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08.「約束、きちんと守ってちょうだいね」



 あとからきちんとした説明を受けたところ、人間との接触と害獣を警戒したジギスヴァルト・レーベンの意向で、家の敷地に魔法を掛けているらしい。


 彼の用意した通行証がなければ、この家は見つけることもできなくなり、けしてたどり着けなくなる魔法だそうだ。私が嫁いでくる際、結婚証明書と共に渡された『通行証』がそれにあたる。通行証を持たずに敷地から出ると、自力では戻れなくなるらしい。


 通行証を持たない人の姿を中から確認することもできないらしく、山へ踏み入ったノイくんの姿が急に消えたように見えたのもそのためだ。


『だから、勝手に家の敷地から出るな』


 説明を受けたあとの、ジギスヴァルト・レーベンの言葉がそれである。

 それならそれで、嫁いで来た日に聞いておきたかった。いや、教えておいてくれるべきではないか、と思う。私が多くを求めすぎているのか?


 正直、これまで私が外へ出てしまわなかったのは、運が良かっただけ、としか言えない気がする。

 ちなみに、家の敷地から出ると強制的にぬいぐるみに戻るノイくんは、これまでにも何度かうっかり外へ出てしまったことがあったらしい。次に同じことをしたら干す、と勧告されており、それがとうとう実行されたのだ。


 身動き取れない、と嫌がるノイくんには最適な罰らしい。私からすれば可愛いだけだったけれど。


「……だから、いい加減自殺は慎んでほしいと思っていまして!」


 そして、今日も今日とて自殺を諦めないジギスヴァルト・レーベンに、抗議の声を上げる。

 今日の自殺は溺死だった。私がほんの少し目を離した隙に、桶に水を汲んでその中に顔を付けていた。何ともお手軽だが殺傷力の高そうな手段を取ったものである。


「結婚したからには、責任とってもうちょっと長生きしてくれてもいいんじゃないかしら!」

「そうしたら結婚した意味がないだろう。なあ、まだか」

「もう少し待って!」


 私に桶を取り上げられてまた死ねなかった! と不満を口にしていたジギスヴァルト・レーベンだったが、暖炉の上で煮込まれているお鍋を前にすっかり機嫌は上向いたらしい。


 これに関しては非常に嬉しいことに、どうやら私の作る料理をその後もいたく気に入ってくれている。普段死にたいと鬱々とし、自殺の妨害をする私を憎々しく見ているが、食事のときだけは正直に目を輝かせる。


 調理中などは、今のようにそわそわと私の手元を覗き込むほどである。すごく餌付けしている気分になる。


「クルちゃん、食器! 食器持ってくるですか?」

「あ、そうね。ノイくん、お願いしてもいい?」


 私が嫁いでくるまでは、茹でた芋をそのまま食べるなど、ジギスヴァルト・レーベンはろくな食生活をしていなかったらしい。だからこそ、ノイくんは給仕と言えるものをしたことがほとんどないらしく、物珍しいのもあってか、とびきり嬉しそうにお手伝いをしてくれる。


 ノイくんが持ってきてくれた食器の中から小皿を受け取って、その中に少量のスープだけをよそう。はい、と差し出せばジギスヴァルト・レーベンは躊躇いなくそれに口をつけた。


「どう?」

「美味い」


 何のてらいもなくそう言われ、私はぐぬぬ、と堪らず口ごもった。普段、素っ気ないというか、不機嫌そうにしていることが多いのに、こういうときだけはあまりにも素直に認めてくれる。


