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04.「ええい、離せ!」



 どうしてそうなるのか? なんて考えても魔法使いではない私には分からない。

 だから深く考えることはやめて『そういうものなのだ』と納得することにした。心の平穏には必要な措置である。


 自分の常識外の出来事を目の当たりにして眩暈を起こしそうになっていた私は、気持ちを落ち着けるために、ノイくんの勧めるまま風呂を使わせてもらうことにした。


 家の外に在ったあの煉瓦造りの小さな小屋が風呂であったらしい。浴槽の下の薪をくべる部分には赤い石が埋め込まれており、ノイくんがそれに手を触れると簡単に火が付いた。


『魔法石です! 魔力を込めると、お手伝いをしてくれるのです』


 ノイくんの説明から察するに、魔法石とは魔法を起こしやすくしたり、その効果を高めるためのものらしい。よくよく見ればこの家には至るところに魔法石らしきものが埋め込まれており、それによってノイくん一人でも簡単に家の仕事ができるようになっているようだ。


 いつもパタパタと忙しく働いてくれていた、使用人たちの姿を見てきたからこそ強く思う。いいな!


 これがあれば、あの仕事もこの仕事も、手早く簡単にできるだろう、なんて考えながら入浴を済ませる。ノイくんが用意してくれた布で髪の水気を取り、水滴が垂れないよう、三つ編みに纏めた。


「おかえりなさい!」


 風呂場から家に戻れば、上機嫌そうに本を読んでいたノイくんに出迎えられる。どうやらノイくんは、普段居間で過ごしているらしい。

 椅子に座って楽しそうに本を開いているようだが、よくよく見なくてもそれが逆さを向いていることに気付く。


「お風呂ありがとう。本、逆さだけどいいの?」


 そう問えば、ノイくんはきょとんと眼を丸くする。それから本へ視線を向け、閃いた様子で顔を輝かせると、素早く本の向きを正した。


「こうですか? クルちゃんは本が読めるんですね。すごい!」


 貴族の生まれであるならば、文字の読み書きは当たり前の教養だった。とはいえ、いくら当たり前と思っていても、こんな風にてらいなく褒められるとどうにもくすぐったい。


「ぼくは読めないから、こうやって勉強中です!」


 覗き込んでみれば、それは有名な御伽噺を絵本にしたもののようだった。悪者に攫われるお姫様を、勇気ある王子様が救い出す、英雄譚であり、恋物語。私も、何度もアマーリエと一緒に読んだことがある。


「今どのくらい分かるの?」

「うんと、絵がきれいなことはわかります!」


 私が聞きたかったのは、識字力についてだったのだが、返答が可愛すぎて細かいことはどうでもよくなった。


 隣の椅子に座り、ノイくんの顔を覗き込む。にこにこと笑う顔は、人間の男の子にしか見えなかった。

 しかし、先程見たぬいぐるみの姿は夢でも幻でもない。火を起こしたり、風を吹かせたり、といった魔法は聞いたことがあるが、ぬいぐるみに命を与える魔法があるなんて初めて知った。


 さすがは世界で最も偉大な魔法使い。さすが齢三百ということだろうか。いや、齢三百は関係ないかもしれないけれど。ついでに言えば、あの見た目からして、齢三百は何かの間違いなのだろうけれど。


「そうだ。クルちゃんはご飯どうしますか?」

「ご飯? いつもはどうしてるの?」

「ぼくは食べないんですけど、ジトくんはときどきなにか作ってます。人間はなにか食べないと死んじゃうとききました」


 それから、ノイくんは少しだけ困ったように眉を下げる。


「ぼくは食べられないから、どういうのがいいのか分からなくて。だから、ごはんは作れないです」


 なるほど、と納得する。ぬいぐるみでは食事を必要としないため、どういう状態が『美味しく』『食べ頃』なのかも判断しかねるだろう。その状態では、料理が非常に難しいことも想像できる。


