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まだ何者でもない

 地平線の彼方から太陽が昇り、ミヒトの背中を照らす。大きく開いた翼は白銀の光を反射させた。

 夜のカーテンが、ミヒトと飛行船を挿んだその彼方へ押しのけられていく。

 辺りは明るく照らされているが、人間の、社会人としての時刻感覚が残っているミヒトからすれば、4時か、5時前くらいだろう。


 まだ船内は静かだが、ドラゴンの聴覚がモウルの声を捉えた。空を飛ぶ姿勢はそのままに、モウルの会話に意識を集中させる。

 すると、ミヒトの視界は船の中へ誘われる。狼の獣人と、白黒の給仕服を纏った毒々しい黒い緑の髪を持つ女性が目の前の明け空に透けるようではっきりとドラゴンの目の前に映る。

 その光景は、ユウトを見つける際に使った魔法《千里眼(クレヤボヤンス)》のそれと全く同一だったが、《魔力感知(マナセンス)》の魔法が勝手に発動した前例をミヒトは持っていたため今さら驚くことでもない。

 以前と違うのは、視界とは別に頭の中で《千里眼(クレヤボヤンス)》が映す情景が浮かびながらも視界が使えているのが今は大きい違いであり、飛行船へと姿を変えたこの船を押しながら彼らの様子をうかがえるのがミヒトの助けとなっている。


