堕天使
無事に天使セレヴェラに会う事が出来たミヒトだったが、
思わぬ長話を聞くことになった。
日は沈み、大樹の葉の隙間から月の光が差し込んでいる。
イェレアスと子供の天使たちはミヒトの足にもたれ掛かり、すっかり眠ってしまっている。
何せ昼間から月が昇るまで、かれこれ6時間程、天使だったころの転生者の話を聞いていたのだ。
この世界について各種族の特徴くらいしか知らないミヒトにとっては、自身の前任者とも言える転生者の話はとても有意義だった。
話を聞く限りこの世界を作り上げたのは、ミヒトを異世界に招いたムーとデューの二人の神様ではあるが、原案となるアイデアを出したのはユートなる転生者のようだ。
しかし話を聞いていたミヒトは疑問を抱く。この転生者は何が原因で堕天してしまったのか。
考えられる理由はいくらでもあるが、子の転生者の話を長々と話しているセレヴェラに聞くことにしたミヒトは、ようやく相槌を止めて彼女の話を遮った。
「セレヴェラさん、ここまでユートさんの話をしていただいて有難いのですが。何故ユートさんは堕天してしまったのですか?」
「・・・・・それは分かりません。あれだけ優しくて、知識にあふれたユート様が、自ら進んで禁忌を破り堕天使となった理由がわからないのです」
セレヴェラは多くは語らなかったが、彼女の口ぶりからするとユートという転生者は自分から堕天使したという事だろう。
先ほどの長話でも天使を辞めようとする決定的な理由は見つからなかった。セレヴェラから聞く限りではユートは笑って過ごしていたと言っていたため幸福であったのだろう。
それをわざわざ禁忌を犯すというやり方で堕天した理由をミヒトは考え付かなかった。
ミヒトが考えに耽っているとようやくイェレアスが起きだした。
彼女は自分の隣で眠っていた子供の天使たちをゆすって起こす。
「ほら、起きて。それで、話は終わったのかしら?セレヴェラの話しはとにかく長いのよね」
「えっと、セレヴェラさんの話は大体終わったかな?まだどう見つけるかって言う話はしていないけど・・・」
「そうね、でも私をそそのかそうとした影がその堕天使である可能性は高いと思うわ。影が表れたのは一昨日の晩よ。スギラタの皆も黒い翼を持った天使を見たってあったし、近くにいるのは間違いないわ」
「それは本当なのイェレアス?私が大陸中探しまわっていたっていうのに?」
「セレヴェラは頭が固いのよ。天使たちだけで探そうとするから見つからないの。何のためにモナお姉様がこの大森林から外へ出たと思っているのよ」
イェレアスはムスッと頬を膨らませそっぽを向いた。目は怒っているというより不機嫌で呆れているとも見えた。
彼女の機嫌を損ねてしまった女性の天使のセレヴェラは地上に降り立ち翼を畳むとイェレアスの赤髪を撫でながら機嫌を直すように頼み込む。
ミヒトは彼女たちのやり取りを見て、兄弟姉妹のような、そんな仲に思えた。
これで落ち着いて話が出来ると思ったミヒトだったが、辺りは暗く夜であったことを思い出す。
「二人とも、もう夜だし探すのは日が昇ってからでもいいんじゃないかな?」
「そうね、獣人でもないし夜は狩りに向かないわ」
「何を言っているのイェレアス!今こそ見つけ出すチャンスじゃない!」
「貴女は何をいっているかわかってる?私は夜目が利く方じゃないのよ、獣人でも連れて行ったら?」
「ちょ、ちょっと待って!」
ミヒトはすぐに彼女たちの会話に割って入った。そうしないとまた話が長くなりそうだったからだ。
イェレアスには自分は食事をとらなくても問題無いといい彼女に夕食をとるようにと進める。セレヴェラには自分は夜目が利き、睡眠も必要ないから連れて行くとよいと提案する。
ミヒトが出したこの提案に、二人とも納得したようであった。
「そうね、おなかが減ったわ。セレヴェラ、明日なら手伝ってあげるわ」
