教室での告白
目の前で忠義が逆立ちをしていた。それを見た以上「嘘つけ!!」とは言えなかった。
確かに出来るのは時間の問題だとは思っていたが、たった1日で出来てしまうのは予想だにしなかったことだ。
1分ほど逆立ちし続けた所で、忠義は足を下ろした。
「忠義、凄いじゃないか!1日で出来るなんて」
「孝太郎に言われてから、「怖くない、怖くない」って自分に言い聞かせながらやってたんだよ。そしたら、簡単に出来た。正直自分でも驚いてる。」
忠義がそう言っているように、ボクからも忠義が自分自身に驚いているんだなと見て取れた。忠義はしばらく自分の手のひらを見つめ続けていた。
「そっか、、、おめでとう。それじゃボクは帰るよ。」
「オッケー。じゃあな・・・って待ったー!!!」
見事なまでに面白くないノリツッコミを受けた。ボクは待たずに自分の家のドアノブに手を掛ける。それを見た忠義は、ボクの元へと駆け込み、無言でボクの腕を引っ張った。
「せめて俺の待ったー!!!で立ち止まれよ!悲しいし何よりサムいじゃんか・・・」
「サムいのは夜だからじゃない?」
「今は蒸し暑い6月です」
「・・・冗談だってば。で、なぜボクはおうちに帰ってはいけないのかな?」
「俺がなんで逆立ちを必死に練習してたか、忘れたとは言わせないぞ」
そういえば、忠義は目的があって逆立ちを習得してたんだったな、と今になってボクは思い出した。その目的は・・・なんだったかな?、、、というのも冗談冗談。
「忠義、君は来るって言うんじゃないだろうね?」
ボクの問いかけに不適な笑みを浮かべ、うんうんと忠義は頷く。
「俺は逆立ちが出来るようになった。だから高宮に告白する。」
あ、そうだった。ボクはてっきり高宮との練習に来るのかと思っていた。そうだったよ、忠義は確かに言っていた。逆立ち出来たら告白すると。
逆立ちしたら告白すると言っていた忠義だが実は忠義、かなりのイケメンである。5年生の間ではもちろん、6年生の間でもちょっとした有名人である。わざわざきっかけが無くたって一言「好きです」といえば、9割の女生徒が「オーケー」と言うだろうに。・・・なんだか、そんな忠義にボクはちょっとムカついてきたぞ。ボクの唯一の武器であった逆立ちを、この忠義も出来るようになったと言うことは、忠義は完全無欠最強男子になったわけだよ。つまりだ、そんな忠義が高宮に告白する・・・オーケーするに決まってるじゃないか!!どうしよう、ボクは忠義を応援するべきなのか。
・・・やっぱり、忠義はボクの「親友」だ。親友として、彼を応援しなければ。
「そっか、頑張ってよ。もし成功したら、ボクんちでカレーパーティーだね!」
「え、なんでカレー?」
うちのカレーが余りにも残っているから一緒に食べて、無くしてほしい・・・とは言えなかった。
「と、とにかく頑張ってね!忠義なら大丈夫!」
「おぉ、ありがと。じゃ、また明日。わざわざ来てもらって悪かったな。」
「うん、また明日」
ちょっとだけムカついていた気持ちも、自分の家に戻っていった忠義を見送る頃には少しだけ清々しい気持ちになっていた。周りの人の「青春」を近くで見守るこの「第三者」の立場・・・良いね、これ。ボクまでドキドキしてきちゃった。
忠義を見送ったボクは、カレーのにおい漂う自分の家へと戻った。
ブルブルブル
遠くから聞こえる微かな振動音で目が覚めた。テーブルに置いてあったケータイのバイブ音だ。どうやらメールが届いたらしい。ボクが設定した目覚ましはまだ鳴っていない。ふと目覚ましに目をやると時刻は5時50分。ずいぶんとお早いメールだこと。
送り主は・・・高宮!?
「おはよう。初めてメール送ってみました。また学校でね!」
女の子にしては、質素で簡潔なメール文ではあったけど、こんなに嬉しいのはなぜだろうか。ボクはベッドの上で正座をし、メール文を30秒ほど見つめていた。・・・なんて返そうか。
相手が忠義だったら、こんなに悩んだことないのに、、、。
「おはよう!うん、また学校で!」
・・・こんなにひねりが無く、つまらないメール文をボクは送ってしまった。送ったあとにめちゃくちゃ後悔したが、送ってしまったことはしょうがない。もう、どうにでもなれ!
