魔法製作の夜明け
白銀の鱗を甲羅の様に背負った亀ドラゴン。
彼は名前と記憶を同じにした、自身の半身であった。
彼と同じような他の半身と異世界の人々に《共有化》の魔法で知識を授ける。
新たな知識に沸き立つ村人たち。二体のドラゴンは新たな魔法を作りながら夜を超すのであった。
地平線から小さな太陽が顔を出す。日の光が夜を薄める頃には、ミヒトとエルピスは魔法製作をやめていた。
彼ら二人は一晩中、SF映画にあるテレポーテーションだとかワープなどの移動手段、生物探知やサーモグラフィなどの索敵方法を考え出していた。
教科書の試作で本を作るために紙を生み出したり、あるいは水や食料などの生活必需品を生成していた。衣類や鎧などもMPは安くないにしろ作ることができた。
なぜやめたか、と言うと理由は二つある。
一つはモチベーションの低下。
二人は生活品が作れることを確認すると、衣類や鎧など体に身に着ける物を作り上げた。
しかし、それは人用のサイズ、それでいて絶望的なダサさであった。鎧などは機能は問題ないが華が無いのだ。
服などは特にセンスがなく、Tシャツに絵柄がプリントされた物が精製されたが、客観的に見れば前世の自分がどれほどファッションセンスが皆無なのか思い知らされる。
また自分たちに合う鎧などのイメージが固まらなかったのだ。形はちぐはぐで留め具もぐちゃぐちゃのただ硬いだけの残骸が転がっていた。
作れば只々悲しくなり、二人で見せ合っても悲しみが倍になるばかりか山になってゆく。自分たちには意味の無い、それでいて溜息の出るダサい服や不完全な鎧は、二人の創造欲を削るには十分すぎた。
二つ目は単純にMP切れである。
二人の創作意欲を削り終えたところで、改めて魔法の万能性に気が付いた。その為、世界地図すらも作成可能なのではと考え地図を作製、いや精製したのだ。
しかし出来上がったのは村から周囲152kmの地図であった。それを生成するとミヒトは20分ほど気を失い、MPが0になってしまったのだ。
ミヒトが起きてからエルピスも作成に取り掛かった。MPをギリギリまで費やして地球儀を作成したものの、望む大きさとはいかなかった。
ただの球体に描かれた大陸と海、おまけにとても小さく小島などは確認できない。縮尺で細かい地形は理解できないが、おおよそで山と川などの地形を把握できたため完了とした。
その為、二人は魔法製作をやめ、不完全な地球儀を転がしながら、この周辺の地図と見比べて、話をしていたのだ。
「周囲に森がない。南北から川が流れて東に向かって合流している。地球儀の地形と照らし合わせると、大陸中央から少しだけ東の位置かな?」
「そうだね、水源もあるからここを中心に発展できそうだけど・・・」
「加工しやすい木材が取れないのが問題だね。川を超えて南東の森林地帯が一番近いけど」
「それでも物資を運ぶのが難しいか・・・」
「「魔法を使って町でも作る?」」
「「・・・・・・・・・」」
話すといっても自分で自分と会議するような物で、思考速度に差異があるものの結局同じ結論に至るのである。
このままでは平行線というか一言つぶやくだけで意思疎通できてしまう。
危機感を覚えたミヒトはエルピスを見る。二人はうなづくと自分が客観的になると声を揃えた。
「待てミヒト、ここは知性が高い僕が客観的になるべきだろう」
「いやいや、知性が高いからと言って客観的になるというのはおかしい。そもそもが僕自身の思考なんだし、自分の思考に大きな優劣はないだろ?」
「確かにね、でも僕より君の方がこの世界に馴染んでいる。より主観的になれるのはミヒトの方だよ」
「わかった。じゃあそうするから頭ごなしに否定しないでよね」
「僕がそういう人間じゃないってことは、僕自身が一番理解してるハズ」
「「ドラゴンだけどね!」」
二人は冗談を言って笑いあった。
ミヒト達はあまり怒らない性格で、非常に素直であった。その為口論にもならず、議論に深みが無いのである。
これもまた魔法製作がいまいち盛り上がらなかった原因であろう。
《瞬間移動》、《座標跳躍》、《発火能力》、《念動力》、《念写》、《千里眼》、《生態探知》、《熱源視覚》、《製紙創造》、《衣服創造》など一部であるが様々な用途の魔法を生み出した。
といっても前半は超能力を魔法で再現した物である。二人の想像力の欠如と言っていいだろう。
ミヒトは話を切り替えるために神様達が最初に呼んだ転生者について話す。
「最初の転生者、いったい何をしたんだろうか?」