 ささくれ立っていた気持ちが一気に落ち着いて、そんな自分の単純さに気恥ずかしくなった。

 ずるい、と思わず口に出しそうになって、慌ててそれを飲み込んだ。


「クルちゃん、完成ですか?」


 スープ皿を両手で持って、ノイくんが私を見上げて差し出してくれる。その可愛らしい姿に、ほっとして肩の力を抜いた。


 ◇◆◇


 味を問えば必ずと言っていいほど『美味い』と答えてくれるが、ジギスヴァルト・レーベンはそれ以上味について言及することはない。


 調味料の少ないこの家では、味付けの変化も付けにくく、ついつい同じような献立ばかりになっているというのに。おそらく、これまでの粗末な食生活が原因であろう。

 今度機会があれば、食器と共に調味料の購入も頼んでみよう、と心に誓う。そんなに喜んでくれるならば、色んなものを食べさせてあげたかった。


 食事のときだけは生き生きとした姿を見せるジギスヴァルト・レーベンも、きっと進んで検討してくれることだろう。


「お粗末様でした」


 夕食を終え、食器を片付けながらそう告げる。すると、ノイくんが挙手をしながら、彼の身体には少々大きい食卓の椅子から飛び降りるように着地する。


「お片付け! お手伝いします!」

「うん。それじゃあ、お願いするね」


 その申し出をありがたく受け取って、二人で手早く片づけを済ませることにする。すると、そろりそろり、とおそらくはわざと私に気付かれないよう、自室に戻ろうとするジギスヴァルト・レーベンの気配を感じ取り、素早く振り返る。


「待って」


 ぎくり、と足を止めた彼が、嫌そうな顔を隠しもせずにこちらへ向ける。随分容姿に恵まれているくせに、全て台無しにしてしまうような表情だった。


「約束、きちんと守ってちょうだいね」


 言えば、しばらく口惜し気にジト目で見られたものの、彼はすぐに溜息を吐いて食卓の椅子に座り直す。

 数日前、私は彼に一つのお願いをした。


『片付けが終わったらノイくんに絵本を読んであげて』


 死にたがるジギスヴァルト・レーベンを止めたいものの、四六時中見張っているわけにはいかない。いくら同じ家に住んでいると言っても、私は一応妻として家の仕事をしており、身支度などは当然部屋にこもり、一人で行う。


 そういうときは、ノイくんに彼を見ているように頼んでいるのだが、どうせならその間ノイくんの文字の勉強が捗るように本を読んであげて、と頼んだのだ。


 もちろん私も一緒に読んで勉強しているが、ジギスヴァルト・レーベンだって協力してくれてもいいだろう。ノイくんはいつだって、私が嫁いでくる前から彼のために家のことを一生懸命こなしていたのだから。


 私の頼みに、散々微妙な顔をして目を泳がせたジギスヴァルト・レーベンは、やがて『まあ、おまえの飯は美味いからな』と料理の代わりのように絵本の読み聞かせを了承した。

 私の言葉はあくまでお願いのつもりで、料理を交換条件にするつもりはなかった。そんなことはなくとも、料理くらい作るつもりである。


 ただ、そうして交換条件としなければ、素直に了承することができなかったんだろうな、と彼の性格の一端を垣間見る。


「ぼく、今日これがいいです!」


 夕飯の後片付けを手伝ってくれたノイくんが、選び抜いた絵本をジギスヴァルト・レーベンに差し出す。それは以前ノイくんが逆さに開いていた、攫われたお姫様を王子様が救い出す物語だ。


「…………昔々、あるとことろに、美しく心優しいお姫様がいました」


 しばらく渋い顔をしていたものの、ジギスヴァルト・レーベンは受け取った絵本を開くと、静かに読み上げ始める。


 まったく抑揚のない読み聞かせは正直上手いとは感じられなかったけれど、ノイくんはとても嬉しそうににこにこしている。


 瞳の色が同じで、そうして並んで絵本を覗き込んでいると、初対面のときに勘違いしたように、まるで親子のようだと思う。ジギスヴァルト・レーベンとノイくんの外見年齢では、少々年が近すぎるかもしれないけれど。兄弟よりもそう思った。


 微笑ましくて、思わずノイくんと一緒に読み聞かせに参加したくなったけれど、私は寝支度をしないと、と慌てて動き始めた。





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