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神たちが見据える先

村計画、というよりも、移住者たちの規模に合わせれば都市計画になる規模の建設を話し合うミヒト達であった。

 一面の白紙。昼も夜も存在しない途方も無く白い世界。彼方に見えるはずの地平も引かれておらず、一切を白のみで満たした空間が広がっていた。

 その空間に座り込んだ子供が二人。一人は僅かに水色が差し込まれた短髪の少年、その少年の向かいには桃色が馴染んだ長髪の少女。

 二人の目の前にはガラス玉のような物が幾つか転がり、様々な光景を映していた。何処までも広がる砂漠、湖と見間違う巨大な河川、雲を貫く山脈。

 少年がそれらを興味深くのぞき込みながら口を開く。


「デュー、いつになったら僕たちの手で、この世界にふれることができるかな?」

 少女が答える。

「そうね。肝心なことを伝える前に世界に墜ちてしまったから……全てはミヒト達次第ね」

「なら大丈夫だ!ミヒトならすぐにでもやってくれるよ!何たってカッコいいから!」

 少年は無邪気に笑い、はにかんでみせる。乱雑に遊ばれた水色を溶かし込んだ透き通る白髪を、少女は優しくなでた。

「ムー、外見の話では解決しないわ。でも良かったわ、こうして力を貸してもらえたこと。それに何より無事に転生して」

「あのときあふれちゃったもんね!びっくりしちゃったよねデュー」

「まずは私たちの為に、降り立つ標を作ってもらわないと……」


 その中から少女が一つ拾い上げる。

 玉には鬼人や獣人たちを見下ろした光景が移っている。一人の人間が見上げ返し微笑み掛けた。


「―――彼女を通して導くこともできる。ムーの言う通り、遅くはならないかも、それどころか直ぐかもしれないわ。それでも過干渉だけど……」


 少女は目を瞑り、ガラス玉に写る彼女に額を合わせる。しばらくして、ゆっくりと目を開いた。


「世界が広がる為に、今できることを果たしましょう。それと念を入れてセレヴェラをしばらく下界に下ろしましょう」


 少年は立ち上がる。


「セレヴェラはユウトと一緒にいたから僕たちの天使じゃ一番すごいからね!それがいいかもしれない!ミヒト、もう一度君に会える日を楽しみにしているよ!」


 そういって少年は白へと溶けていった。後を追うように少女も両腕を広げ、周りの白へと溶けていく。


「ミヒト。今はまだ、すべて貴方達に委ねられています。いずれ降り立つ私たちを―――今は、その日を楽しみに待ちましょう」

 馴染んでいた桃色はするりと抜け落ち、何物にも染まっていない長い白髪が空間に溶けてゆく。

 散らかした玉の中の一つだけを見据えて、デューと名指された小さな神様は微笑みかけた。

「必ず、あなたのもとに降り立つことになる。まずは私から、それからムーを。そうしたら、あなたは望みのままに。」



 広がる白色の空間に、いくつもの玉が残された。映っている光景は皆違う。

 砂浜と海を映すものがあれば、暗い森を映すもの、どこまでも続く砂漠を映すもの。そして少女が見ていたガラス玉には、人々を見下ろす光景が、今しがた亀にも似た白銀のドラゴンを映した。





「大体は決まったかな、ミヒトから何か言うことはある?」


「僕もそれでいいと思う。けど、エルピスと僕に関して、もっとはっきりと役割を決めてしまってもいいと思う。例えばエルピスは内縁部の住居に集中してもらって、僕は町の外縁を作ることに集中するとか」


 目の前の、エルピスと呼んだ白銀の亀のような竜は目を瞑り考え込む素振りをして、呻って見せた。同席の獣人や鬼人、新しくアムレト村に来た者たちも白銀の亀竜に続いて考え始めた。

