やればできる男
・・・ちょっと理不尽じゃないか?ボクは算数の宿題はやった。ただ、そのノートを家に忘れただけだというのに。なぜそもそも宿題をやってこなかったやつと同じペナルティーを受けなければいけないのだ?
「なぜなんだ、忠義!」
「それは夏目先生に聞いてよ~。」
宿題を家に忘れたボクと、そもそも宿題をやらなかった忠義は放課後、先生の雑務を手伝っていた。
「おーい!口を動かすなとは言わないが、手も動かしてくれー」
夏目先生のゆるーいお叱りを受け、ボクは体育準備室の書類を分ける作業を。忠義は・・・外を眺める作業を、、、、って
「おい!忠義!サボってんじゃないぞ!」
「サボってるんじゃない、休憩をしているんだ」
「屁理屈を言うんじゃない!!!先生!忠義になんとか言ってやってください。」
ボクはこの一言で、これ以上ない味方を付けた・・・そう思った。
「ん?休憩も大事だからなー。こまめに水分補給もしろよー」
まさかの夏目先生、忠義を擁護しやがった。こうなったらボクも休憩してやる。
「あ、孝太郎!そのまとめた資料を上の棚に入れておいてくれ。丁寧に入れろよー」
・・・夏目先生、ボクはアナタがキライです!!
「・・・ま、こんなもんだろう。んじゃ、帰って良いぞ。ありがとな、ほれ褒美のアイスだ。絶対他の人には「先生からアイスもらったんだー!」なんて言って、広めるんじゃないぞー。金がかかる」
え、心配事はそこなの!?・・・でも、こうしてアイスも貰ったわけだし、先程の先生キライ発言は前言撤回させていただきます。
・・・って、こうしちゃいられないんだった!
「夏目先生!アイスありがとうございました!ではお先に失礼します!」
ボクはダッシュで、体育準備室を飛び出した。
「廊下は走るなよー・・・って言っても遅いか。忠義、先生って大変なんだぞ。」
「いや、俺に言われても困ります、、、じゃ、失礼しやーす!」
忠義はダッシュで、体育準備室を飛び出した。
「・・・俺も帰るか。」
夏目先生は、飲みかけのコーヒーを飲み干し、体育準備室を「歩いて」「ゆっくり」と出ていった。
ボクは急いでいた。人を待たせているから・・・
「はぁはぁはぁ」
着いたのは体育館。走ってきたので、少し息が切れてしまった。
「藤ノ下君、大丈夫?そんな急がなくても良かったのに」
ボクに声をかけてくれた人・・・高宮だ。
そう、今日から高宮に逆立ちを教えるのだ。
それなのに、夏目先生と来たら宿題を忘れたからって放課後にボクを連れ出して・・・お陰で、高宮を待たせてしまったじゃないか。
「ごめん、遅くなった。・・・じゃ始めよっか。」
妙に緊張する。ボクの憧れの人でもあり、それよりなにより高宮は「女の子」である。女の子と二人きり・・・緊張しない方法を教えてほしいものだ。
「うん、よろしくね。さっき、ひとりでやってみたんだけど、どうもうまくいかないんだよね。何を意識してるの・・・?」
「意識かぁ・・・一番はバランスだね。ちゃんと重心が手に行くようにすること。それと、怖がらないこと。」
「怖がらないことかぁ~。実はそれが一番の課題かもしれないな~」
誰も見たことないんだろうな~、高宮が弱音を吐くところなんて。この場面、脳内フィルムに収めましたよ。脳内なので現像できないのが残念です。
「でも数をこなせば恐怖心も無くなるはずだよ」
「うん、頑張ってみる。」
見ていて思ったんだけど、高宮はかなりセンスがあった。忠義よりも何倍も。何よりフォームがキレイ。バランスのコツさえ掴めば長時間逆立ちが出来るようになるはずだ。でも、出来るようになると言うことはこうして教える機会がなくなる、、、高宮と会う機会が無くなるということか。・・・あ、いや学校に行けば会えるんだけどさ。こう、、、二人きりで、、、ね。
複雑な思いを抱きながら、高宮を見守っていた。
それから30分ほど練習して、今日の練習を終えることにした。
「それじゃ、そろそろ終わりにしよっか。大丈夫?疲れてない?」
「ちょっと腕がキツいかも。きっと明日は筋肉痛、、、」
「大分連続してやってたからね~。次は二日後とかにしようか」
「その方がいいかも。あ、あとさ、、、」
高宮は、端においてある鞄の中からケータイを出した。
「藤ノ下君、ケータイ持ってるでしょ?良かったら連絡先交換しようよ?私、最近買ってもらったんだけど、メールする相手とかいなくてさ」
