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アムレト村から変える者は

ようやく到着したアムレト村。

東の大森林から移住してきた者たちは多くいる。

種族の違いもあるため、"これから"を決める代表を選び出すことになった。

白銀のドラゴン、ミヒトは彼らの話し合いに聞き耳を立てながら、モナと外で待つ。

 悪魔が去った後。

 ミヒトに箱舟(アーク)と名付けられたこれを、今はなんと形容すればよいだろうか。

 木造タンカー、超弩級飛行船、恐らくはどちらも正しい。

 最もこの船は罪のない善良な者を救うための移民船であるから、やはり箱舟と呼ぶべきだろう。

 その船の中では、ついこの間まで東の大森林とスギタラの湖で生活していた人々。アムレト村へ移住するためにこの船に乗った移住者たちが一堂に集まっている。皆、急ごしらえの壇上に立つ狼の獣人の話に耳を傾けていた。


 彼らに声をかけているのはモウルだ。

 彼はこの船に着く前も、こうして皆の前に立ち、声を出してきた。ようやくついたアムレト村、もはやモウル一人の声で何処かを目指すわけにはいかない。森や狩りでは吠えれば事が済んだ。しかし住処で暮らすにはいささか過剰だということをしているし、一人では導くことが出来ないことも知っている。

 それは村について早々、ミヒトの半身というべきエルピスも言った事。

 スギタラの民からアムレトの民になろうとしている彼らに投げかける。


「スギタラで起きた大火災でもう同じ生活はできない。俺たちはミヒトのおかげで飯に困らず、残ったスギタラの皆に迷惑を掛けずにここまで来れた。だからこそ、これからは誰か一人の後ろに付いていくだけじゃだめだ。俺だけじゃない、皆の前に出て引っ張ってくれる誰かが必要だ」


 大森林の夜を煌々と照らし、か弱き命を奪った忌むべき炎。

 堕天使となったユウトが奪ったのは、彼らの住処や命を燃やし尽くすだけではない。森に生きている動物たちと彼らの心に恐怖を植え付け、安息を奪い去ってしまった。

 たったの一夜しかミヒトの全力というものを見ていないモウル。

 それでも、ここまでたどり着くまで十分なほどに、ミヒトの力に支えられたことを痛感している。

 そして悪魔に襲われた時、ミヒトだけではどうすることも出来ないことを知っている。

 モウルは声を上げた。


「ここで新たな知を結び、繋いでいく。だけど悪魔はもう一度俺たちのもとにやってくるだろう。その時に、また同じ炎に負けるのか?違うだろう、その時は俺たち自身の手で解決できなきゃ駄目だ!そうでなけりゃ神様を満たす知恵とはいえねぇ!そうだろ?」


 モウルの問いかけに皆一様に頷き、賛同の声を上げる。


「だが、俺だけじゃ皆を引っ張っていくのはもう無理だ。だから、俺と共にみんなの声を聴いてくれる奴は前に出てくれ!これから住処や飯の事を考えなきゃならねぇ」


 住まいや食べ物となると、種族ごとに必要とする物や重要性が違う。

 獣人ですら肉を食べる者と草を食べる者で違いがあるのだから、種族による違いは更に大きなものになる。

 この船に乗ってきた獣人は肉食の獣人しかいない。モウルが獣人たちの住処や食べ物について話すことは問題ないだろう。

 しかし、オーガやエルフとなれば話は違う。前述だけでなく、生活の習慣や寿命まで大きく違う。

 彼らに代わって、意見を述べることなど到底出来るはずがない。モウルは狼の獣人で、オーガやエルフでは無いのだから。


 そう、全員が同じ種族では無い。彼らには大きな違いがそれぞれある。

 船にはこの世界に存在する七つの種族から、ただ一種の種族を除いた種族がそろっていた。

 最も少ない数はドラゴンだろう。全体の割合でいえば一割にも満たなければ五分(ごぶ)もいるかも怪しい位の数だ。

 それに続くように人間、エルフ、オーガ、ドワーフ、と。

 ここまでで五つの種族、それでようやくこの船で言う全体の半数ほどだ。

 残りの種族は獣人だが、彼らにも違いというものはある。それは元となった動物、狼や虎、熊や(イタチ)の他に鷹や(フクロウ)などの鳥人などと一概に同じというわけではない。


