契約
白銀のドラゴンであるミヒトは、何とかその巨体を活かし悪魔を捕縛することに成功する。
一方、船の上でもう一人の悪魔と相対したイェレアスと獣人のモウル。
ミヒトが教えた光の剣の魔法《ムーの剣》を持って、イェレアスは悪魔を両断する。
しかし立て続けに悪魔たちが襲来しようとしていた。
「シロって何よ!?あのこっちくるでっかい岩の塊がソレだっていうの?!」
「城、お城ですよ!」
イェレアスは悲鳴混じりに叫ぶ。モウルは耳を塞ぎ彼女らの問答を流し、状況を整理する。
「落ち着け!悪魔が二人来るって!?俺たちにあんなとんでもない奴らを相手する力なんざ残って無いぞ。俺もイェレアスも、魔法の使い過ぎで今にも気絶しそうだ!」
「だったら僕が二人の分まで戦います!」
「その悪魔を手に握ったままか?いいか、死にそうになってんだ!相手は兎や栗鼠じゃない!相手が猪並みに狂暴なら仕留めるしかない!」
「それは…そうですけど」
「獣ならまだいい。だがな、相手は訳も分からないとんでもない魔法を使ってくるんだぞ!そこのエンカとか言う炎の奴は何とかなった!だが、ミヒト。アンタが握ってる悪魔と言ったか?ソイツと同じような奴らなら俺達は死んでる!どうするつもりだ、お前に方法が、罠があるのか!?」
狩人としてのモウルの意見はまっとうだ。相手の危険性を踏まえ、彼なりに何とかミヒトから妙案を引き出せないか窺う。
しかし、ミヒトが思考の海に沈む前に、手中に握られた悪魔が口を開いた。
「だったら、私たちを開放してはどうでしょうか?」
「誰がてめえなんぞの!」
「待ってくださいモウルさん!あなたの話が聞きたい。僕は、いや僕たちはまだ何も知らないんだ。どうしてユウトさんがああなったのか、貴女たちがどうして生まれてきたのか」
まるで炎華の激情がうつったかのような恐ろしく怖い狼を止めてでも、彼は何としても悪魔から話が聞きたかった。
彼はこの異世界に転生してまだ一月も居ない、正確には何日か意識を失っていたため体としては一か月以上経過しているのかもしれないが。
ともかく、ミヒト、ひいては自身の分身のような存在も含め、まだ何もこの世界について知らないのだ。
大分類として七つの知的生命体がいて、それぞれ火が強いだとか、長命だとか、知能に優れているだとか。そんなことを知っていても、真に理解しているとはいわない。
空気中に漂っている魔力を変化させてあらゆる現象、物体を発言させることが可能だとか。目の前の人間や獣人達が神の名のもとに知識を身に着けようとする意味だとか。
そして、ユウトと呼ばれる自分と同じ転生してきた人がなぜ神から罪人扱いされ、天使に追われているのか。
彼から生まれた悪魔たちの存在も含め、ミヒトは余りにも無知だ。
以前の人生で身に着けた技能や知識などは、この世界の住人からすれば役にたつ情報かもしれない。
だが、ミヒトにとっては何の価値も無い。眠気もなければ空腹も感じないドラゴンの体、彼を満たせるのはとりあえず知識欲だ。
この世界を、自分をこの異世界に導いた神を、そしてこの異世界から追い出されようとしている彼、ユウトの事を知りたい。
ミヒトの瞳は、手に握られた悪魔の瞳に。人形の様に美しく整った顔、ガラス玉の様に綺麗な、ドールの瞳を真摯に見つめる。
「教えてください、ユウトさんの事を」
静寂のはずの沈黙を遠くの落雷と降りしきる雨が邪魔をする。
手中に収まる悪魔はおどけて首を傾けて見せた。
「その前に、彼らから話を聞いてみては?」
刃の悪魔、ドールの視線の先には、箱船の目前まで伸びてきた城があった。
この城を生み出している。彼女が原初の悪魔と語った存在に直接聞けということなのだろう。。
船底がなにかにぶつかり、快速を保っていた船が急停止する。
慣性の力で床に打ち付けられるイェレアス。狼の獣人であるモウルは四足でしっかりと床にしがみついた。
ミヒトは慣れたように体重移動でその場から微動だにしない。巨体を持つ彼にとっては、少々急な電車の停止のような物だ。
白銀のドラゴンは周りに視界を配る。打ち付けられたイェレアスは何とか無事だ。祈り続けるモナも、どのような理屈か、その場から微動だにしない。船の周りは周囲を囲う、沸騰かの様にいくつもの泡が湧き立つ。
その光景を見て直感したミヒトは、大声で、それこそ船の中に居る皆に知らせるように叫んだ。