 それはそうと頭に映る情景にいる者、それはミヒトが聞いた声の主であるモウルと、悪魔であるドールの姿だ。


「やけに早起きだな、アンタ」

「そう言うモウルはお休みされなかったのです?」

「寝てたさ。だが、狩りがなかなか終わらない時は、眠ることもそこそこに何日も見張りしたり、獲物を探すもんだ」


 とぼけるような軽い声だがモウルの顔はそれとはかけ離れた顔、今にも呻り声が、次の瞬間には吠えられそうなほど険しい顔だ。

 ドールはそれに気にもとめず話を振った。


「モナにも言いましたけれど、私に聞くことは何かあるのですか?無理にお聞きにならなくてもいいですし、質問が無ければお話しない。などということは無いですから」

「ああ、質問ならあるぜ。俺の質問は、オマエは俺たちを襲うまで何を見てきたんだ?」

「……そうですね。それくらいならお答えしましょうか」


 ドールの裾から刃物が二本零れ落ちる。一つは不可解なバウンドをしてモウルの手前突き刺さり、そしてもう一つは彼女の足元に。

 床に突き刺さると形状を変え、円錐状のランスに変化する。持ち手が中心から端に行き、ぐにゃりとU字に変形する。

 それは武器と呼ぶより椅子そのもので、ミヒトはそれに座ったドールの行為はごく自然なものに感じていた。


「まず初めに見たのは私を生み出したユウト様のお顔です。とてもお疲れの御様子でしたので、すぐに私が介抱しました。思えばあれが至福のひと時というものなのですね」

「そうかい、悪魔というやつは幸せって奴がわかるもんなんだな」

「当然でしょう?幸せがわからなければ何を求めているかわからないですし、何を壊せばいいか理解できないでしょう?」


 ドールの返答を聞いたモウル。

 立ったまましばらく考えるような表情をする。それはシワは何処かに行って不機嫌な犬の様な顔だった。


「座らないのですか?あなたの為にご用意したのですよ?」

「そんなもん要らん」

「そうです?なら私が使っても構いませんね、もとより私の物ですし」


 きっぱりと断り、再びドールの発言について考えを巡らせ始めるモウル。

 ドールは、背筋をピンと立てて座ったまま。それはまるで入社か面接に相対するようにキリッとした姿勢だ。

 だが、彼らを取り巻く状況を《千里眼(クレヤボヤンス)》で見ているミヒトはすぐに気が付く。

 モウルの椅子だったものから、音も無くカッター刃がするすると伸びていく。まるでペーパークラフトの様に、二つの形を作っていく。

 大雑把な形から、細部へ。髪の毛ほどの細い針がソレに生えたところで、もう9割方正確な形になっていた。


 考えがまとりかけてきたモウルの視界に映ったソレは、彼の答え合わせになった。

 表情が今日最初に見た顔の、いやミヒトが見た表情よりも、もっと恐ろしい顔になる。

 モウルは、ドールの発言を完全に、思い違いなどなく、正確に理解した。


 モウルの爪が風を切る。刃で作られた二人の彫刻がモウルの爪に当たる前に水の様に溶け、彼がソレを壊すことは無かった。

 モウルの唸り声が響き、遠吠えを上げ、彼女の前から駆け去った。


「あら?そこまで怖がらなくても良かったのに……」


 悪魔は席を立ち、溶けて椅子だけになったそれを撫でた。


「お次の方~。なんて……」


 冗談めいた独り言をつぶやいた彼女は、作った椅子をそのままに歩き出した。



「ミヒト様!先ほどの声はモウルさんですか?何か起きたのでしょうか……」


 モナが息を切らしながら階段を上り、自身ののもとに駆け寄ってくるのが見える。

 しばらく悪魔の動向を見ていた《千里眼(クレヤボヤンス)》の意識を切り、瞳に映ったモナへ長い首を伸ばす。


「ええ、モウルさんの声ですよ。大丈夫、フフくんを呼んだだけです」


 モナが不安な表情をしていたから口から出まかせを言ったわけではない。

 先ほどまで覗き見ていた状況からも十分に推測することもできるが、そうでは無い。


 ミヒトにはモウルの鳴き声が理解できていたから、そのまま伝えたのだ。

 

「そうだったんですか、私はてっきり悪魔が何かしたんだと思いました」

「ええっと。モナさんの言う通り悪魔がモウルさんを脅かしたからなんですよ」

「え、どういうことですか?」

「昨日は、その、言いそびれてしまったんですけれど。


 白銀のドラゴンは申し訳なさそうに首を僅かに下げた。


「悪魔は人を陥れるといいました。だけれど、それだけじゃなくて人をからかったり、脅したり、それこそやってほしくないこと、言ってほしくないことを言うことがあるんです。お教えしていなくて申し訳ありません」


 ミヒトは昨夜言い損じたことをモナに語って聞かせた。

 モナは自分が悪いとばかりに頭を下げ返した。


「いえ、私の方こそ!ミヒト様からお教えいただいたことだからと満足してしまいました!あの時ミヒト様に他に何があるかお聞きすればよかったのに・・・」

「いえ!考え事に集中したいと僕が言ったせいです!モナさんたちは悪くありませんよ!」


 ミヒトには人間とは比べ物にならない思考速度がある。

 だが、ミヒトはそれを有事の際以外には使わない。その所為で、もしくはそのおかげでモウルは悪魔の一端を身を持って知ることが出来たといえるだろう。


「そうだ!このことイェレーにも教えてあげないと」

「それは少し遅かったかもしれません」


 またもミヒトの耳が、悪魔であるドールと会話する様子を捉えていた。

 ミヒトはあえて瞬きをすると、脳裏にはモウルの時と同じように、ドールと会話をするイェレアスの様子が浮かび上がった。


「アンタいったいモウルに何を吹き込んだのよ」


 イェレアスもモウルの遠吠えを聞いていたようで、原因はドールにあると決めつけて問いただしに来たようだ。その実、ドールが脅迫めいたことをモウルに語り掛けていたので、イェレアスの憶測は正解ではある。


「私は別に何も、ただモウルも大切なものを持っているのですねと、言ってみただけです」


「大体わかったわ、それじゃあ私もモウルの様にならないように気をつける」


 わざわざドールに向かって自分は警戒している旨を伝えるイェレアス。

 そして、今度はイェレアスによる質疑が始まろうとしていた。


「ていうか、アンタは大切なもの、えーっと、大切な人とかいないの?」


「私にとって一番に大切なのはユウト様です。それ以外は特に重要ではありません」


「ん~寂しいやつね!一緒に私たちを襲いに来た奴とか、あの時アンタを助けに来た奴らは仲間じゃないの!?」


 イェレアスが思い浮かべたのは飛行船に姿を変える前、ただの巨大木造タンカーのような船の時にドールと共に襲ってきた炎の悪魔、炎華(えんか)。そしてミヒトとイェレアス達によって撃退されるところを救援に来た悪魔たちの事だ。


(げん)とルブルの事ですか?あの二人は、どうでしょうか。(げん)に関していえば、仲間とは言い難いですかね。私からはルブルや炎華(えんか)の方がその仲間というのに近しいかもしれません」


