出発
食料の問題を解決するため、そしてこれから発展させるアムレトの為に移住の準備をする。
住民たちはそれぞれの荷をまとめ、提案したミヒトは一つの実験を成功させる。
今確実に森が、住民たちが、そしてミヒト自身に変化が起きていったのだった。
スギタラの湖では、様々な種族達が手を貸し、お互いに助け合いながら一つの準備をしていた。森に残る者は外へ行く者の為に何より自分たちのために、全員が移民という一つの目標を達成しようと動いているのだ。そんな慌ただしい中から一人の青年が、ミヒトのもとに来た。
美しい金髪に細く伸びた長い耳、青年の服は緑を基調としていたが一部が焦げ、緑と黒の斑模様は現在の東の大森林のようであった。長身長足で整った容姿に長い耳、それはエルフの種族的特徴であった。
ミヒトは彼を知っている。始めてこの森に来た時、イェレアスに出会ったときに一緒にいたエルフの青年、クストであった。
クストは思いつめた顔をしながら、申し訳なさそうにミヒトに話しかける。
「ミヒトさん、この森を救ってくれてありがとうございました。それで、こんなことを言うのも厚かましいんですけど・・・」
「なんでしょう?僕にできる事なら何でも言って下さい。出来る事ならお手伝いしますよ」
「では・・・どうか、この森に残ってもらえませんか?」
「この森に、ですか?」
「みんなあの火事から、心の中に大きな不安が残っているんです。それに元の生活を、平穏を取り戻すのに時間がかかる。ミヒトさんがいれば、その知恵と魔力で直ぐに元通りなると思うんです!だって、この本は・・・」
クストは、ミヒトがこの森に来た時に配って回っていた本“白翼と銀翼の本”をミヒトに見せた。大層な名前だが、実際の内容は多岐にわたる学習教材と建設、農作などの実用書だ。
エルフの青年が言わんとすること。それはきっと、
“この本を作った知恵を持つ者ならば、あるいは、あの大火災を消し止めた力を持つ者であれば。自分たちの抱える恐怖を拭いきれる場所を、安心して暮らしていける場所を作ってくれる”
と、そう言いたいのだろう。
クストが思いつめていた顔をしていたのは、自分の為にミヒトを利用するという事に罪悪感を感じたからだ。しかし、罪悪感を感じていたのは彼だけでは無かった。
エルフの青年が頼りにし、話しかけた白銀のドラゴン、ミヒト自身も罪悪感に似た物を抱えていたのだ。
この森に残る。確かに、移民なんかせずに、みんなの力を合わせてこの湖の周りを復興した方が絶対に良いとは思う。僕が残れば、食料の問題も恐らく解決できるだろうし、森が緑を取り戻したように魔法ですぐに元に戻るだろう。
もっと踏み込んで考えれば、ここの住民の皆が魔法の使い方さえ十分に理解できれば、何よりも僕の経験した知識があれば、あの大火災に負けない強固な街に。いや、森を切り開いて強大な都市だって作れるだろう。
でも、それは僕がやるべきことでは無いと思う。思うというより、僕は、やりたくないんだ。僕は、僕が、やるべきことは・・・。
ミヒトがこの世界に来た理由、それはただの映画鑑賞の延長、代替に過ぎなかった。
スクリーンに映る物語が、テレビに映る主人公が、ヒロインが、悪役が、自分の心に驚きや、悲しみ、怒りや感動を届けてくれた。
誰のために働いているのか分からない自分。いや、日々自分という存在すら希薄になり感情が薄れていく日常の摩耗の中、誰かに言わせればくだらない趣味が、かつての自分が唯一心を取り戻せていた貴重な時間だったのだ。
その貴重な時間の延長。以前の人生で出来なかったことを、満足に鑑賞できなかった分を、この世界を見ることで満たす。映画観賞が出来ない代わりに異世界観賞をする事がミヒトの目的である。
クスト達、この世界の住民に配った本、それはミヒト自身のエゴである。自分が見たい映画の為に、その制作の催促と自分の為の字幕を彼らに押し付けたのだ。
その為の本が“白翼と銀翼の本”。