ボクはリビングへ行き、家を出る時間になるまでテレビを見ながら朝御飯を食べる。朝御飯はもちろんカレーだ。
お、テレビで占いやってる!ボクは天秤座だから・・・3位かぁ。なかなか良い順位だ。何々・・・「親友の幸せが自分の幸せだぞ!」
なんだ、この一言メモは・・・親友の幸せ?それは、、、忠義のことなのか!?・・・おっと、そろそろ学校行く時間だ。
ボクは30秒でカレー皿を洗い、鞄を背負い家を出た。家を出る直前、2階から寝起きの未央奈が降りてきた。
「孝ちゃんもう出るの?早いね~。いってらっしゃい」
「あ、うん。行ってきます、、、」
未央奈にお見送りをされたが、君もそろそろ家を出なきゃ遅刻するぞ?と、テレパシーを送っておいた。この想い、未央奈に届け。
家を出たボクは、いつものように電話をする・・・忠義に。家を出たことを伝えるためだ。この電話をしないと忠義はいつまで経ってもゲームをし続ける。そのせいで、忠義は何度遅刻をしたか・・・
「準備できたよ。」
「悪い!先行ってて!今セーブできない所にいるんだよ!」
「遅刻しないようにね」
何回も言ってるから、もう今更言わないけど・・・朝にゲームやるんじゃないよ!だから遅刻するんでしょ!ぼくはもう知りません・・・
ゲームをしている忠義を後にし、ボクは一人学校へと向かった。
学校までのおよそ20分間、ボクは一人で登校した。忠義がいないから、ほかの人と一緒に・・・なんてことはない。簡単に言うと、したくてもそんな人はいないのだ。悲しくはない。もう一度言う、悲しくはない。
学校の校門には毎回先生が立っている。今日は・・・夏目先生だ。
「お、孝太郎。おはよう。おや?今日は一人か。珍しいな、ケンカでもしたか?」
先生を始め、周りからボクと忠義はセットで見られているらしい。そのため、一人で登校してきたボクを見て夏目先生は声をかけたのだった。
「あ、いや。忠義はなんか忘れ物をしたらしくて急いで家に戻っていきましたよ。もうすぐ来ると思います」
ゲームしてて恐らく遅刻すると思います・・・とは口が裂けても言えない。
「そうか。孝太郎こそ、今日は宿題忘れてないだろうな?」
「大丈夫です!2度も同じ過ちは犯しません」
「うん、なら行って良し」
先生との会話を済ませ、ボクは急ぎ足で教室へと向かった。
教室に入ると、数人からおはようの声が聞こえる。後ろを振り向いても誰も居なかったから、恐らくボクに言ったのだろう。そう思ったボクは、多数のクラスメイトに聞こえるように「おはよう」と返した。
窓際の一番後ろにある自分の席に座り、引き出しの中から本を取りだし読書を始める。これがボクの登校後から一時間目が始まるまでのいつものスタイル。普段と変わらない事をしているのだが、何やら視線を感じる。
ボクは本をゆっくりと閉じて、周りを見渡す。
右を向いたところで、目が合った人が居た。高宮である。
4、5秒目が合った所で根負けしたボクは、軽く会釈をして目を逸らしてしまった。
再度右を向いてみると、高宮がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
高宮はボクの隣の席に座った。その席は元々誰の席でもない空席である。なぜ机が置いてあるのかはボクには分からない。
「藤ノ下君の負け」
「何の事かな」
「今度ジュース奢ってね」
そう言うと、じゃあねと手を振り高宮は自分の席に戻っていった。ボクは頭を抱えた。ここは小学校。自販機なんかない。ケータイを学校に持ってきているボクが言うのも何だけど、登下校中の買い食いは校則で禁止だ。じゃあいつジュースを奢るんだ?・・・どうしよう、学校以外で高宮と会わなくちゃいけないじゃないか。いやーしょうがないなー。だって、そうじゃなきゃ高宮にジュースを奢れないもんね。
そうこうしているうちに、一時間目の授業があと数分で始まる時間となった。
開始のチャイムと同時に、教室のドアがガラガラと開いた。
「チャイム鳴る前に教室入ったからセーフだよね・・・」
「アウトだよ!!!」
余裕な顔をして教室に入ってきた忠義に、ボクは人目を憚らずデカイ声で言ってやった。この時点で、忠義よりボクの方が目立つ形となってしまった。非常に恥ずかしい。
たまたま夏目先生がチャイムが鳴ってしばらくしてやってきたこともあり、忠義の遅刻が先生に知られることはなかった。まぁ仮に先生に知られたところで、授業に遅刻した先生にとやかく言われるのはお門違いだろう。
「ごめんな、遅れちゃって。お詫びに1時間目は自習にする。うるさくならない程度に自由にしていいぞー」
夏目先生は、そう言って自分のデスクに戻った。
しかし、急に自由にしていいぞーと言われても何をしたら良いのやら・・・考えていると、忠義がボクの元へとやって来た。
「孝太郎ー!何するかー?」
それはボクも考えていることだ。忠義が来たところで、問題が解決することはなかった。とりあえず、雑談をすることにした。
「孝太郎、今日の夜なんか予定ある?」
「特に何もないけど、、、どっか行くの?」
「違うよ、俺今日高宮に告白するからさ」
「それはいいけど、ボクの予定を聞く必要あった?」
「だって孝太郎、高宮の練習付き合ってやってんだろ?それがあるときに、告白するのはちょっと気が引けるわけで、、、」
「君も気を使うことが出来るんだね」
「な、バカにすんじゃねぇよ!それに高宮の邪魔しちゃ悪いだろ、、、」
昨日の夜の事があっただけに、自ずと話は高宮の話題になった。
「あたしがどうしたの・・・?」
ボクもちょっとは思っていた。忠義、声デカいんだよ。そりゃ、周りで自分の話題が出てたら気になりますよね、高宮さん?