 ドールのどこか回り道というより、道がもともとわかっていないようなセリフにイェレアスも、その場にはいないが話と状況を見ることが出来ているミヒトは違和感を覚える。


「同じ悪魔とかいう同族じゃないの?そんな他人みたいな言い方……」


「他人、ですか。確かに他人と呼ぶべきものに近いのかもしれませんね。私は最後にユウト様に生み出されましたし、わたしには彼らの様に角がありませんし」


「聞いたわよ。それだけで他人だって言えるの?」


「ユウト様の記憶によるものですから」


「またそれ?じゃあドールには他人か仲間かわかんなくて、そのユウトとかいう奴が言ってるから他人だっていうの?」


 ドールは一拍置いて表情をむっと不機嫌なものに変えた。理由は簡単でミヒトにも理解できた。創造主であるユウトに対しての敬意を欠いた発言が気に入らないのだ。

 炎の悪魔、炎華であれば激昂して暴力の域では留められない威力の拳を振り上げているところだろう。

 だが、ドールは自身が感じた不快感を追い出すようにふっと息を吐いて元の微笑を浮かべた。


「なら、イェレアスにはわかるのですか?他人か、仲間か。己の成さねばなれないことが何なのか?」


「アンタ、まるでミヒトみたいね。そんなの簡単よ、一緒に何かしたら、もうそれは仲間。だから、こうして同じ船に乗ってアムレトに向かっているのも一緒なんだし、私とアンタも仲間っていえなくも無いわよ」


「それは、違います!断じて」


「何でそれがわかるのよ?同じ悪魔の事を仲間だって断言できなかったのに私は仲間じゃないって断言できないでしょ」


「それは、私たちは一度あなたたちを傷つけた敵ですし、ミヒトの翼を切り落としたのは私ですし、船だって壊しました」


「でも、みんな生きてるわよ。ミヒトだってぴんぴん飛んでるわ」


 イェレアスは船の小窓から空を覗き込みながら言い放った。

 ドールはの表情に、陰りが出てくる。モウルの時とは違い、悪魔に余裕は無かった。


「使命とかいうやつだけじゃ寂しいわよ。ねぇ、また聞かせてよ、ユウシャとかいう人の話」


「……そうですね。それではイェレアスの使命を、いえ、イェレアスはどうなりたいのですか?それだけでも聞かせていただければ、またお話ししましょう」


「どうなりたいかって。いいよ、アンタなら別に聞かせてあげるわ」


 イェレアスはあっさりと承諾した。


「やらなければいけないことなんて私には無いわ。ミヒトやお姉様みたいに使命があるわけじゃ無い、どっちかって言うと今まではドールみたいだったかも」


「私の様?」


「そ、アンタと同じようにお姉ちゃんについていって、お姉ちゃんのいうことだけが全てだった。それが幸せだった」


「では、今は違うのですか?」


「ただ、ずっと続くわけじゃないんだって知ったのよ。モナお姉様は神様のお告げに従ってスギタラの森を出ていった。こうしてもう一度会えたのは、たまたまだわ」


 悪魔は毒々しい髪を揺らすことなく、じっと、イェレアスの話を聞いていた。芽づいたそれが何なのかを知るために。


「モナお姉様は皆に頼られて、何でもできた。私はそれだけでいいんだって、モナお姉様がいて、私が手伝いをして、それでずっと生きていくんだと思ってた」


「そうでは無い、と。」


「うん。モナお姉様がいなくなって、頑張ってモナお姉様みたいになろうとしたけど、わたしには皆に頼れれるような力は無かった。せめてモナお姉様を守れるような強さがあればいいと思っていたけれど。それでも、私一人じゃ、大切な場所も、何も守れない、何もできなかったの。それこそ私の使命みたいなものだと思っていたからなんていうんだろ」


「つまり、使命を失ったのですか?」


 ドールはイェレアスの顔色を窺う。その様子はまるで、叱られている子供と重なった。自分が何をやっているのか、何に謝らなければならないのか、どうすればいいかわからない不安のような物だ。

 イェレアスはそうでは無いと明るい声を上げて見せた。


「いいえ?私は何も失ってないわ。なんとなくわかったの、私が大切にしてきたものは本当に大切な物じゃなくて、私はモナお姉様にはなれないの。私は私になっていくんだって」


