公園バトル
「ふうん。甘露の出所はそこだったんだ」
神坂雅は薄く微笑んだ。
「甘露?」
僕は首を傾げる。
甘露とはなんだろう?
「雲母。お主にやった飴を甘露という」
「甘露ってなんだよ?普通においしいべっこう飴だろ?」
「浅学じゃのう」
時流はやれやれと肩をすくめる。
「よいか?甘露というものは」
時流が僕に説明しようと人差し指を立てたその瞬間。
雅が口を大きく開き飛びかかってきた。
「あぶない!」
僕は慌てて時流を抱き神坂雅に背をむける。
だが、神坂雅の行動は僕の想像を超えていた。
おおよそ人間のする行動ではない。
僕は闇夜への配慮もなく叫び声を上げてしまったのだ。
「ぐああああああああ!!!!!」
神坂雅の歯が僕の皮膚を貫き、首を。いや骨をかみ砕こうとしている。
ぎしぎしと不快な音だけがやけに耳に響いてくる。
「この!!!」
痛みに失神しそうになる僕は神坂雅の顔を右手で掴む。
だが神坂雅は歯を。いや牙をゆるめはしない。
呻き声を出しながら顔を左右に振るっている。のだろう。
。
僕は声にならない声で叫ぶ!
「雅!僕は君と友達になりたいだけなんだ!」
言葉と共に喉の奥から吹き出す鉄の味。血なのか?僕の血液なのか?
「馬鹿者!」
時流の声とともに僕の背中に衝撃が走る。
抱きかかえていたはずの時流がいつのまに腕の中からいなくなっていた。
背後から雅の呻き声がしたかと思うと、雅の牙が少しだけ緩んだ気がした。
僕は乱暴に自分の首を引き抜いた。
。
熱い。首が炎に包まれているようだ。
「雲母は馬鹿すぎるわ!我より主の身を守ることだけを考えろ!」
時流は僕を睨む。
その強い視線をかわすように僕は吹き出す汗を拭うこともできず力なく呟いた。
「・・・・・・助けてやったのになんて言いぐさだ」
「助けてやったのは我の方だ!」
時流の視線は一瞬にして距離をとった神坂雅に向けられる。
「ち。甘露の力ごとその人間を食らおうかと思うてたのに」
歪んだ笑みを浮かべる雅の真っ白なワンピースは既に僕の血で汚れていた。
「まあよい。私の舌も少しは満たされたしな」
雅は口の周りについていた血を紅い紅い舌で舐める。
「みや・・・・・・び、あおいが君のこと心配して」
僕は薄れゆく意識のなかで精一杯の声をだした。
でもその声は呟いたようにしか聞こえなかったのかもしれない。
でも・・・・・・その声に雅の顔が一瞬だけ人間らしく見えた。ような気がした。
「ちい。やはり奴隷でなく下僕では甘露はなじみにくいか」
時流は不愉快そうに舌打ちをする。
「なんだ小娘。やはり甘露をまだ持っていたと見えるな。まあお前の胸元からぷんぷん匂っていたのだが」
雅は広角を上げる。
だが、僕には二人が何を言っているのかわからない。
音すらも薄れ意識は夢か現かわからなっていく。
(ああ。僕は死ぬんだな)
遠慮もなく後ろから引きずられる黒い腕に僕は引きずられていった。
僕は抗えぬ睡魔に包まれていき深い深い闇に飲み込まれていく・・・・・・はずだった。
「・・・・・・暖かい・・・・・雨?」
暖かい雨の正体を確かめようと僕は一度だけ一度だけ願い目を開く。
音は聞こえない。
だがその口の動きで何を言おうとしているのかは分かった。
「馬鹿者」と。
「とき・・・・・・な・・・・・がれ」
「黙って飲み込め」
僕の口に無理矢理開き、時流れはなにかの塊を押し込もうとしている。
その細い首からは赤い血が流れていた。
「とき・・・ながれ」
「心配するな。飲み込め」
僕を心配そうに見つめる少女。
だがその首には雅の牙が食い込んでいたのだ。
雪のように白い細い首から椿のように赤い液体が滴り落ちている。
それでも時流は痛みを顔に浮かべなかった。
我が子を慈しむ母親のような表情を浮かべ僕の顔をのぞき込んでいる。
「死ぬな雲母。まだ死ぬには早い」
僕は腕を伸ばす。
せめて。
時流を痛みから救ってやりたい。
僕の腕はまるで言うことを聞かない。
まるで他人の身体を借りているようであった。
でも。
僕に今、できる事をしたい。
(動け!)
僕は心の中で叫ぶ。
今、動かなくていつ動くんだ!
僕の最後の願いになってもいい。
時流を救ってやってくれ。
異世界とか現世とか関係ない!!!
僕は目の前の命を救いたい!!!
僕の力なく伸びた腕は、時流の首から雅の牙を一気に引きはがした。