#4 Snow fall
スナイパーライフルを抱えた俺は、せっかく声を掛けたのに動こうとしないあのヘタレをアジトに置き去りにしたまま、1人で現場に向かった。
メンバーには'始末屋'専用のGPSが付いている。携帯で位置を検索すれば、現地には最短でつく。
今、俺に連絡をくれたのは、このWel Cityの役員でありながら参謀として、陰ながら活動しているフェレスという40代半ばの中年男だ。ここの役員という権限を利用して、俺ともう1人のメンバーのツォンリーが、入国時のルールである脳にICチップを入れることなく、尚且つ武器を不正に所持しているという問題をパスして入国できた。という事だ。
俺の仕事仲間は俺を含めて3人で構成されていて、基本的にはスリーマンセルでの活動をしている。
まず、標的の状況を参謀のフェレスが偵察し、連絡する。立入禁止の場所でさえ、役員の権力があればすんなり入る事もできるし、状況によってはガードマンを雇う事もできる。
まぁ、この街自体が平和をウリにしているから必要がないんだけど。
そこにもしもの時の為のボディーガードとして、ツォンリーという中国人の格闘家の女性を傍に置いている。しかもこのツォンリーという女は27と言う若さながら昔から格闘技を触れている為、プロとしてもある程度戦える上に、いいとこのお嬢さんで医学も勉強していて、俺がスカウトする半年前まで現役で看護師をやっていた。まさに戦闘と医療の専門家だ。まさに頼みの綱だな。
そして、連絡を受け、もしもの保険を傍に置きながら俺の到着を待ち、標的を仕留める。
俺、つまり立花王政という日本人は、狙撃の名手・・・と言うと大げさかもしれないが、スナイパーで標的を仕留める程度の集中力と神経は備わっているつもりだ。
最高のチームを100%活かせるプランとしては文句の言いようがないほどの完璧だ。
しかし、ガキの力で車をオシャカにされたのは想像以上の痛手だったな。
さっきの事故から、ついでに俺は右の足が傷む、多分、大腿骨にヒビが入ったんだろう。
まぁ、スノウに現実を知ってもら為に高い投資をしたと思って腹を括ろう。
幸いな事に'審判の子供達'を狩る任務に関しては狙撃手の足は思ったより必要ではないし、基本的に武器はスナイパーライフルだから、現場に付いたら狙いを付けて引き金を引くだけの簡単なお仕事だ。
コツは'声が聞こえない距離にいる事'だけだ。これだけで、洗脳系の力は封殺できる。
まぁ、超常系の力に関しては、直撃する前に逃げ切るしかない。だからこその距離を開ける事ができるスナイパーライフルが最強なんだけど。
今回は足のせいで、超常系の力には対応が出来ないと考えるのがいい。
そのまえに仕留めちゃうしかないって事だ。
現場に近づくにつれて爆風はどんどん強くなっている。
自分の私利私欲か、誰かの差し金か、兎にも角にも史上最悪のクソガキのようだ。
幸い、フェレスとツォンリーは無事を確保している。しかも見事に建物裏と言う安全圏をキープしている。さすがと俺が気が合った人物だ、と言っておこう。
しかし、問題はここからだ。
俺が引き金を引けば良いだけなんだが、あの少年は爆風をひたすらに起こしていて、突風の影響を銃先が受けて照準がズレるし、雪煙でまず標的をスコープから視認できない。
俺の車を吹き飛ばしたように、少年は猿の1つ覚えと思われるほど'吹き飛べ'と言っているんだろう。
時間は深夜の3時を過ぎている。突発的な突風で近隣の住民が窓から様子を見るも、突風の正体は雪煙に隠れて確認できていないようだ。
でも、確認が出来ていなくても、近くの電柱や他の家のポストが巻き込まれて吹き飛ばされているのに、なぜ何も感じないんだ?