ちなみにだが、今ボクのケータイのアドレス帳には葉月ちゃんと未央奈と忠義という、忠義を除くと身内しか入っていないわけで。まさか、そこに高宮の連絡先が入るとは、ケータイを買った当時のボクには皆目見当がつかなかっただろう。
「ボクで良ければ!、、、参考に聞くだけなんだけど、今連絡先って家族しか入ってないとか?」
「そうなんだよ!この間さ、クラスの集まりがあったじゃない?その時みんなで交換しあったらしいんだけど、私の所には誰も来なくて、、、自覚もあるんだけど、私って近寄りがたい存在なんだよね、きっと」
「そんなこと、、、ないよ」
すかさずボクは、一言フォローを入れた。
「ありがと。でもそう言ってくれるならクラス会の時、来てくれたら良かったのに。。。」
「それは、、、忠義と話してたから。」
「忠義、、、あ、広末くんね。仲良いんだ?」
「うん、家がすぐ近くだし幼馴染みってやつかな」
立ち話をしていたボクと高宮だったが、高宮が座ってあぐらをかき始めたので、ボクも続いてあぐらをかいた。
「幼馴染みかぁ~。いいなぁ~。私も欲しかったなぁ。」
あぐらをかきながら、ゆらゆらと体を揺らす高宮。
「近所に同級生とかいないの?」
「いや、いない訳じゃないんだけど、、、仲良くはないんだよね。女の子ばっかりだし。」
「女の子?いいじゃん!」
「私ね、言葉ではそううまく説明できないんだけど、、、女子のノリっていうのかな。あれがどうも苦手で、、、男子とスポーツしたり、ゲームしてた方が楽しいんだよね。」
なるほど、普段高宮が一人行動が多いのはそこにあったのか、、、
「女の子っていろいろあるんだね、、、」
「そうなのよ、でもたまには誰かとしゃべりたいじゃない?、、、はっきり言っちゃうけど、女子の友達はいないし、男子もそれといって居るわけじゃないし、、、だから藤ノ下くんに話し相手になってもらう、、、ダメ?」
少々強引にも思える理由ではあるが、高宮からのお願いを断る理由はない。
「いいよ、もちろん!夜はいつも暇だから、いつでもどうぞ」
ボクはケータイを高宮に差し出した。高宮はそれを受けとり、お互いのケータイを赤外線モードにし、無事連絡先の交換は完了した。
「はい、ありがとね。・・・それじゃ帰ろっか。外も暗くなり始めてるし」
「うん、そうだね。あ、帰ったら腕とか氷で冷やした方がいいよ。少しは疲れも減ると思う」
「オッケー!じゃ、また明日!」
「あ、えっと。うん、また明日」
高宮はボクにさよならを告げ、一人で帰ってしまった。
「一緒に帰らない?」
なぜその一言が言えないんだ、藤ノ下孝太郎!!もうちょっと高宮のことが知りたかったのに、、、でもまぁ、そこはメールアドレスを教えて貰ったわけだし、メールで聞けばいいか。
「おーい、そこにいるやつ。暗くなってきたから、そろそろ帰れよ~って、孝太郎じゃないか。」
「あ、夏目先生」
どうやら完全下校の時刻になり、夏目先生が学校内に生徒がいないかどうか見回りをしていたらしい。
「お前、急いで準備室出てったと思ったら体育館に行ってたのか。練習でもしてたのか。」
「あ、はい。完璧に仕上げたくて。」
「そうか、それは良いことだ。でも、もう下校時刻だからな。」
「はーい!さようなら!」
ボクは駆け足で、体育館を後にした。
「だから、廊下は走るんじゃない!・・・ふぁー、眠ぃ。あ、このあと職員会議か。めんどくせーな。」
あくびをかき独り言をぶつぶつ言いながら、夏目先生は職員室へ向かった。よく先生になれたな、この人、、、、
暗い夜道を歩いていると、ケータイがなった。メールを受信したようだ。送り主は、、、未央奈だ。
「孝ちゃん!早く帰ってこい!!おいしいご飯が待ってるぞ!!あ、ちなみに今日の夕御飯はなんだと思う?ヒントはね、、、このにおいを嗅いだら分かっちゃうかも!?」
ボクは返信する。
「ケータイ越しに、においが分かるか!そんなんノーヒントじゃんか!・・・麻婆豆腐とか?」
送ってから30秒もしないだろうか、未央奈から返ってきた。メール打つの早すぎだろ。。。
「ブッブー!!残念でした~笑笑笑正解はうちに帰ってからのお楽しみだね!」
この「笑笑笑」がめちゃくちゃムカついた。・・・でも、今日は未央奈は早く家に帰ったんだな。
今日の夜ご飯は、なんだろうかと予想しながらボクは帰った。
・・・家のドアを開けた瞬間に、確信した。
この芳しい香り、これは確か、、、昨日も嗅いだような?
