白銀のドラゴンが提供する空の旅を
自らの体調や今回も救ってくれた恩人の所在など欠片も無い。
イェレアスはその頭に姉を探すことだけを詰めてモウルと共に船の中へ。
一方、移住船ごと危機から助けた白銀のドラゴン、ミヒトは…。
北方には荒々しい岩肌を天に突き上げたような山脈が連なっている。
そして山脈の遥か頭上、天には双子の太陽が燦々と緑を、雄大な湖と見間違うほど、どこまでも続く巨大な大河を照らしている。
その大河の水面、揺らぐ水面には鯨をも飲み込めそうな巨大な影が一つ映っていた。
上空には一粒のアーモンドに、それに等しい量のクリームを乗せたような珍妙な物が浮いていた。
白銀のドラゴンであるミヒトは、その巨大な翼と、自身が理解できる範囲の前世の知識を使い、ミヒトが魔法でもって作り上げた移民船、箱舟は飛行船へと姿を変え、自身の半身が発展させているであろうアムレトの村に向かって飛行していた。
木造の船体を持ちあげている白い気嚢には非常に軽い気体が詰まっている。
ミヒトの、ドラゴンの息吹によって気嚢の空気すべてが魔法によって作り替えられているのだ。
ドラゴンの息吹、その魔法に名前は無いが、あえて言うならばこう名付けられる、《船を何とか浮かせる非常に軽い空気》と。
ミヒトは何も箱舟を飛行船に作り替えて、大河に落ち行く危機的状況を覆そうと考えたわけではない。
もしそこまで冷静な計画あるいは作戦を建てられたのなら、設計を練り上げるのであれば、ミヒトは船尾から翼を羽ばたかせ船を押しては居ない。
「う~ん、飛行船って浮く原理は理解できるけど、プロペラこんな感じでいいんだよね?」
誰に聞くわけでもなくミヒトはつぶやく。視線の先には船尾、水を押しのけて進んでいたスクリューは形状と大きさを変え、巨大なプロペラになり空気をかき回していた。
ミヒトは自問自答を口にしながら人並みの速度で考えを巡らせる。別に瞳を閉じれば那由他を遥かに超える思考速度で解決するかもしれないが、常人が幾ら考えを巡らせても確かな定義や証明がなければ妄想でしかない。
であれば、こうしてミヒトが押して進んでる事実が、彼にとっては間違いでなくて、確実に進んでいる方法なのだ。
「いや、名案を思い付くまでしばらく押して飛ぼう。まともに運動してなかったし、いい機会だ」
ドラゴンに適度な運動が必要かはさて置き。眼下に見える大河に沿ってミヒトはアムレト村がある西へと飛行船を押してまっすぐ飛ぶ。
飛行船を押しているミヒトを尻目に、スギタラの森からの移民者たちは初めてとなる空の旅に興奮や熱狂している。
空から見える雄大な景色に人々は唯感動していた。
中には好奇心よりも恐怖が勝り、景色を堪能どころの話ではない者もいる。
それでも、心を、知恵を持った箱舟に乗るこの世界の住人達は、自分たちが過ごしてきた住処、火焚きや水浴び、狩りに木の実捥ぎといった今まで繰り返してきた生活を覆すような日々が始まるのだと確信する。
そう思って気分が高揚したのか、それとも爽快な風に心を動かされたのか、エルフたちは軽やかな指笛を吹きながら踊りだす。
彼らにつられてオーガや人間達も歌って踊りだし、果てしなく広がる世界を見ながら喜びを分かち合った。
もう船の上はお祭りの様相。空と繋がった船の上には、青空の世界に竦み込んだ者はもう誰一人としていなかった。
皆笑顔で、将来を語り、ミヒトと言う神の遣いがまばゆく照らして想像すら出来ない未来に思いをはせ。
巨体であろうと、羽毛であろうと、足踏みしかできぬドラゴンでも、今この瞬間を分かち合い踊り、歌い、喜びあっていた。
船内にも祭り騒ぎが聞こえてきたのか、 狼の獣人の親子、毒々しい黒緑の髪を持つ女性、そして神官を示す白のローブを身に着けた姉妹が出てきた。
船尾の入り口から船の外に駆けあがってきた彼らは驚きの表情を浮かべていた。と言っても、驚いていたのはその内の姉妹の活発な赤髪の少女一人だけであるが。
「うわ、何この騒ぎ!?どうしちゃったのよ皆?」
「あ、イェレアスじゃない。お姉さん見つかったんだね。みんな空の旅を楽しんでるところなの」
「空の旅ですって!?どうゆうこと・・・?」
「一緒に東の森を見ようと思ったんだけど、イェレアスはすぐにお姉さん探しに行っちゃったから」
自分が空にいることを自覚したイェレアスにはもう友の言葉は聞こえていない。
右には空を貫くような山が連なり、左には巨大な木々が雛鳥の様に身を寄せ合うかの様に大樹の巣が幾つも並ぶ。
