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教会とこれから

ミヒトが飛び去ってから、たびたび繰り返してしまう長考。

そんな思慮の繰り返しはエルピスをミヒトと違う人格へ変えていく。

そんなことは露知らず、ドワーフが待つ工房へと歩みを進める。


 エルピスはゆっくりと村の工房を目指す。その姿はドラゴンというよりも亀にほど近いエルピスであったが、亀だから遅いわけでは無い。彼の場合は、単純に四足歩行に慣れていないのだ。

 もとは人間で二足歩行で生きていた為、四足歩行などエルピスにとっては赤子以来の経験になる。

 村が狭ければ歩行速度の遅さに言い訳をつけることが出来るのだが、馬車が存在しているためか、木造の家と家の間隔が広くとられており、馬車と同等以上の巨体を持つエルピスでも、歩くことに問題が起きないほど。


 のっそりと歩く自分に、多少の不満を抱くエルピスであったが、足が遅い分村の様子をじっくりと観察する事が出来る。木造の家の隣にはその世帯で食べる為の小さな畑が作られており、子供も大人に混じって作業している。


 周りを見渡していても村の人たちは子供も大人も忙しそうに働いている。エルピスの目に見える範囲でも肉を捌いたり動物の皮を乾かしている人や石を削って石材を作る人、馬車に乗って資材を調達しに向かう者など、この時点でも多様な仕事を村人たちは行っていた。

 どの村人も手を休めることは無く、エルピスの姿を見ても挨拶を交わす程度である。

 亀にも似ているとはいえ、ドラゴンの聴覚は村の端、その外の音すらすべて拾い上げてエルピスの頭に届ける。薪を割る音、鶏達の鳴き声、糸車の音、手織りの作業の小さな音すら拾い上げる。


 目に見える村人たちや聞こえてくる音などから、エルピスはこの村の文明の水準がどれ程の物か考える。

 作物を育てる技術、鍬や斧といった金属を作る技術。中世程度の技術はあるとしても、その技術のまばらさや出所にエルピスは違和感を覚える。


 貨幣の存在が無いため資本主義などの経済体制は無く、社会という構造は薄い。もしかすれば国家という概念すら存在しないのではないかと考える。

 近代的な社会が存在しないとなればエルピスとミヒトの苦労は途方もない事になる。魔法によって地球と異なる文明が築かれていると聞いてこの異世界に来たにもかかわらず、実際には現在進行形で築かれている最中であれば、一体思い描いていた光景を見るのに何年待つことになるのだろう。


 転生前に抱いた物珍しさ、知的好奇心からドラゴンとしての体を神様二人に授けてもらったが、この体にもいずれ飽い、心というものをすり減らしてしまうのではないかと心配する。

 映画が始まる前の予告の塊は少ないほうが良い。エルピスは心の中で、何でもよいから大きく安定した社会的基盤が存在してくれと願う。


 木造の家が石材の家に変わっていくとニットが待つ工房が見えてくる。

 改めて周囲を観察すると先ほどとは変わり石造りの家が多く見受けられる。工房もレンガ造りであり、考えもなしに家が並んでいるわけではないとエルピスは感心する。

 工房からは職人たちの会話が聞こえ、ミヒトが配った教育書“白翼と銀翼の書”の話があがっている。

 エルピスが来たのを察したのか、工房からドワーフのニットが出てきた。ニットは実用書としてミヒトが作った“銀翼の書”を持ちながらエルピスのもとに歩み寄る。



「よく来てくれたわい、わしらだけじゃこの本を理解するのに時間がかかってしまうからのう。お主、えー、エルピス殿に教えてもらいたいんじゃ」


「もちろんです、僕でよければお力になります。その前にニットさん、僕から質問していいかな?」


「わしに答えられることならば、何でも聞いてくれ」


「この村は、何処の国に所属しているの?」


「クニ?はて、そのクニとやらは知らんな、どういう意味じゃ?」


「それじゃあ、やっぱり質問を変えるよ、この村以外のほかの村について教えてほしい」


「それなら簡単じゃ、ちと長くなるがな。まずはこの村の北、ヤコウの山を越えた山がわしらドワーフの故郷コッヒじゃ。それからヤコウ山から流れる西向きの川の先、アムレトの西にある平原を超えた先が人の故郷デェファ。あとデェファの南にある湖がエルフの故郷リクィの湖じゃ」

