一匹オオカミ
「人を好きになる瞬間」ってどんな時だろうか・・・
そもそも「好き」という感情を覚えたのは幾つの頃だろうか・・・
今思うと、それはボクが小学生の頃だったのかもしれない。
遡ること12年前。当時10歳で小学5年生だったボクは、毎日が楽しかった。
朝学校へ着いたら、男友達を引き連れて校庭でサッカー。雨が降ってたら…体育館でバスケとかやってたっけな?いや、ドッヂボールの方が盛り上がってた気がする。
体を動かすことが大好きだったから、この時間がたまらなく好きだった。
そう、これがボクが感じた最初の「好き」という感情・・・
うん、分かってる。聞きたいのは、その「好き」ではないことを。
あれは、とある6月の事だった。
6月が来て、喜ぶ人と喜ばない人が居る。ちなみにボクは前者である。
この時期は「運動会」があるのだ。自分が言うのもなんだけど、唯一自分が活躍が出来る場、それが「運動会」
恒例の徒競走はもちろん、学年ごとに行う演目もいくつかある。
そして僕ら5年生が行う演目は「組体操」である。二人一組で行う倒立から、全員で行うピラミッドなんかもある。
器械体操も得意なボクは組体操だって朝飯前だったので、練習をする際は教える側の立場だった。
・・・とはいえ教えると言っても、倒立の時にペアになる女の子に教えてただけなんだけど、、、
倒立では二人一組になるんだけど、必ず男女でペアにならなければいけなかった。
ボク達は小学5年生。思春期に突入し、男女でペアになるというものに少しばかり抵抗があった。
あったんだけど・・・ボクがペアになった女の子は、俗に言う「美人」さん。
彼女の名前は「高宮瑞姫」
彼女を一言で表すと「クール」
肩にかかるか、かからないか位の髪の長さに、スラっとのびた鼻筋とキリリとした目。この容姿でランドセルを背負っていると、同級生であるボクらでさえ違和感を感じてしまう位。
そして彼女は基本一人行動・・・一匹オオカミである。ただ、決して周囲から嫌われている訳では無い。給食の時は、それぞれの席を繋げて楽しくおしゃべりしている・・・こともあるし、下校時も友達と帰ってる・・・所を何度か見たことあるし、、、
ある意味、彼女特有の世界観がそこにはある。その領域にボクらが入れないだけ。でも、その領域に強制的に踏み入れることが出来た。それが、組体操の練習の時であった。
そういえば、ボクは彼女の事をなんて呼んでいたっけ?
高宮さん?みずきちゃん?はたまた・・・みずき?
考えているうちに、気づいたら言葉を発していた。
「あのさ・・・」
これは決して逃げではない。なんて呼んだらいいか分からなかったのではない。ちなみに、後々思い出したけどボクは彼女を「高宮」と呼んでいたんだった。
「ん?どうした?」
不思議そうにボクの事を見つめる高宮。話しかけたからには、何か話題を出さないと・・・
「高宮って、逆立ち出来る?」
「その答えは・・・やってみればわかるよ!」
そう言うと高宮は床に手を付き、そして足を振り上げた。
「うわっ!」
急にきたものだから、つい声が出てしまったがボクは高宮の足をなんとか受け止めた。
「ビックリした!そこは素直に、yesかnoかで答えて欲しかったよ。」
「でもyesと言ったところで、じゃあやってみて!・・・ってなったわけでしょ?言う前にやるか、言った後にやるかの話。」
「いや、yesと言われたら、そっか・・・で終わってたと思うよ。」
「なにそれ、つまんないの、藤ノ下くんって」
ちなみに、ボクの名前は「藤ノ下 孝太郎」殆どの子がボクの事を、「孝太郎」と呼ぶのだけど、なぜか高宮にだけは「藤ノ下くん」と呼ばれる。なんだろう、この妙な距離感は・・・
「つまんないのは、こっちのセリフだよ。てっきり高宮は運動できないと思ってたから、教える気満々だったのに・・・」
「どうして?」
高宮の言葉に、「何が?」とボクは言いたくなった。ただ、口にはせず首をかしげてみた。
「だから、どうしてわたしが運動できないって思ったの?もしかして、見た目で判断したの?・・・こう見えて運動は好きだよ」
「そっか、好きなのか・・・」
「うん、好きだよ」
運動が・・・だよね。でも、女の子の口から「好きだよ」の言葉を引き出したボクを誰か褒めてほしい。
そもそも、彼女の魅力に惹かれる男どもは少なくない。ボクもその一人・・・なのだけど、みんなの「好き」とはちょっと違う。一匹オオカミな彼女の「生き方」が好きなのだ。
誰かと一緒に居なきゃ、何も出来ない、何もやらない。常に周りを気にしながら、人と違う事をやろうとしない。「嫌われたくない」から。正直言って、ボクの周りはそんな奴らばっかりだ。・・・なんて言うボクも、その中の一人なんだけどね。だからこそ、そんな自分にムカついている。
いい意味で裏表のない、自分らしい生き方の理想像。それが高宮なのだ。同級生ながら憧れの存在だ。