手すりに駆け寄り真下、船の先を望めばスギタラの泉よりもどこまでも続く水の大道が地平の彼方まで続いていた。
眼下に映る船の影を見て、姉妹は今まで見上げるだけだった青空にいることを再認識する。
「イェレ―、私たち、お空にいるんだよ」
「きれい…。ほんとに空の上にいるんだね、私たち」
モナの目には、幼い頃の妹の姿がふと、重なって見えた。
しかし、記憶から切り出したあの頃の無邪気な顔から一変、鷹のように鋭い眼光で悪魔を捉えている妹の姿は、オーガや名立たる肉食の獣を祖とする獣人にも引けを取らない、大人の風格をすぐさま纏った。
時間が惜しいとばかりに姉の手を引き、ミヒトがいるという船尾に上がっていくイェレアス。モナは妹に手を引かれてされるがままに。
「さぁモナお姉様、早くミヒトのところに行きましょう。アイツにも、このドールとかいう訳の分からない悪魔にも、聞きたいことが山ほどあるんだから!」
「そ、そうね。イェレ―?その、ミヒト様にお礼も言わなきゃ、ね?」
「もちろん!それも合わせて、ね。モウル~?私たちは先に行くわよ!」
イェレアスは出てきた入り口の上、帆柱が立っていた場所へ上がっていく。モナも妹に手を引かれて付いて行く。
彼女らと共に出てきたモウル親子は白黒衣装を身にまとった悪魔、ドールの鎖を力なく持って、竦んでいた。
自分が空の旅をしていることを嫌と言うほど理解していたモウルに、震えが帰ってきて動けずにいた。
血肉を喰らうはずの狼の姿は何処へやら、情けなく足を震わしているモウルに、ドールは呆れ混じりに声を掛けた。
「どうしましたか?震えていますよ、別に無理をなさらなくてもよいと思いますが…」
「ううう、るせぇ!ちっいっとと寒いだけだ!行くぞ!」
「とうちゃんさむいのー?」
「モウルー!早くしないと!時間がもったいないじゃない、早く来て!」
「こっこのモウル様は、ちいっと寒いだけだ。だけだ。すぐに行く…」
モウルが追い付いたのはイェレアス達がすでにミヒトと話している頃だった。
白銀のドラゴンは首を上げて会話している。これほど近くでミヒトの顔を拝んでいるのは意外にもモウルが一番多い。
ミヒトが落ちた時、意識を失っていた時、目覚めた時、そのたびにモウルの心は突き動かされた。
心の隅で燻る不快に近い感情を追い出す様に、彼は代わりに悪魔を突き出した。
モウルに押されたドールは"契約"の時に着けられた鎖を引きずりながらミヒトの眼前に来る。
毒々しい黒緑の頭髪を何処からか光沢のある櫛で整えると、白黒のドレスをつまんでミヒトに礼をして見せる悪魔、妖しく色づくガラス玉の様な眼球に収まりきらないドラゴンの顔を映すと、ドールは口を開いた。
「さて、昨夜から口を聞いてくださらないものですから、私も少し、彼女に意地悪をしてしまいました」
そう言って悪魔は翼を広げ、余裕を含ませた笑みでモナを見た。
すかさずモナの前にイェレアスが立ち、ドールの視線を切る。
「時間も十分ありましたし、ようやくお話が出来るのではないでしょうか?私も神の遣いにお聞きしたいことがありますし。そちらも、私に。いえ、ユウト様について聞きたいことがあるのでしょう?」
ミヒトの瞳には、悪魔とは思えない穏やかな微笑みを浮かべるドールの姿が映る。しかし、その背中に張った蝙蝠を思わせる翼が、何よりも彼女が悪魔だと証明しているようだった。
彼女は裾から取り出した刃を椅子のような座れる形へと溶かすように変形させると、腰を落ち着けた。
自分のしてしまった過ちに気が付き、悪魔との話しを避けていたミヒトだったが、もはや悪魔との対話は避けられない。いや、避けてばかりいては使命を果たせないと観念したミヒトは、ゆっくりと、その朱に染まった瞳を閉じた。
ミヒトがあの時思い出した"悪魔との契約"。確かに悪魔は"契約"を形としては守る。逸話では金などの財や、欲する知識や才能、幸運を授けるという。
しかし、そのどれも"契約"の最後に待っているのはその代償、魂か、周りを巻き込んだ悲惨な最期である。
それ故ミヒトは下手にボロを出さないように悪魔との会話を避けていた。
だが、冷静に考えると彼ら悪魔は神話や逸話に出てくるような悪魔とは違うのではないかとミヒトは思い始める。
まずは容姿。青や赤、黒い肌、赤い瞳、蝙蝠の翼、捩れた山羊のような角、とがった尻尾、裂けた口、尖った歯や耳、蹄を持つとされる。
