悪魔が持つ記憶
自身を殺そうとした悪魔と向かい直し。
白銀のドラゴンは疑問を、その意思を問いただす。
大空の中、白銀のドラゴン、ミヒトはお見合いのような質問を皮切りに、自由を縛られた悪魔と互いに質問を繰り返していた。
ミヒトの眼前にいる悪魔、ドールはゴシックドレスかメイド服か曖昧な衣装を身に纏い、黒緑の三つ編みを弄りながらミヒトの質問にこれまた曖昧に答えていた。
たとえば、悪魔はどのように生まれたのかと聞けば、
『私は一番最後にユウト様に作っていただいた悪魔です。ですから、どのような過程を経て誕生しているかは知りません』
と言い、ドールが湯水の様に作り出している刃物は何処から作っているのかと聞いても
『生まれ持った力でして。言ってしまえばその質問は、貴方は何故呼吸するのか?という質問と同等の質問です。ミヒトもそのような質問をされても答えようがありませんよね?』
などと返してくる。
だと言うのに、ミヒトは律儀にも悪魔の質問には律儀に答えていく。趣味は映画だったとか、以前の姿は人間だったとか、神からよく聞かされないままこの世界に来たと。
それだけ言えば済む話も、彼はドールが答える10倍は長々と事細かに答えていた。
「そう言えばミヒト、貴方は映画を見るのが趣味と言っていましたね。その中でどんな映画が一番好きなんです?」
「一番の映画?うーんどれも好きな映画だけれど、ちょっとだけ待ってください!一つだけ選びます」
「いえ、結構です。また長くなりそうなので」
「え、そうですか?すぐなんですけど」
「確かに、それは私も思ったわ」
ドールの返答に、イェレアスも付け加えた。
「そんな!?イェレアスまで言わなくても!」
「モナお姉様もそう思うでしょ?」
「そうでしょうか?すぐ終わるとミヒト様も言ってますし・・・」
「そう言う人ほど長くなるものです。それにミヒトばかり話していてはつまらないでしょう?」
「そうよミヒト!アンタばっか話してるんじゃなくて、この悪魔からもっと聞き出しなさいよ!私はもう何十回も聞いた話じゃない!飽きたわ!」
ミヒトがすぐと言ったのはドラゴンの超速思考を使えばと言う話だったが、それを言い訳にする間も無くドールにきっぱりと断られ、挙句イェレアスからも苦情めいた文句を立てられてしまう。
仕方なくミヒトも、ドールが話しやすいような質問を投げかけてみることにした。
「それじゃあ。聞き返すのを忘れていましたが、ドールさんの趣味は何なんです?」
「それはもちろんゲームです!そしてそれは当然"ツインソード+ツインマジック2"です!私はやったことないですけど」
堂々と、そして高らかに宣言したドール。
彼女には凛々しくも妖しげにふるまっていた悪魔の面影などもう無く、首についている重々しい契約の首輪とそこから垂れている鎖さえなければ、和気あいあいとした少女のような、活気に溢れんばかりの笑顔があった。
彼女は毒々しい黒緑の三つ編みを揺らしながら、聞いても無いのに得意げにゲームの解説を始め出す。
「このゲームはツインソードの勇者とツインマジックのヒロインを切り替えながら操作していく3Dアクションゲームでして、このゲームの面白い所は2人プレイで出来るところなんです!ユウト様はこの2人プレイで進めるのが大好きで!それに収集要素も盛りだくさんです。勇者が使うソードはもちろんですし、マジックワンドも多種多様。二種類のソードとワンドで突き進むのですけど、マジックベルトを入手することで一度にすぐ使える種類が四種類に!アイテムを即座に使えるクイックポーチを入手すると道具も合わせて五種類も駆使して魔王城まで突き進むんです!それまでには当然過酷な道のりがですね…」
ミヒトの話は長くなると切り捨てたドールだったが、先ほどまでの
ユウトが絡んだ話、となると一人の天使を思い出す。
天使から堕天したユウトを説得しようと試み、危うく消滅しかかった天使、セレヴェラの姿が過る。
ユウトがチラリと話に出たから光の様に飛んで来るのでは無いかと思い、咄嗟に瞳が《魔力感知》を発動する。
しかし、セレヴェラの、煌々と輝く天使のオーラは視界の何処にも映らない。それだけならば思い過ごしと流しておけるが、その瞳に映る光景は見逃せなかった。
暗い茶色のオーラを纏っていたイェレアスが赤のオーラを、モナは魔力に秀でた妖精と同じ緑のオーラを有していた。
そして、何よりも悪魔の姿に魔力のオーラが何一つとしてかかっていなかった。それが意味するところは、悪魔は魔力を持っていないということである。
