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大河に落ち行く

突如として白銀のドラゴン、ミヒトと移住船を攻撃してきた悪魔たち

船をはるか上空に持ち上げられピンチに陥る。

何とかミヒトが互いに危害を加えないことという悪魔との契約を結んだが

その契約に反するように、地に、遥か下の大河に落とされようとしていた。

 牙城に空高くへと持ち上げられた箱舟(アーク)は、今その支えを失い大河に落ちようとしていた。

 悪魔に一喝入れられた白銀のドラゴン、ミヒトは、その超越的思考能力を持ってこの窮地を脱しようとした。


 ミヒトは、朱に染まる瞳をつぶり深呼吸をする。彼にとってはそれがドラゴンとしての思考能力を最大に引き出す、一種のルーチンであり始動(スターター)なのだ。

 瞼を、ゆっくりと開く。視界には崩れ散っていく城だった粒、慌てるモウルや姉のもとへと駆けだしているイェレアス。そしてその姿を見ることも無く祈りの姿を一切崩さないモナの姿。

 眼下には先ほど苛烈なほど山の様に刃をたたきつけてきた黒緑の髪を持つメイド風の悪魔がミヒトに向かって何とか解決しなさいと叫んでいる。

 しかし、どれも、だれも、その瞳に映ったままの姿を保持している。目に映る世界が止まっていた。



 ミヒトが世界を止めたわけではない。この光景がミヒトがドラゴンの思考という果てのない航海、否、潜航へと漕ぎ出す前に収めた、瞳に映る最後の一枚だ。

 ここはミヒトの思考の中、ドラゴンの思考能力は際限がない。それこそミヒト自身で答えを見つけ出すまで、見てきたもの、聞いてきたもの。それらを鮮明に繰り返し思索する。

 頭の中でどれ程考えても現実では1秒と経過しない。ドラゴンが持つ力の中の一つだが、決して万能では無く、弱点がある。

 それは痛みや激しい動揺を感じるときには直ぐに思考に入れない。それは思考は完了していてもその後に行動する時間を必要とする。それはミヒトが前世、人間として生きてきた以上の考えや発想を超えるのが困難。そうそれは、ミヒトの中である程度答えが固まっている場合は意味をなしていないということ。

 

 この時、既に彼には策を、大河に急速落下しようとしている船を持ちあげる方法を思いついていた。それは魔法、この世界の(ことわり)によって再現される《念動力(サイコキネシス)》と答えが既に決まっていた。

 ミヒトはこれを駆使して船の元となる巨木を集めた。ならば、それらを加工して作り上げたこの船も持ち上げることは可能だろう。

 既に結論が出ていたミヒトは素早く思考を切り上げる。瞳を現実に向けると支えを失った船は重力引っ張られ空を沈み高度を落とし込んでいた。

 ミヒトはすぐさま実行に移す。



 ミヒトが物を持つ時だけでなく、戦いの際にも使用した所為か、詠唱も、また具体的な想像(イメージ)も無く、この《念動力(サイコキネシス)》の魔法は簡単に扱うことが出来るようになっていた。

 それでいるから船上からふわりと浮いた乗員、スギタラの湖からの移民者たちを船の内外問わず、まるで両手で水を掬い上げるように、ミヒトは箱舟(アーク)とこの巨大な船に乗る人々を《念動力(サイコキネシス)》で持ち上げた。

 高くそびえたっていた古城、まさに牙の様に箱舟(アーク)を大河から突き上げた城は塵となって姿をすっかり消してしまった。ミヒトはそれを横目に液体の様に掬い上げた人々を頭の中でしっかりと積み上げていく。

 船の中、外の様子も知ったことでは無いと機関部に集まっていたドワーフたち、船内で休んでいたエルフの親子、狼、豹、鷹、熊などの姿を持つ獣人、人間達、それよりも重くしっかりとした体格のオーガ達を。

 ミヒトはそれらを一つ一つ頭の中で描き積み上げていく。とことん慎重に、事態を、全員の所在を、姿を持たない手で確認していった。


 船には万人とは乗ってはいないが、それでも大小さまざまな種族がこの箱船に所狭しと乗り込んでいる。

 疲労が顔に色濃く出ているイェレアスは無理を押して姉、モナのもとへと駆けだし、モウルは船上に出ている者を船内に誘導している。

 ミヒトの頭に映画などで見るワンシーンがよぎる。能力の限界、人間の限界を超えると脳が焼切れるだとか、力を使い果たしてそのあと動けなくなるとか、不安を積み上げるような情景ばかり思い出してしまう。

 何度かこの《念動力(サイコキネシス)》の魔法を使っているミヒトだが、一度に複数の、それも何千を超える数を操作し、眼下に湖とも見間違うほど雄大な川に、その全てをそっと下してやらなければならない。

 一瞬によぎる不安もただの杞憂、無事に船内の人々を捉え、改めて掴みなおす。船内が終われば次は船外、四足のドラゴン達とモウルやイェレアス、そして契約によって鎖でこの箱舟(アーク)と繋がれてしまっている悪魔、ドールだけだ。