「お帰り!孝ちゃん!今日のご飯は、、、」
「カレーだろ!!!」
忘れてた。葉月ちゃん、昨日作りすぎたって言ってたわ。でも、カレーは2日目が美味しいのよ!って言ってたわ。
「正解!!2日連続カレーでーす!!」
未央奈は、見るからに嬉しそうだ。
「未央奈はカレー好きだもんね。」
「うん!しかも葉月ちゃんのカレーだもん!いくらでも食べれちゃう!」
「バリエーション変えて食べるか、、、しかし、どう食べようかな。」
「それなら、私オリジナル!を教えてあげる。ちょっと待ってて。」
未央奈は、キッチンへ向かい冷蔵庫の中を漁り始めた。
「あ、あったあった」
取り出したのは・・・トマト?
未央奈は、トマトを細かく切り始めた。そして細かく切ったトマトをカレーの上にのせた。
未央奈の料理は終わらない。次に取り出したのは、、、チーズ。
ピザ用チーズを小鍋に移して、そこにバターと牛乳を少し加えて温める。
しばらくすると、液状になる。それを・・・カレーにかけた。
「はい、完成!ピザ風カレー!ホントはバジルソースもかけたかったんだけど、うちには無かったから!孝ちゃん、どうぞ召し上がれ~!」
これは思い付かなかった。ピザ風かぁ。さすがカレー好き、そしてカレーを極めし女「藤ノ下未央奈」 だ。
「頂きます」
、、、いい意味で想像通り。トマトのフレッシュさと、チーズの濃厚さ、たまんない。そして、にんじんやジャガイモも2日目だからなのか、味がしっかり中まで染み込んでいる。
「これ、、、最高」
「でしょでしょ?食べ方さえ工夫すれば、いくらだって食べられるんだよ!!」
未央奈のカレー愛、しかと受け止めた。
「そっかそっか。ごちそうさま、ありがとね」
「どういたしまして!カレーに困ったら私に聞いてね!」
カレーに困る・・・3日連続カレーだったら聞こう。
ボクは未央奈に礼を言い、自分の部屋へと戻った。
部屋に戻り、椅子に座ると同時にケータイを開いた。
・・・受信なしと。
高宮からメールが来ないか、待っている自分がここに居る。ボクからメールを送る?・・・いやいや、ムリムリ!!
ケータイをテーブルに置き、数分待ってみたが結局高宮からはメールが来なかったのでボクは宿題を始めた。
今日は、社会のプリント・・・以下略。
ササっと宿題を終わらせて、ノートパソコンを開いた
・・・その前に。プリントはしっかり、カバンの中に入れた事を確認しました。
ノートパソコンのスリープを解除し、ウィーンと起動音がなったと同時にケータイが鳴った。今回は・・・電話だ。
「ん?忠義から?」
どうせ今日の宿題を教えてくれみたいな事だろう、、、
ボクは電話を無視した。・・・と言っても、この流れはいつもの事で。忠義もそこで何度も電話をしてきたりはしない。何かあったらメールしてくるだろうし、、、
しかし、ケータイは鳴り続ける。いずれも電話の着信音だ。なんだかめんどくさくなりそうだから、電話に出ることにした。違うんだけどなぁー来てほしい相手が。
「なんだよー何度も電話して!」
ボクはちょっと強めの口調で話すと、その勢いに負けず劣らずの口調で忠義が一言
「外出て!!」
そして有無を言わせずに、忠義は電話を切った。
こんな遅い時間に、いきなり「外出て!!」なんて言われたらそりゃもう
・・・出たくないよね。いや、これはあまりにも性格が悪すぎるし、出なかったところで忠義の事だから僕んちまで来て、ピンポンを押すはず。
「ピンポーン」
ほら見たことか。むしろ、そんな待たせていないのにピンポンしてきたよアイツ。
「はーい!」
夜遅くに鳴らされたピンポンに、1階にいた未央奈が対応した。
未央奈が玄関のドアを開ける。そこには案の定忠義がいた。
「あれ?忠義くんじゃん!どうしたの?」
「あ、未央奈ちゃんか。」
「未央奈ちゃん「か」はひどいなぁー。ま、用事は孝ちゃんにあるんでしょ」
「うん、呼んでもらえる?」
「はいはい、、、孝ちゃーん!忠義くん来たよー!」
未央奈に「孝ちゃーん!」と呼ばれた辺りにはもう、ボクは2階の自分の部屋から出て、階段を半分ぐらいまで降りていた。
「ありがとう、未央奈。カレー食べてていいよ。」
「カレーは好きだけど、さすがに三時間も食べ続けたりはしないわ」
カレーを極めし女はそう言い残し、リビングへと戻っていった。
「今日、カレーだったんだね。」
「あぁ、二日連続だよ。」
ボクと忠義はなぜか、二度三度と頷いた。
「それより、何さ?外出て来いって」
「よくぞ聞いてくれました!実はね・・・」
忠義は、ボクの家の庭にある芝生へと歩き出した。
そして想像もしなかった光景をボクは目にした。
「出来るようになったよ、逆立ち」