そのことに気が付いたミヒトはドールの話を中断してこの疑問を投げかけようとする。
「話はそこまでにして僕の質「ミヒト黙って!」
イェレアスに勢いよく引き止められたミヒト。幼少ぶりに人の話を遮ろうとしたミヒトの勇気は少女の好奇心に封殺された。
「それで!どうなっちゃうのよ"ユウシャ"って奴は?!」
「ええ、それからですね。最初のボス、クリムゾンオークを倒すと、そのオークが持っていたクリムゾンワンドとクリムゾンソード、それとマジックベルトを勇者たちは入手するのです」
「それで4種類の武器が使えるようになるのね!」
「そう、その4種類を使いこなさなければ次のボスには勝てないのです。五つの腕に六つの脚、瘴気をまき散らし原野を抉り去る五腕六脚のスケルトンライダーには!」
「何ですって!?腕が5本も生えてるなんて卑怯じゃない!こっちは持ち変えながら4種類の武器を使うのに!」
「イェレ―、それどころじゃありませんよ。足が6本なんて聞いたことありませんよ、一体どういう生き物なの・・・」
「ふふふ、それは死者の骸、骨だけの化け物なのです、スケルトンライダーは追いつめられると死人の肉を喰らいその骨を勇者に投げてくるのです!」
モナは顔を妹の背に隠した。
「そんな!?なんておそろしいの…」
「私ならどんな化け物相手でもも問題ないわ!モナお姉様を守るために戦える!」
「それじゃあ、どうたたかえばその恐ろしいスケルトンライダーに勝てるのですか?」
モナのその言葉を狩り上げるかの様にドールは矢継ぎ早に話を広げる。
「なんといっても大切なのはソードで攻撃を打ち払い、オークの持っていたクリムゾンワンドをスケルトンライダーに打ち込むかが勝利のカギなんです!1人プレイでは勇者たちの切り替えに時間が掛かってしまいますが、2人プレイなら少しの隙も逃さずに攻撃出来るんです!そして、スケルトンライダーを打倒すと、ついにマジックポーチが手に入るのです!」
「なんと、マジックポーチが手に入るのですね!」
「道具もすぐに使える!これなら敵なしね!」
「いいえ、ここからが本当のツイソマ2――。広大な世界が勇者二人を迎え入れ、世界を、悪の魔王から救うために冒険に出かけるのです!人を失った塵の平原、冷たい銀の世界、煮えたぎる炎の山々に悪の軍勢、魔王の城!そして底の見えない虚空の穴へ落ち魔物たちが住む魔界へ!」
最早ミヒトなどそっちのけで大盛り上がり、いつの間にか東の大森林からの移住民、スギタラの人々も集まり、ドールが語る"ツインソード+ツインマジック2"の話を皆で聞いていた。
モナたち姉妹や、移住民達は"架空の英雄譚"に眼を輝かせていた。
その様子を見ればミヒトも話を遮るわけも行かず、結局、天使セレヴェラに引き続き今回も話を遮ること叶わず、彼女の話を最後まで聞くことになった。
話の内容はゲームの大筋をなぞりながら、特にステージのギミックとボス戦に熱量を注ぎ込まれた話、と言うより解説であった。時折モウルやイェレアスが言葉の意味を質問していて半ば講義のようになった。
講義状態になればミヒトも会話に加わることはできたが、ミヒトが解説すると皆意味を理解し、ドールの話がすぐさま再開されるのだった。
「―――そして、魔王を倒した勇者らは、世界の平和を取り返したのです!と、つい熱がこもってしまって申し訳ありません。本当はクリア後の鏡世界や隠しダンジョンとかサブクエストボスとか話したい所ですが、ミヒトも待ってるみたいですし、ここまで、ということで。ミヒト、時間を取らせて申し訳ありませんでした」
わざわざ姿勢を正し、ドールはミヒトに申し訳なく一礼する。
大真面目にドールの話を聞いていた皆は一様に拍手喝采でドールを熱のこもった話を称えた。ミヒトの感覚でいえば親の仇の様に念入りにネタバレをしている様に見えたが、この世界の住人にとっては胸躍る御伽噺だった。
イェレアスも真剣な顔を向け、拍手は送った。
「あんたの話、すごく面白かったわ。」
「それは何よりです。私はあなた方を襲いはしましたが、お話には罪はありませんからね。当然でしょう」
ゲームから縁遠いミヒトにとってもドールの話は興味深く、それでいて新鮮な話を聞けたため、結果としては良かったのかもしれない。
何より、ミヒトだけでは東の大森林からの移住者たちの気を紛らわせるような話はできなかっただろう。
ミヒトが話を始めようものなら、ビルや会社、戦争やそれらに関連する歴史の話をしなければならない。
