天使の姿
モナの妹、イェレアスの誤解も解け、ミヒトは大森林に白翼と銀翼の書を配る。
その中で堕天使らしき姿を見たと噂を聞く。
「黒い翼の天使・・・。でも、僕は天使の姿なんて見たことが無い」
「あら、天使の姿を見たことがないなんて。本当に生まれたばかりなのね。こんなに大きいのに」
天使を見たことが無いと言うミヒト。そんな彼の顔を訝しげに覗き込む、というより見上げ込むイェレアス。
ミヒトを見て考え込むイェレアスだったが、ため息を一つ吐くと彼女はなぜ天使たちの姿が見えないのか、その理由をミヒトに語った。
「以前はかなりの数を見かけることがあったのだけれど、一年前から急に見えなくなったわ。理由は一人の天使の居場所を突き止める為だそうよ」
「それって、もしかして」
「えぇ、あなたが探している“堕天使”の事でしょうね。だから私はなぜ姿を消したのか、その理由を天使たちに一度だけ聞けたくらい。それ以来会ってないわ」
「そうなんだ。そもそも天使は何なの?君やモナさんの神官は何?」
ミヒトは幸運なことに、このスギラタの森に来て、神様が生み出したカミシュの7種族に会うことが出来た。
火を巧みに扱う“ドワーフ”。植物と調和する“エルフ”。力が強く体力に優れた“オーガ”。動物たちが知性を持った“獣人”。自然を管理する“妖精”。どの種族よりも弱く、だれよりも器用で知性に優れた“人間”。
そして、特定の姿を持たないマナの集合体、“アンブル”が姿を持った形“ドラゴン”。
これらがカミシュ大大陸に住む、知性を持った7種族である。
だが、ここまでがミヒトの知るカミシュ大大陸のすべてである。ミヒトは種族ごとの得意分野や苦手分野は知っていても、天使や神が何をしているのかだとか、神官の存在は知らなかったのである。
ミヒトは前世の知識で外見のイメージは大体想像できる。しかしながら、一概にこの世界でも同じだとは限らないのである。
そんなミヒトの疑問に、束ねた赤髪を揺らしながらイェレアスは得意げに答える。
「教えてあげるわ。天使は神様の使いで、日が昇る時も、月が沈む時も、神様の代わりに目となり耳となる、時として神様の代わりに口ともなって、私たちに神様からの言葉を教えてくれるのよ」
「なるほど。じゃあ神官は?」
「神官と言うのは神様の教えを伝え、皆に癒しを与える。それに神官の中で選ばれたものは天使と違って神様から直接神託を聞く事が出来るのよ。お姉様のようにね・・・・」
イェレアスは笑顔でミヒトに説明していたが、神託の事を口に出すと、イェレアスは少し暗い顔になった。
ミヒトが求めていた答えと違っていたが、聞けることは聞いておきたかった彼は神託について質問した。
「神託を受けるとどうなるの?」
「・・・・・・」
イェレアスはミヒトの疑問にそれ以上答えなかった。ただ、彼女は彼の白銀の鱗を恨めしく見つめていたのだ。
その視線に気づいたミヒトは話を変えるべく天使とは話が出来ないのかとイェレアスに聞く。
しかし、彼女は天使を呼ぶ方法は無いと素っ気無く返す。
暫く二人の間を風が流れていく。ふと、彼女が声を上げる。
「そうだわ。アイツならきっと呼び出せるわ!」
「アイツ?」
「そう!天使一の聞き耳よ、神様の悪口を許さない最高位の信仰心の持ち主、セレヴェラなら来るはずよ」
「悪口って・・・神様のバカって言うだけで来るの?」
「そうよ、アンタが言ったその悪口でも。きっと今まさに来るわよ」
ミヒトは《生命探知》の魔法を唱えるがイェレアスに否定される。
イェレアス曰く、天使は肉体を持たない高位の存在であり、臭いを持たない為に優れた嗅覚を持つ獣人では探すことは出来ない。また、移動時はマナに姿を変え移動する為、目が優れたエルフでも見つけられないという。
ミヒトは天使を探知できないかと思案するが、すぐに魔力を探知する魔法を考え付く。
だが魔法は発動できなかった。
何故なら魔力を探知すると考え付いたが、どうやって魔力を見つけるのか想像できなかったのだ。
困ったミヒトだったが、直ぐに詠唱の考えに至る。彼がモナから教えてもらった魔法発動の一種だ。
詠唱は発動のための単語を紡ぐことで魔法が発言するという。最も魔力を込めて紡がなければならないが、ミヒトはとにかく呟いた。
「えっと、魔力を持つものを見つけて、それで自分の視界に移す・・・べし?あと魔力の多さで色とか付くとわかりやすい・・・である?」
「なにそれ?笑っちゃうわ、もしかして詠唱のつもり?ふふっ」
「くっ、《魔力探知》!」
ミヒトの視界と脳裏には魔力、MPを多く持った者が多く映る。それぞれが色づけされて、ミヒトは白であった。隣のイェレアスは茶色。妖精たちは緑色と魔力が多いほど明るい色になるのだろう。
しかし次の瞬間、高速で自分に向かってくるマナの塊を認識する。色は黄色でかなりの魔力を持っていた。
巨大なマナの塊はミヒトの頭上で停止する。視認できるミヒトはそれを見上げているが、イェレアスはミヒトが何を見ているのか理解できず、彼の視線の先と彼の顔を見比べながら今の状況を確認しようとしている。
