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18.「僕を追い出すつもりか……」



 ハイゼ商会の店舗は、華やかな街の中でもひと際大きく店を構えていた。卸業と共に、こうして店舗での販売を行っているらしい。ディルクさんは商会の跡取り息子だと聞いた。


 ハイゼ商会が魅力的な商品を数多く取り揃えているのはもちろんだが、ディルクさん目当ての女性客が多く、おかげで繁盛していると語る従業員の説明には非常にしっくりきた。

 初対面で腰に手を回してきたディルクさんの様子を思い出せば、納得せざるえない。


「クシェルちゃん、決めるの早いね」


 あまり物を選ぶときに悩む方ではないので、買うと決めていたものを選んでいけば、物珍しそうにそう言われた。


 どうやら女性は、買い物で悩む人が多いらしい。言われてみれば、アマーリエもドレスなどを新調するとき、熟考していたことを思い出す。


「なんでもいいから、早くしてくれ」


 それでもジギスヴァルトにとっては長かったようで、憔悴しきった声で急かされた。

 ディルクさんを通して、ハイゼ商会と売買のやり取りをしていたが、彼自身はこの店に訪れたことはないらしい。


 しかし、ディルクさんから話を聞いていた店の人たちはジギスヴァルトの存在を知っていたらしく、あれが噂の魔法使いか、と好奇を込めた視線を向けられている。どうもそれが耐え難いらしい。


「外で待っててくれてもいいのよ」

「僕を追い出すつもりか……」

「誰もそんなことを言ってないでしょう」


 普段、尊大で不愛想なのに、久しぶりに多くの人を見て心細くなっているのか、ジギスヴァルトは私にぴたりと貼り付いて離れなかった。この様子では、王宮勤めをしていたときはどうしていたのだろう、と思う。その頃は人が多くいる場所も平気だったのか。


「もう人里には近づかないと決めていたのに、どうして僕はここにいるんだ……」

「人里って……」


 確かにあの森の中の家からすれば、この街は人里だろうけれど。早々聞かない言葉に、苦笑が漏れる。

 通行証がなければ家を訪ねることができなくなっていることから考えても、随分真剣に人を避けて暮らしているのだろう。そこまで徹底的に避けていて、急に多くの人の視界に映れば、どうしようもなく居心地悪くなってしまうのも、想像できなくはない。


「ジギスヴァルト、せっかくだし父さんにも顔見せてあげてよ。奥で仕事してるから」

「何で僕が……向こうが出てくればいいだろう」

「ちょっと今忙しくて、手が離せないんだよ。いいじゃん、暇つぶしとでも思って行ってあげてよ」


 ディルクさんのお願いに、ジギスヴァルトは不服そうな顔をしていたものの、店員の案内を受けて店の奥に消えて行った。


「あの、もしかして気を使ってくれました?」


 ゆっくり買い物ができない、と思ってジギスヴァルトに用事を作ってくれたのではないか、と思った。

 挙動不審で可哀想だと思ったものの、ジギスヴァルト自らついてきたのだから諦めてもらおう。そう考えていたのでさして気にしていなかったのだが、はたから見ると急かされて焦っているように見えたのかもしれない。


「本当に父さんが会いたがっていただけだよ。心配しないで」


 ディルクさんは、そんな私の懸念も本心もよくよく理解してくれているように、にっこりと微笑んだ。


「ジギスヴァルトはじいちゃんの代からのお得意様だから。父さんとも古い付き合いなんだよ。俺が荷物運ぶようになってからは全然会ってなかっただろうし、いい機会ってだけ」


 二人の発言から、ジギスヴァルトとディルクさんは二十年以上前からの付き合いなのだと察していたが、どうやらハイゼ商会とはもっと長い縁のようだ。


「びっくりするよねえ、じいちゃんが若いときから、ジギスヴァルトはあの見た目だったんだって。俺絶対、話盛ってると思ってたよ」


 可笑しそうに笑って、防寒具を見ていた私の隣から手を伸ばし、ディルクさんは上着を一着手に取る。女性らしい意匠のそれを私の身体にあてると、何のてらいもなく可愛い、と口にした。

 商売業として身に付けた能力なのかもしれないが、それ以上に女性の扱いが上手いと思ってしまう。


「私も、初めは信じられませんでした」

「だよねえ。魔法使いってそんなものなのかな。お客さんでたまにいるけど、やっぱりちょっとよく分からない人多いし。あ、それは人柄の問題か」


 からからと、ディルクさんが笑う。生憎魔法使いの知り合いはジギスヴァルトしかいないので、相槌も否定もできずに曖昧な反応になってしまう。ちょっとした魔法を使える人ならばたまにいるらしいが、職業として『魔法使い』を名乗る人は珍しい。


