表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/42

体におこる変化

大火災に包まれる東の大森林だが、ミヒトはスギタラの湖を触媒として泡の波を起こし何とか炎を消し止めることに成功した。

しかし、全力を尽くしたミヒトは気を失い湖に沈んでいく。

スギタラの住民たちは、自分たちの英雄たるミヒトを岸まで引き上げるが・・・


 二つの太陽が、湖の岸に寝そべっている白銀のドラゴンを照らす。太陽の日差しを感じ、ミヒトは目を開けた。

 休日を寝過ごし、久々に十分な睡眠を取れたような充実、ドラゴンは視界に映る光景をゆっくりと認識する。


 ミヒトの目には眼鏡をかけたような縁が付いた狭まった視界が映る。そこには青い空と大小からなる二つの太陽が映っていた。

 地球では太陽が一つしかなかったが、自身の持つ常識では考えられない未知の世界に来ているのだと、ミヒトは改めて感じた。


 少し首を起こす。半周は延焼し消し炭の山になっているであろう湖の周囲を確認する。

 ところが、額縁のついたミヒトの視界にはほぼ緑の光景が飛び込んできたのだ。所々黒く炭の様になってはいるが、枝には緑が溢れ返っており、大森林や樹海と言わずも森としての姿を取り戻していた。

 しかし、大樹の上に載っていた家々の数々。見事に並んでいたツリーハウスとそれらを結ぶ吊り橋は綺麗になくなっていた。



 よく寝た、と言うべきだろうか。起きてすぐに賑やかな喧騒が聞こえてくるあたり、住民のみんなはあの火事から無事に助かったんだろう。

 湖の半周は燃えてしまったと思っていたけれど随分と緑が多い。僕は普通に消火しただけで特別何か加えたわけでもないし。

 それよりも、何だか目とか腕が痒い。瘡蓋とかニキビが出来たみたいに痒い。まずは体と森の確認をしないと。あれだけの大火事だったんだ、このスギタラの森、湖の住人たちがどれだけ無事なのか確認しないと。



 ミヒトは自身の体と、大火災が起きたこの大森林の様子を確認することを考える。


 白銀のドラゴンは湖の岸辺から立ち上がった。ミヒトと反対の湖の畔には様々な種族が食事であったり作業等をしているが、ミヒトの周囲には誰もいなかった為、しばらくドラゴンは考え込んだ。

 ひとまず体を見てみる。直線を描くような白く輝く鱗は、少し亀裂が走り、まるで乾燥した唇の様にひび割れていた。

心臓が抉り出された胸の傷はすっかり完治しており、手を当てれば厚みのある筋肉と鱗から脈打つ鼓動が伝わる。


 体の無事を確認したミヒトはふと、彼は人間の頃の名残で、顔を洗い流そうと湖に浸かる。篭手をつけてるかのような堅牢な両手で水を救い上げる。余りにも白く輝く鱗、いつの間にか紅色に染まった瞳、堅牢な鱗に覆われた自身の顔が水面に映る。


 醜いわけで無い、不服であるわけがない。ミヒトは自分で望んでこの世界に導かれたのだ。今一つ索然としない自分の気持ちを流すように水を顔にかけ、ゴシゴシと顔を洗う。

 今一つ痒みは取れ無かったため、何度も顔を洗っていると水面に白く輝く鱗が浮いて見える。

 ミヒトはやりすぎてしまったかと恐れる。例えて言えば、髪を洗ってみたら、手に大量の髪が張り付いていたかのような戦慄をミヒトは覚えたのだ。


 そうして釈然としない気持ちが抜け毛ならぬ抜け鱗への戦慄に差し替えられたミヒトは、ドラゴンの持つ超感覚というべき超越的な感覚を最大に活用した情報収取することにした。

 超感覚は大森林の、この湖の周囲の情報をかき集めてくる。眼、耳、鼻、を使った感覚はもちろんの事。それどころか空気の振動や魔力の量すら自信の任意に可視化すら出来る。

 本来ならば《魔力感知(マナ・センス)》の魔法を使用しなければ分からないものだが、今のミヒトにはサーモグラフィーの様に魔力が見える。

 いつの間にか増えた自身の力に、正直驚きを隠せないミヒトだったが、彼の耳は自分を呼ぶイェレアスの声を捉える。


 イェレアスは湖の中心で蛇のようなドラゴンに騎乗していた。彼女は活発で活動的な衣装では無かった。

 水着に余分な布をつけた嫋やかな服装を身にまとい、ドラゴンというよりはウツボというべき水龍と戯れていた。彼女は水龍に騎乗してミヒトへ近寄る。



「ミヒト!やっと起きたのね。気持ちよさそうに寝ていたから何日か経てば起きると思っていたけれど」


 イェレアスの声に挨拶を返すところだったミヒトだが、彼女の発言に少し引っかかり問いを返した。


「やっと起きたって、もしかして何日か眠っていたの?」


「そうよ。四日も、いえ、今日も合わせれば五日寝ていたわ。ぐうぐう寝息を立てていたから死んじゃいないと思っていたし、妖精たちが理由を説明してくれたから心配なんてしなかったわよ」