マナの塊が質量を持ち、人の形を作り始めたことで、ようやくイェレアスにもミヒトが何を見ていたのか理解した。
光は形に変わり、白い翼の天使たちがミヒトの目の前に出現した。
天使は五人いたが四人は男の子と女の子であり前世の世界と同じように翼を持ち、純白の衣装を身にまとった薄い金髪の無垢な子供の姿であった。
もう一人はその天使たちの保護者、あるいはお姉さんといった姿で、子供の天使と同様に純白の衣装を身にまとっていたが、腕や足、胸といった部位に鎧を身に着けていた。
ミヒトはひとまず《ステータス》で天使たちを見てみる。
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≪種族≫ 天使
≪名前≫ セレヴェラ・アンジュ
≪筋力≫ 600 ≪体力≫ 600
≪敏捷≫ 600 ≪知性≫ 600
≪精神≫ 600 ≪魔力≫ 600
≪生命≫ 600 ≪ MP ≫ 600/600
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≪種族≫ 天使
≪名前≫ アンジュ
≪筋力≫ 300 ≪体力≫ 300
≪敏捷≫ 300 ≪知性≫ 300
≪精神≫ 300 ≪魔力≫ 300
≪生命≫ 300 ≪ MP ≫ 300/300
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ミヒトは首を傾げた。特性と魔法無い。それに子供の姿にも関わらず知性や筋力があまりにも高い。それどころかセレヴェラ以外の子供の天使たちの名前とステータスが同一であったのだ。
目の前にある情報をもとに考えると。天使たちは全てアンジュという名前で、固定した能力を持ち、名前を持つものは倍の能力を持つ。とミヒトは考えた。
そうするとミヒトはステータスの数値に疑問を持ち始める。300とあるが、これはモナの33倍も力が強いということなのだろうか?
そういった数値に関して疑問が湧いていたところ、セレヴェラの槍がミヒトに向けられていたことに気が付く。
彼女の眼は冷徹というよりも真剣な表情で、目の前のドラゴンを見据えていた。
イェレアスよりも柔らかな声を張り上げる。
「あなたね!我が主を冒涜したのは!」
「すみません!彼女の提案であなたに会う方法がこれしかないと聞いて。私は本心で神様達を冒涜していません」
ミヒトは女性の天使セレヴェラに直ぐに謝罪し弁明したが、彼女はイェレアスの姿を見つけると納得したようだった。
「相変わらずのようねセレヴェラ?」
「やっぱりイェレアスね?この世界で神を冒涜した者はまだ貴女くらいのものだわ。まったく、神官のあなたが神を冒涜するようにそそのかすとは・・・。まぁいいわ」
ひとまず堕天使らしき姿の情報を天使たちに伝える。
天使たちはやっと見つけたと安堵の表情を浮かべるとともに、一つの疑問を呈した。
「しかしながら何故今になってユート様がこの森に?禁忌を破ってまで肉体を得て何をしようというの?」
「その天使の名前はユートというんですか?」
子供の天使たちは頷きで肯定を表したが、セレヴェラは違った。空中で踊るように翼をはためかせ、ユートなる人物について饒舌に、そして際限なく語りだしたのだ。
「そうなのです!まだこの地に大地もなき頃に我が主に呼び出され、名乗りを上げたのです。ユートと!私はまだ名を持たないただの天使でした。しかしあの方は私に優しく接していただきアンジュという名前を私たちに授けてくださいました。我が主も感動し、名前に加護を与えてくださったのです。それだけでなく無学な私に様々な知恵や物語の数々を教えていただきました。そしてユート様の知恵をもって、神はこの地に海と大地を生み出し、愛というマナで満たすことが出来たのです!溢れる命に形を与え野に放ち、共にカミシュの大陸に生命を根付かせていきました。神様たちもお喜びになって幸福な日々が続きました。それからマナの詰まりで瘴気が表れ始めたところを新たな種族を作り出そうと言ったユート様はとても輝いていましたし、神様がアンブルを初めて作った時もよく覚えてます。私たちだけでこの世界を管理することが出来なくなってきたところ、我が主はこの世界にアンブル以外の知性を持った種族たちを作りました。それからというもの私たちはこの世界の発展を主に報告する仕事へ変わっていったのです。あ、なぜそうやって仕事が変わったかと言いますとこれもユート様が考えてくださったことで、もともと私たちには決まった仕事など無くてですね。今思えば漠然としたものだと思いますね。こう考えられるのも知恵を頂いた。いえ教えて貰ったお陰といいますか、しかしそれも我が主が与えてくださったこの・・・・」
ミヒトは彼女の話を中断できなかった。彼がもう少しだけ気の強いドラゴンになれたらこの話はすぐに終わったのかもしれない。
しかし彼は、自分の発言のために誰かの話を遮るなどした事が無いのだ。
故に彼女の話は日が落ちるまで続き、“この森に潜伏しているであろう堕天使を探す”という話をする頃には夜になってしまったのだ。




