踏み出す者、留まる者
初めてドラゴンとしての脱皮を経験したミヒト。
しかし、スギタラの住民たちに礼を言うよりも先に思いもしない言葉が自身の口から出るのだった。
「君たちはどうする。この森で今までの様に暮らすのか?それともこの森を出て、新たに築き上げるのか?神にどのような知恵を奉げるのか!」
無意識から出た言葉。先の大火災で愛する者を失い悲しみに暮れる者もいるであろうに、まるで催促するように住民達に問いただすミヒト。言葉を出したミヒトは我に返り、自身が発した言葉に後悔と疑問を持つ。
だが、住民たちはミヒトの気持ちに反して、考え始め、口々に議論し始めた。このまま以前と同じ生活をこのスギタラの湖で続けるのか。それともこの森を離れ、新たに生活圏を作るのか。そして何よりも、神から授かった命と使命をどう果たすかという事を。
それぞれの種族には存在する意味が、神が定めた役割が決まっている。だが、ミヒトはそれについてはよく聞いてはいない。彼が知っているのは明確な情報ではなく、何が得意だとか、あまりにも抽象的で不確かなイメージしかミヒトは教えられていない。
兎にも角にも家を失った人たちを救わなければならない。家としていた大樹はその緑を取り戻してはいるが、家財道具の一切は焼き払われてしまっており生活するにも道具が足りない。ミヒトは思考した。
僕の口からでた言葉にみんな真剣に考えてる。とは言っても僕自身がその言葉の意味を知りたいよ。知恵を奉げる~とか意味わからないし、いや、この世界に来る前に神様が言っていたか?
それよりも考えてみればその通りかもしれない、この森は半数以上焼けて住処にしていた大樹も焼けてしまった。今は緑こそ元に戻ってはいるけれど、生活する道具も家も半数の人は失っている。
再び生活するにも、いや、この機会にアムレトに移住してもらってもいいんじゃないか?向こうの発展を手伝ってもらって、落ち着いたらこの森に帰ってもらえばなんとかなるんじゃないか?
「考えているところすみません。わかりやすく二通りに、この森で復興、つまり今までの生活を取り戻す人達と、僕と一緒にアムレトで新たに生活をする人達で分けてみてはどうでしょう?」
「確かにそうじゃ。あの日から寝床もない炭臭い部屋にごろ寝じゃったわ!」
「森で狩れる動物の肉も少なくなって、オーガや肉を食べる獣人達はかなり困っていたわね」
「住処を何とか元に戻しても食いもんばっかりはどうにもなんねェ」
「無事な家に泊めても他の人を気遣う余裕も無いし・・・」
ミヒトの出した提案は住民たちにとって、まさに渡りに船であった。肉食の種族は食糧問題を抱え、住居環境も良好ではない。何より大火災で家族を失っているものがいるのだ。精神的にも誰かを気遣う余裕も無く、負担が増すばかり。住民たちはミヒトの考えに満場一致で賛同した。
早速この森を出立しようとモウルを始めとする狼人、鳥人などの肉食の獣人達が先導となって動き出す。彼らは食糧問題を抱えておりこのスギタラに住む7種族の内、最も深刻な状況と言えた。その次にオーガ、そしてドワーフ達が続く。
獣人の後に続いた彼らはどういうことか死者を出していない種族であった。獣人は大火災の際、真っ先に避難しており、ドワーフとオーガは火が広がらないよう尽力していた種族だが、種族的に体が強いのか火にやられるものは居なかった。
死者を出した種族は、人間、エルフ、そして妖精たちであった。彼らは迷った末に、人間とエルフ、それも家族を失っていない若い者たちが獣人達、アムレトに移住する者たちの列に加わった。
残った者たちは死者を弔い、今まで暮らしてきた生活様式を変え、今回起きた大火災を考慮した住居、または対策を入れた生活を考えていくことになるだろう。
一方、ミヒトと同種族のドラゴンたちだが、逃げ遅れた子供のドラゴンや動きの遅い岩竜などと僅かながら死者を出していた。
「ミヒト殿、我らドラゴンからは小さく動けるものを中心に移住者に加えよう。動きの遅い者は皆の移動の妨げになりましょう。それに、マナを欠いた力無き森を戻す手伝いをしなければならぬ故」
そう言って彼らは動けるものを中心に、少数のドラゴンを移住者に加える。と冷静な思考を述べた。
そうしてアムレトに移住する者とスギタラの湖に留まる者が決まりだすと皆ちりじりになり準備をする。