歴史の話は彼ら異世界人の価値観、文化や技術を偏らせてしまうような気がしてミヒトは余り気が進まない、と言うよりしたくないのだ。
もちろん、彼らから望むのならばミヒトも協力はするが、それは今ではないと考えている。
他にも現在もアムレトの村に向けて、船を押しながら空を飛んでいるミヒトの気が紛れたのも大きい。
堕天使のユウトから致命的な攻撃を受けて意識を失ってからというもの、ミヒトはドラゴンの持つ超速思考を意味も無く使うのを控えていた。
この世界の成り立ち、命の意味、神の存在。途方もない議題に向けて思考し始めると、自分が自分でなくなっていくような恐れを抱いたからである。
だからこそ、ミヒトは何かにつけて自分では超えない境界線を設けて、人間だったころの自分を見失わないようにしている。
ふと気が付けば地平の彼方には双子の太陽が沈み込み、代わりに大小の月が空へと上がっていた。
ドールの話を聞いていたみんなは彼女が語った物語を口ずさみながら船の中に入っていった。
船の中にはミヒトが用意した食事がある。魔法で生み出した食事だが、ミヒトが食べてきた食事の中で飛び切り美味しいものを再現してあるためか、皆風の様にドールたちから去っていった。
木目すら見えないほどの人だかりであふれていた箱舟の船上には、また悪魔とドラゴン、それからモナたち姉妹とモウル親子が残った。
「気が付けばもう夜ですか…」
彼方を見つめる、魔法のような淡い赤と深い青が溶け合うような地平線を見つめながらドールは白銀のドラゴンに語り掛けた。
ミヒトはドールたちが襲ってきた昨夜を思い出し、ドールに投げかけた。
「あの夜、何故僕たちを襲ってきたんです?それに、貴女の仲間…ほかの悪魔たちは一体」
今まで黙っていた分、自然とミヒトの口から疑問があふれていたが、ドールはそれを一度嗜め、一つ一つ答えていく。
「あの夜、貴方達を襲ったのはただ単にユウト様に命じられたから戦ったまでです。まあ炎華は私とは違うようですが」
語り始めたドールに一層厳しい目を向け始めたイェレアス達。穏やかなモナもドールを見つめる目は力がこもっているようだった。
その視線を受けながらも、ドールは話を続ける。
「私の仲間、と言うよりも同族と言ったらいいのでしょう。炎華は貴方たちが見た通り炎を使う悪魔、私は刃物を自由に生み出して扱うだけの悪魔ですよ。それと。」
ため息を吐いて、語ることも嫌そうに、渋々言葉を繋げる。
「私たちの中で唯一の男の悪魔、幻ですが。アレは自分が最初に生まれたから敬えだの従えだの言ってるだけです。序列などありませんが、貴方達の様に仲良しと言う訳ではありません」
「でも、アンタの仲間は助けに来たじゃない!それって大切って事じゃないの?」
イェレアスがドールに異を唱えた。
「それはユウト様の命令だから助けに来たからです。彼らの意志ではありませんでしょう」
「どうしてそこまでユウトさんに従えるんです?僕と彼の間に何の違いがあるんですか?」
「私たちはそれぞれ別々の能力を持っています。私は刃物、炎華は炎、幻は城を。それでも、皆共通のものがあります。ミヒト、貴方ならわかるのではないですか?」
「僕が?」
ミヒトの頭には自身の半身であるエルピスが頭を過った。彼は形は違えど、少なくともミヒトと同じ記憶、思考を持ち、神がミヒトに授けようとした名前の一部を持っていた。
もしそれと同様なら、目の前の悪魔もそれと共通したナニカを持っていることになる。
悪魔たちはそれぞれ姿も、意思も違った。ならば彼らが共通して持つ物は。
「それは、記憶ですか?」
「ええ、私たち悪魔はユウト様の記憶の一部を持っているのです。私はユウト様の楽しかった記憶を。ほかは知りませんが、私は、私が持つ記憶を、そのユウト様を大切にしたい。」
いつの間にか月夜に照らされていた哀愁を下したドールの姿は、悪魔とは形容しがたい絵だった。ミヒトを見つめ返す妖しげやガラス玉のような瞳は、まるで退屈している人形の様。闇を溶かした髪から暗い緑が浮き上がって見える。
白黒のドレスの裾から、一本の刃を出すと、三日月刀へと形を変え、先端にミヒトの顔を模したような先を付ける。
無視しがたいことを彼女は知っていた。彼女は、いつから抱いていた疑問を白銀のドラゴンに下した。
「ユウト様と私たちで5人。ミヒト、貴方は一体何人いるのでしょう?」
設定がどんどん積み上がって世界が出来ていくような気がします
今はまだちょっとしかありませんけどね