 さて、六種の種族の中で、最初に声を上げたのはドラゴンだった。

 その場から動かずに、声だけをモウルに向ける。


「ドラゴンはこのソウケが名乗り出よう。ミヒト殿は若輩であると大叔父さまから聞き及んでいる。我らは特に困りはしないが、居た方が良いだろう」


「だったら、アタイも一緒に前に出っか!モウルに世話になりっぱなしはいかね。オーガとして、このタイネがみんなの声を声聞いてっから」


 そう言って赤い肌を持つ女性のオーガ、タイネが前に出る。

 オーガの皆は異論はないどころか、どちらかといえば大賛成であった。皆口々に『おお、タイネの姐さんなら間違いねな!』という様に彼女を信頼した言葉が贈られる。


 タイネがモウルのもとに上がると、甲高い声が上がる。

 母親に抱えられたエルフの少女が元気いっぱいに手を振っている。


「はいはい!タイネさんがでるなら私もなりたいです!」

「ケールにはまだ早いわ、私もエルフの代表として出ましょう。皆さん反対してくださって構いませんよ」


 少女には荷が重いと考え、母親も名乗りを上げる。それでも荷が重いと考えてか、母親は誰かの異議を求める。

 しかし、異議は上がらない。


「困ったら私たちも協力するわ。それに、ケールちゃんが望むのならそうしてあげる方が、これからの為になるわ」

「そうだ、何も全てを決めてくれというわけではないさ。モウルの様に、皆の話を聞いてこその代表というものだろう?」


 エルフたちは親子に約束し、代表になることを認める。

 逆に、ドワーフたちは彼らと違うことを言う。


「別に決まった代表じゃなくても良いじゃろ?我らドワーフからは常に三人出して代表を交代していきたいと考えが出たんじゃが、どうだモウルよ」

「おう、それでもいいんじゃねぇか?」

「なら決まりじゃ、今回は手始めにワシら三人で行くわい」


 立派な髭を持ったドワーフたちが三人前に出る。娘のケールを抱えたエルフの親子も前に出た。

 こうして移住者の中で、代表が徐々に決まっていった。


 *


 一方、船の外では船と比べ、少し見劣りする大きさの白銀のドラゴンがいた。

 翼を広げ、煌々(こうこう)と照らす日差しから、桃色の髪をなびかせる彼女に日陰を作っていた。


「皆さん、まだお話しされているのでしょうね。ミヒト様はお話に加わらなくてよろしいのですか?」


「僕は言ってしまえば部外者ですよ。ご飯も食べなくていい、寝る必要も無いから、寝床もいらないんです。だから、彼らに代わって意見をまとめようなんておかしな話じゃないですか。僕が出来ることは、皆さんが決めたことをお手伝いすることくらいですよ」


 白銀のドラゴン、ミヒトは、その長い首を自分が作った日陰に入れて彼女の瞳を見る。

 モナの瞳は赤みを帯びていた。

 連想するのは、やはり彼女の妹であるイェレアス。彼女もモナと同様の瞳を持つ。それでいて燃えるように(きら)めく髪は、まるで宝石の様。妹であるイェレアスに比べると、モナの髪は白で薄めたように、赤い煌めきは(かす)れている。


「モナさんは皆さんのお話を聞かないんですか?モナさんもスギタラに住んでいたんでしょう?」


「ええ。でも私はアムレトの代表になって欲しいって村の皆から。だから、私はニットさんとでアムレト村の代表です。ミヒト様、もし私が困ったときは助言していただけますか?」


「もちろんです。僕でよければどんな力にもなりますよ」


「ありがとうございます。私、皆の代表って言われて不安で……ミヒト様から助言をいただけるなら安心ですね」


「お礼はその時が来てからにしてください。僕はまだ約束しただけなんですから」


 よほど不安に思っていたのか、ミヒトの快諾を聞くとモナは笑顔を見せた。

 ミヒトは、彼女の期待にこたえられるようにと代表らしい記憶を探るが、聴覚が船内から出てくる代表者たちの足音を拾い上げる。

 ミヒトは早速彼女の約束を果たすために彼女に声を掛けた。


「モナさん、どうやら皆さんの代表が決まったみたいですよ」


「そうなんですか?なら、さっそく新しくできた教会に行きましょう!エルピス様が全部作ったんですよ?とっても立派な教会で、皆さん気に入っているんです!」


 モナはミヒトが作った日陰から笑顔で跳びだす。

 もしも、ミヒトが人間ほどの大きさなら、きっと彼女は手を取って駆け出しただろう。彼女の右手がまるで相手を探すように、空を切ったから。ミヒトはなんだか、寂しくも、申し訳なく感じた。


