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アムレトの亀ドラ

※“新たな知識、白翼と銀翼の書”の続き。村に残ったエルピスの視点から始まりになります。

自身の半身であるミヒトを送り出したエルピスであったが、半ば黙って飛び立ったことを妖精、メント・レイに怒られるのであった。

 時はミヒトがアムレトを出立した所まで遡る。

 まだ村人たちが朝食を済ましたばかりで、山の隙間から太陽が顔を出し切っていない。

 教会のドアの前には白銀の亀にも似たドラゴンがいた。


「亀ドラ・・・」


「そうだよ♪亀みたいなドラゴンだから亀ドラだ♪そんなことより何でミヒトは飛んでったの!」



 ミヒトの半身であるエルピスは、妖精のメント・レイに問い詰められていた。

 それもそのはずで、メントが妖精として神から授かった“調律者”としての権能を説明し、《継承(インヘリタンス)》の魔法で授かった知識を生かせると主張し自身の有用性を説いていた最中、ミヒトはいきなり飛び立ったのだ。

 妖精で魔力を多く持つメントは、《読心》の魔法を持ってミヒトとエルピスが会話していることを察することが出来た。それでもどうすることもできず、ミヒトは飛び去ってしまったのだ。

 ミヒトとエルピスの中では話は進んでも、目の前にいる妖精のメントと神官のモナは理解できていない。そもそも二人の会話が余りにも最低限の話に留まるのだ。

 二人は元々同じ人間の魂、記憶や性格、思考すら完全に一致するもう一人の自分、それを一番に理解したのは本人たちであった。

 やろうとすることや魔法のネーミングセンスに会話のはじめまで同じである。このアムレトで夜を越えるころには、その全て同一という奇妙さに耐えられず、必要最低限の会話しかしないようになっていた。

 どちらから言い出したわけではなく、二人とも同じ考えに至った上で自然とそうなったのだ。


 だが、モナやメント、村人達がそれを把握できるはずもなく、はたから見れば主語や動詞が一言二言抜けた違和感が混じる会話を、二頭のドラゴンが行っている光景が映るのみである。

 結果として言えば、ろくに説明されないままモナ、特にメントに関して言えばプレゼンの途中で村に置き去りにされた形になった。



 ああ、しまった。モナさんやメントに説明するのを忘れていた。ミヒトの考えていることは理解できる、というより僕が考えていることそのものだ。

 こう考えると、本当に自分が二人になった様な気がする。

 いったい、どういう原理で別れたんだ?記憶も元から持っているからクローンというものでもない、独立はしているけど紛れもなく僕自身だ。

 そもそも神様が存在しているし、魔法なんて言う何もない所から紙や鉄を作る便利なものまで有るんだ。何があっても不思議じゃない。

 大体僕はこの異世界に来るまでに霊体を感じているわけだから・・・・駄目だ、分からなくなってきた。



 ちょっとした疑問から脱線する脳内、エルピスは一人思考の海に沈んでいく。ドラゴンの体に転生したミヒトと同じく、エルピスも時間を超越した思考速度を手に入れていた。

 瞳を閉じ、己の内に意識を集中させるだけで何年、何十年と長い時間、思案を巡らせる事が出来、それでいて現実では一瞬しか時間が経たないのだ。

 人間の思考速度や時間感覚とは隔絶した思考能力を持って、エルピスは自分やミヒトの存在や異世界に転生させてもらった二人の神様、ムーとデューの二人について考える。


 考えは多岐に渡った。並行世界の限りなく自分に近い者が一緒に転生した可能性。神による自身の複製、または魂の分裂。魔法などのこの異世界による方法での分身。あるいはこの世界に来る際に発生した問題による事故。

 様々な考えが思い浮かび自身で可能な限り追及していく。時間の定義や並行世界の存在。神話や御伽噺などで描かれる生死観、魂の所在、この世界で行った魔法製作の情景を振り返り、魔法の可能性を探し出す。

 エルピスは自分の前世の記憶と、自分の脳を振り絞り、考えに考える。当然、エルピスに答えなどは見つからない。

 並行世界など創作の中でも滅多に出ない話だ。彼が見てきた映画の中でタイムスリップなども含めて6本程度、普通に生きていて参考になる話など聞いているわけもない。

 神話や御伽噺でも、そんな話は当然彼の前世の耳に入るわけもない。そもそも彼の知っている神話はギリシャ神話がいいところで、あとはアイルランドや日本神話に出てくる神様や登場人物の名前を知るくらいだ。

 大体この異世界に来た動機の半分が、そういった神話や魔法に疎かった為に生まれた好奇心からであり、知っていれば憧れといった気持ちもなく、来ようという気持ちはかなり少なかっただろう。