神様達からは、この世界を見届ける観測者として来てほしいと頼まれたのだからこの程度は当然と考えていた。最も、この世界にご意見番として招かれた同郷を追い出してから、という前提条件付き。否、双子の神たちからすれば、きっと、これが本当の頼み事だったのだろうと今なら考えられる。
しかし、神と話が出来ない今となっては、まさに神のみぞ知るといった所だ。
自分は観測者として、傍観者としてこの世界に存在しているのだと。映画に出てくる主役でも脇役でもなければ、演じている役者でも俳優でも無い。自分は観客で、聴衆で、見物人なのだ。心の中でミヒトは考える。
それでも現実には、このカミシュという巨大な大陸、双子の神ムーとデューの作りし星の住人として存在し、彼らを助け、彼らに助けられながら今、生きている。
ミヒトはドラゴンとして生まれ変わっていたが、その心は、未だスクリーンの前に、液晶の前にあるままだった。
「クストさん、大丈夫ですよ。僕がいなくても、この森は元に、いいえ。きっとそれ以上の生活になりますよ」
心の中に渦巻いた何かを押しとどめて、ミヒトはクストに言い放った。
起きて体を流しただけのミヒトだったが、ドラゴンの眼、そしてその耳というのはその発言を肯定するだけの情報を収めていた。
湖の半周は焼けたが、その反対は無事であった。大樹にかけてあった吊り橋の類は見えず、大樹一つ一つ、幹に沿って螺旋の大階段が作られており、一段ごとに扉と水瓶が置かれている。
ツリーハウスがたくさん並びたって、それぞれを橋でつないでいた以前の姿から変わり、それぞれの大樹が独立したコロニーとなり、本格的に大樹の中に住居を構えた形に変わっている。
つり橋を撤去したのは、橋を伝って炎が広がったのが大火災の原因と判断したからだろう。また、水瓶は生活用水だけでなく火災の対策として用意しているとミヒトは考える。
ミヒトが寝ていたのはわずか四日ほど。その間、戦場の様に燃え盛っていた森は緑を取り戻した。また大樹の上に家を乗せて橋を架けていた住居は一変し、一つの大樹に穴を開けて暮らし、アパートの様な生活様式へと変貌を遂げていた。
驚くべき短期間で、この森とその住民たちは復活しているのだ。住民たちの会話も対策や住居の計画、牧畜などの食料自給の検討など、この森に来た時、平穏だった時の井戸端会議と比べれば、何倍も理知的で合理的な会話が飛び交っていたのだ。
「緑は生き返り、火事の原因を突き止め、対策し、そして今もどうすれば最善となるのか考えている。僕がいなくても、ここの、スギタラの皆さんならその本だけでも、自分たちで解決できると思いますよ」
「それでも!あの夜の様に炎が起きれば、また。また失う」
「炎を消したのは僕の力じゃない。自然が、この森と湖が力を貸してくれたからです。誰か一人に頼るのではなく、この森とみんなの力を合わせれば、今度は守れますよ」
「森と、私達で?」
「ええ、森と、湖と、皆さんの力があれば。きっと大丈夫ですよ。勇気を持ってください」
「そうか。どうやら僕は、ずいぶん、臆病になってたみたいだ。ミヒトさん、変なお願いをしてすみませんでした。ミヒトさんは、この本を皆に届けるんでしたよね?それを邪魔するようなことを・・・」
「え?そうですね・・・」
そういえばそんなことを言ってたような、いや、言った。とりあえず皆をアムレトに運んだら実用書配りだな。
ミヒトは本を配っている最中の記憶を鮮明に思い出すと、現在の自分の目標に定め、心に留めておくことにした。それと意図せず自分の口から出た言葉を加えて。
あの時出た言葉はどんな意味があるのか。ドラゴンが長考を始めるより先に、獣人のモウルがミヒトに話掛けてきた。
「ミヒト!みんなの用意が出来てきた。昼には出発できそうだ」
「そう、川までどれくらいで着きそうかな?」
「一日か。いや、この人数で北上すると二日は掛かると思う。ところで本当に大丈夫なのか?イェレアスの無茶に合わせているんじゃないのか?」
「あー、必ずできるって保証はできない。でも、うまくいくと思う」
「あれだけの炎を消したアンタだ。信じているさ」
「そういえばモウルさん、獣人なんだよね?兎とか狼とか種類がいるけど、みんな獣人なの?」