「まあいいでしょう。あなたに途中倒れてもらっても困るだけですからね」
そういってドラゴンと天使たちは大樹のなかに作られた食堂へ向かうイェレアスを見送ると明るい場所へと移動する。
泉の畔は月たちの明かりと湖からの反射で明るかった。作戦会議のため、ミヒトは太陽が出ているうちに集めた情報を話し始めた。
「最初に見かけられたのは川沿いの方だそうです。それから段々とこの湖に近づいていき、一昨日このスギラタの泉の近くでイェレアスさんが声を掛けられています」
「なら湖の周辺にいるのではなくて?」
「それはどうでしょう。もう移動してしまっているのかもしれないですし。そもそも何かわからないんですか?」
「一年近く探し続けているけど気配すらつかめないていないわ」
「うーん、気配すらつかめないというのは難しいですね。そうだ《魔力探知》を使えばわかるかもしれませんね」
「マナ・センス?私を最初に見つけた、あの魔法か」
ミヒトの中ではすでに《魔力探知》は高い評価をつけられた探知系の魔法だ。
作成時は特に意識したわけではないが、魔力量を色で判別できるだけでなく、空気中や物質に結びついているマナも知覚可能であり魔力回復にもつながるだろう。
また、《生命探知》では無差別に命ある動物をただの点で認識し使いようが難しかったが、《魔力探知》と併用することで種族なども判別できるようになった。
「いや、待てよ。そう言えば探し物にピッタリな魔法を作っていたんだった」
そう、ここまで新しく作った魔法の事しか頭になかったミヒトであったが、自分がある程度融通の利く魔法、というより超能力の再現である《千里眼》、そして対象の場所まで誘導する《経路》と便利なものがそろっていたことを思い出したのだ。
そう考えると先ほどまで悩んでいた自分が馬鹿らしく思えてきた。イェレアスの名前を頼りに《経路》の魔法でこのスギラタの泉を見つけたことを忘れていたのだ。
肝心の堕天使の名前“ユート”を聞き出してあるので、昼間の永遠と続く話を聞いている頃にはとっくに探し出せていたのである。
もっとも、忘れていたことをすぐに思い出せる時点で、ミヒトは前世より優れているのだが。
早速ミヒトはまだ試していない《千里眼》を発動することにした。
「セレヴェラさん、やっぱりもっと早く見つかりそうです」
「というとそのような魔法を作っていたのですか?」
「ええ、作っていたことを忘れていましたよ。では早速、《千里眼》!」
ミヒトの視界はぐるりと変わり、暗い森を映し出す。森は大樹が並び立ちミヒトの全長を遥かに上回る。その様子はミヒト達がいる東の大森林そのものである。
視界は動き出し、地面を舐めるようにはい回り、ついに黒い翼の背中を映し出す。
翼は純粋な黒では無かった。白い羽が焼けこげ、煤を被ったような今にも焼けた臭いが漂いそうな、そんな黒さをしていた。
視界は段々と頭に近づいていく。黒髪で服は金の装飾が施された白い衣装。セレヴェラよりも防具の部分が多く、そのシルエットは男性の物であった。
視界は狭まり、ついにこの堕天使の視界そのものが見えるようになる。
堕天使の視界には明かりのともった大樹やつり橋や木に引っ付いた家々が映る。焦点の先には大樹が開けた空間に泉があり、泉のほとりに大きな結晶が立っていた。
しかしミヒトはその光景に既視感を覚えた。結晶の色は白銀で斜長石のようだが膜のような物が張り付いていた。
《千里眼》に集中していたミヒトだったがおもむろに翼を広げてみる。
ミヒトの視界、正確には堕天使“ユート”の視界には結晶から白銀の翼が広がっているのがわかる。目を凝らしてみれば隣にはセレヴェラと子供の天使たちが一緒にいるのだ。
これはセレヴェラさん!?じゃあ隣のこれは僕なのか?いや、そうじゃない。それどころじゃないんだ!まさか探している人が僕たちを見ているなんて思いもしなかった!