 最後に考えられる魔法こそが原因では無いか。この世界に来てわずかな時間だけ魔法を使っただけのエルピスであるが、エルピスは魔法の利便性や万能さをよく知っていた。

 体の中に蓄えられたMPをつぎ込み、無から有を作り出す。より正確に言えば目に見る事が出来ないMPを使い、目で見える物体などに変換しているのだ。

 しかし、あくまでこのMPというのはミヒトが《ステータス》の魔法で作り上げたものであって、この世界には元々存在していなかった要素だ。

 エルピスの思考は次第にぐるぐると駆け巡り、虎がバターになるように思考がループし始める。それこそ、溶けるまで。



「あのー、エルピス様?」


「亀ドラ~聞いているか~?」



 白い、真っ白な思考の海に沈みこんでいたエルピスは、モナとメントの声で現実に引き上げられる。

 一体どれ程の時間考えていたのだろうか。といってもエルピスやミヒトにとって思考する時間は現実では1秒で事足りる。

 それだというのに二人に声を掛けられるまでどれ程の時間が空いただろう。モナにとっては一瞬だろうか、では妖精のメントはどの程度の感覚だろうか。

 エルピスは、海よりも深い深淵に意識を沈め、ただ自分のことを、自身の正体を考えてしまっていたのだ。

 ほんの少しだけ、思慮を深くしただけであったが、ドラゴンの超越した思考力は浅い水たまりを底の知れない沼へ、家の廊下を久遠に続く宇宙の旅に変えてしまう。


 エルピスはゆっくりと目を開き落ち着いた声で答える。



「聞いているよ。ミヒトは、東の大森林に向かったよ。モナさんの妹さんもいるみたいだったからね」


「そうじゃなくて!ボクが役に立つよって言っているのに何で無視していっちゃったのさ!」


「ごめんよ、メント。僕とミヒトで《通話(コール)》の魔法を試しながら話をまとめちゃったんだ」



 弁明するエルピスをよそに、メントは真っ白なエルピスの鱗をぽかぽかと叩く。自分を無視したのが気に食わなかったのか、しつこくエルピスの甲羅の上を旋回してはふんぞり返って見せたり、叩いたり地団駄を踏む。

 モナは微笑みながらメントに機嫌を直すよう説いている。

 エルピスは機嫌を直してもらうべく、メントに《通話(コール)》の魔法を教えると持ち掛ける。



「ほんとぉ♪やったー!遠く離れてもモナとお話しできるのはいーねー♪」


「そうですね、私にも教えていただけると嬉しいです」



 そうして二人にも《通話(コール)》の魔法を教えようとするエルピスであったが、メントの話を思い出しふと質問をする。



「『僕ら妖精はマナを管理する“調律者”として思考や知識を共有できるんだ』って言ってたけど、それは魔法じゃないの?」


「それね♪僕たちの種族としての力であって魔法とはちょっと違うんだな~♪」


「どうやって会話しているの?」


「風だよ、風に詩を乗せるのさ♪僕たちはこの大地と自然、流れる風を使って一つの詩を作り続けているんだ♪」


「自然を使って歌を乗せる?」


「ふふん♪僕らは風を読んで、乱れが有れば自然を調節するし、アンブルたちを使って風を詰まらせないようにしているんだ!えらいでしょ?」

「そんでもって風に乗せたこの詩、この世界が織りなす旋律で神様に任されたこの世界のことがわかるって事さ♪」


「それって結構時間かかるの?」


「時間?そんなにはかからないよ♪多いときは日に100回は飛ばすんだからさ♪まぁ詳しい話を聞く為には一周しないとわからないかな?だいたい一日くらいかかるかもだけど、みんなが乱れとか詰りを治す時に忙しくなるから、その時くらいは特別に遅いかな?」


「それなら《通話(コール)》の魔法は便利に感じるはずだよ。いつだって、すぐに相手と話が出来るんだ」



 そういってエルピスは前世の頃の電話を思い出す。思い出した理由は昔の自分を懐かしむためではない。《継承(インヘリタンス)》によって、メントに教えるために知識としてまとめているのだ。

 科学的な知識はメントには理解できないだろうと考え、理屈は抜きにして、説明をまとめていく。ここで無用な知識を詰め込むと、もう一度メントが頭をパンクさせて寝込んでしまう。