「おうとも!俺たちの先祖は知性を持たない獣だ。いや、そいつは正しくない言い方だな。神の為に知恵を結ぶことが出来ない獣、だな」
「神様の為に?」
以前の人生ではいたるところで様々な国の神やら仏やらに囲まれていたミヒトだったが、あの双子の神様の為に、知恵をつける意味がピンと思いつかず、思考を張り巡らせようとする。
そんな迷える子羊、もといドラゴンを導かんとする者が現れた。
モナが着ていた純白のローブを短くまとめ、活動的な短パンに、真っ赤な髪を片側に束ねた少女、イェレアスが教典を開きながらミヒトに神の言葉を説く。
「“子、知識を紡ぎ時を経よ。結ばれし知恵は神を満たし、満たされた神は新たな愛を子らに与えん。知恵こそ神に捧げし供物である”教典に書いてあるわよ。あなた、ちゃんと教典を読んでいないわね?」
「いやいや、今思い出したよ!確かにモナさんに読み聞かせてもらった。ところで、知恵なんてどうやって奉げるの?」
「お姉様に!?えっと、天使たちも『それを考えることも儀式である』って言って教えてくれなかったのよ。でも最近になって山に住んでいるドワーフたちが神様にお酒を奉げたって話は聞いたことがあるわ」
「お酒・・・。」
いつの世も、神に対する貢物は酒になるみたいだ。山に住んでいるドワーフさんか、確かニットさんがドワーフだから、アムレトに着いたらニットさんに聞いてみよう。
じゃなかった、獣人について聞いていたんだった。
「それで獣人についてなんだけど・・・」
「そうだったな。神様から知性を貰って獣人となったが食い物はそれぞれ違う。だから俺たちは食い物の差、好みの違いで別称を使うようになったってわけだ」
「いつからそうしたの?」
「さあな?気が付いたらそうなっていたな」
なるほど、確かに食べ物の好みばっかりは分かれそうだ。人種の違いは生活様式や胃、食生活の違いに大きく表れる。吸収できる栄養に違いがあるとかあったし、元々が動物なんだ、肉食、草食と違いがある、体格だって違う。
それらを何もかも一触単にせず、違いを認めた結果なんだろう。差別はしていない、それどころかどうすればいいかみんなで考えていたんだ。僕が移住しようって言い出さなかったら別の方法を考えていたかもしれないな。
おっとそうだ。僕は先に川に行って船を作って待っていたほうが良いかもしれないな。
「色々教えてくれてありがとう。じゃあ僕は先に川の方へ行って待っているよ」
「待ってミヒト、私もついていくわ」
イェレアスは教典をパタリと閉じてバッグにしまうと、ミヒトの足にしがみついた。モウルは納得するが、当のミヒトは何故ついてくるのか理解できない。
しかし、一人くらいなら手に乗せて飛べるだろうと思いそっと手を地面に下ろす。
「わかった。僕の手に乗ってイェレアスさん。川まですぐに飛んでいこう」
「ありがと」
ミヒトの大きな掌の上にイェレアスが乗り込む。両手でイェレアスを包みこむとミヒトは翼を広げ、空へ飛び立つ。
「モウルさん!ここから真っすぐ北へ。川で会いましょう!」
「おうよ!すぐに追いつくサ!」
モウルに一時の別れを告げたミヒトは翼をはためかせ真っすぐ北に飛ぶ。大空を羽ばたき、滑空する白銀のドラゴン。どの鳥よりも早く、青空を突き抜け、空気を突き抜けていく。
両手を広げてぐるぐるとロールしたいミヒトであったが、さすがに手に抱えたイェレアスを忘れる程抜けてはいない。彼女の事も考えつつ高速で空を飛ぶ。
十数分飛び続け、川の岸にたどり着いたミヒトは緩やかに速度を落として地上に降り立つ。両手で包んでいたイェレアスもそっと地上に降ろす。
「すごいわ!もう川に着いたの!?あっという間だったわ!」
「それはよかった。それじゃあ僕は皆の為の船を作るから・・・」
「待って!気になったの、どうやってみんなが乗る船を作るつもりなの?」
「それは、あの大火災を消すときに使った方法を応用してみようと思ってね」
「なにそれ!?私にもわかりやすく教えて!」
「えっと、長くなると思うけどいいかな?まず自分にあるマナだけじゃなくて、物自体とそのものに宿っているマナを利用するんだ・・・」