 自分が気が付かぬうちに五日近く眠ってしまっていたことにミヒトは驚愕するところであるが、更に自分が眠っている理由を第三者である妖精たちが知っているという事にも驚く。

 何も思い当たらないというほど鈍感なミヒトではない。凡人程度の脳みそしかないが、少し考えれば分かることであれば今のミヒトには造作も無く理解できる。

 だが、妖精については神から自然を管理するという雑把な説明しか受けていない。肝心の妖精張本人の話にも途中で飛び立ってしまい聞きそびれていた。


 限られた中で想像できるのは、この樹海がミヒトの魔力を多少なりとも使い再生した。という事だろう。わずか五日で緑が回復するのは聞いたことがない。

恐らく魔法か、それに準ずるもので回復したのだろう。そう考えればミヒトの眠りも、MP(マナ)の欠乏で気絶した状況が続いたということで説明が付くし、自然を管理する妖精たちが知っているのも多少なりとも理由が付く。

 植物が自分から魔力を吸い取っていったと考えると恐ろしい事態ではある。

 しかしミヒトが火を消すために詠唱した言葉は、協力してもらう代わりにこちらも力を貸し与えると言った内容を含んでいた。そう考えれば植物たちは詠唱に乗せた約束を、ミヒトは契約上の責務を果たしたと言えよう。


 起きてから驚愕の連続のミヒトだが、今度はウツボ顔の水龍がミヒトに話始めた。



「ミヒト殿。誰よりも其方の身を案じていたのは偽りなくイェレアスでしたぞ。イェレアスもそう照れることは無い。どうか彼女に礼を言ってはくださらないか?」


「ええ、ありがとうございますイェレアスさん。その、貴女のお陰でこうして無事に生きていられます」


「ハァ!?別に、私は?大したことしてないし。そう!アンタが湖に落っこちたときなんて大変だったんだから!みんな眠いのに湖から引き揚げて、お陰でクタクタだわ!」



 そう言ってイェレアスは顔を真っ赤にした。ミヒトもあまりにも余所余所しい言い方をしたどころか、みんなに迷惑をかけてしまったと恥ずかしくなり、頭をかく。

 水龍は沈黙を嫌ったのか、あるいは今一つ素直になり切れないイェレアスを褒めようとしたのか、優しい声で語り掛ける。



「なに、其方らは共に力を合わせて森を救ったのだ。天使殿の力添えあっての事ではあるが、別段謙遜することは無いではないか」


「謙遜なんかじゃないわ、私は何もしていない。あの時だって、セレヴェラがいなかったらミヒトを治すことだって出来なかった。私じゃなくてお姉様だったら・・・・」


「いや、君がいなければ。僕はあの大火災を止めることは出来なかった。もっと自分に自信を持っていいんだ、その方がモナさんも喜ぶよ」


「お姉様が?・・・そうね、ありがとう」



 イェレアスはミヒトに感謝をする。すかさずイェレアスをフォローしたミヒトだったが、どうやら正解だったようだ。ミヒトは人付き合いというものをあまり積極的に行っていなかったが、そんな彼でもイェレアスが自分に自信を持てずにいることは明白だった。

 少しだけ元気を取り戻したイェレアスはミヒトの変化に気が付く。ひび割れてぽろぽろと零れるミヒトの鱗を指さす。



「そういえばミヒトの鱗・・・なんだか、その、汚くない?」


「え?き、汚い?」



 確かにミヒトはこの世界で命を受けてから、つい先ほど顔を洗った程度で未だ体を洗うということはしていない。考えようでは、垢とも見ることが出来たのにも関わらず、ミヒトはこの体を持ってから衛生観念をすっかり忘れていた。

 しかし水龍がまじまじとミヒトの体を見るとその訳を語った。



「これは、脱皮であるな。其方は先の火事で何かを得たようだ。我らドラゴンは傷などの経験を得ると体がより強くなろうと脱皮を繰り返す。その過程でマナが流れなくなった鱗はそうやってひび割れていくのだ」


「そうだったんですか?すみません、僕はドラゴンとしてはまだ日が浅くて、なにもわからないんです」


「そうであるか、其方は我らドラゴンの中でも格別に大きい。脱皮とは違い、新たな鱗に生え変わるようなものかもしれんな。しかし、あれだけの大火災を消したドラゴンが、自分の体も知らぬ若輩者だとは・・・」