 彼女らを改めて認識し抱えなおせば、あとはゆっくりと大河に降ろし、再びアムレトへと向かうだけだ。船はボロボロで帆柱も完全に折れ、動力はスクリューしかないが、ミヒトがいれば再び帆柱を立て直し、帆を張ることも容易い。

 そう考えていたミヒト。しかし、頭の中で認識していたすべてが、突如として崩れていった。


 それはドアをあける際に走る静電気の様に、一瞬でミヒトの頭に走り思考というテーブルの上に有るモノを、全てかき消していく。

 ぷつりと糸を切ったように全てに重力が絡みつく。箱舟(アーク)が、人が、そして翼を有した白銀のドラゴンでさえも。

 一体何が起きたのか?人智を超えた白銀のドラゴンが、例え光のような高速の思考能力を持っても、推論、空論を組み上げることが出来ずにいた。それどころでは無い動揺というものがミヒトの精神を支配した。

 ドラゴンの聴覚が船内の隅から隅へと悲鳴や騒ぎを拾い集めてくる。人々の焦りがミヒトへと積み上げられた。

 当然、動揺を起こすのはミヒトにのみ留まらない。


 船上で船内へ誘導していたモウルは爪を立てて踏ん張り、声を荒げた。



「おいおいおいおい!落ちる!落ちちまうぞ!な、何とかしてくれミヒト!」


「ミヒト殿、このままでは我らもろとも水底に沈んでしまいますぞ!何か一手を!」


 ドラゴン達もこの状況に混乱しているのか、ミヒトに助けを求める。だが、助けを求めていたのはミヒトも同じだった。



 どうして?いったい何が起きたんだ?途中まで上手くいっていたのに!?駄目だ、つるつると滑るようで感覚から抜けるというか、掴むことが出来ない?!

 いや、そもそも魔法自体が上手く発動しきれていないんだ! 



 混乱するミヒト、桶の底に穴が開いたように、幾ら《念動力(サイコキネシス)》の魔法を思考しようと頭の何処からか漏れだして形にならない。詠唱を唱えようとも《念動力(サイコキネシス)》が世界に対して発現することは無い。

 視界の水平線がどんどん遠くへ、視界の端に追いやられる。急激に落下する箱舟(アーク)。しかし、なぜか船と等速を保てていない黒緑の悪魔、ドール。彼女のみが空中に浮かび、船に繋がれた鎖に引きずられてもがいている。



「ミヒト!は、早く何とかしなさい――!」


 ドールはもがきながら先刻殺し合いをしていた相手に命令する。ドール自身だけに限れば翼を出して助かることが出来る。しかしそれも先の契約によって出来ない状況になってしまっていた。

 船が無事に目的地まで付かなければ、彼女もこの箱舟(アーク)に縛り付けられたままになる。何としても無事につかなければならないと、ミヒトに何とか命令してみた。

 だが、彼から帰ってきた答えはドールにとって、甚だ苛立たしいものだった。


「でも!《念動力(サイコキネシス)》が、魔法が使えないんですよ!」


 自身と同じ悪魔である炎華(エンカ)の様に激情をぶつけてしまいたいと思えるた。

 だが、まともな魔法が使えない彼女はミヒトの力を借りざる終えないのだ。

 悪魔は、冷静にミヒトの思考を誘導しようと試みる。


「それなら――の、違う魔法を、使いなさい!」


「ほ、ほかの!?」



 ミヒトの、ドラゴンの表情というものは捉えずらい。鱗に覆われたその白銀の顔からは反射する世界が映るばかりで表情を読み取ることはできない。

 だが、今に限った話、鎖に繋がれた悪魔には、ドールにはミヒトの表情がつかめた。


 それは動揺のようで違う。ミヒトの顔は助けを求めていた。泣くことが出来れば子供の様に泣いているだろう。それが出来ず、いつまでも項垂れる曇り空のような表情。自身の主に似たその表情を理解したドールは、懐から何とか鋼を取り出す。

 鋼はバネ仕掛けの様に飛び出したかと思えば、何物も細断出来るような鋭利な刃を持った傘の骨組みが出来上がる。そこに薄く伸びた刃が螺旋、渦を巻いて傘布(カバー)が出来上がる。



「ミヒト!これを、大きくしなさい!」



 ドールは刃でできた鈍色の傘をミヒトの頭上に放り投げた。


 瞬間、ミヒトの停滞していた想像力が傘に向かって雪崩込む。

 船上に千切れていたロープが傘の骨に巻き付き、ドリルのような傘布(カバー)が溶け込み、布地へと姿を変えてぶわりと船の左右頭尾に向かって、箱舟(アーク)を包み込むように広がる。