 狼の獣人であるモウルも藍色の毛を掻き乱しながら同意する。


「確かにそうだな、あの悪魔共がまた火を放ってくるかもしれねぇし、壁とか見張り台はすぐにでも欲しいな……」


 エルピスが建てた教会の庭で皆、机に置いた周辺図を睨みながら絞ったこともない知恵を検討する。

 今までのアムレト村の人々、新しく来たスギタラの湖の移民者たちが唸りながら考え始めた頃、エルピスはミヒトを見上げていた。

 その瞳には、白銀の翼を携えた大きな竜を一杯に映しこんでいた。その真っすぐみつめる様子から、ミヒトの答えが出たのだと察するが、その答えを彼らに言うつもりがないことも同様に考え付く。

 姿、大きさは違えど、このエルピスは自分の半身。もう一人の自分であるため、考えることも大方同じだ。ならば両社の違いは何かと問われれば、それは考える頻度だろう。

 ドラゴンとしての思考能力はまさに人の物差しで測れば途方もないものだ。ひとたび意識が思考に沈み込めば時間を止めたかのようにいくらでも考え続けることが出来る。

 故に日本に暮らし、当たり前の様に文明を享受してきたミヒト達が都市計画を練れば、東京や江戸、ローマ帝国などの成功した都市の再現をしてそれで終わりだ。

 だが、ミヒトはそれがやりたいわけではない。結果としてそうなれば興味深いが。


 しかし悠長にもいかない。堕天使、悪魔という明確に彼らを襲う存在がいるのだから、無知で無垢な彼らにすべてを投げて任せるわけにもいかない。

 ミヒト達の方針は、この世界に生きる彼ら、異世界人、カミシュの大大陸(だいたいりく)の人々がこれからの先を決めてゆき、その意思を示す必要があると考えているし、行動してほしいと思っている。

 それを示すかのように赤に白を溶かした髪を風になびかせ、モナは思案の沈黙を破る。


「スギタラの皆さんが来てくださったのです。ここに住む以上、多くの住まいと食べ物は早急に確保しなければいけません。まずはミヒト様、エルピス様は内にて水路をつなげ次第、住まいから畑へと進めましょう」

 彼女がしっかりと仕切ることが出来るのは姉としての生きてきた経験か、それとも神官としての責任感か。

 モナは白銀の亀のドラゴン、エルピスを見て、それから巨体を持つミヒトを見上げる。

「もうすでに、エルピス様にこの教会とお庭を作っていただきました。村内の見取りも付けていただいていますので内はエルピス様に、外に関してはミヒト様に相談して話を詰めていきましょう」


 モナの意見に皆は納得を示したが、モウルは異を挟んだ。


「モナの話はもっともだが、それじゃ悪魔たちはどうする?ほっとくわけにもいかねぇだろう」

「もっともです。それに関しては獣人の皆様にお願いしたく思います。新しい狩場の目星を付けながら見回りを。ミヒト様たちが村の内を整えている間です」

「なるほどな、狩り人(おさ)としちゃ確かに狩場の確保はするつもりだったが。そいつを今すぐに取り掛かるわけか。俺たちが適任だろうし、それならほぼ決まりだな!」


 モウルの掛声で全会一致が決まる。そうして、改めて新たなるアムレト村の代表たちが自分たちの役割を宣言していった。


「俺たちは上と下でこの辺の狩場探し、それから悪魔たちの警戒だ。詳しくは、ミヒト、また後で詰めようぜ」

 獣人たちの代表である狼の獣人、モウルが宣言する。それに続いてドワーフ達三人とアムレト村の親方であるニットが声を揃えた。

「儂らはまず水路と家から取り掛かる、皆の手も借りるが外の壁、城壁とやらは後回しじゃな」

「ようし、アタイらオーガはエルフたちと土づくりな。果樹も植えたいから水路の引きはドワーフ衆とエルピスさんに話を通して話進める。な!」

「ええ、タイネさんと一緒に進めていきますわ。ケールもお話はわかったわね」

 エルフの母子はオーガの代表タイネに賛同する。


「我らドラゴンはこの体躯を生かすが是。一先ずは内にて荷を運ぶとしよう。それからマナもあふれておるし道具や必要な物、簡単なものはエルピス殿でなく我らで材を作ろう。指揮も必要であろうし、このソウケはこの場に残ろう」