「ふふ、あれだけの火事を消しといてよく言うわ。ミヒトにも分からないことがあるのね」


「であるならば、我らとしてもミヒト殿に恩を返そう。“子、助けを享受することなかれ。”甘えてばかりでは神に失望されましょうぞ。我らドラゴンも尽力しようではないか」


「さ、岸まで行きましょ。ミヒトは大きいからみんなに手伝ってもらわなきゃ」



 水龍と共に岸に行くミヒト。しばらくするとスギタラの住民たちがぞろぞろとやって来た。手を貸してくれるのは五十を超える程の人数だが、周りにはそれを超える数、様々な種族達が見学で集まっていた。


 エルフたちが水を汲み、ミヒトの体を流す。ドワーフたちが金属の道具を待ちだしてくると魚のうろこ取りの様にガリガリと古い鱗を削っていく。赤や青の肌を持つオーガ達も道具を使い力いっぱいミヒトの鱗を擦り、剥がしに掛かる。大きな蜥蜴が作業している全員に向けて丁寧に取り方であったりコツを教えている。

 当のミヒトはエステやマッサージを受けているような気分を受ける。全身のむず痒さがどんどんと取り払われていく感覚。湯船につかるような気持ちの良さでミヒトは満たされていく。



「随分と気持ちよさそうね。私は結構大変なのよ?」


「まあまあ、ミヒトのお陰で俺たち生きているようなものだ!これくらいどうって事は無ぇ!」



 ミヒトの頭にイェレアスとモウルが上がってきたのだ。二人は左右に分かれ、ミヒトの顔から古い鱗を落としていく。

 獣人のモウルは、暗い毛並みを濡らしてペタリとしている。そこで犬の様に水を落として見せれば可愛くも見えようが、モウルはそうはしなかった。

 狼の獣人は人間の様に会話をし、道具を使い、本能に準じているのではなく理性を持って行動する。

 とは言った物の、顔は狼そのもの。その厳つい顔はミヒトにとっては恐怖そのものであり、彼はそっとモウルが見える片目を瞑った。


 もう片方のイェレアスはというとこちらもミヒトにとっては問題であった。

 彼女は先ほどの水着のままで作業しているのだ。水着と言えば聞こえはいいが、実際には薄い布が体に張り付けているだけの様な格好で、身に着けている布から、うっすらと赤みを帯びた桃肌が透けて見えるのだ。

 ひらひらと余分な布を揺らしながら、文字通りミヒトの眼前で作業するイェレアス。下手な下着姿より扇情的な格好をしているイェレアスに耐えかねたミヒトは、やはり目を瞑った。



 どうしてイェレアスさんはそんな恰好で作業しているんだ!誰も何も思わないのか!?これじゃ僕だけが変な人じゃないか!

 モウルさんもいい人ではあるのだけど、こうも近いと恐怖が勝る!もう少し犬っぽければよかったのに・・・。



「目を瞑っちゃて。大丈夫よ、瞼も優しく洗ってあげるから!私たちに任せなさい!」


「まさか森を救ったドラゴンが若輩者だったとはな!こうやっていつでも俺たちを頼ってくれて構わんさ!」



 両目を瞑ったミヒトに二人は声をかけるが、返事は帰ってこない。ミヒトは自分に羞恥を覚えながら、黙って彼らに体を預けるほかなかった。




 そうして体を皆に預けて古い鱗を落とし終わると、美しい白銀の体が姿を現した。縁を外した開けた視界に七つの種族達が映る。

 スギタラの住民たちは口々に“神の使いだ”と言っているが、ミヒトにとっては神様達に直接任命されたことなので今更である。

 ミヒトの使命はこの世界の発展を見届ける事。そして、それを語り継ぎ、神に届ける事である。

 だが、その前に堕天使となったユウトを捉えなければならないし、前提となる文明を彼らに築いてもらわなければ始まらない。


 ミヒトはスギタラの湖に住む住人たちに向けて問う。



「君たちはどうする。この森で今までの様に暮らすのか?それともこの森を出て、新たに築き上げるのか?神にどのような知恵を奉げるのか!」



 使命を意識したミヒトから自然と言葉が紡がれた。自分でもなぜそう言ったのか、疑問に思う言葉、発言。ミヒトはその言葉の意味を、住民たちはミヒトの問いへの答えをそれぞれ考え始めた。

気が付けばブックマークの件数が十件を超えていました!

こうやって見ている人がいるんだと意識すると嬉しく思います

更新遅いですが現在進行形でストーリーを作っているので

私としても週に一つを意識しています


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