 大きく空気を食べ込んだ布地は悲鳴を上げながら船体を減速させていく。


 ミヒトはもはや魔法を使っているという自覚は無い。目の前に飛び込んだ情景から湧き上がるインスピレーションに任せているだけだ。

 布地は悲鳴を上げた個所からどんどん伸びて行き、船の端、手すりや床の材木が捲れ上がり、繊維が急速に編み込まれていく。

 広がった先から次々にロープが布地を勝手に繋ぎ止め、布地が空気をほおばり落下する速度を抑えていく。

 遥か遠くから見ればパラシュートを広げた荷物か何かに見える。


 速度が落ちてきたのを体感したのか、船内では安堵とまではいかないが、期待を込めた歓声がにじみ始めた。

 船の速度が落ちてきた為、空中で引きずられていたドールが、船上に叩きつけられる。



「がはっ、何とか、なりましたね。ですが、まだでしょう。もっと、速度を、落としてください。」


「わ、わかりました!」



 もはや敵や憎しみなど関係なかった。この状況を脱するために協力する一種の装置と言うべき共同体となり、墜落と言う惨事を回避する。

 ドールのわずかな指示、その先にあるべき光景に向かってミヒトは思考を走らせていく。速度を下げるために布地を大きく、繋ぎ止める縄を丈夫にと考える。

 思考した先から縄は金属の色艶を出しはじめ、布地は空気をため込みながらぶくぶくと膨らんでいく。


 懸命に速度こそ落としてはいるものの、ただでさえ大きいミヒトを悠々と乗せた箱舟(アーク)が着水する際の衝撃は計り知れない。

 ミヒトはダメ押しにと、大きく息を吐いた。


 ドラゴンから吐き出された気体は布地にため込まれた空気に触れると、その性質を組み替えながら拡散してゆく。

 目には見えない変化が音になって聞こえてくる。布地をつかんでいたロープがきりきりと音を立てる。ピンと張ったロープがさらに伸びる。

 変化した空気を外に逃がさない為に、布地を結んでいく。布地はパンパンに張りつめた。落下と言う領域から


 箱舟(アーク)は風に流されながら、大きく伸びた東の大森林の木の先を何本か折ると、ゆっくりとその空間に静止した。



 船内は霜が降りたように張りつめた静寂に包まれる。状況を理解した者から解け始め、安堵の声がほろほろと零れだす。

 思考停止の窮地を救った悪魔、ドールは直ぐに体を起こし、奇怪な刃でできた椅子に座り込んだ。



「一時はどうなるかと思いましたが、無事で何よりです。この船が壊れてしまえば私もどうなっていたか、わからなかったでしょう」


「ええ、本当に。みんな無事でよかったです。」


 聴覚で全員の無事を確認できているミヒトだが、改めて船の上にいる者たちの様子だけでも窺うべきだと思い、辺りを見渡した。

 先ほどまで爪を立てて床にしがみついていたモウルは脱力し、ドラゴン達はミヒトと同じように皆に目を配り全員の無事を認識、いや彼らも恐らく再認識したところか。

 そして、先ほどまで不可思議なベールに身をつつ漏れていたモナは、いつの間にかモナを覆っていたベールが無くなっており、イェレアスは姉の体を抱きとめていた。

 ミヒトが安堵したのも束の間、落ち着きを取り戻したモウルはドールに詰め寄った。



「おい、アンタ。俺たちに手は出さないって言ってたよな!?どういうことだ!」


 ぼさぼさとした毛並みから鋭い爪がむき出しになり、それでいて今にも彼女の給仕服につかみかかりそうな勢いを押し殺しながら問いただす。 


「奴が何を考えてこんなことをしたのかなんて知りませんし!そんなことは私が聞きたいところです!」


「ぐぅ…だったら!」


「だったら何でしょうか?!私に謝れといいたいのですか?私も!被害を受けた一人です!それに、貴方は誰のおかげで無事でいられるとお思いでしょうか?」


「いや、そうじゃなく、だからよ――」



 モウルは答えを出せない。悪魔に対する怒りや不服があり、それでいてミヒトと同じように感謝もしている。だからこそ許せないというのだろうか。

 ミヒトから見ても、モウルは脅威といえる明確な敵に出会い、戦闘を行い、終わったと思えば不可解な契約という現象を見届け、そして突然の落下という並々ならぬ体験をしたのだ。

 一夜にして次から次へと頭と体に負荷が掛かれば、どうなるか。

 狼の獣人は何の前触れもなく床に倒れ込んだ。急速に蓄積された疲労と処理するにはあまりにも知識が足りない情報、恐怖からくる精神の衝動など、これらをいっぺんに抱えた結果、モウルは失神したのだ。

 それに意識を失ったのはモウルだけではない。イェレアスも姉を抱きかかえて座ったまま眠りについた。船内も多少のパニックは起きれど、純粋な睡魔と疲れから眠りについていった。



 いつの間にか、夜空の下、樹海の上にそっと浮かぶ箱舟(アーク)の上には眠りを必要としないドラゴンと、眠ることのない悪魔が向き合っていた。

久々の更新です。今度は来週14日前には投稿したいところです

もうかなり寒さむいです。どうか風邪やウイルスにかからないように健やかで

まあ私もですけれどね

追記、まだ書いている最中です。今年中には何とか上げます・・・

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