「……ずっとからかわれてると思ってたんだけど、『魔法使いのお兄ちゃん』の見た目にいつの間にか追いついて、追い越して。ようやく本当なんだって実感した。どういう感じなんだろうね、不老不死って」


 今度彼が手に取ったのは、私が着るものよりももっと小さな服だった。それを、私が抱えるノイくんにあて、結局首を傾げて取り出した棚に戻した。人の姿のときとぬいぐるみのときでは大きさが違うので、しっくりこなかったのだろう。


「俺はさ、怖いなって思ったよ。みんな年老いていくのに、自分だけ変わらないんでしょ?そんなの、置いてけぼりみたいじゃん。死なない、老いないって憧れることかもしれないけど、俺はやっぱり人並みがいいなって思うから」


 ディルクさんの言葉は、ジギスヴァルトを見るたびに痛いほど実感していることだった。

 ジギスヴァルトは、ずっと生きている。大切だったものを一つずつ失って、すべてをなくしても、彼は死ねない。終われない。


 それはとても、恐ろしいことだと思う。そんな彼の前で不老不死を魅力的なこととして語った以前の自分を思い出し、どうしようもなく恥ずかしかった。


「だけどさ、俺、よかったなって思ったよ」


 肩を竦めるように、どこかからかうような調子だった。それなのに微笑みは優しくて、裏表のない心を感じられた。


「君といるジギスヴァルトを見て、結婚してよかったなって思った。あいつにとっては短い時間でも、きっとこれからの永遠を生きる励みになる。別れがどんなに辛くても、それは価値のあることだと思うんだ」


 何だか過分なことを言われた気がして、少々落ち着かない。くすぐったいような、気恥ずかしいような心地がして、同時にそうであればいい、と思った。


 長い長いジギスヴァルトの人生の中で、私との結婚に意味があったなら、それはとても、嬉しいことだと思う。


「だったら、いいんだけど」


 そわそわする感情を誤魔化すように苦笑した。


「本当だよ? 魔法ってね、感情の影響を受けやすいから、魔法使いはまず感情の制御を覚えるんだって。だからだと思うんだけど、ジギスヴァルトも不景気な顔をしている割にあまり感情を動かしたりはしなかった」


 魔法に感情が影響する、という話は以前にも聞いたことがあった。しかし、そのときにも思ったことだが、自分の中の彼の印象とはどうにも上手く嚙み合わず、しっくりこない。


 私の知るジギスヴァルトは結構感情豊かというか、正直な人だった。けれど言われてみれば、笑顔は見たことがない気がする。

 そんな風に記憶をさかのぼってようやく気付く。そういえば、初対面の頃などは、ずっと不機嫌そうで、同じような表情ばかりしていた。


「それが! クシェルちゃんといると、怒ったり嫉妬したり忙しそうで、もう俺、可笑しくってさ」


 ……何だか、自惚れでなければ、猛烈に恥ずかしいことを言われた気がする。仲良く出来ている、ということなのだろうが、それを客観的に語られることにどうしてだか異様に羞恥心を煽られた。


「そ、そうでしょうか……」

「うん。きっと、ずっと忘れられないよ」


 柔らかに、ディルクさんは微笑んだ。その言葉で、私は初めて、いつかジギスヴァルトに忘れられる可能性に気付いた。長い時間を生きれば、私と過ごした時間など、記憶に埋もれてしまうかもしれない。

 それを私は、寂しいと思ってしまう。だからこそ余計に、彼と私の結婚に意味があればいと思った。思わず、ぎゅうと腕の中のノイくんを抱きしめる。


「さて、あと何が足りなかったっけ?」


 しんみりと考え込んでしまった私に、気付いたのかもしれない。ディルクさんはからっと笑うと、靴は? 食器は? と店の中の商品を手にとっては勧めてくれる。私もそれにならって、今は買い物に集中することにした。


 そして、買い物が終わるころ、まるで天変地異の前触れにでも直面したのか、という顔をしたハイゼ商会の会長、もとい、ディルクさんのお父様が現れた。


 私の顔をまじまじと眺めて、本当に結婚したのか! と歓声を上げると感極まったように抱きしめられ、勢いよくジギスヴァルトに引き剥がされたのは余談である。




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