 エルピスは現代的な説明をはぶき抽象的な解説で《継承(インヘリタンス)》で受け渡す知識をまとめると、未だに自分の甲羅の上に座り込んでいるメントに意識を向ける。

 妖精も座布団にしていた亀のドラゴンが準備を整えた事に気が付いたのか、ふわりと宙に浮きエルピスの目の前へ行く。



「今回もあの《継承(インヘリタンス)》とか言う魔法を使うのかい?」


「そのつもりだけど、今回は大丈夫だから。《インヘリタンス》」



 エルピスが魔法を唱えると頭から一筋の光がふわりと現れ、メントの頭に掛かる。

 その時、エルピスはある感覚をつかむ。自分の体からほんのわずかな力が抜けていくような感覚。自分の体から何かが外に逃げるような、疲労に似た物を感じ取る。何故それを感じる事が出来たのか疑問に思うところだが、目の前の妖精を気にかけなければならない。

 今度こそわかりやすい内容になっているはずだと期待を込めた内容だ。メントは最初は嬉しそうな顔を見せたが次第に眉を顰め、腕を組んで考え始めると、そのすぐ後には目を回して地面にポトリと墜落してしまった。

 共に待っていたモナが慌ててメントを拾い上げる。



「大丈夫ですかメント?」


「困ったな。わかりやすくまとめたはずだったんだけどな」


「恐らくですけど、メントは説明されても理解するような妖精では無いと思うのです」



 そう言ってモナは両手で拾い上げたメントを教会まで運び出す。エルピスも手を貸したいところであったが、ミヒトと違い貸し出せる腕がない。

 エルピスは四足歩行で自分を支えなければならないし、手も物をつかむようにできてはいないのだ。もどかしい気持ちで教会に入るモナを目で追っていく。

 そんな中、今朝作ったばかりの“銀翼の書”を読み歩きながら、ドワーフのニットがエルピスに声をかけた。



「おーいミヒトとやら!」


「僕はエルピスです。ミヒトは翼を持っている方です」


「おお、そうじゃったか、すまんかった。所で今すぐで無くていいんじゃが、あとで工房まで来てくれんか?今日作ってもらった本のことで実践してほしいことがあっての」


「分かりました、あとで行くので待っててください」



 エルピスの返事を聞くと、ニットは手を振り工房へ向かっていく。エルピスはそんな姿を見ながらモナを待っていたが、教会から大きな声が響く。

 歓喜の声と共に協会から笑顔に満ちた表情でモナが駆け出してくる。どうやらモナがよい方法を思いついたようだ。



「私にかけてください!魔法を!上手くいきます!」 


「というと、実践してみた方がよかったって事?」


「ええ!そうですよ!実際に私に魔法をかけてみてはどうでしょう!」


「なるほどね、それじゃあ行くよ《通話(コール)》」

(・・・もしもし?モナさん、聞こえますか?)


「はい、聞こえます!」


(えっと、口に出さなくても会話出来ますよ)


(ほんとですかって、なんだか頭の中で私とエルピス様の声が響いてきます)


(うん、ちゃんと聞こえるよ。声が反響しているのは魔法の影響だね)



 エルピスは《通話(コール)》の魔法を初めて発動したが特に問題なく効果を発揮した。具体的なイメージが自分の中にあったために発動したのだとエルピスは考える。

 果たして携帯という機器も知らないモナが、遠くにいる姿も見えない人と会話するイメージが思いつくのだろうか?そんな中で無事に魔法が発動するものだろうか、エルピスは疑問に思う。



「どうですか、これで魔法を発動できたりしませんか?」


「はい、エルピス様やミヒト様に頼りにばかりできません!頑張って発動して見せます!」


「もしできなかったらいつでも言ってね、僕はニットさんのところに行ってみるから」



 少々意地悪だっただろうかとエルピスは思う。ミヒトが《ステータス》の魔法を二人に教えた際はメントが勝手に思考を読み取って半ば奪う形で魔法を習得していた。

 実際にモナがステータスを使えるようになったのはこの世界に対して《共有化》の魔法を使用したときである。《継承(インヘリタンス)》と《共有化》は単一か複数かの違いでしかない。魔法は何を基準にMPを使うのか、そもそも魔法とはどこまで万能なのか。

 そう考えるとエルピスの中でふつふつと疑問が湧き上がってくる。今朝の長考から、エルピスは考える時間が多くなっていった。この時点でも、ミヒトが思考する時間を遥かに上回っていた。



「何だろう、こんなに疑問が湧き上がるのは。不思議だ」



 ミヒトが飛び去ってから、ドラゴンによる超越的な長考は少しずつエルピスに変化を与えていた。

 そんなことには気が付かず、エルピスは村の工房にいるドワーフのニットに会うため、ゆっくりと足を進めた。

次回もエルピス側の視点からです

そういえば一話二話ってついてないですね

今更気が付きました本当にすみません


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