忠義の話が耳に入ったのか、高宮が近づいてきた。
「あ、いや。なんというか、、、あ、あれだよ。高宮、孝太郎に逆立ち教わってんだろ?その話を聞いてさ、、、実は俺も最近出来るようになってさ。」
「え!!そうなの!?すごいね!・・・それで、あたしがどうしたの?」
話を逸らしたのが高宮には分かったらしく、微笑みながら話を本題に戻した。その微笑みは、忠義から見たら相当な恐怖を覚えただろう。ボクから見たら、ただ美しく可愛い笑顔だと思いましたよ。
「いや・・・」
忠義は言葉を無くし、数秒間沈黙が続いた。恐らく今忠義は頭をフル回転させているだろう。どうしたら、この場を切り抜けられるか。忠義は考えた。
「俺・・・高宮が好きだ」
普段話すときはやたらハイテンションな忠義が、その言葉を言うときは真面目でいつもより低い声色であった。その言葉が聞こえたのは高宮、そしてボクだけだろう。ボクは男だ。それでも忠義の「好きだ」にやられそうだった。ただひとつだけ言わせてくれ。なぜ今告白した!?それを聞かされたボクの立場を考えてくれ!・・・
ボクは高宮を見た。高宮は、変わらず微笑んでいた。
「そっか、、、ちょっとビックリしちゃった。それ、ここで言う!?」
耐えきれなかったのか、高宮は笑いだした。それに釣られて、ボクも笑ってしまった。
「おーい!もうちょっと静かにしろー。まだ40分もあるじゃないか、、」
・・・どこかからいびきが聞こえてきた。
先生・・・寝てませんよね?
まぁ、実際声を出して笑っていたのは事実なので少し抑え目に・・・
「高宮は良いとして、孝太郎まで笑うんじゃねぇよ!」
「人間、本当に驚くと本能的に笑ってしまうらしいんだ。」
「んな訳あるか!!」
ツッこむ忠義の顔は、恥ずかしさで赤面していた。高宮は声には出していないものの、口を押さえながら必死に笑いを堪えている。
「高宮、、、さすがに笑いすぎじゃないか。」
「ごめんごめん、二人を見てたら余りに面白くて、、、」
忠義はともかく、ボクまで笑い者にされてるのはなんとも納得がいかない。
「あたし、どうして今まで二人とお話しなかったんだろう、、、」
高宮は教室のテラスに出て、手すりに寄りかかる。
「嬉しかった。そんな事言われたの初めてだったから。ねぇ、広末くん。友達から始めない?良い意味でね。」
高宮は教室に戻り、ボクの机に置いてあった算数のノートの切れ端に、何かを書き始めた。ボクのノートが・・・
「はい、これアドレスね。」
何やら見覚えある英語が書かれていると思ったが、それは高宮のメールアドレスだった。
「よろしくね、広末くん。じゃあね」
高宮が「じゃあね」と言うまで、忠義はしばらく口を開くことはなかった。久々声を出したかと思えば「お、おう」の一言。
高宮は自分の席に座り、本を読み始めた。高宮が自分の席に座ったことを確認したあと忠義が喋り始めた。
「おい、孝太郎。俺高宮のアドレスもらっちまったよ。」
「そうだね、もらってたね」
ボクはケータイの連絡先を忠義に見せた。
「ん?なんだよ。・・・って、お前も高宮のアドレス持ってんのかよ!」
ボクは、そっとケータイを折り畳んだ。
「ねぇ忠義。ボク、今日の夜特に予定ないんだけど」
「あぁ、俺も本当は予定あったんだけど急に無くなっちまったんだよ。だから、ファミレスでパーティーをしよう」
「そうだね。代金は忠義持ちで。」
「いいや、割り勘だ。」
「そんなんじゃ、女の子にモテないよ?」
「・・・一旦家に帰って、母さんにお小遣い貰ってからファミレス行こう」
「単純だね、忠義って。それ、未央奈も呼んで良い?」
「それだけは勘弁」
一時間目の自習が終わるまであと20分。ファミレスに未央奈まで来たときに、だいたいいくら使うことになるか忠義は計算をし続けていた。
「ちゃんと未央奈も頭数に入れてくれてるんだね。その優しさは女の子にはきっと好印象だよ」
「俺もそう思ったんだ。ただなぁ、孝太郎。未央奈ちゃん、来てもいいんだけど言っておいてほしいことがあるんだよ。」
「ん?何?」
「遠慮と言うものを少しは覚えてほしいって」
それを聞いてボクは、小さく笑った。
「忠義、、、それは無理な話だ」