 ドラゴンの代表ソウケが話終わるとそれぞれの方針に納得し持ち場に向かう。


「待って!ちょっと何勝手に解決してるのよ!」


 皆の足をモナの妹、イェレアスが止めた。


「どうしたのイェレー?あと決まってないのは無いと思うけど?」

「私たちは?!どうすればいいのよ!どうすればって言うのは、私は、その、モナお姉様みたいに器用じゃないし、頭も、その、ほんのちょぴっと回らないって言うか……。じゃなくてほら、あたしたち人間は得意な事は人によって凄くいろいろ違うでしょ?」

「そういえばそうね……。家づくりに回った方がいいと思ってたけど。イェレーは狩人だからモウルさん達と一緒の方がいいかもしれないし、でもみんなが得意では無いから……」


 人間以外の種族は大まかに得意なことが種族として決まっている。エルフなら自然に理解が、ドワーフなら技術。人間は人それぞれで出来ること、得意な分野が違った。モウル達獣人並みに素早く動くことが出来る者もいれば、ドワーフ以上に卓越した技術を持つ者がいたり千差万別だ。

 故に、その対応は―――。


「そこは皆さんの持ち味を生かしましょう。得意だと思う仕事に当たってください」

 そう口に出したミヒトだった。良く言えば臨機応変。悪く言えば行き当たりばったりだ。ただこれだけでは本当に無策としか言えないので、すかさず補足する。

「今回は時間もなくて種族ごとに役割を振りましたが、中には違う仕事が得意な方がいるかもしれません。モナさんとイェレアスで得意なことが違うように。その時は仕事を変えてあげてください」

 種族ごとの代表たちは賛同し、とりあえず人間という種族はドワーフ達と住まいづくりを行う運びになった。




 エルピスとミヒトでかねてより計画していた水路を作り、巨大な大河から水を引き込む。村と呼ぶには相応しくない巨大な水路構想だが、万にも近い移民者たちによって決して大げさではない水路となりつつある。というよりも、もはや村と呼ぶより都市規模が相応しい巨大さであった。

 水路自体はエルピスが事前に準備していただけありすぐに完成した。それからすぐに住まいを作り始める。

 ドワーフ達がもともと住んでいた住まいを聞いてみると、打ちっぱなしのモダン住宅にほど近いようだったので、ミヒトとエルピスはそれらから魔法を用いて建築する。

 さながら3Dプリンタの様に建築を完了してしまったところ、次から次へとその建物が良いという声でもあり白いモダン建築を雑草の如く生やしていく。

 結局のところ、水路と住まいに関してはほぼ一日で大枠を完了してしまった。出来てしまったところを見れば日本的な光景ではなく、地中海で恋人たちが三角な関係を築きそうなどこかの島にも似た光景が広がっていた。

 まだ、獣人とドラゴン達の要望する住まいが出来ていない為、すべてが完成ではないが移住者たちの雨風は凌げるし、残りはドワーフ衆、手先が器用な人間とドラゴン達で解決できる範囲だ。


 モウルら獣人の狩り人達は空と陸から周辺を探索する。獣人と一括りにしているが鳥や狼、鹿や鼠などに分類できるわけでその探索方法や基準というのはこれもまた千差万別。見落としがあるかのようにも思えるが、狩り人という共同体であるためか情報が共有、集積されていく。

 ミヒトとエルピスがやったように一日で、とはいかなかったが十日程で周辺の生態系、植生、縄張りを把握した。

 途中合流したミヒトと共に悪魔たちが襲来すると対応が難しい箇所、深い森の入り口や河川に対して見張り台や狩り人達の中継所を作成し、また悪魔たちに対抗するために策を講じる。

