#2 Solitude in the cold
あの建物を出てから30分が経とうとしていた。
私とメイは街を怪しまれないように歩いていた。私は猟奇的指名手配犯だ。
新聞に載っているのだから当然他のメディアにも情報は広がっているはずだ。
ガードマンが知らなかったのは、仕事が忙しくてニュースを確認していないだけだ、と信じたい。
さすがに2月のロシアはとても寒い、9階の部屋から除いた窓から見てる以上にWel Cityの街は雪が積もっているし、ふわふわと雪の結晶が舞い踊っている。
まだ、雪景色を楽しめる余裕はあるが、早いうちに寒さを凌げる場所を見つけなければ日の出を迎える前に私たち2人は仲良く氷の標本になってしまうだろう。
ハッキリ言って、のんびりしていられない、
(どうにかしなければ・・・)
道路と歩道の境界線さえ雪で隠れている道を、メイは私と手を繋いで同じペースで歩いている。
モミジのような小さな手にはかすかな温もりを感じる。
メイの様子を片目で何度も伺っても寒そうな仕草はないが唇が紫がかっている。
この少女は言葉には出さないだけで、きちんと感覚もあるし、感情もある。
口数の少ないだけの普通の女の子なんだ。
狙われる理由なんてこれっぽっちも思いつかない。
私は何度もメイの姿を見て、その度に同じ考えを巡らせていた。
まっすぐ歩き続けた結果、道路の向かい側に、小さな公園を見つけた。
道中、コンビニも料理屋もあったが、私の身分では店内に入ることは非常にリスクが高い。
人に助けを求められない事がこんなに辛い事だと、約30年生きてきて初めて実感した。
私とメイは公園に入ることにした。なぜ公園に入ったからというと、理由は2つある。
1つ目は公園内に、自動販売機があった事。
2つ目は2人とも休みなく歩き続けている為に体力を消耗しており、休憩をしたいという事だ。
唯一心配だった代金の支払いに関してだが、隔離された街でもロシアと同じルーブル通貨で購入ができた。
もしかすると独自の通貨を使用しているかもと思っていたがその心配も杞憂に終わって安心した。
私の手荷物は幸いにも財布だけはポケットに入っており、中身は2日くらいはファミレスの食事で生活できる程度の金銭と、女性の名刺が数枚入っている程度だ。多分、そういう場所で遊んでいたんだろう。
・・・その記憶さえないと思うと、とても無駄な気持ちになってしまう。
「メイ、おじさんが暖かい飲み物を買ってあげるよ、何がいい?」
自動販売機前に2人で並び、品揃えを確認した。’HOT’と赤い枠で表示されている飲み物が大半を占めており、売り切れているものもない。選び放題だ。
メイは小さい体をめいいっぱい伸ばし指を指した。背伸びをして、手を伸ばしたところで、メイの身長では一番下のところにあるジュースしか買う事ができない。彼女の指先を辿ると一番下が’眠気シャッキーンサイダー’だったが、私の勝手な推理だと、今の状況でこれを飲む可能性は低い。中断はミルクセーキ、上段はブラックコーヒーだった。
・・・すると、私がたどり着いた答えはこれしかない。
「ほう、ミルクセーキが飲みたいのかい?」
消去法で考えた結果で私は確認を取ったが、メイはコクリとうなずいた。正解だったようだ。
念の為、私は上段のブラックコーヒーを買う事にした、私はブラックを飲める大人だから万が一に気を使ったわけでは決してない。’眠気シャッキーンサイダー’に関しては念を入れて買う必要がないから買わなかった。
これは’COLD’だし、栄養ドリンクだからか、値段も倍くらい高かったのだ。
通貨を入れて、2本の飲み物を順番にボタンを押して、購入した。
ガタン!
先にメイの注文したミルクセーキを購入し、手渡した。両手で受け取ったが、缶が思った以上に熱かったのか。雪に埋めて少し緩くしてからミルクセーキの缶を手に取った。
私もブラックコーヒーを購入し、一緒にベンチに腰掛けて休憩をした。
…ゴクッゴクッ……!