 ニットは呼吸を整えながら少し考えこむと、

「あとは。そこから西となるとわしも噂程度でしか聞かんのだが、リクィの湖から流れる西方への川に、南北を山に挟まれた人の分かれ故郷が有るとか、それと南の山を越えれば砂が広がるオーガの故郷、北の山を越えれば緑があふれる獣人の故郷とも。忘れっとたがアムレトの近くでな、神様が最後にこの地に産んだ東の大森林が在るんじゃ、すべての種族が住んでいるというぞ」


「ニットさんは見たことないんですか?」


「わしはコッヒで生まれたからな、この村もコッヒから降りてきたわしらとデェファからやって来た人間たちで作ってきた村じゃ。モナはその大森林の生まれじゃ、確か大森林の、スギタラじゃったか。」


「なるほど、わかりました」



 エルピスは目を瞑り落胆した。まさか自分で危惧していた通り国の存在が本当に無かったのだ。エルピスは悲観的な感情にのまれ、思わずこうだったらよかったと希望的観測を夢想する。


 しかし、考えているうちにエルピスは、自分はかなり良い状況にあるのではないかと思い始めた。この村はいわば発展途上で、村を作ってから何年か経過していればニットの言う種族の故郷では何かしら文化が発達しているかもしれないと好意的に考えたのだ。

 そもそもこの村で、建材の収集や食糧の自給、ガラスといった工芸品が存在するのだ。この村でこれ程の余裕があれば、ほかの場所、ニットが言うそれぞれの種族の故郷ではより高度な文化が気づかれているであろうとエルピスは推察する。

 そうでなくても逆に、自分で高度な魔法文明を築き上げてしまえば良いのだと逆に考え始める。


 本来ならば安定かつ効率的な食糧生産があり、その豊富な食糧から大きな人口増加に繋がる。豊富な人口で職業は様々に分化し、それらを経て階級というものが出来上がり、それぞれの居住の建築、付近の村落との交易によってできる貧富から都市が作りあがる。そうしてよく知る富裕層による支配的秩序が社会システムを作り上がり文明が成り立つ。


 エルピスは逆に、自身が経験してきた高度な社会システムを導入し、そのもとで職業にあった住居を建築、魔法により食料の自給と作業の効率化を図り、高度な文明を作ることを思いつく。

 単純に逆にすれば良い。というわけでは無いのだが、社会基盤の一部だったエルピスでも社会を作るというのはただのド素人。彼からすれば知っていることを書き出して足りないところを補強していった方がわかりやすいのだ。

 今現在は、堕天使の問題を解決することが目標だが、それが終われば本来の目的、神から授かった第三者としてこの世界を観測し記録する役目に戻るのだ。その為にこの世界の社会構造にエルピスやミヒトがどのような立場か明確にする必要がある。

 エルピスは考えをまとめると、ニットに向き直り、今度は彼の要求に応えることにした。



「ニットさん、それでどこがわからないんですか?」


「それじゃあ早速なんじゃが・・・」



 ニットは自身の持つ技術を照らし合わせながらエルピスに質問を重ねていく。窓の構造や建物の基礎の詳細など、その質問の数はエルピスが以前生きていた頃の知識では補いきれないほどに多かった。

 建物の柱の長さや太さは分かっていても、その必要性、理由まで理解しているわけではないのだ。回答に困ったりしながらも、自分の持つ知識を総動員してニットと共に考え、一つ一つ答えを出していく。


 エルピスが最も困った質問はガラスの窓についてであった。ミヒトが特に考えず、前世の教会をそのまま実用書に乗せたのだろ。

 確かに、工房まで村の中を歩いて観察していたエルピスはガラスの窓を一つも見ていなかった。どれも木の板がはめ込まれた跳ね上げ式の窓ばかりであった。

 ニットの話を聞けば、ガラスの器やコップなどは職人の趣味でいくつか作られるが、透明で大きな板のガラスなどは作れないという。


 エルピスは職人でもなければガラスを製造する機械も見たことがない。ただエルピスがガラスについて知っているのは18世紀の産業革命で大量生産が可能になったこと、それ以前の建物では17世紀のフランス、ヴェルサイユ宮殿でガラスが多く使われていること。

 社会科の担当教師が前世の自分に語ってきた豆知識だけである。とてもではないが今この世界で生かせる知識ではない。ニットに18世紀だの産業革命だ何だと言っても意味がないのだ。

 そこでエルピスは魔法による生産を考える。この村で明かした夜、エルピスとミヒトは魔法によって食べ物や服、自分たちの鎧を作っていた。それと同じことを出来ないかとニットに相談する。