この街の住民は平和ボケしすぎているのか。まるで分からない。
とにかく狙いが定められない悪天候を操っているガキ対策としてツォンリーは居る。
ツォンリーが女性と言うのも強みの1つだが、何より、見た目も非常にいい方だと俺は思う。
黒のサラサラの長髪に顔はスラっとしていて。人と接する時はにこやかに、戦闘になる時は鬼神のような表情になる。
少年ににこやかな表情で迫るツォンリー
「どしたの?まだ外は真っ暗で危ないヨ?」
言葉には中国語の馴染みが残っているものの、充分にこの街の言葉としては通用する。
少年は、目の前の女性に向かって、言葉を発した。
「おねぇさん。僕になにか用があるの?」
少年の声をツォンリーは直接聞いていない。その理由は審判の子供達の能力への対策を考えれば、納得のいく対策といえる。
俺の横で少年の様子をずっと観察しているフェレスが、少年の発している言葉を口の動きだけで判断し、無線機でツォンリーに伝えている。
フェレスはいわゆる読唇術のプロだった。彼曰く、読唇術を身に付けておくと、言葉が通じない相手でも口の動きだけで相手の感情もある程度は把握できるのだそうだ。
と、言われすこしかじったが、俺には全部同じに見え、進展もしない為に1週間と努力は続かなかった。
'声が聞こえない距離にいる'事で洗脳系の力は封殺できると言ったが、時として'声が聞こえる距離に'いなければいけない状況が発生する。
今回の場合は、接触による標的の危険行為の阻止である。
こんな非常にリスクのある行動をする為には、あらかじめ声が聞こえない状況を作る事が重要だった。
現にツォンリーはイヤホンを装着し、音楽を周りの声が聞こえない程度の音量で流している。
彼女は大のロック好き。こんな危険な仕事の合間でも、心はノリたくて仕方がないのだろう。
「特に用はないんだけどネ?夜道は危険だから、おネェさん心配で、ウチまで一緒に行こっか?」
「僕は平気だよ。ありがとう、おねぇさんも気を付けてね」
今の少年は普通の会話をしているだけで、洗脳系・超常系のどちらの力も働いていないのが分かる。
無論、洗脳系は効果がない状況にしているのだが、超常系を発生させるワードを発していない為、今は突風をはじめとした超常現象が収まって静まり返った街になっている。
まったく、言葉を選べば普通の人間として暮らせるのにな。
ツォンリーが少年と会話している間約10秒だが、照準を定めるには十分すぎるほどだ。
普通の狩りの現場だったら迷わず頭を貫くだろうが、俺達の任務ではそれはナンセンスだ。
照準を定め、安定した俺は緊張の中、ゆっくりと引き金を引く・・・
引き金を引く、簡単な行為だけでも、それがもたらす現象は大きい物になった。
はじめとして、静かなこの街で、銃声は空を突き抜けた。
俺の放った銃弾は少年の身長ではありえない高さに向けて飛ばされ、電信柱に立っていたカラスが「カカーッ!!」と叫ぶほどのきわどいラインをすり抜けた。
つまり、外したのだ。それも、大幅に。
巨人を狙ったのであれば見事心臓は貫いてただろうに、今回の標的はどちらかと言うと小人だったのだ。
俺が確信していた未来と異った事を招い原因に気付くのにそう遅くはかからなかった。
なぜなら、俺のスナイパーライフルの銃先を大人の手が握りしめていて、少し右を向けばその正体にもすぐ気づいたのだ。
「お前・・・スノウ・・・!」
黒いコートを着た髭面の、俺の誘いに二つ返事で乗れないヘタレの男の姿が俺のスナイパーライフルの照準を上に大幅にズラしたのだった。男は怒りを押し殺し、あくまでも平静を装っていた。
「仕事とはいえ、あんな小さな子供を射殺するのを、私は見ていられないよ」
「何勘違いしているんだよてめぇ、大チャンスだったんだぞ!!」
しかし俺は耐える事が出来なかった。
