一匹狼も、時には誰かと一緒に居たい
時刻は午後7時半を回っていた。ボクは家の近所にあるファミレスの前で未央奈と待っていた。
「ねぇ、忠義くん遅くない?」
「あぁ、きっと手こずってるんだろうね。」
「手こずってるって?」
忠義は、「お小遣いの前借り」をお願いするために、母親との攻防を繰り広げているのだろう。それもたぶん3ヶ月分とか。そりゃ、未央奈がファミレスでご飯を食べるとなったら、千円二千円じゃ済まないだろうからね。・・・とんでもない額になったら、さすがにボクも少しは出そうかと思っているけど。
「忠義は、未央奈のために頑張ってるんだよきっと」
「え、それって・・・」
「おーい!!孝太郎ー!!」
未央奈と話していると、遠くからボクの名を叫ぶ男がやって来た。
「忠義くん!遅いよ!!」
「あ、ごめんごめん。ちょっとやることがあって・・・」
「やることって何よ・・・先行ってるよ!」
未央奈は一人、早足で店内に入っていった。未央奈がこの場にいないことを確認するとボクと忠義は目を合わせた。そしてボクは忠義の元へと近づいた。
「忠義・・・いくら貰ったんだ。」
忠義は、無言で自分の財布からお札を取り出した。そのお札には福沢諭吉が描かれていた。
「一万円!?どんな手を使ったんだよ!?」
「ひとまず、お小遣い前借りさせてくださいって言ったよ。」
「そしたら?」
「・・・速攻で、ダメって言われた」
「じゃあ、どうやって貰ったの?」
「いや、貰ったんじゃない。」
貰ったんじゃない?お金なんて落ちてるようなものでもないし、小学生のボクらがバイトできるわけないし・・・
「実は、母ちゃんに内緒でお年玉を個人的に貯金してたんだ。それを今まで隠してたんだよ。へそくりってやつよ!」
そう言うと、忠義は再び財布を取り出した。そして福沢諭吉を・・・1枚・・・2枚・・・3枚と。
「まさか、3万もあるの!?」
小学生のボクらからしたら、1万円札なんてそうお目にかかれるものではないのだけど、忠義はそれを3枚も持っていた。ボクは目が点になった。
「さすがに、これだけありゃ未央奈ちゃんも思う存分食べれるだろうさ!」
「誰のためのパーティーなのか分からなくなってるね。」
「良いのさ、俺の気が済めば。」
この男気を、是非高宮に見せてやりたい。というか、この場に高宮が居てくれれば・・・なんてね。
「ちょっと!!何してんの!?早く早く!」
待ちくたびれた未央奈がしびれを切らし、ボクらを呼びに店の外まで戻ってきた。
「ごめんごめん!孝太郎と、男と男の話があったんだ。今行くよ!」
「もうあたし、お腹ペコペコなんだからね!それに・・・何があったか知らないけど忠義くん、奢ってくれるんでしょ!?」
「あぁ。ドンと来い、だよ」
と、ボクは言った。
「なんで孝太郎が言うんだよ!!」
「ごちそうさまでーす!」
ボクと未央奈は声を揃えた。そして、仲良く二人で店内に入った。
「ったく、調子良いったらありゃしねぇ」
軽く愚痴をこぼしながら、忠義も店の中に入っていった。
「いらっしゃいませー!あ、、、お連れ様ご来店です!」
店員さんの大きなお出迎えの声が店内に響き渡る。お出迎えされてるボク達は正直少し恥ずかしかった。
未央奈は席に座るや否や、注文ボタンをぽちっと押した。
「只今お伺いしまーす!」
「ちょっと!まだ決めてないんだけど!」
「うん、あたしもメインの料理はまだ決めてないよ?」
「じゃ、なんで呼ぶんだよ!!」
ボクと未央奈が言い争う間に店員さんがやって来た。
「失礼いたします。」
「とりあえず、ドリンクバー3つ!!」
「かしこまりました。コップはドリンクバーの横においてありますので、そちらからお取りください。」
「なんだよ、とりあえず生でみたいな注文、、、、」
「ファミレスと言ったらまずドリンクバーでしょ!!はい、孝ちゃん、忠義くん!行くよ行くよ!!」
「ドリンクバーってすごいよなぁ~。250円払っちゃえば、時間無制限で飲み放題なんだから。お財布に優しいよね。未央奈ちゃん、ドリンクだけでお腹一杯になってくれれば安上がりなんだけどな、、、」
「忠義、本音が声に出てるぞ。」
「あ、ごめんごめん」
ボクと忠義は、ドリンクを取りに席を立つ。店の突き当たりにドリンクバーがあった。今日はお客さんが少なく、待つこともなく約30種類のドリンクから好きなものを選んで飲めそうだ。
「忠義は何飲む?」
「決まってるだろ!ブラックコーヒーだよ!!」
「ブラック?」
「・・・の、砂糖たっぷり」
「それはブラックって言わないんだよ?」
「うるせぇ!」
妙なところでカッコつけようとする忠義をボクは笑ってやった・・・そんな事しなくたって彼はカッコ良いというのに。
ドリンクバーにたどり着くとそこには未央奈ともう一人女の子がいた。そして、よく見ると二人は仲良くおしゃべりをしていた。
「あ、孝ちゃん!!忠義くん!!偶然だよ偶然!」
そういう彼女の隣の女の子は、ボクらがよーく見慣れた子だった。
「どうも、藤ノ下くんと・・・えっと、、、」
「広末忠義だよ、高宮!!」
「冗談だよ冗談」
忠義の言動を見て、口を押さえて笑っている美少女、高宮瑞希がそこに居た。