 エルピスとしても、村の人たちがどの程度の魔法が出来るか知る必要があるからだ。住人たちの扱える魔法の回数や規模によって、発展の速度が決まると言っても過言では無いからだ。

 ニットは髭を撫でながら頭を傾ける。しばらく考え込むと自信無さげに応える。



「そいつはわしらには出来んかもしれん。わしらには日に五度、使えない者は三度しか魔法を使えんのだ」


「どの様な時に魔法を使うのですか?」


「わしらが魔法を使うのは飯を作るときに火をつける時じゃ。それと夜の見回りの灯りや神官の。そう、モナが使う治癒じゃな。お前さんが言う魔法は、わしらがいつも使う火種とは訳が違う。感じたことがない物や見たことない物を魔法で作るのは何というか、わからんのだ」


「それなら僕がまず見本を見せたり、魔法をお教えしたらどうでしょうか。例えば、僕が見本として教会を建てます。それを皆さんに見てもらいながら再現してはそうですか?」


「なるほどな、じゃが結果として作れなかったりした場合はどうするんじゃ?」


「そうですね、魔法でガラスを作れなければ僕が作って皆さんに加工して貰って作りましょう。それに、今すぐというわけじゃありませんし、時間を掛けて作れるようになればいいので」


「うーむ、時間を掛けてか。それもそうか。まずは見てからじゃな、皆を呼んで来よう」



 そうしてニットが工房から職人たち全員を連れてくると、エルピスと共に村の端まで移動する。エルピスの目の前には、地平の彼方まで雄大に広がった青い草原が広がっていた。後ろを振り返り村の全体像を見る。これから建てる教会がこの村に浮いてしまわないように、エルピスは改めて頭の中でデザインしなおす。


 ドラゴンというより亀に近いエルピスは、手を使って建築することはできない。その為、一から全て魔法によって作り上げるしかない。エルピスは魔法を唱えることも忘れ、この場にいる職人たちに理解してもらえるように頭の中でイメージし続けた。

 エルピスが思考に唸っている中、次第に地面が青い光に包まれていった。ニットを含めた村の工房の職人たちの前で光が走る。光は線を作り出すと建物の平面図が地面に描かれた。

 青い光の線を皮切りに魔法による建築と、その見学会が始まる。

 地面に描かれた光の平面図から岩の、正確に言えばコンクリートの基礎がせり上がってくる。ニットたち工房の職人たちは見たことのない石材に困惑の声を上げるが、その声を無視して柱が生え始める。

 エルピスは建物のイメージに集中しすぎて、ニットたちに意識を向けることが出来ないのだ。



「おいおいニットの旦那、柱が生えちゅきたぞ!」


「たまげた、これが魔法の力っちゅうわけじゃな」


「旦那、下にできた石材は何でできんてんだい?」


「わしもコイツは見たことはないが、デェファの集落で似たような物を見たことがある。向こうは砂利と土を混ぜたものを壁に塗って補強しておったが、コイツは綺麗すぎるし、何より硬すぎるわ!」


「おいおい、下ばっか見ちゅると見逃しちまうぞ。柱が立ったと思えば、今度は壁が出来始めたぞ」

「こっちは床が張られちょるぞ!?」

「屋根が付き始めたぞい!?」



 柱が立ち、さらに光の線が交差すると梁が出来上がった。青い光が空中に漂ってきたと思えば木の壁材に姿を変え、まるで透明な作業者がいるかのように一枚一枚取り付けられていく。同様に床と屋根も張られていき教会としての形を作っていく。

 屋根に次々と瓦が生まれ、木の壁は白く染まり、ガラスに木枠がつけられ窓にはめ込まれていく。内装も次々と作られ、扉や椅子、燭台にカーテンが出来上がる。祭壇の上には、十字架の代わりにこの世界の二人の神。エルピスに痛々しくも頑張って考えた名を授けた神様達の像が作られた。

 大方作り終えただろうとエルピスは顔を上げ、確認する。彼が考えていた以上に大きな白い木造の教会、十字架の代わりにこの世界の双神、ムーとデューの像がバランスよく立っている。

 村の職人たちは半信半疑で教会を撫でたり、叩いたり構造を把握しようと観察していた。内部に作られた調度品の数々は彼らが思いつかなかったものなのか、興味深そうに食い入っていた。