俺の怒りの沸点は人より3割ほど低い。この事態に俺は沸騰を待つ時間を与えることなく、一瞬で激怒し、スノウの胸倉を掴み、右手で彼の顔を一発ストレートで殴り飛ばした。
スノウは左の顔面を殴られ、軽く吹き飛び、尻餅を着く。口から出血する事になる。
どうやら口を切ったんだろう。俺からしたらまだ殴り足りないが、今はそれどころではない。
少年の異変に気づいたフェレスがジェスチャーで必死に俺にサインを送っていた。
俺達の存在に、気づかれたんだ。
とっさに動いたツォンリーが少年を後ろから羽交い絞めにし、動きを封じるも、少年の指先は迷いなくこちらを指し、口が動く。
その時のフェレスのとっさの判断がなければ俺とスノウはこの時点で命を落としたであろう。
フェレスの合図にスノウがとっさに立ち上がり俺を抱え、そのまま前方に飛び込む事で、突風をギリギリで回避することに成功した。
あと少しで、死んでいた。次こそは命は、ない。
なにせ俺の足は思うように動かない。俺があまりに役立たずになってしまっている今、この標的はツォンリーにしか処理できないと言っても過言ではない。
・・・のだが、俺はツォンリーだけでは少し不安に感じてしまったと同時に、このヘタレ男に希望を託してしまったのだ。
俺のした行動は、つまり、今回の作戦をスノウにも打ち明ける事だった。
簡単に話を聞き終えたスノウは、驚いた表情を一瞬見せた後に、俺と目を合わせ「さっきはごめん」と謝った。
「分かればいいんだチクショウ」俺は泣きたくなったが、堪えるしかないじゃないか。
俺がスノウに出した指示は、こうだ。
まず暴れている少年に挑発をし、注意を向ける。
少年の超常系の攻撃に関しては気合で避けてもらうしかないが、前々から俺はスノウに対して1つの仮説を立てていた。
初めて出会った場所。ガードマンに囲まれた部屋で、スノウだけ少女の洗脳系の力を受けていなかった。
つまり、スノウには洗脳系は効かないと俺は仮定した。
挑発に乗った子供の精神としては健やかではないだろう。
そうなることにより、少年が放つワードはある言葉に絞られてくる。それを言い放つことで俺は仮説に確証を求める事と以来の達成を同時に行うのだ。
来たい通りにスノウは動いてくれた。
気づけば少年から1メートル程度の距離にスノウは立っていた。
「おい!このお子様!さっさと母親の所に戻りなさい!!」
なんとも挑発にしては上品さが漂っているが、以外にもこれがかなりカチンときたんだろう。
審判の子供達には身寄りが無いから、親の話は地雷だったのだ。
そして、俺の目論見通り、少年はスノウしか眼中にない。
怒りの矛先を完全にスノウに定めた後に、少年はしゃべった。
一瞬の出来事だった。
スノウは、その場で倒れた。
少年の言葉を読み取ったフェレスは、少年が何を言ったのかを俺に報告するより先に、俺は少年のくるぶしをスナイパーライフルで狙い撃ちし、今度こそ直撃した。
少年はその場で倒れ「痛い痛い痛い!!!」と転げ回った数秒後、意識を失った事をツォンリーが合図して知らせてくれた。
なにせ、殺してはいけないのが、この依頼人のめんどくさい注文だった。
安全を確認した後に俺とフェレスが駆けつけ、少年の意識の消失を実際に確認した。
意識を失った少年をフェレスが担ぐ、本当は俺が担ぎたいが、足が痛いせいで1人で歩くのが精いっぱいだった。
ツォンリーはスノウの体を触った後、首を横に振る。悲しい表情だった。
その場で放置するのも良くない為、俺の指示でスノウをツォンリーに担いでもらって
アジトに連れてくることにした。
雪を踏む音だけが、聞こえる中、外は少しづつ日を浴びていた。
もうすぐ朝がやってくる。
アジトに戻る途中にフェレスは何度も俺の方を神妙な顔で見つめた。
俺には何も言わなくても伝わっていた。
スノウはあのガキに'死ね'と言われたことを。