温かいものが体の中を巡って体内の冷え切ったものが溶けていく感じ・・・生き返るなあ。
メイも「ズズズ・・・」と音を立てながら少しずつと大切そうに飲む。
(そんなチビチビ飲まなくても買ってあげるのに。)
メイの様子をじっと眺めてていたら目が合ってしまった。
メイは私のブラックコーヒーを指さした。
「飲みたいの?甘くないよ?」
と一応警告するがメイはコクリコクリと興味ある目で私を見た。目がキラキラしていて、子供の好奇心には叶わない。
仕方なく私はメイにブラックコーヒーを渡すと、いきなり口を付けて飲み始めた。
自分のミルクセーキは大切そうに飲んでいたのに、私のブラックコーヒーはがぶ飲みの勢いだった。
その行動も裏目にでてしまったようだ。
「・・・・・・」
言葉には出さないものの顔をキュッと絞った表情、美味しくなかったんだろう、すぐに私にブラックコーヒーは帰ってきた。
メイは間髪入れずにミルクセーキをグビッと喉に押し込み、口直しをしている。
まだ私は、この少女の事をバケモノと表現した男の心理が理解できない。とてもそうは見えないからだ。
しかし、私は実際に不可解な現象に立ち会ってしまっている。
1度目はあれは私の勘違いかもしれないが、2度目は明らかに異変を目にした。
一体、何を信じればいいのか、考えれば考えるほど困惑する。
どこからどうみても普通の可愛い女の子だからこそ、私は信じられないのだ。
一緒にベンチで飲み物を飲む光景はまるで家族を見ているような微笑ましく見えるだろう。
はたまた誘拐を試みている怪しいおっさんに見えるか。というか誘拐しているんじゃないか。
誘拐と言えば、全く実感を感じている場合じゃなかったので仕方がないが、指名手配犯のスノウはこうも堂々としているのに誰も反応がなく一般人として馴染みきっている。逆に不気味である。
通行人とすれ違う際に、顔を見られるとマズいと思い、多少怪しい挙動を取ってしまったが。特にこれと言ったトラブルは起こらずにいる。
交番の前はさすがに怖くて、小走りで立ち去ったが、本当に指名手配犯なのかという疑惑すら私の中にある。
疑惑だとしても、記憶がないにしても、一応追われる身の自覚はしておいて損はないだろう。
2人の時間を過ごしているうちに公園に設置されている時計塔によると今の時間は夕方の4時を過ぎている。
気づいていない訳ではなかったが、少しゆっくり過ごしすぎてしまったのだ。
日も暗くなりかけてきて、外の気温も先ほどと比べると寒くなっている、そろそろ宿を見つけないと本当に氷の標本になってしまう。
私が頭の中で、次に向かう宛を考えていると、メイがふと立ち上がり、トイレへ向かった。
出会ってから今に至るまでの数時間、少女は私と行動を共にしていた為、私にとってしばらくぶりの1人の時間になってしまった。心がぽつんとさみしくなる反面、少しだけ気持ちが安らいでしまう。
神経をすり減らし、思考を巡らせすぎた疲れから少し解放された私は「ふう」と一息つく。
一息つく時間はほとんど与えられなかった。
公園の入り口に停車されていたジープが扉を開け、男が私の方に迫ってきている。
私は、男の顔を覚えている。左目が隠れるほどの挑発で外の風を受け、前髪で隠れているべき赤い瞳がしきりに私を捉えて逃さない。
スナイパーライフルは持っていないが、スーツを着崩した格好なのは変わりなかった。
現れるタイミングが絶妙すぎて、驚きが隠せなかったが、男は関係なしに話しかけた。
「よう、まだ手紙読んでねぇのかよ~」
「・・・あなたは敵でしょう?ずっと近くにいたんですか?」
最悪だ、メイがトイレから戻ってくる前に用は済ませてほしい。
自分自身、この男に対する言葉のトーンがキツくなっているのは承知している。
今回は武器を持っていないように見えるからか自然と強気になっている私がここにいた。
男は以前のような高笑いはせず淡々と話を続ける。
「あぁ、俺のような始末屋は一度狙った標的は常に監視しているのさ。
そうそう、名乗るのが遅れちまったけどよ、俺の名前は立花 王政って言うんだ、あんましこの国じゃ印象良くないだろ?日本人。でも、よろしくな。
お前さん、何も知らなそうだから標的が来る前に話そうと思って、さ」
「私は、スノウ・デカルテ・リンクエルメス。君も知っていると思うが、新聞では、何人もの人を殺した猟奇的な殺人犯で指名手配中の者だ」
立花とか言う男は信用できないが、話は聞く事で何か変化がある、と直感で感じた。
この男は色々詳しく知っている、これは間違いのない事実だ。
挨拶をすると、はじめて立花はあの時のように「ひゃひゃ!」と笑い声を少しだけ発し、すぐに真顔になる
「いちいち指名手配アピールする人いねぇぜ?そんなに指名手配ってブランド大切かよ??
