ばれる生物と触れあう機会など、平民にはない。
まして、愛玩動物中もっとも人気が高い原種の犬猫がこれだけたくさんいる場所は他にはないだろう。
キャシーが言うには、彼らにとって犬猫との触れあいはすごく嬉しいことらしい。
オレの胸にへばりついている猫もだが、この村にいる犬や猫達はとても人懐こい。
ここ以外のテーブルにも客が一組いるが、どうやらそっちも余所から来た人であるらしく、猫が何匹も入れ替り立ち代わり、様子を見に来ているのか挨拶なのか、匂いを嗅ぎに訪れていた。
様々な色柄の猫達は、しきりに椅子に座った客達の足の間を潜り抜けたり、鼻先を寄せたりしている。
最初こそ、多分馴染みのないだろう原種の猫の接近に驚き狼狽えていた隣の客達だったが、料理を運んできた女将が猫達について説明してやると、恐る恐るだが彼らの頭や背中へと触れ始めた。
怖々と伸ばされた彼らの指先の匂いを嗅ぎ、額や頬を刷り寄せる猫。ふわふわの毛並みへ沈む指先に、目を見開いている人もいる。
その内、一匹の猫がぴょんと客の膝の上に飛び乗った。
びっくりしたのか仰け反る客、猫は鼻先を伸ばし膝の匂いを嗅いで回り、念入りに確認するとその場でくるりと一周し、こてんと寝転んだ。
膝の上で、体を丸くしたまま悠然と前足を舐める猫、その長いしっぽはリズミカルにくねりくねりと揺れている。
「「「……なに、この可愛い生き物」」」
蕩けるような声音で、隣の客達が呟くのがこちらにまで聞こえた。
隣に座るキャシーが口を押え、笑いを堪えている。
「ねえ、これさ。あたし達が下手に頑張るより犬や猫にお客の対応させたほうがいいんじゃない?」
さもおかしそうに小声でそんなことを言われたが、なんと答えたらいいんだろう?
でも、確かにオレもここに来て、初めて猫や犬と触れあってすごく嬉しかった。
そういう人は他にも多いんじゃないだろうか。このふかふかの生き物は見ているだけで幸せになれる。
この村にたくさんの人が訪れるようにしたい、この村に住む人達が様々な良い出会いに恵まれるようにしたい、といった目的で動いているとこの前シスターから聞いた。
なら、犬や猫と触れあって幸せな気分を味わってもらえたなら、きっとここの印象は良くなる。はず。
少なくとも、彼らがここに来たことを思い出す時は真っ先に犬や猫が浮かぶだろうから。
「ワフッ!!」
ぼんやり考えていたら、大きな、でも気が抜けるような吠え声がした。
声のするほうに目をやれば、黒い大きな犬が走ってくる。
端がギザギザの垂れた耳、筋肉でごつごつした黒くてでかい体。
確か、あれは…雑貨屋?の犬だったかな。
ポピー、だったっけ。
呑気に眺めていたら、ポピーはまっすぐオレのところへ走ってきて、何故かズボンに噛みつき引っ張りはじめた。
あ、ああ。このズボンゆるいから、下がる、尻が出る。
咄嗟に立ち上がりベルトを押さえ上に引っ張りあげるが、ポピーは離してくれない。
困り果てておたおたしているオレの周りで、一瞬驚いていた周囲の人々だったが、やがて興味津々といった顔でポピーを観察しだした。
みんな見てるだけだ、誰かポピーを止めてくれないだろうか、ズボンが破けそうな気配がしてきた。
「でかい犬だ、かっこいい!おい、腹減ってるのか?これ食う?」
フューリーが嬉しそうに笑って食べかけのサンドイッチを差し出せば、ポピーの目がまん丸くなって口がパカリと開いた。
その隙に、解放されたズボンを引き上げ、ベルトを留め直す。留め金を嵌めるのは苦手だ、難しい。
うーん、しかしこれ以上きつくは締められないみたいだ、まだゆるいんだけどどうしよう?ベルトと腹の隙間に手が入るな……
俺の服はどれも借り物で、全体的に一回り大きい、いや太い?
袖丈や足の長さは調度いい物であっても、二の腕や太股とかはブカブカしていて恥ずかしい。
シスターは、たくさん食べていればそのうちピッタリになると言っていたけど、たくさん食べようとしても食べられないのはどうしたものか。
無理に詰め込むと気分が悪くなるし……この村に来てから毎日三食、腹一杯になるまで食べているが、一向に手足が太くならない。
これまでの人生で食事といえば一日一食あるかどうかだった、毎日満腹になれるというのは幸せだけど、出された食事を食べきれないで残してしまうのが心底申し訳ないし、恥ずかしい。
「がふがふっ、ワフ!」
「おー、うまいか。そーかそーか、可愛い奴だなー」
「ちょっとフューリー、勝手にモノ食べさせないほうがいいんじゃない?太っちゃったりお腹壊したらどうするのよ」
「大丈夫だろ、こんだけでかい犬ならちょっとぐらい食べたってたいして腹の足しになんないよ。な?」
「ワフン!」
「はははっ、なつこい奴。よーしよしよし」
フューリーがポピーを撫でると、ポピーは激しくしっぽを振りながらじゃれついている。
ポピーが来る前から足元に侍っていた二頭も、嬉しそうにしっぽを振ってまとわりついていた。
どうやら彼は犬が好きなようだが、犬からも好かれているようだ。こうして見ると犬も可愛いなぁ。
収まりの悪いズボンをゴソゴソやりながらちょっと羨ましく思っていると、視界の端で黒く小さなモコモコが動いた。
ジャックがよちよちとテーブルの上を歩いてきたようだ。ぷりぷり揺れる尻が、しっぽが可愛い。
オレの座る位置まで来ると首を傾げながら、テーブルの端に寄って下を見下ろし、ポピーをジッと見つめる。
「ミー?」
何か不思議がるようにポピーと俺を交互に見ながら、小さく首を傾げている。
ちっちゃな耳も斜めになる、ジャックは今日も世界一可愛いな。
でも何か問いかけてきているようだ、なんだろう。
「キキ、キーキキィキッキ?キーキキィ
(旦那様が、ボビーさんは主様を呼びに来たのでは?とおっしゃってますわ)」
おお、アルが教えてくれた。
そうだったのか、この犬はボビーという名前だったんだ。
だけど俺に用事って、なんだろう。
「ボビー?」
「ワフ?」
フューリーと戯れるボビーにそっと声をかけると、こちらを振り返って不思議そうに首を傾げられた。垂れ耳が片方めくれ上がる。
ジャックもボビーもオレも首を傾げて見つめあう。
なんだか、俺に用事、ではなさそうだ。きょとんとしてるな。
なんだかわからず、ジャックもアルも同じようにきょとんとした顔をしていた。
それを眺めていたボビーは、首を傾げながらもたっぷり数秒考え込み、思い出したように口を開いた。
「ワフワフワフ!」
「キィ、キキッキキ…!(おいしい、うれしい、この人大好きとおっしゃってますわ…!)」
ん?