スギタラに残るエルフや人間それから兎人、鹿人などを始めとする草食の獣人たちは移住する人の準備を手伝いながらも、森の手入れや食料の調達を行っていた。
ミヒトはその巨大な体のせいで彼らの荷繕いを手伝うことはできない為、代わりに彼らの移動手段を考えることにした。そんなミヒトを補助するように、荷をまとめる必要がないドラゴン、そして移住者のまとめ役となったモウルと、何故か荷物の準備をしないイェレアスが集まった。
「その、イェレアスさんは荷物をまとめなくてもいいの?着替えとか、あるんじゃない?」
未だに水着から着替えていないイェレアスの姿はミヒトの目の毒になっていた。イェレアスは辺りの小枝を拾い上げ《熱火》とミヒトの魔法に暫定的に定義された火をつける魔法を唱え始め、焚火を作った。
「“火よ、我が前の枝を燃やせ”。私の家は燃えたの。それで今まで着ていたやつと水浴び用のコレしかないのよ」
「そっか、ごめんなさい。僕がもっと早く炎を消していればこんなことにはならなかったかもしれないのに・・・」
「謝ることないじゃない。アンタがいたからみんな生きてる。もしミヒトがいなかったらみんな今頃・・・だから、謝ることは無いのよ」
「そうだぜ、ミヒトの旦那がいるから俺達は生きてられるんだ」
イェレアス、そしてモウルの言葉に、集まったみんなが賛同する。その場では納得して見せたミヒトだったが、彼の心の奥底では喉に何か絡んだように、飲み込み切れない、納得しきれない思いがあった。
モウルは対外的に納得して見せたミヒトを見て、話の話題を移住の方法に変えていく。
「どうやって移住するか、そこが課題だな。アムレトは北と南の川の合流地点にあるとは聞いちゃいるが、俺たち獣人が全力で走っても20日、いや、飯や休憩を考えればその倍以上は掛かる」
「ならば我らドラゴンも手を貸そう。川沿いの集落から馬車を借り、食事も睡眠もとる必要が無い我らが牽引していけば早く着きましょうぞ」
「確かに、休みなしで行けば馬以上に早く着くわね。15日くらい、いえ、もっと早いかしら?それでも食料は不安だけどね」
「とうちゃん、腹減ったよ」
「フフちゃんや、後で父ちゃんが取っといた肉やるから待ってろな」
モウルは自分の子供を抱えると少しだけ待つように子供をあやした。ミヒトは目の前でこの森に起きている問題と直面していると意識する。
子供に与える食料が無い。これは移動方法を考えるよりも深刻な問題に思えるかもしれないが、ミヒトにとってはさして支障にはならない。
ミヒトはすでに、魔法で食料を作りだせることを事を確認している。そして何より、この湖の周囲には動物がいないというだけでここから離れた所にはいるという事だ。移動中、その都度狩りをすれば十分に食料は間に合う。
それよりも問題になるのが移住者たちの移動方法である。
今、このスギタラには八万弱の七種族がいる。その中で移住する者は占めて三万程、万を超える移住者など、どのように移動させればよいのだろうかとミヒトは頭を抱えた。
ミヒトが人間として生きていたころの問題で例えてみれば難民問題に等しいことだ。移住というが県違いの移動距離ではない。道から最南端の県へ移動するほどの距離である。
そんな距離をたかだか十人乗れれば良いであろう馬車を使って移動すれば恐ろしい資材と時間が必要になる。時間をあまりかけず、なおかつ千人単位、一万人程を一気に運びたいのだ。
「うーん、食料だけなら僕が何とかできるし、移動すればこの周りから逃げた動物たちが見つかるかもしれないから問題は無いと思う」
「なるほど、確かにこの湖から離れりゃあ動物たちもいるか。だとすると問題は馬車だな・・・」
「馬車ねぇ・・・みんなが乗れるだけの馬車ってどんな馬車よ?それこそミヒトみたいに大きくなくっちゃできっこないわ」
「幾ら言えど、例え我らドラゴンが他の種族を遥かに凌駕する怪力だとしても、余り過剰なものは牽けませんぞ?」
ドラゴンたちは皆然りと頷き、顔を見合わせる。ミヒトの目の前に集まっているのは自分を半分以下の大きさに仕上げたサイズのドラゴンであったり、ミヒトの腰にも届かない大きな蜥蜴に岩が張り付いたようなドラゴンばかりであった。
そんな彼らを見たミヒトは、バスを牽引できても、十両を超えるような電車を牽引できそうには見えなかった。彼らにどんな物を牽引してもらえばよいか、ミヒトは一人、思考の海に沈んでいくところであった。だが、その時。