「この船は空に上がります!みなさん!何かにつかまって!」
轟音と共に船の両側面を古風な双塔が水を散らしながら昇っていく。船体が巨城の屋根に捕まれ、ミヒトの警告通り空へと駆けあがっていく。
ドラゴンの聴覚は船の上にいる翼を持たないドラゴン達の動揺はもちろん、船内に聞こえるすべての人の悲鳴や衝突音が聞こえてくる。
それらは聞き分けるわけではない。すべて明瞭な記録としてミヒトの頭に収められる。
聞こえたものを詳細に聞き分けるためには、思考に沈み、まるで映画のワンカットを戻しては再生するように思い出し、それを永遠に繰り返す。
時を止め、果てのない人力作業を繰り返す。これがミヒトが並みのパソコンの処理能力超える超越的な思考能力のからくりだ。
だから、人がその一生賭けても届かない計算も、必要な公式さえ見せればミヒトには人が瞬きする間には解き明かすだろう。しかし根本的に凡人の発想を超えることはできないし、問題を解くための公式が無ければ永遠に解くことはできない。
イェレアスが瞬きをする間に、先ほど聞こえた全てをミヒトは聞き分けた。発想は凡人でも、時間が許せばその域を超えられる。ドラゴンの思考速度は余りにも高速で、それを可能にする。
ミヒトが雑音入り乱れる中聞き取った、この城を出した根源の名をミヒトは叫ぶ。
「この城を出したのは、ゲン!貴方なんですね!?」
ミヒトの叫びに応じるように、せりあがる巨大な城はゆっくりと静止する。
船を押し上げた城はもはや一つの小さな山のような存在となるが、それよりも偉大だと言いたげに一本の塔がさらにせり上がり、ミヒトらを見下ろす。
「これはこれはミヒト。初めて会うはずだったが、何故、私の名を呼べる?」
「その理屈なら、あなたも同じでしょう?」
原初の悪魔だからゲン、とは随分安易な名前だ。とは口には出さなかった。自分は洋画に出てくるような皮肉を息をするようには口に出せない。何より今は、戦いに持ち込みたくない。
この城で質量的につぶされたり沈められでもすればひとたまりもない。いわばこの船すべてを人質に取られたようなものだからだ。
故に、ミヒトは仕掛けることが出来ない。ただ、悪魔の回答を待つしかなかった。
雨が通り過ぎてゆく、月達を覆い隠していた暗雲が流れ、二体の悪魔の姿が月明かりに照らされていく。
黄色い髪をかき分けるように一本、捩れた角を生やし、レンズ越しにミヒトを見下ろすビジネスマンを彷彿させる長身の男。
それと彼をゲンと呼んだ少女の姿をした悪魔。紺の髪を後ろに束ね、捩れた二本の角を持つ、退屈そうな目で男の後ろに座る、男の悪魔と対照的に小さなその姿は、小悪魔というと相応しいのかもしれない。
明かりが自分を照らしに来るのを待っていたかのように、男の悪魔がようやく口を開いた。
「どうやら、滑稽にも頭は回るようだな。幻と書き、ゲンと読む。それが、ユウト様に与えられた私の名だ。」
ミヒトの何を思ってそう言ったのか、想像や仮説を何百と立てる事は出来ても結論を出すには凡人のミヒトには出来ない。だが、確信的な事は一つある。
それは漢字の存在。ユウトと言った堕天使は、間違いなく自分と同じ世界からこの世界に来た存在だと確信できる。
この世界には漢字は無い。当然同じ字を訓読み音読みする文化も無い。平仮名やアルファベットに似た口頭をあらわした簡易的な文字がこの世界の標準だ。
その為、一つの文字を書いて違う言葉を読ませるのはあり得ない。それこそ、この世界以外の、別の世界の住人でなければ、その発想は無いのだ。
ますます慎重に交渉しなければならないと、ミヒトの頭に警告音が鳴る。
この機会を逃せば、ますます向こうの思いのままに出来事が運ぶ。ミヒトは出来事に参加したい訳ではない。彼はレンズや画面越しにそれを見ていたいだけなのだ。演者になりたい訳ではない。
そう思うたびに自身を転生させたあの双子の神様を思い出す。
何故あの時詳しく聞かなかったのだと。二つ返事で了承し、あまつさえ世界の事情も、自身の成すべき責務もろくに聞くことかなわず産み落とされてしまった。
だからこそ、今度はそうならないようにしたい。あらゆる事の成り立ちを、その理由を知らなければ、自分はまた後悔する。
