01.「それでは本当に、使用人のようです」
誰が呼んだかこの国には、『死神令嬢』と呼ばれる女性がいる。
曰く、彼女と婚約した男性は例外なく死亡する、とのこと。
眉唾もののくだらない噂だ。根拠も何もない馬鹿馬鹿しいもの。いつもの私ならば、噂する人々を余程暇なのだ、と呆れさえしただろう。
――その死神令嬢とやらが、私でなければ。
クシェル・ロッシュ。現在十七歳である私は、これまで三度の婚約をし、その三人の男性は病や戦場、事故に遭い、それぞれ各々の理由で死亡した。
当然、私は何もしていない。そもそも顔を合わせたのも婚約の挨拶をした一度だけだ。何かできるはずがない。腕力もなければ魔法使いでもない私に、男性を三人も死に追いやるなど不可能だ。
ただただ不幸が続いただけの話である。しかし、誠に遺憾ながら、人間は下世話な噂話を好むのだ。
『死神に取り憑かれた女』の称号は、人々の好奇心を大いに刺激したらしい。
あることないこと、ないこと、ないこと、くらいの勢いで噂話は広まり、社交の場に出されても遠巻きに視線を集めるようになってしまった。当然そんな女に近付く人間などいやしない。みんな安全なところから珍獣を眺めたいだけなのだ。
このままでは、私は遠からず立派な嫁き遅れとなるだろう。それはあまり望ましくない。私にとっても、周囲にとっても。
「亡くなられた方にこんなことを言うべきではありませんが、本当は少し心配していたのです。どの方もあまりいい話を聞きませんでしたから」
そう言って困ったような微笑みを見せるのは本来従妹であり、二つ年下の義妹でもあるアマーリエ・ロッシュだ。輝く金色の真っ直ぐな髪は、その心根を象徴するよう。瞳の色は碧く、澄んだ印象である。全体的に柔らかで可憐な面立ち、眼差しの優しさはアマーリエの美しい心そのものだった。
自分の父譲りで少し癖のある茶色の髪も、母によく似た緑色の目も気に入っている。それでもやはりアマーリエの姿を見ると、端正な顔立ちもそうだが、キラキラとした色彩で綺麗だなあ、とうっとりする。
自慢の従妹で、誰よりも可愛い私の義妹。
こうして、彼女の部屋で向かい合い、お茶を飲みながら語らい合うことが私にとって何よりも楽しみな時間だった。
「まあ、そもそも全員、父や祖父みたいな年齢の方だったしね」
両親を事故で亡くした私を引き取ってくれた叔父であり、アマーリエの実父が用意してくれた縁談は、どれもロッシュ家に利をもたらすものだったが、正直言って気は進まなかった。
それでも、それがロッシュ家のためと思えば受け入れられた。ひいてはアマーリエのためにもなるからだ。可愛い妹にはできるだけ平穏で幸福な人生を歩んでほしい。
それなのに、このままでは結婚など夢のまた夢。最近では、もういっそさっさと修道院にでも入ろうかと考えている。
万が一の可能性も、そろそろ無視できなくなってきたし。
「お父様はひどい。お姉様自身のことを、何も考えてくださらない」
アマーリエが、その碧眼を悲しみに染める。
叔父は両親を亡くした私を引き取ってくれたものの、まったく関心を示さない人だった。だからといって、不当な扱いをされるわけではなく、ただただ存在を認知されない空気のように扱われていた。
叔父の兄にあたる私の父とは随分折り合いが悪かったらしいので、こうして引き取ってくれただけで感謝すべきだろう、と思っている。
それでも優しいアマーリエは私が蔑ろにされている、と悲しんでくれているのだ。
「叔父様はロッシュ家の当主として、尽力されているだけよ」
叔父に、私にまで気を使ってくれと求めるのは、贅沢が過ぎるだろう。
この話を続けるとアマーリエがますます気に病んでしまうので、私は早々に切り上げることにした。
「さて、私はそろそろ厨房に戻るね」
空になった二人分のティーカップを、ワゴンの上に戻す。身に付けている使用人のお仕着せの裾が揺れて、アマーリエが困ったように眉尻を下げた。
「お姉さまのことは尊敬しておりますが、そうした振る舞いはどうかと思います」
「動きやすくて気に入っているのよ」
悩まし気な彼女の言葉に、私は軽く笑って肩を竦める。
両親を亡くし、ロッシュ家は叔父が継ぐこととなった。その際、このロッシュ邸に叔父一家が移り住んできたのだが、当時の幼い私はその環境の変化にすぐ馴染むことができなかった。
変わらないものを求めた私は、両親が健在の頃からロッシュ家に仕えてくれている使用人たちのそばで過ごすことを望んだ。
その中で使用人の仕事に興味を持ち、炊事や洗濯、掃除に縫物まで教えてもらった。だから、お茶の準備や片付けなどは、むしろ楽しんで行っていることだ。
お嬢様のすることではないから、と使用人たちは叔父の目を気にしつつ、こっそりと教えてくれていたのだが、私に無関心な叔父はそのことに気付いても何も言うことはなかった。
叔父が唯一私に求めたのは、社交の場で恥ずかしくない淑女であることだけ。
今では、使用人のお仕着せまで借りて堂々と厨房に入り込んでいる。腕前としては一応、他の人の足を引っ張らない程度には手伝えるようになったつもりだ。
「それでは本当に、使用人のようです」
私のあやふやな立場を案じてくれているアマーリエは、ロッシュ家の娘らしくしてほしいと思っている。私の存在が、きちんと尊重されるように。
その気持ちは嬉しいけれど、どうしてもこうして身体を動かす時間が気楽で、やめられないでいた。
そうこうしていると部屋の外から荒っぽい足音が聞こえてきた。使用人は足音や振る舞いにも気を付けている。現在、共に暮らしているアマーリエの母も同様だ。つまりこの家で足音を立てる人間は限られていた。
「クシェルはいるか!」
案の定、入室伺いもなく扉を開けたのは現ロッシュ家当主であり、アマーリエの父であり、私の叔父だった。
てっきり、アマーリエに用事だと思っていたのに、私の名前を呼ばれたものだから驚いた。いつもなら、精々娘といる私に一瞥を向けるだけだ。アマーリエも不思議に思ったのだろう。戸惑いがちな彼女の目も、私へと向けられる。
叔父はその目を、焦りに染めていた。その中にほんの少しの興奮も感じられるような気がして、恐れおののく。こんな叔父は初めて見た。
「どうかなさいましたか?」
名を呼ばれたので、返事の代わりに尋ねる。
叔父は珍しく私を真正面から見つめ、勢い込んで告げた。
「喜べ! 今度こそ、おまえの嫁ぎ先が決まった」
何ともまあ命知らずな。
それが、四度目の縁談に対する私の素直な感想だった。
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