「船が使えれば便利なんだけどね。大きな船にみんな乗っければ・・・」
「イェレアスよぉ、そんな馬鹿デケェ船なんか作れねぇよ。第一川を上っていくのが体力的にきつすぎるだろ」
イェレアスとモウルの話は、すぐさまミヒトの記憶を刺激し、あらゆる知識を呼び起こした。
漁船や客船、現実で見た様々な船はもちろん、映画の中でしか見たことがないガレー船。特に材料を考えれば木造になるであろうとミヒトは考えを絞っていく。
スギタラの森、この東のの大森林の大樹を基準に、単純で簡単な船の構造を考え終えたミヒトは、集まっている全員に伝える。
「皆、船ならすぐに用意できるよ。川まで移動すればアムレトまではすぐ着くと思う」
「本当に?!ミヒト、アンタ嘘言ってんじゃないでしょうね?」
「そんなことはないよ、多分これなら成功すると思うんだ。今ここで作ってもいいけど、運ぶ事ができないからね」
「ほう、ミヒト殿が何か思いついたのならばそれに賭けてみても良いでしょう」
そう言って集まったドラゴンたちはひとまず解散していく。残ったのはモウルと子供のフフ、そして一人焚火で温まっているイェレアスの三人がミヒトの前に残ったのみとなった。
空腹となったフフは父親に肉をせがみだす。だが、意外にもミヒトがそれを止めた。ミヒトはフフに待ったをかけると、ミヒトがつまんで持ち上げられる枝を拾い上げた。
「待ってフフ、試しに僕がお肉を準備して見せるよ」
「ほんとにー?」
「うん、だからちょっと待ってね。えっと“木の枝よ、我らが望む食べ物を収めた籠へ、姿を変えよ”かな?」
ミヒトの詠唱に応えるように、枝はパキパキと音を立てて形を変えていく。徐々にミヒトの掌に中へ縮んでいくそれは、最終的にモウル達が持てる大きさの蓋のついたバスケットへ姿を変えた。
フフはスンスンと期待を込めて鼻を鳴らすが望んだ臭いは嗅げなかったようだ。父であるモウルも口には出さないがミヒトにどういうことだと抗議の目線を送る。
「フフ君、蓋を開けてごらん?」
ミヒトの声に促されるまま、フフは恐る恐る蓋を開ける。中にはナプキンが敷かれているだけで空っぽなバスケットに落胆するフフ。目には今にも涙が溜まりそうにうるんでいる。
モウルは抗議では無く、静かに唸り声を鳴らし闘志の目線をミヒトにぶつけていた。慌ててミヒトはフフに付け足して言う。
「こ、今度は魔法の呪文を唱えてみよう!蓋を閉めて、フフ君が食べたいものを考えるんだ。そして“魔法のバスケットさん、僕が食べたいものを出してください”って唱えて開けてごらん?」
「ボクがたべたいもの?“魔法のバスケットさん、ボクがたべたいもの、出してください!”」
フフがそう唱えてバスケットの蓋を開ける。モウルとフフの反応は劇的に変わった。視覚よりも先に嗅覚がその存在を捉えたのだ。バスケットの中には生の肉が大量に入っていたのだ。
イェレアスもその光景を目にし、驚愕する。種も仕掛けもない、純粋にフフが魔法を使った結果であった。
ミヒトは自分以外から、例えば物質のマナを触媒として、あるいは利用して魔法が発動できるかの実験をしたのだ。ミヒトはバスケットを作る際に必要以上にマナを注力し、マナが多く溜まったバスケットを作成し、魔力が少ないフフに魔法を使わせて見せた。
やっぱりだ。元から溜まっているマナ、もしくは意図的に溜めこんだマナを使えば魔力が無くても、魔法に疎くても発動できる。
僕が大火災を消した時は魔力が足りなかったけど、自然にあるマナで発動できたから、もしかしてと思ったけど。
これなら魔法を使わない日なんかに溜めておいていざというときに使えるな。
「フフ君、みんなにもこのバスケットの使い方教えてくれるかな?」
「もちろんだよ、ボクみんなに教えてくるね!」
フフは肉を頬張りながら準備をしている皆へ駆けだした。モウルも我が子から目を離すものかとフフを追いかけて行った。
残されたイェレアスはミヒトに素直な感想を述べた。
「ミヒト、すごい物を作ったわね・・・食べ物が出てくる魔法のバスケットなんて」
「うん、これでまず移動中の食糧問題の保険にはなるかな。用意が出来次第スギタラを出立しよう」
なんだか地味でなかなか物語が進みませんね
もっとあっち行ったりコッチ行ったりしてほしいんですけど
私のミヒト君はもっとはやく異世界観測してくれないかな?
なんて。私の都合で振り回すのは無いほうが良いですよね?そうですよね!