少なくとも現在進行形で困り果てている自分の為に、今、そして今後そうならないように努力したい。
慎重に、けれども大胆に。交渉という綱渡りをしなければならない。ミヒトは口を開いた。
「ゲン。あなたの名前はわかりました。改めて、僕はミヒト。ミヒト・ムー・デュー。今は、僕と二人の神の名を頂いた名前を名乗らせてもらいます」
ミヒトは偽ることなく、今の自分の名前を名乗り、間髪入れず質問を投げかけた。
「単刀直入に言います。ゲン、あなたの、少なくとも今の目的は何です?」
「分かるようじゃないか、ミヒト。少なくとも今は、そこに死にかけている我が同胞、炎華、と。ミヒト、君の手に握られているドールを返してもらいたいのだよ」
ミヒトは手に握られたドールと、床に二つに分けて転がった炎華を見る。
ドールはまだ健在だ。ミヒトが殺傷を極力避けたため、彼が手を放してやれば今すぐにでも襲い掛かれるほどの体力はあるだろう。
だが、床に転がっている彼女はどうだろう。体をほぼ上半身と下半身に切断され、即死するところ。
それにもかかわらず、まるで呼吸するかの様に胸は動き、足は何かを探るように動いている。
「まだ、生きているうちに、彼女を、炎華さんをお返しします」
「おいミヒト!そりゃアンタだろうとな、人が一度仕留めた獲物を―――」
「モウル待って!仕留めたのは私でしょ。私がどうするか決めるわ」
狩人としての掟に反していたのか。モウルはミヒトに思わず激昂するが、イェレアスは掟によって遮った。
イェレアスはミヒトを見上げる。彼の真意を知るために、その瞳を見つめ真偽を問いただした。
「アレを返すこと。それが、みんなの為になるの?ミヒト、答えて」
彼女は船上に転がった炎華を指さす。
「イェレアスさん、悪魔の事なら僕はそれなりに知っています。だから、ここは任せてください」
「なら誓って、お姉様に!あと私と、神様にも誓って約束してもらうわ!アレを返しても、お姉様と、みんなが無事だと」
「大丈夫。何があっても、必ず僕が守って見せます。それに誓うのは僕じゃなく、彼らです。」
白銀のドラゴンは塔を見上げ叫ぶ。
「約束を、契約してください。彼女、炎華さんを返す代わりに、貴方方悪魔達は、イェレアスさんやモウルさん、それに船に乗る皆の無事を危害を加えないと約束してください!」
「何を、言っているのだ?」
「貴方たちが悪魔なら、契約はお得意でしょう?それとも、お仲間が可哀想じゃないんですか?」
手に握るドールを男の悪魔、幻に向かって突き出す。
幻はミヒトの、ドラゴンの気迫に押されたのか、一歩後ずさる。
気迫に押された幻をからかうように、後ろに座る小悪魔が話しかけた。
「ねぇねぇ、げんちゃん。あのドラゴン私たちのことよく知ってるみたいだねー。もしかしたら私たち以上に…」
「黙れルブル。お前の減らず口には付き合ってられん、おとなしくしていろ」
「はーい」
「ミヒト、契約と言ったか?ならばその契約に貴様を入れてドールも返してもらおうか?」
幻は契約の内容を詰め始めた。ミヒトはここで引き下がるわけにはいかない。
「いや、契約には船に乗る皆と言った!ドールさんの身柄は別の契約でお返ししたい!」
「何を勝手な。別の契約だと?」
ミヒトは考える。こちらが持っている交渉材料になり得るものは五体満足で未だ無事である彼女しかいない。
その彼女をみすみす手放してしまってはこちらが一方的に不利になる。だから、二つ目の契約は彼女をなるべく手放さない契約でなければならない。
ミヒトが二つ目の契約を提案する。
「そうです、二つ目の契約を。みんなが無事にこの大河を登り切るまで、彼女とお話させてください。無事に上り切れたら彼女を自由にします!」
「なるほど。その程度の事か。だが、その文言は気に入らんな。ドールをその船に縛る。その間はお前たちはドールに危害を加えられない。と、契約の条項に加えてもらおうか」
「幻…貴様は私を何だと思っているのです!」
まるで仲間を売るような幻の態度が気に入らないのか、ドールは声を荒げた。
「ふむ。ドールもこの契約にはおおむね了解したそうだ。それでは。」
ドールの態度を踏みにじるように幻は話を進め、契約の内容を声に上げる。
「イェレアスという女。一つ目の契約、君が所有権を主張する我らが同胞、炎華の身柄を私たちに返す。その見返りに、諸君らがこの船で目的地に到着するまで、我らは諸君らの身に一切の危害を与えない。」