 台所を使っていいのなら、何か作りたいな、と思った。ロッシュ家では厨房にも入り浸り、我儘を言って料理の作り方も教えてもらっていたので、簡単なものなら作れる。

 よく考えてみれば、昨日家を出て以来何も食べていない。いい加減お腹が減りすぎていた。


「じゃあ、台所を借りてもいい?」

「だーいじょうぶですよー! 物の場所は、ぼくにきいてくださいね」


 明るく受け入れられて朗らかな気分になる。しかし、ご飯を作るとなると一人分は手間な上、自分の分だけ用意するのは気が引ける。


「えっと、彼も食べるかな?」


 ちらり、昨日ジギスヴァルト・レーベンが消えて行った扉へ目を向ける。今日はまだ一度も顔を合わせていない。ずっと部屋に籠っているようだが、先程ノイくんに聞いたところ、彼はいつもそうして部屋にいることがほとんどらしい。


 結婚したといっても、彼が夫であるという自覚はまったくない。ほんの短い間顔を合わせただけで、結婚式もなく、初夜を共にすることもなかった。それで初めて会った男を夫として受け入れることに抵抗を覚えても、無理からぬことだと思う。


 向こうだって、私に何も求めていない、と言っていたし。

 そうは思いつつも、せっかく結婚するならば、良好な関係を築きたい、という思いはあった。何事もなければ、私たちは生涯を共にすることになるのだから。


「どうでしょう? 聞いてみますね!」


 そう言うやいなや、ノイくんはぴょんと椅子から飛び降り、ジギスヴァルト・レーベンの部屋へ向かう。コンコン、とノックをして、ジトくんー? と呼びかけると中からの返事を待つことなく、扉を開けた。


 いいのかなあ、と思いながら私は部屋へと目を向ける。扉を引き開けたノイくんは、扉と壁の間に挟まるようになっていた。小さいので、身体が扉にすっかり隠れてしまうようだ。

 微笑ましい気持ちのまま視線を部屋の中へ戻す。


 そうして、椅子を倒す勢いで立ち上がり、思わず悲鳴を上げた私をどうか許してほしい。


「何をやっているの!?」


 叫ぶように声を上げる。それと同時に、淑女にあるまじき勢いで、部屋の中へ駆け込んだ。

 しかし、その行動も致し方ないだろう。否、許されて然るべきだ。私は悪くない。たぶん、いや絶対!

 何故なら、部屋の向こう。確かにそこにいたジギスヴァルト・レーベン。


 新婚のはずの自身の夫が、天井から下げた縄で自ら首を吊ろうとしていた。


「やめて! 落ち着いて! 早まらないで!?」


 踏み台の上に乗り、今にも首を吊ろうとしているジギスヴァルト・レーベンに体当たりをする。私の行動を、驚きにみはった目で見つめていた彼は、咄嗟に抵抗することも、避けることもできず、そのまま踏み台から落ちて後ろ向きに転がった。


 彼の胴体にしがみ付いたままの私も勢いよく転んだが、必死すぎて痛みを感じない。


「何考えてるの!?」


 半狂乱になって間近で叫ぶ。すると、ジギスヴァルト・レーベンはようやく我に返ったようにはっとして、しがみつく私を引き剥がそうと身をよじり始めた。


「ええい、離せ! 今ならやれる気がする!」

「何を!?」

「今なら、今なら僕は……!」


 抑え込もうとする私の下でもがきながら、彼は必死に主張する。やった! この男、あまり力は強くない気がする!


「せっかく今なら死ねる気がするのに!」


 魂からの主張だと察せられるほど必死な声だった。初対面のときの、あのジト目で淡々とした男はどこへ行った。

 今の彼は、自ら作ったと見られる絞首台に手を伸ばしてもがいている。

 彼と同じく必死な私も、堪らず叫ぶ。


「勝手なこと言わないで!?」


 新婚二日目にして夫に首をつられる花嫁のことも考えてほしい、と思う私の恨みがましい気持ちよ、どうか届けと願った。





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