あと言っとくけどな、お前さんが指名手配犯ってのは設定だけだぜ?24日の新聞にゃそんな記事載ってなかったぜ
俺は始末屋だからな、全てのメディアの情報は仕事柄把握してるんだぜ?」
私は話していないはずだ・・・なぜ、新聞の日付まで知っているのか?
あの建物で出会ったガードマン全員も知らず、この男まで私を指名手配犯ではないと言う。
「で、でも!!新聞に載っているじゃないか!?」ずっと感じていた疑問がついに声に出てしまった。
「そうだな、それだけしか情報がなければ信じちまうかもな
お前さん知ってるだろ?俺はあの新聞を狙撃した後、あの窓から潜入した。そして置いてあった新聞を見たんだ。同じ出版の新聞なのに俺の新聞には載ってなかった事が書いてあったんだ。」
そんなはずはない、この男の言ってるか分からない。
私は首をかしげることが精一杯だ。
頭の中が考える事を拒絶している。ただ、話を聞くことしか、今の私には叶わない。
「不思議で仕方ないんだろ?ネタばらしするけどよ・・・トリックはあの女の子の事を知れば分かるさ。」
初めて会った時のような笑い方をせず淡々と話している立花を見ていると、こいつは別人じゃないかとも思えてきた。
それ以前に、私としてはメイがなかなか戻って来ない事も気がかりだった。この男と話を初めて5分経とうとしている。大にしろ、小にしろすでに戻ってきてもおかしくないほど私は待っているのだ。
私は「話の途中ですまないが」と立ち上がりトイレへ向かった。
トイレに来たのはいいのだが、女子トイレに入るのは30代の男としては事案になる可能性があり、非常にまずいので、入口越しにメイの名前を呼んだ。
「アホかよスノウ、あいつしゃべらないから無駄だろ。・・・にしても気配が無さすぎるな、クソにしてもおかしい」
立花は躊躇も無しズケズケとに女子トイレに入っていく。
彼に任せるとそのままメイを殺されるかもしれないので私も着いていかなければならない。
他の女性と出会わない事を願い、忍び足で女子トイレに入った。むしろ怪しい。
トイレのドアは全て空いており、無人のだった。
車椅子の人向けのトイレにも見つからないし男子トイレにもメイの姿はない。
私は疲れからか、少し視界がぼやけてしまった。が、今はそうも言ってられない。
私が再度メイの名前を叫ぼうとした瞬間、立花は「クンクン」と鼻を利用しある事に気付いた。
「チッ、僅かだが、睡眠薬の匂いがする・・・誰だか分からんが誘拐されたぞ!
おい、スノウ、アレを知らん連中に渡すのはヤバい!今回ばかりは手を貸してやる、急いで捜し出すぞ。」
この時すでに日は暗くなり、揺らめきながら落ちていた雪は牙を向き、吹雪になっていた。
Wel Cityの入国者はICチップを搭載され、管理されている。
小学校で地理の授業を受けて入れば、寝ていてもWel Cityの話は話に入って来る。
ここのシステムに関しては、入居していなくても把握している。
きっと、迷子探しも頼めばあっという間にGPSで場所を割り出してくれるだろう。
公園の用具入れのすぐ隣にある公衆電話へ私はダッシュで駆け込んだ、急いで受話器を取り、通貨を投入した。
公衆電話ボックスの中は私の熱気ですぐに温かい温室となっていた。電話番号がわからない私は、電話機のそばに添えつけられている電話帳を発見し、あいうえお順で並んでいる電話番号の項目片っ端から目を通した。
役所の電話番号はあっという間に見つかった。幸いにも24時間体制で電話を受け付けてくれている。
これで調べてもらえばメイが助かる!