そうか、おいしいのか。それは良かった。
「いいよなぁ、犬!俺もいつか貴族みたいなでっかいお屋敷に住めるようになって、このくらいでかい犬を飼いたいぜ」
「クゥ?ワッフ、ワンッ」「きゃんきゃん!」「わん、わふん」
心底楽しそうに言いながらフューリーが犬達の頭を乱暴に撫でると、三匹が同時に飛びかかっていき、彼を押し倒して椅子から落としてしまった。
大中小三本のしっぽはブレて見えるほど高速で振られている。
「あっははは!やったなぁー?」
「ワフ!」「わんっ」「きゃんきゃん!」
地面に座込み、犬達と転げ回り始めたフューリー。
心の底から楽しいらしい、さっきより快活な顔はずっと幼く見える。
アルフィスに「埃をたてるな」と叱られたようだが、土や葉っぱが服につくのも気にならない様子で犬とじゃれあっていた。
「それにしても、昨日の薬師さんには驚かされたわねー」
ティアナが椅子をガタガタ動かして、フューリーと犬が巻き起こす砂ぼこりから離れると、溜め息まじりにそう言いだした。
昨日…俺は一日寝ていたから知らないが、何かあったのかな。
薬師、といえば薬草やポーションを作る人?
やっぱりこの村にもいるんだな。村に来る途中で見た薬草畑も立派だったし。
「全くだ。心臓に悪いから二度とあんなことにはならないでほしい」
「ラーナさんは可愛かったけど、…あれが彼女のお兄さんかぁ。うーむ…」
アルフィスも、地面で犬に埋もれたフューリーもなにやらぼやきだした。
何があったんだろう。
不思議に思い、キャシーなら知ってるかと思い付き彼女の顔を窺うも、サッとそっぽを向かれてしまった。
なんだろう、ちょっとビクビクしている?
教えては…くれなさそうだ。気になる。
と、それまでにこにこしていたティアナが目を見張り、何かを思い出したように口を開くと同時に立ちあがると、広場のほうへ向けて大声を発した。
その声量に一瞬犬や猫達がビクリとして背中の毛を逆立てるが、すぐ元に戻る。危険はないと判断したようだ。
「リデアー!あんたあの時店の外にいたでしょ、一人だけ怖い思いしないで、ずるいわよ!」
「えー?なにー、何か言ったー?あ、ヒルダちゃん見て見て、四つ葉のクローバー」
「わぁ!おねぇさんすごい!いいなぁ、あたしも見つけたーいっ。フンフンフン…くしゅっ」
「まぁああヒルダちゃんったらクシャミまで可愛いぃいい!」
おお、ヒルダは体こそ大きいけどくしゃみは小さいんだな。意外だ。
ティアナにブーブーと文句を言われながらも、リデアがゆっくりとこっちに戻ってきたようだ。
ヒルダの鼻先をハンカチで拭ってやっている、くしゃみで鼻水が出たんだろう。
「ずびっ、あー楽しかった。おねえさん、またおいかけっこしようね!」
「もちろんよ!いつだって大歓迎よっ」
「わーいっ」
ひときわ大きなヒルダがテーブルの傍に近づいて来ると、隣のテーブルで猫を構っていた冒険者達がちょっと驚いているようだ。
だが、ヒルダがしっぽを振りリデアの顔を舐めている様子を見るとあからさまにほっとしている。
ヒルダは魔獣っぽい大きさだから、怖かったのかもしれない。オレより大きいし。
でもこの愛らしい仕草を見れば、彼女に何も危険がないことはわかるんだろう。何より毛並みが美しい。
しかし、原種の犬?大きすぎない?とかひそひそ話しているから、多分まだ少し心配が残ってるのかもしれない。可愛いのに。
「…ワフ!?」
「ん?どした、でかわんこ」
あ、またボビーが俺のとこに来た、そして案の定再びズボンを引っ張り出した…やめてくれ。
って、これはもしかして、さっきジャックが言ったようにオレをどこかに連れていこうとしてるのか?
アルも、多分そうだろうと言うので、ひとまず彼に付いていくことにした。
でもズボンが下がるから、その辺に落ちてた木の枝に代わりに噛みついてもらって、走り出したボビーの後についていく。
何の用事なんだろうか?