「……いえ、わかりません。自分が自分なのは当たり前でしょう?何を言っているのですか?」


「そうね、でも。私は私で、ドールはドールになっていくのよ。だから私がなりたいのはモナお姉様じゃなくて私ってこと。きっとそのうちわかってくるわよ」


「ですからそれが―――」

「みんなー!ドールが昨日の続きを話すんですってー!」


 理解が及んでいないドールを無視して周りの子供たちを呼び寄せるイェレアス。またとなく子供も大人たちも集まり、有無を言わせない。

 先ほどのイェレアスの答えにまだ未練がましい視線を悪魔は差し込んでみるが、それ以上に期待の眼差しが多く、ドールは自然と彼らの期待に応え始めていった。


「あの、ミヒト様。そのイェレ―は大丈夫なのでしょうか?」


 モナの一言で《千里眼(クレヤボヤンス)》を払いのけてミヒトは彼女に焦点を合わせた。


「ええ、先ほどまでドールさんと話していましたけれど、それも一旦休憩の様です」


「そうなのですね、どのようなお話をされていたのですか?」


「いえ、話というほどドールさんは話していませんでした。大体、イェレアスさんのお話でしたよ」


「まあ、イェレーがそんなにお話していたんですか?ちょっと珍しいですね。あの子、いつも私の後ろについていたから」


「同じことをイェレアスも言っていましたよ。その、神様のお告げを聞いて森を出ていったって言ってましたけど」


「はい、神様から新たな村を築き、落ちたる星を待つようにと聞かされて、メントがいるところに村を作ったんです。初めはニットさんの御兄弟もいらしてて、みんなで家は建てたんですけど。すぐに帰ってしまって……」


 今までの経緯を語ってくれたが、ミヒトの気になる話題は悪魔からモナに移っていた。

 イェレアスと話していたドールの話が本当なら、ドールはユウトの記憶、その一部を持っているのみであろう。

 なら、気にかかるのはイェレアスが語り渋るモナが聞いている天啓、神のお告げが何なのかということだ。


「モナさん、神様のお告げというのはどういうものなんですか?」


「神様が言うには世界と一度切り離し、私の魂だけを呼び寄せて聞かせていただいているとは聞きました」


「天使たちも同じように神様の言葉を聞かせてくれるんですよね?」


「ええ、ですけど間違って伝わってしまったり、伝わらなかったりとするのです。ですから、私のおばあちゃんから神様から直接言葉を聞いてみんなに伝える神官が生まれたのです」


「天使が伝えたり間違えるんですか……」


「神様の為に見るだけの天使や、聞くだけの天使など、務めごとに天使がわかれているんです」


「じゃあセレヴェラは?」


「あの方は特別なお方のうちの一人で、天使たちを束ねる特別な天使です。それこそ務めは一つだけじゃなくて、神様と天使たちの間を行き来して、務めが果たされているかを確認したり。私たちの中で穢れが溜まってしまった者を神様のもとに送り届けたりと本当にお忙しい方なので、はっきりとお姿を現さす、ただの光として現れることが多いですね」


「そ、そうなんですね~。そうだ、じゃあ今までモナさんがやってきた神官のお仕事ってどんなことがありますか?」


「お仕事ですか?い、いえ、大したことはやっていませんよ!」


 モナは謙遜したが、その仕事は本当に立派な物だった。お年寄りの介護、子供たちの世話、怪我人の治療、食事を作り、神へ祈りを捧げては村の皆を手助けするという。

 アムレトは東の大森林に比べ、狩りに出かける頻度が少なくて怪我人が圧倒的に少ないそうだ。手助けが必要な年配者も少なく、歳が多いものは皆ドワーフで、そもそも長寿な種であるため、今は食事と子供たちの世話のみになっているそうだ。

 話を聞いたミヒトが抱いた感想は、神官とは名ばかりのハイブリット過労職。と言ったもの、ムーとデュー達、神様から見ても相当な働きぶりだったのだろう。

 スギタラの森からアムレトに来たのも仕事量を見ての配属替えのような物だったのだろうとミヒトは納得した。


 モナの話を聞きながらも、飛行船を押してアムレト村に向かい、優れた聴覚でドールの話も話半分に聞いていた。

 だから、ドールが話を一度区切り、甲板に上がってきていることも知っていたし、その目で遠く離れた船の先に佇むドールも確認していた。


 ミヒトが捉えていたドールは少し疲れたような表情が浮かんでいた。それは、作り物のような不気味なものでは無い。くびれた哀愁を持ったそれは、ミヒトが知る人間の者だ。

 ドールは金属でできた紙飛行機。いや、グライダーと呼べるようなそれをため息と共に投げた。

 飛行の途中に主翼と尾の部分が徐々に大きくなっていき、それこそグライダーと呼ぶに相応しい形になっていった。

 ミヒトの視界、ドラゴンとしてはまだまだ余裕で捉えられる距離だが、ドールがぽつりとつぶやくのが聞こえる。


「わかりませんね……。私は私に―――」


 しばらくして、彼女はゆっくりとミヒトにむかって歩き出した。

次回かその次からアムレト村編になります

執筆速度も頑張りますが、来週再来週になると思います

2020/7/19追記、・・・と表記していた箇所を……に変更しました。タイトル以外の本文で使用している箇所を順次修正していきます。教えていただけると幸いです。

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