やっぱり君は面倒くさい
体育係のボクは一人、後片付けをしていた。
「大丈夫?手伝おっか?」などと声をかけてくれる人なんかいるはずもなく、先生すらせっせと体育館を後にして教室へ向かってしまう。先生よ、せめて「よろしく!」とか声かけてくれてもいいんじゃないすか・・・
「孝太郎!」
重いマットを引きずっていると、一人の男がボクを呼び止めた。ボクは振り返るや否や、体勢を戻しマットを引きずり始めた。
「ちょ、無視は無しだよ!!」
「なら手伝って!」
響き渡る「OK!!」の声と共にこちらへ駆け寄る男
広末忠義だった。
ボクの言うことを素直に聞き入れ、手伝ってくれた広末。
「ありがとう、助かったよ。このマット一人で運ぶにゃ重くてね・・・」
「・・・そんなことより!!」
そんなこととはなんだ、広末。一人で体育係をやっているボクの気持ちを考えたことが・・・ん?どうやら広末はボクに聞きたいことがあるようだ。
「そんなことより?なんかあったの?」
「あ、いや・・・その」
急にもじもじと、し出した広末。
「なんだよ~なにか話があるんでしょ?・・・あっ!さては恋の話かい」
・・・
冗談半分で言ったことなんだが、どうやら図星だったようだ。広末はさらに黙りこんでしまった。しかし恋愛とは無縁のこのボクになぜ話そうと思ったのだろうか。まぁ、他人の恋愛話は大好物だから大歓迎だけど。
「・・・してたんだよ」
「ん?なに?」
未だにもじもじしている広末の声をボクはうまく聞き取ることが出来なかった。
「なに話してたんだよ!」
「なにが?」
「だ・か・ら!」
広末はだんだんと興奮し出して、声も大きくなる。
「なに話してたんだよ!高宮と!」
・・・そうだった。そういえば前から広末は、高宮好きを公言していた気がする。そして、その事を思い出したと同時にこの後、なんだか面倒くさくなりそうだなと、ボクは少し覚悟した。
「何って、体育の時間に話すべきことを・・・」
「嘘言うな!!だって、、、だって!あんなに誰かと話してる高宮を今までオレは見たことがない!!」
「さらっと気持ち悪いこと言ってるよ、忠義、、、」
「気持ち悪い言うな!!!・・・とにかく!見てる限りでは、孝太郎と高宮はやけに仲良く見えたぞ。いつの間にそんな仲に!!」
一つ言わせてくれ、仲良くしてなにが悪い!ボクだって、女の子の一人や二人話したりするさ!!・・・’いや、広末にとっては「高宮」と話してたという事実がいけなかったのだろうな。やはり面倒くさいな、忠義は。
「オレにもその勇気をくれよ、高宮と話す勇気を」
なにやら空気が変わった。ただの友達ではなく、一人の「漢」の心の叫びのようなもの。それを聞いて、ボクは忠義をバカにすることなんか出来なかった。
「・・・忠義、君は口が固いほうかな?」
忠義は、なにも言わずコクリと頷いた。
「分かった。実は、高宮から逆立ちの練習に付き合ってほしいって言われた。みんなを驚かせたいのだとさ。うちのクラス、ボクしか逆立ちできないでしょ?だから高宮はボクにお願いをした、という事。ちなみに練習は明日から」
忠義はただボクの顔をじっと見つめ続けていた。15秒ほど経っただろうか、忠義が口を開いた。
「いいよな、羨ましいよ孝太郎が。お前運動神経抜群だし、イケメンだし性格めちゃくちゃ良いし・・・オレも、逆立ち出来てたら高宮と話できたのかな?」
嘘!?ボクイケメンだなんて初めて言われたよ?忠義からとはいえ、そう言われると悪い気はしないよ。・・・おっと、真面目な場面で浮かれるのはよそう。しかし、今回はボクが「たまたま」逆立ちができたから高宮に頼られた。もし、逆立ちができる人がボク「以外」の人だったら?・・・恐らく高宮はその人に話しかけ、そして頼っただろう。
・・・なら。
「ねぇ忠義、今からでも遅くないんじゃない?」
「何が?」
「何がって・・・逆立ちだよ!出来ないなら、出来るようになったら良いじゃん!教えてあげるからさ。出来るようになったら、少しでも自分に自信がつくんじゃない?ま、高宮に話しかけられるかどうかは自分次第だけどね」
「そっか、出来るようになったら良いのか・・・よし、オレ逆立ちできるようになったら高宮に告白する!!」
いやいや、そこまでしなくても!ちょっと単純すぎやしませんかい?・・・でも、そこまで言うなら応援しないわけにはいかない。なにせボクの一言で忠義のやる気スイッチがONになってしまったのだから、、、
「孝太郎!!早速練習付き合ってよ!!」
・・・やっぱり忠義は面倒くさい。
「しょうがないなー。でもまずは・・・」
ボクは体育倉庫から出て、遠くを指差しこう言った。
「あと4枚、マット片付けるの手伝ってね。」
まだ片付け終わっていなかったマットをすべて体育倉庫に仕舞った後に気付いたんだけど、逆立ちの練習をするんだから結局マット必要じゃないか・・・ま、忠義だからマット無くてもいっか。
バタンバタンと何度も倒れる音が聞こえる。ボクは小さな声で
「頑張れ」
とエールを送った。