「こんな楽しいことしてるんだったら呼んでよ!」
「いや、呼んでと言われてもね、、、というか、未央奈は高宮の事知ってたの?」
「知ってるも何も、瑞希は私の唯一の友達だよ。」
「やだー未央奈、恥ずかしい事言ってくれるじゃん!私も未央奈が唯一の・・・あ、でも最近友達が出来ちゃったんだよねー」
「!!誰!?あたしの瑞希に手を出したのは誰!?」
「さぁ?誰でしょうねー?」
そう言うと、高宮はボクの方へと視線を傾ける。ボクは咳払いを1回した。
「・・・高宮も一緒にどう?」
「言われるまでもなく・・・おじゃまします!」
まさか未央奈が高宮と仲良しだったなんて・・・そして、未央奈と話してる高宮は普段見るクールな高宮とは大違いだった。・・・そもそも、普段ボクらが見ているクールな高宮は実はそう演じているだけで、本当の高宮は今、目の前にいる高宮なのかもしれない。
お店に入る前に思っていた「この場に高宮が居てくれれば」という言葉が現実となり、4人でパーティーをすることになった。
席に着くと、未央奈と高宮が一緒にメニューを見始めた。どうやら高宮もまだメインの料理は頼んでいなかったらしい。
「そういや高宮、今日は一人だったの?」
ボクの真正面にいる高宮はメニューから、ひょっこり顔を出す。
「私はいつも一人だよ」
「えっ」
その言葉を聞いた瞬間、時が止まった気がした。
「・・・バーカ。あたしが居るじゃんよ」
でも、その一瞬の静寂を未央奈の一言が壊してくれた。
「・・・そうだったね。未央奈も私が居なきゃ一人だもんね!!」
ここがファミレスじゃなかったら「励ましてやったのにてめえコノヤロー!」と未央奈は叫びたかっただろう。
「あ、あたしは一人じゃないもん!孝ちゃんも忠義くんだっているもん!」
なぜかそれを聞いて高宮は未央奈に対して、謎の対抗心が芽生えていた。
「・・・あたしだって、最近藤ノ下くんと広末くんと友達になったもんー!」
高宮に「友達」だと名出しされ、嬉しいような悲しいような気分になった忠義がコーヒーを一口すする。照れているのか、一言も言葉を発さない。
「・・・ひとまず、料理頼もうか。高宮ごめん、プライベートな事聞いちゃって。」
ボクは二人のよく分からない言い争いを辞めてもらう為、注文ボタンを押した。何より、自分の名前を大きな声で言われているのが恥ずかしくて仕方なかった。
「お待たせ致しました。」
「えーと」
「ミートソーススパゲティとグラタンと、チキンステーキとマルゲリータ下さい!」
ボクはメニューを店員さんに見せ、丁寧に指を指して「カルボナーラ」と注文しようとしたのに、未央奈に割り込まれた。一度に沢山言うものだから店員さんが少し焦っている。
「少々お待ちくださいね、、、はい。ありがとうございます。お次の方どうぞ」
「すいません、、、じゃあ、えーと」
「チーズハンバーグとモッツァレラチーズとトマトのカプレーゼください!」
・・・今度は高宮に先を越された。それにしても、カプレーゼとは何なのだろうか?
「ねぇ瑞希、カプレーゼって何?」
やっぱりボクと未央奈は双子なんだなぁと。別に疑ってたとかそういう訳では無いんだけどね。
「未央奈、知らないの?カプレーゼって・・・フランスの伝統料理だよ」
メニューに書いてあったけど、カプレーゼはイタリアのカンパニア地方のサラダらしいですよ?高宮さん。
「へーフランス料理なんだ!なんだか、フレンチ!って感じする!」
未央奈やめて!もう店員さんめちゃめちゃ笑い堪えてるから!
これ以上未央奈の醜態を晒すわけにはいかなかったので
「とりあえず以上で」
とボクは言うしかなかった。
「かしこまりました」
ボクはまだカルボナーラを注文していない。もうそんな事はどうでも良い。双子の兄として、未央奈の未来を守れた・・・気がするから。
沢山頼んだので、早くても10分以上は待つことになるだろう。それまでおしゃべりをすることとしようじゃないか。そして、最初の料理が届いた所で、ボクはカルボナーラをお願いするとしようじゃないか。
「あ、藤ノ下君。さっきの「私はいつも一人」発言なんだけどね、別にハブられてるって訳じゃないからね。むしろ、自分から一人になってるの。だって周りに気を使うってめんどくさいでしょ?だからあたしは未央奈としか一緒にいないの。未央奈となら本心で話せるから。」
高宮が普段一人でいる理由が聞けた。その気持ちはまさに、その通りとしか言いようがなかった。交遊関係が広い人を否定するつもりはない。でもその知り合いの中で、「親友」と呼べる人はどれだけいるのだろうか。10年、20年経っても親交を深めている人は果たしてどれだけいるのだろうか、、、
「でも今私の本当の気持ちを藤ノ下くんと広末くんには話すことが出来た。少なくとも二人は私にとって、気を使わずに話せる、大切な親友だと思ってるよ。」
「高宮、嬉しいこと言ってくれるじゃんかよ。お礼に今日は高宮の分も奢ってやるよ!」
気持ちが高ぶっているのか、最後に忠義が男気・・・いや「漢気」溢れる一言を投げ掛けた。この漢気を無駄にしてはいけない!そう思ったボクは、今回のお会計には一切関わらない事を今ここに誓った。