「さあ、詳しくは分からないけど。あの小さな神様達が危険と判断するからには、相当分かりやすかったんだろうね」
「目に見えて危険な人物って事かな?神様に付きっきりでアドバイスしていたみたいだし悪い人だとは思えないけど」
「逆かもしれないし、もしくは付きっきりだったから怒って悪い人って思われたのかもしれない」
「何かの拍子で怒っただけかもしれないから、会ったらまず話かな」
「会ったら話ね。とりあえずこの村で文化を発展させつつ、堕天使の転生者、仮称“ルシファー”を見つけること。見つけたら事情を聴く。ということだね」
「そうだね、今のうちに目標みたいなのを決めておこう」
二人は今後の課題、暫定的な目標を決めた。
この村を発展させ、基礎となる生活基準を作ること。そして知識、信仰、芸術、道徳、法律、慣行などの人類学的文化を根付かせること。
一応昨晩の様に祭りなどはあるにしても、芸術と呼べるものは少なかった。
この世界には神という存在が確かにあるため、信仰に関しては問題ないだろう。
何より自分が教科書を作るからには知識、信仰、芸術、道徳、法律については問題ない。それに慣行は時間が経てば出来上がる。
それより問題となる課題は、仮称“ルシファー”を見つけることである。この問題解決のために、機動力があるミヒトが捜索に出ることにした。
いくら《瞬間移動》の魔法を作ったとしても、多用はできないのである。そもそも視界内にハッキリと認識できる場所にしかいけない。
空に滞空でき、それでいて目が利くミヒトが最も安全かつ効率的に運用できるのだ。
また、魔法を使う際、精神が高い方が効率よく使用できるのだ。つまり、村の発展の為に魔法を使用するとミヒトよりもエルピスが多く使えるため、エルピスが村にいた方が都合がいいのだ。
この二つの目標を達成することで、初めて異世界観賞というスタートラインに立つ事が出来るだろう。
ミヒト達としては半ば騙された形になったが、この世界に転生してもらった恩義を返すものだと考えておく事にした。
そうしているうちに完全に辺りは明るくなり地平線の向こうに二つ目の太陽が昇り始めていた。
小さな太陽と大きな太陽、二つ昇ってこの世界は朝ということになるのだろう。
村人たちがちらほらと外に出てくる。ミヒト達に他愛のない話を掛ける。
「昨日は楽しかったよ!まさか神様から使いが二人も来るなんて思わなかったからね」
「「こちらこそありがとう」」
((かぶった・・・・・))
「ところでこの布は?」
「ああ、新しい魔法で作ったんだよ。僕とエルピスの二人でね。あげる、村の皆でうまく使ってよ」
「すごい・・・滑らかな肌触りに神様の純白を思わせる生地!それでいてこの模様は、なんだか不思議な気持ちが湧いてきます!」
((いや、ただのTシャツなんだけど・・・・))
「皆ァ~!起きてくれ!素晴らしい服を使い様から頂いたぞォ!」
((ええ~~?!))
村の皆が朝食を済ませる頃には村人全員の手に渡り、衣類の山はすっかり消えていた。
またニットをはじめとするドワーフたちはデザイン性に欠けた鎧を手にし驚愕していた。
一体、どの様に鉄を叩けばこのような素晴らしいものを作れるのか、と。ミヒト達は魔法で作り出したと説明すると彼らはムキになり、自分たちの手で作って見せると言って持って行ってしまった。
そして一人残ったニットは、ミヒト達のドラゴン用に作成した鎧の残骸を見つめていた。
「このデケェ塊は何なんじゃ?」
「あー、これは僕たちの鎧を作ろうとしたんだけどね・・・。失敗しちゃってさ」
「なるほどな・・・・・・・・・・・」
ニットは顎髭を触りながら鎧の残骸を見つめる。留め具は口を開け。鎧は歪だ。ちぐはぐな形でどこへ着けるのか、どう着けたいのか伝わらない。
歪な形の鎧には、白銀の翼竜と亀竜が映し出されていた。ニットの瞳は、鎧を映していた。
暫くしてニットが口を開く。
「わしが作って見せよう。お主たち、ドラゴンの鎧を作ろう」
「本当に?」
「ああとも。助けてもらって何もせんちゅうのは、わしの心が許さん。それに教典にも助けてもらったらお返しをせいって書いてあるわい。のぅ、モナさんよ」
「正しくは“子、助けを享受することなかれ。受けた助けは恩であり、恵みによって相手を助けよ。さすれば神は両者を愛し、恵みを与えん”ですよ」
「モナさん、待っていました。いろいろお話したいことがあるんです」
「はい!私でよければ、お力になりますよ」
ミヒト達は自分たちの使命とその為に果たすべきだろう目標をモナに話す。
※11/27誤字修正