「ミヒト、悪魔に対抗するって言ったってどうするつもりだ?このモウル様を持っても、あいつ等は頭も力あるから、狩りの様に罠は使えん。力押しも俺たちじゃ―――」


 弱音を吐くようだが、狩り人長としての分析は正しいだろう。ミヒトも相対した悪魔たちを思い返す。

 ミヒトの鱗すら潰す炎を纏う悪魔、炎華(エンカ)。彼女は《火炎抵抗(フレイムレジスト)》の魔法によって実質的に怪力のみの肉体派だが、その気になれば森も村も焼き尽くせる恐ろしい悪魔である。だが、彼女には水、というより消火という対策がある分モウル達でも相手に出来るだろう。

 白銀の翼を切断した刃の悪魔、ドール。理知的で交渉が出来るが、彼女が最もミヒトに傷を負わせた悪魔である以上、モウル達では相手にすることが出来ない危険な相手だろう。

 他に無尽蔵に城を産み出す悪魔、(ゲン)、まだ力を表していないだろう小悪魔、ルブル。判明している悪魔はこの4人だが、ここに悪魔たちを産み出したもう一人の転生者、最初の転生者、ユウトがいる。

 そしてこのユウトこそが一番の強敵だ。大森林はおろか、頑強なドラゴンの鱗すら焼き落とす炎、ミヒトを死の寸前まで追いやった強力な槍、多種多様な魔法、武器を用いて戦ってくる。相対した悪魔炎華(エンカ)、ドールをより強力にして束ねた以上に凶悪な相手だ。どのみち万全に相手をするならミヒト以外に相手できるものは、自身の半身ともいうべきもう一体の白銀のドラゴン、エルピスしかいないだろう。


「もし悪魔たちが現れたら、僕が相手をします。モウルさんたちはエルピスのところに行って守りを固めてもらいます。船で戦った時もそうでしたが、僕が戦えば皆さんを巻き込みかねません」

「ああ、確かにそうかもな。俺たちを庇ってたミヒトは窮屈そうだった」

 凶暴そうな狼の歯をむき出しにして、モウルは唸った。だが、モウルの耳は大きなため息声を拾った。

 辺りを見渡せば体力にバカが付き始めたイェレアスが腕を組んで自信に満ちた顔でモウルを見ていた。これでもかと大きなため息を吐きながらモウルに視線だけを送っていた。彼女の中では確固たる答えがあるのだと言わんばかりに。

「いや。そうだ、あるじゃねぇか俺たちに」

「いったい何があるんです?」

 ミヒトは考えることなくモウルの答えを待った。

「大魔法だよ。イェレアスが使った光の剣。あれは悪魔の身体を引き裂いた!」

「たしかに。そうでした!あの魔法なら戦えます!」

 ミヒトが大森林の巨木を切り倒すために作ったレーザーセイバー。正しくレーザーかセイバーかも怪しいそれは、イェレアスと共にこの世界の神の名を名付けた光の剣を産み出す魔法、《ムーの剣》。

 それは振り下ろせば寸分違わず綺麗に消し飛ばし焼灼しきる魔法だ。


 だが、強力すぎる上に使い勝手は悪いだろう。柄も重さも無い実感のない剣は髪どころか、片手で扱えば手足を持っていくことは間違いない。

 そういったところのパンフレット情報は頭に入っていたミヒトはモウルに提案した。

「では、希望者を募って訓練をしましょう。狩り人では無く、純粋に戦う人たち、戦士を。村を守る衛士や兵士たちを」

「戦士と。へ、へいし?えいし?」



 そうして何事もない平和な日々は流れ、ひと月数えない内に、魔法という大きな手助けもあって後回しになっていた獣人、ドラゴン達の住まいと、移住者たちを含むすべての住人を賄えるほどの畑が完成した。

 アムレト村はもうすでに村と呼ぶには程遠い水路都市になった頃、アムレトを守る兵士、悪魔たちと戦うための戦士を希望する者たちが集ってきたのだった。

久しぶりの投稿です。

書きたいなーと思いつつも行動に移せませんでしたが、一度やり始めると夢中になります。

最近お暇になってきたようなのでモチベーションは自分次第な所がどうにも大変です。

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