急いで番号を入力し、受話器を耳に当てる。頼む、急いでくれ・・・
プルルルル・・・1コール目で「はい、こちらWel市役所です。」と女性が出てくれた、想像以上に対応が早い。
私は公園のトイレで誘拐されたメイの居場所が分からないかを何度も表現を変えて伝えるも「メイ・ヒーストクリフ・アルジャーロンと言う名前の人物は画家の方のみです、’メイ’で全域に検索を掛けてもお客様のおっしゃる年齢の方は見当たりません」
メイは本名ではない・・・と言うことか?
では、なぜ、私は彼女をメイと認識しているんだ?
もしかするとICチップが入っていないのか、GPSで検索できるほどの機能はないのかもしれない。
電話対応をしていた女性にとって、訳のわからない男の話を何度も何度も聞かされたようでうんざりしているのが口調でハッキリ分かってきたので、早々に私は受話器を落とした。つまり、進展は無く、結局私が変な人の扱いをされる結果で終わってしまったと言うことだ。市役所は宛にならない。
探す宛を完全に失ってしまった私は公園を出て、全く見知らぬ吹雪の夜道をさまよった。
外は既に街灯の明かりと住宅の明かりが頼りになるだけだった。
この頃、時間は既に20時を回っていた。捜索してから4時間経とうとしていた。
吹雪も時間の経過に合わせて牙を剥き、容赦なく私に降りかかる。寒い、どころの話ではない。
私も体力の限界、体が凍りつき、指先の感覚も失っている。
意識も限界に気づき体が前に倒れそうになった時、シャっと小さな擦れるような音が私の胸のあたりから鳴った。
「あ」と音の正体にすぐに気付いた私は、感覚のない指先を辿り、正体を確認した。
立花 王政がこっそり胸ポケットに忍ばせた、どうやら名刺のようだ。
名刺にはこう書かれていた
業界最安値!’始末屋’
立花 王政
と書かれており、裏面にはお問い合わせ連絡先が書かれている、どうやら携帯の電話番号のようだ。
あの男に電話をすること自体、シャクに触る私だったが、これ以上1人でいるのは危険だった。
メイを探すのと同時に私は公衆電話を探したが、道中に数カ所見つけた私は、来た道を戻り、公衆電話ボックスに飛び込んだ。
立花 王政の名刺の番号を1文字1文字確認しながら、間違いのないように、かじかむ指で入力し、受話器を持つ。
電話は少しの間を得て、男の声が聞こえた。
「もしもし、あぁ、お前さんか?今、どこにいるんだ?
近くに何がある?このままだとお前さんがくたばっちまう。迎えいくから待ってろ。」
信用はしていないが、命には変えられない。私は公衆電話の横に書いてある住所をそのまま立花に伝えた。
死んだらメイを探すことも出来なくなる。
電話を切ると、安心感と同時に不安な気持ちが頭を駆け巡る。
命には代えられない状況とはいえ、この男をアテにしている自分が情けない。
現状この街で孤独の身となった私にとって、よりすがれる人物はメイの命を狙っている立花 王政ただ1人しかいないのだから。
立花のワゴン車が到着するまでに5分とかからなかった。
私が寒さを凌ぐ為に入っている電話ボックスの目の前に車を泊め、助手席のウィンドウを下げ「早く乗れ!」と叫んでいるのが聞こえた。
電話ボックスから出て、数歩の距離だったが、相変わらずの寒さだ。彼に助けを求めなければとっくに私は死んでいただろう。
「助かった」と頭を下げながら私は急ぎ足で助手席に乗る、まだ封を開けていない缶のココアがボトルケースに置いており、車内はヒーターでとても暖かい。
・・・生き返った。外に出てから初めて命の安全を確保した安心感が私を包んだ。
私がシートベルトを締めたのを確認すると立花は「じゃあ行くか」と車を発進させた。
私は信用に足らないこの男の運転する車内の揺れを心地よく感じてしまい、不覚にも眠りこけていた。