そう言うとミヒトはイェレアスがわかりやすいように地面に絵を描き始める。地面に書いた絵と織り交ぜながらミヒトはイェレアスに自分が考えたことを話していく。
ミヒトの言う理論というのは実に単純で、魔法を発動するのに、自身に足りない魔力をほかの物質から補うというものだ。この方法ならば自身に少量のマナしかなくても、物質に元々あるマナを使い魔法を行使する事が出来る。
この方法はミヒトがあらかじめマナを注ぎ込んだバスケットを使って、モウルの息子であるフフが実証した。まだ幼い獣人でも、魔法を行使出来たことを確認したミヒトは実用性がある方法だと確信したのだ。
と、ミヒトがイェレアスに説明した所で彼女が疑問を口にする。
「あの大火災を消した理屈はよくわかったわ。でも触媒を使うなんてまどろっこしい方法をよく考え付くわね」
「ああ、それは考え付いたというか・・・・・・」
「どこかで見たことがあった?」
「そうなんだ。ユウトさん、探していた堕天使が魔法を使った時に杖を持っていたんだ。その時の、杖を持っていた時の魔法の威力が一際強力で、もしかしてと思ったんだ」
イェレアスはミヒトの発言に何思ったのだろうか。視線を落とし、深く、深く考え始めた。ミヒトはしばらくイェレアスの反応を待ったが、彼女は熟考したまま動かない為、周りの風景を確認する。
ただ眺めているだけではなく、《魔力感知》の力を常時得た瞳で、船に使う材木の選別と川の様子を確認しているのだ。
森の外れではあるけど、やっぱり木が大きい。高さも結構あるけれど・・・何より尋常じゃなく太い。僕の記憶の中じゃこれより高い木なら記憶にあるけど、これより太い木は記憶に無いな。
何が作用してここまで太くなっているのかよくわからないけど。木に蓄えられている魔力はかなり多い。多分だけど、3本ぐらいで僕と同じくらいになるんじゃないか?
とにかく、この木を切って船にすればいいだけだ。川も幅が広いし大きな船を浮かべても問題はないだろう。
それにしても、イェレアスさんは何をそんなに考えているのだろうか?
白銀のドラゴンは赤髪の少女をただ見つめた。彼女が何を考えているのか、ドラゴンの思考能力をもってすればあらゆる選択肢を浮かべることが出来る。しかし、それをしなかった。
幾ら選択しを浮かべても答えが出ないというのもあるが、彼女の中で一段落するのを。もしくは、疑問の答えが出るのを待つことにしたのだ。
空白にも似た時間。川からは緩やかな水流れが聞こえ、森の傍では風に揺れる葉と大木の枝がわずかに軋むが聞こえてくる。
獣人ではない小鳥のさえずりが耳をくすぐる。温かな陽気と穏やかな空気が二人の間に流れる。
ふと、ミヒトの記憶から一つの記憶が呼び起こされる。穏やかな時間、ゆったりと休憩しているところ、それらを残念なほどに崩していくかつての上司の怒号が響く記憶。
「はぁ・・・・・・。嫌な記憶を思い出すなぁ。イェレアスさん、僕は船を作りますから、気を付けてくださいね」
「ええ。そう、そうね。」
イェレアスからの返事はハッキリと明確なものではなく、ただ返事を返しただけの意思の宿らない乾いたもの。
ミヒトはとりあえず返事を受け取ると、木を切る作業へ。それから自身の理論を使って船を作る作業に入っていった。
熟考するイェレアスの向こうで、ミヒトは黙々と作業に取り掛かった。
暗い洞窟の中、空間に穴を開けたようなヒビから光がこぼれていた。その光がこぼれた空間の穴、鏡のような窓には、おぼろげながら白銀のドラゴンが映る。
次元に作られた鏡には、ミヒトが巨大な木を切り倒し、切った木を宙に浮かべながら川の傍まで運んでいく様子が映っていた。
それを眺め、不気味な笑みを浮かべる男が一人。穴の開いた黒い翼を撫でながら囁く。
「今度は面白いものを作ってるなぁ・・・・・・。俺を、俺を楽しませてくれよ。俺様も面白いものがやっと、完成したんだからなぁ」
書いてるうちに設定が散らかってしまって時間がかかりました
現在進行形で話作っているとブレそうで怖いですね
※10万字