とりあえず話し合いからかな?セレヴェラさんの話を聞く限り僕と同じで日本人のはずだし、ひとまず話し合いを・・・・。
いや、思い出すんだイェレアスさんが言っていたことを『トマおじさんを殺したやつかもしれないんだよ・・・・』。
人殺し?いや、断定したわけじゃない。ただ最悪の可能性として考えておこう。
最悪の場合、最悪の場合はまず僕が盾になる。ステータスで見た限り誰よりも頑丈な体をしている。流石にエルピスにはかなわないけどね。
でも僕は僕と違って空を飛ぶ事が出来る。彼を抱えてでも空へ行ってここの皆の安全は確保したい。
使える魔法は?まずは《ステータス》からだ。もしも天使、セレヴェラさんよりも強いなんてことになったり、僕より強かったりしたら考え直さなきゃいけない。
何が使えるんだ?《発火能力》や《念動力》は?多分最初くらいしか効果はないだろう。なんせ僕と同じ日本人ならこのポピュラーな超能力くらいわかるだろうし、僕は思いつけないけど何か対抗する方法を出してくるかもしれない。
《弾丸》、《熱光線》、《振動斬》は?駄目だ、《熱光線》くらいしか効きそうにない。そもそも発動したら逆に危ないかもしれないし。
超能力系で動きを止めて空に飛ばす。それから説得かな、本当に話が通じなかったときはその時だ。
今は彼が優しい人だと信じて話すしかないでしょう!そうだ、あくまで最悪の時の考えだ、セレヴェラさんが話していた通りだと気さくで明るくて笑顔の絶えない優しい人のはずだ。
話し合えば、分かるハズだ。
ミヒトは瞬間的に思考し行動を実行に移す。
目を開き森の方に目を向け語り掛ける。
「ユートさんですよね?僕はあなたと同じようにこの世界にやってきました。話を聞かせてほしいんです」
そう語り掛けると、森の中から人影が現れた。
千里眼で確認した通りの姿で、目の下にくまが出来た男の天使、いや堕天使だった。
ミヒトは堕天使の姿を見ると《ステータス》で詳細なデータを確認する。
―――――――――――――――――――――――
≪種族≫ 堕天した天使 Lv.13
≪名前≫ ユウト・アンジュウ
≪筋力≫ 1037 ≪体力≫ 1129
≪敏捷≫ 1023 ≪知性≫ ???
≪精神≫ 900 ≪魔力≫ ???
≪生命≫ ??? ≪ MP ≫ ???
≪特性≫
・罪人 ・堕天 ・魔法製作
≪魔法≫
???
―――――――――――――――――――――――
名前はユートじゃなくてユウトだったんだ。
ていうかステータスがよく見えないし。
僕と同じくらいの強さなのかな?それと罪人と堕天・・・・・?!
ミヒトは違和感を感じたのだ。特性に魔法製作があるにもかかわらず魔法の一覧が確認できないのである。
そして自分よりも格上のレベル、ミヒトは未だこのレベルの意味も上げ方も理解していないのだ。
それを相手はLv.13も上げている。この《ステータス》がミヒトにとっては最悪を想定する材料が欠けた、不安要素になった。
「正直言って期待外れだね。僕でも確認できなかったステータスを見れるようにした奴が、この程度の知性の持ち主でこんななよなよした魔法を作ってるなんてさぁ・・・・」
「え、どういうこと?」
ユウトの発言から察するに彼には恐らくミヒトのすべてのステータスが開示されているのだろう。
さらに、ミヒトに沸き上がった心のざわつきにユウトは追い打ちを掛けてきた。
「まあ、ドラゴンらしいステータスしてるよ、倒しがいがあるよぉ・・・・」
その一言で、ミヒトは最悪を想定することに切り替え始めた。
ライバル登場回です
次回は戦闘回だと思います