声を高らかに上げ一つ目の契約を読み上げる幻。
その声はイェレアスの耳にも十分聞こえたのか、イェレアスは言葉を返した。
「ええ。ええ、そうよ誓いなさい!お姉様と私に!」
「もちろん、誓おう。それで契約成立ならば」
その言葉と共に幻の眼前、青い炎が起こり、古い羊皮紙が表れる。
「ふむ、これで一つ目の契約成立だ。そして二つ目!」
契約書だろうか、幻は宙に浮かんだそれを手につかみ、二つ目の契約をすぐに読み上げた。
「二つ目の契約!ドールがその船に縛られる限り、諸君はドールに危害を与えられない。そして目的地に到着したとき、君たちはドールの縛りを解き自由にする。この契約はこれで良いかね、ミヒト!」
「ええ、それで充分です」
ドールを人質に取りつつ、彼女から話をゆっくりと聞き出す。それさえできれば問題は無く、自分たちの安全も、目的地であるアムレトの村までは保証される。
月夜に照らされた塔に青い炎が再び見える。炎の中から薄汚れた羊皮紙を手づかみにする悪魔。
「契約成立」
その言葉と共にドールの首に首輪が出現する。首輪から鎖があふれるように生まれ、ミヒトの手から零れ落ちる。あふれ出た鎖は船の帆柱に巻き付いてみせた。
「ミヒト、大方ドールは人質と言いたいのだろう?それに聞きたいことが山ほどある、と」
「ええ、そうです。僕はこの世界、そしてユウトさんの事を何も知りません。だから―――」
「聞く必要がある。理解したよ。だからこそ、君にドールを預けた。我々も君から聞かねばならないことが山ほどあるのだ」
そう語っている悪魔の後ろでは、無残な体になってしまった炎華の体を抱いている小悪魔の姿を、ミヒトの瞳はとらえる。
小悪魔が子供の様にミヒトに笑って見せた。
「それでは、ドール。ユウト様の為に、しっかりと話し合いに応じることだ。ゆくぞルブル」
「私先帰ってるから、頑張ってねドール!じゃーねー」
そう言って塔の中に悪魔たちが消えていく。
否、消えるのは悪魔たちだけではない。箱船を大河から引き揚げた巨大な牙城が砂となり消えていく。
まるで幻の様に。粒は、風に吹かれて消えていった。
「ねぇ、終わったの?」
イェレアスはミヒトに恐る恐る尋ねた。
「多分、彼らはユウトさんのところに戻ったのかもしれない。終わったんだと思います」
「よかったぁ。一時はどうなるかと思ったわ。船は持ちあがるし、ガンガン声が響くし」
イェレアスに同調するようにモウルもため息を吐く。
「はぁあああ。気味悪りぃ連中だぜ。見たか、あの不気味な炎」
大きく舌を出して不快感をあらわにするモウル。その様相は狼というより犬だ。
だが、言われた側はそれどころではない。
ドールはいつの間にか船の上に立ち声を荒げた。
「気味の悪い連中で悪かったですね!まあ下等なあなた方では理解もできませんでしょうし、無理はないです。それより!」
ドールは今まで自分を握っていた白銀のドラゴンを睨み上げた。
「え?ごめんなさい!あまり強く握りすぎてしまいましたよね?」
「そんなことはよくって!早く船を何とかしなさい!」
「何とかするって…何を?」
今一つミヒトにはぴんと来ない。先ほどまで一瞬で何十年分も頭を酷使した凡人に、直ぐに状況を理解せよというのは酷な話。
最も、彼が常に神経を張りつめて思考を止めないか、あるいは周りを改めて見直せばすぐにわかることだ。
「落ちるわよ!」
悪魔に言われ、ようやく今の状況を飲み込めた。
「あぁ!そうだった―――」
早い・・・休みと改善された生活習慣で書き上げましたよ
それにしても、立ち絵欲しいですね・・・頑張って描いてみたいですね
今回登城した幻クンとルブルちゃんで第一部の主要メンバーが揃いました!
といっても名前を付けてないモブやあとあと登場する名前付きのキャラがいるかもですが・・・
お話じゃなくて重要なキャラをまとめて人物紹介する項目みたいなものも投稿したほうが良いですよね?
そうですね、私もあると助かりますしそうします!ちなみに次回投稿で31部だそうです
人物紹介を投稿して次のお話を投稿しますね。見てくださってありがとうございます!次回をお楽しみに!
※追記、12/7に必ず更新します。遅くなって大変申し訳ありません。