 なんとか屋根に上って瓦を取ってみたり、実用書として作った銀翼の書に炭で書き込んでいく者など、職人たちのアプローチは多様にわたった。

 そんな中でただ一人、ニットはため息をついてぼそりと呟いた。



「これが魔法か。こんなに早く建てられてしまえば、わしらではかなわんな・・・・」



 掛ける言葉は見つからず、エルピスは心の中で同意する他なかった。 

 ニットにどんな声を掛ければよいのだろう。ニットの何気ない一言はエルピスに今後どの様に発展するべきかと暗示させるようで、ふと思考に沈んでいく。




 エルピスの聴覚は、村から走ってくるモナの声を拾い上げた。気が付けば太陽らが上から照り付け始め、昼飯の時間となっていた。

 職人たちもモナの声に気が付いたのか、建物の構造の研究をいったん止め、外に出てくる。

 モナは大きなバスケットを二つ持ちエルピスたちのもとに駆けていく。



「みなさーん、昼食にしましょう!皆さんのお昼ごはん持ってきましたよー」


「ありがとよモナ!ニットの旦那、早速いただきましょうよ!」



 作業の手を止め、モナから昼食を貰った人はニットやそのほかの職人たちにも配って回る。

 昼食のバケットを頬張りながらニットはこれからの予定を全員に伝えた。



「そうじゃな、飯を食ったら半分は工房に戻って建材の研究、もう半分は早速作業じゃな」


「もう、ニットさんは作業の話ばっかりですね。皆さんのお昼、遅れてごめんなさい」


「気にしなくても構わんさ、わしらも昼飯の事をすっかり忘れとったからな。じゃが遅れるのも珍しいの、何かあったのか?」


「はい!エルピス様に教えてもらった魔法が使えたので、久しぶりにイェレ―とお話ししたんです」


「ほぉー。確かモナの故郷に残した妹の事じゃったか?遠くに離れても会話できるとは便利じゃな」


「はい、神様からの神託を受けてこの村に一人で来きましたが。ようやく安心できましたし、ミヒト様もイェレ―と一緒の様でしたよ」



 作業しか頭にないニットに呆れるモナであるが、それ以上に妹と話す事が出来た嬉しさが勝ったのか。

 その話を嬉しそうな表情でエルピスに語る。



「ミヒトが?そっか、ちゃんと目的地には着いたんだ」


「ええ、《通話》の魔法に驚いたみたいですけど。イェレ―も元気そうでよかった」


「そっか、ミヒトも無事に人がいるところを探したみたいで安心したよ。これから忙しくなるな」


「どうして忙しくなるのですか?」


「この村にたくさんの人が集まるからだよ。家を、いやその前に法律をまとめて、職業に合わせて住居整備だ。効率よく発展させて社会基盤を確立させれば後は勝手に・・・」



 エルピスはモナに説明しながらどんどん思考に沈んでいく。これから来る文明の波を、この中で彼だけが見据えていた。

 ミヒトが大森林の人たちを連れてくれば、人手が増え、その分技術を発展しやすくなる。そうしてこのアムレトから各地へ技術が広まり世界の文明が向上する。

 高まった技術はより高みへ行くだろう。以前の、エルピスの知る世界はあらゆる法則に縛られ、そして争いが絶えなかった。

 だがこの世界では、法則を無視し全てを可能にする魔法があり、たとえ体格の差があり、姿が違っても、それを気に留めることが無い。

 差別もなく、摂理に従った科学、それを覆す万能の力を持つ魔法。科学と魔法の技術とあらゆる種族が調和した世界とは。

 誰かが埋もれることがない、皆で協力し合える世界を創造する。きっとその先が自分の見たい世界が、未だ知らない世界が広がっているはずだとエルピスは夢に見る。



「あとは勝手に。それからなんですか?もったいぶらないで私にも教えてくださいよ」


「そうじゃぞ亀っこ!わしにも教えんかい!そしたら真っ裸のお前に立派な鎧をこしらえてやるわ!はっはっはっはっ」


「真っ裸って!僕が少し気にしていることを・・・。いいですよ、話してあげましょう。これから皆さんがどれだけ忙しくなるのかを・・・」


 その後、エルピスは村にいる人たちに自身が思った事、そしてこれからの事を話したのだった。

 一つ気がかりだった自分の半身、ミヒトを話題を置いて。

1か月以上投稿が開いてしまいました

大変申し訳ありません

言い訳を聞いてくださると大変うれしいのですがそんなこと関係ないですよね

一つ言うと先ほどネットに繋がりました

次話は早めに投稿したいです

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