ざっと見ても目の前の悪魔はこの内の蝙蝠の翼しか持たず、どちらかと言えば職人によって精巧に造られた等身大の人形と言い現わした方が彼女の名前も合わせて納得できる。
それに出自。彼女は自身と同じく転生してきたであろう男。ユウトによって生み出されたという。
ここでヒントになるのは、初めて作ろうとした魔法、《ステータス》の魔法だ。
転生したばかり時に、ふと思い浮かんだこと。ゲームに疎くとも、初めに使うパソコンや機械のシステムや詳細を見ることが当たり前になっていた前世の自分。
なおかつ、自分の記憶を最初から見ていけば幼い時に友達の画面を見て楽しんだ記憶があったから咄嗟の様に言葉は出たが、その時は発動しなかった。
ところが、妖精のメントが生み出したこの世界のコーヒーゼリーのような見た目をした浄化生物、アンブルを1と定義したところ《ステータス》は発動し、自身の力などが数値として見えるようになった。結局数値の意味をミヒトは理解できずにいるし、プライバシーを気にしてむやみやたらと使っていないのが無駄な所だが。
何が言いたいか、ミヒトが思わんとするところはユウト個人の悪魔の理解度、個人の定義によって彼女を含めた悪魔たちがつくられているのだと考えられる。
それならば彼女だけでなく、あの夜に襲ってきた悪魔たちがそれぞれ違う姿をしていても納得が行く。
何かを基にして、そこから悪魔を一人一人定義して産み出していった。その悪魔は古典的な神話や逸話に出るような悪魔ではなく、何処か欠如して、あるいは湾曲した悪魔であると考えられる。
そして何よりも決定的なのが、"契約"という言葉に最も反応が遅く、たじろいでいたのが、契約を交わした男の悪魔、牙城で船を天高く突き上げた幻なのだ。
自分の目で見た物、記憶、それらを時間の制約の一切を無視して再生機器の様に何度でも繰り返し見返すことが、思い返すことが出来る生命体のミヒトだからこそ、そうやって一週間に数本を同じように何度も見てきた前世だったからこそ―――。
あの悪魔は僕に高圧的に振る舞ってはいたけれど、それは自分が何も知らないことの裏返しだったんじゃないのか?。
それに、急ぐように二つ目の契約。小悪魔との会話、彼の目付き。あれはきっと"契約"なんて何も知らなかったんだ。
だとしたらそもそもの"契約"は偽物?あの羊皮紙はただの小道具で、ドールさんも一芝居打っているって事?確かに、協力して船はこうして何とかなったから、あれから戦おうとは一切思わなかったけれど。
それに、"契約"自体が偽物なら、わざわざモナさんに"契約"を迫るだろうか?いや、あの時は時間稼ぎしなきゃとか、いろいろあって混乱していたけど、それも含めて確認させてもらえばいいんだ。
ミヒトの有するドラゴンの聴覚はこの飛行船へと姿を変えた箱舟全ての会話を聞き取れる。理解するには別に時間を要するが、それとて今の様に一つ落ち着いて瞬きすれば一瞬だ。
推測とそれに関する疑問を並べ終わった白銀のドラゴンは、瞳を開けた。
「聞きたいことなら山ほどあります。ドールさん、貴女が知っていること、知らないこと。この際だから"契約"してでも全て聞かせていただきたいものです。」
笑みを浮かべていたドールだったが、ミヒトの言葉を聞くと余裕を持った悪魔の微笑みは凍り付いた。
ミヒトが切り出した"契約"という言葉。ドールはわざわざ声を出して笑い、そこまでしなくていいと言った。
「そんなに畏まることでもないでしょう。ふふ、私はただ貴方とお話しできれば十分ですよ」
「アンタ、さっきはモナお姉様に契約しないと話せませんって言ってたじゃない!」
イェレアスはドールに因縁をつけるように突っかかる。
「それはそれ、これはこれ。あなた方はユウト様の様に別の世界から来たわけではないでしょうし、私が聞きたいのは神についてなんです。それに、個人的にもミヒトには興味があります」
悪魔はイェレアス達を一瞥することも無くミヒトに語り掛けていた。
「ミヒト、貴方がまだまだ私に遠慮しているようなので、私から質問させていただきましょう…。」
第一の質問を、悪魔はミヒトに投げかけた。
「あなたの前の世界での趣味はなんです?」
ミヒトは思いもしなかった質問にあっけにとられてしまった。
あけましておめでとうございます
新年最初の投稿ですが、今年の目標は昨年よりも多く投稿を目指したいです
改めて自分が描いた小説を読みなおしましたが・・・とりあえず3話まで飛ばして4話から読みました
本年もよろしくお願いします