 ミヒトにとっては一週ぶりに感じるアムレト村だが、実際はそれ以上の時間が経過しているのだろう。

 木造の家々は外から少し補強されているし、道には舗装の思考錯誤が見られる。

 建物の基礎ばかりなんで肝心の建屋が無いが、それはこれから進むのだろう。初めに来た頃にはなかった現代風な資材置き場には大量の石材と木材が置かれている。

 何よりも、村だけでなく外まで広がっている大きな溝は、水こそないが水路そのものだ。


 笑顔で駆けだしたモナを追いかけていると、しばらくして教会が見えてきた。結構な大きさで、ミヒトよりも少々幅が広い大きな教会だ。

 外には有り余るほどの庭が備え付けられている。庭というよりも、学校のグラウンドやサッカーコートといった方が納得する広さだ。

 教会の庭には既に何人かの村人と白銀の大きな鱗を背負う亀、エルピスがいた。

 彼らは庭の置かれた机を囲んでいた。机には台紙のような物を広げてあり、それには航空写真かと思うほど正確に今の村の様子と周辺の地形が映っている。

 村人はモナを見つけると声を掛けた。


「おーい、帰ってきてたんだな。モナからも意見が欲しいんだ、この周辺図を見てくれよ」

「はい、私でよければ」


 そう言ってモナは周辺図を村人たちと共に確認する。

 エルピスもミヒトの足元にやってきて話始めた。


「来たんだねミヒト。早速だけど、これまで何が起きたか教えてほしい。情報共有だ」

「ああ、わかったよ」


 エルピスから光の玉がミヒトへ。

 それはミヒトが作った記憶を共有する魔法だ。継承と名付けた魔法だが、活用する頻度が多いとその名前も仰々しいものだ。

 ミヒトも、東の大森林からアムレト村に到着するまでの記憶を内包し、エルピスに渡す。


 そうして二体のドラゴンは互いにその瞳を見つめる。言葉を交わさなくても気持ちが通じ合っているわけではない。単に気まずいだけだ。

 この魔法は他人の記憶を自分のものにするものでは無い。他人の記憶を人づてに教えてもらうような物。例えていえば、映画の内容を他人から教えてもらうようなものだ。

 そういった類を嫌っていたミヒトだからこそ、納得はあれど気まずさを感じてお互いの表情をうかがうしかないのだ。

 最初に口を開いたのはエルピスだった。


「悪魔ね。街をつくるときは、城壁とか物見やぐらみたいなものを作った方が良いかもしれないね」

「水路を作るなら、洪水対策も考えないと駄目だね」

「まだ手を付けてないけど地下に調圧水槽みたいなものを作ろうと思ってる。私だけで水路を作っていたけど、これからは地下に貯水槽を作ろうと思ってる。だから、ミヒトには外で悪魔の監視と資材の作成をお願いしたいんだ」

「わかった。もし悪魔が来たときはエルピスも呼ぶよ」

「わかってるさ、その時は私も力を貸すよ。いざというときの為にいくつか考えておかなきゃいけないね。僕らだけじゃなくて皆にも使えるような魔法も」

「わかった、僕の方でも考えてみるよ」


 そう言い交わし、エルピスは再び村人たちの会話に入っていく。

 彼らが交わす内容は今後の発展への事前説明を改めてモナに話していた。頑張ってモナは話を聞いていたが、内容が難しいのかその表情は硬い。

 エルピスも入り、小難しい詳細を省いて大筋をモナに説明し始めた。


「この村に必要なのは移住してきた皆の家、それから食べ物が必要だから、畑と家畜を飼う牧場が必要なんだ。あとは道具や服も作らないといけないから、村にある鍛冶場とかも数を増やさないといけない。みんなが考えるのはこれらをどこに建てて、どんな道を引くかを考えるんだ」


 エルピスの説明で、彼の記憶を受け取ったミヒトは理解した。しかし、詳細までは分からないモナは恐る恐るエルピスに確認する


「まずは道と、建物を建てる大まかな場所を決めるという事でしょうか」


「そうだね、それ以外にも悪魔が来ても大丈夫なように城壁とか、大雨で水路が(あふ)れない様にしたり、いろいろ備えをしないといけないけど、詳しいことは皆が集まってからだ。今日の内に決めて明日には始めないと、いつまでもあの船の中で暮らさなきゃいけないからね」


「でも、あの船で生活できるようになっていますよ?」


「それは分かるよ。でも、あの船にはいろいろ使えるからね。それにここを素敵な街にした方が神様達も喜ぶだろうし」


「思いもしませんでした!私ったら、そうですね!神様達が喜ぶような立派な町を作りましょう!」


 エルピスに発破をかけられ、モナはいつになくやる気を見せる。

 そうして、この教会に各種族達の代表が集まってきたのだった。

次回の更新は28日くらいを予定しています。

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