帰り道
僕はバスに揺られていた。
隣にはあおいが座っている。
焼きそばパン以上に感じる羨望の眼差しを感じるが気のせいだろう。
「雲母にはいつも押しつけちゃってごめんね」
「胸なら大歓迎さ」
「ん。雅ちゃんのこと」
スルーされた。
場を明るくしようとした言葉だったのだがスルーされたのだ。
「気にするなよ」
あおいにはそう言ったが、色々気にしているのは僕のほうだ。
「なんとかなりそう?」
あおいは上目遣いに僕の顔をのぞき込んできだ。
「大丈夫!だと思う・・・・・。任せて・・・・・・おけ?」
「もう!全然大丈夫じゃなさそうだよ!」
あおいは僕の肩を叩きけたけたと笑う。
なんだろう。
僕はあおいの笑顔を見るとほっとするんだ。
それよりもあおいは知っていたのかもしれない。
気さくで社交的だったはずの神坂雅。
彼女があの事件のあと、誰とも話を交わしておらず、いつもひとりぼっちだった事に。
今日、神坂雅の存在を知った僕でさえ、彼女のクラスで感じた空気は異様だったのだ。
雅の顔をどうこういうつもりはないが、彼女のような存在感のある美人が社交的だったとしたらそれはクラスの人気者になっているのではないだろうか?
もちろん逆に「美人だから」という理由でいじめられるという可能性がないわけではないけれども。
「傷・・・・・・か」
僕は何の気なしに呟いていた。
雅がクラスで浮いている原因があの包帯ならばなんとかしてあげたいと思うが、医者ではない僕に傷跡を消すことはできない。
あおいだってそんな事を僕に望んではいないだろう。
それよりも。
いや。むしろあの事件後、ひとりぼっちになってしまった神坂雅を救って欲しいというのがあおいの気持ちなのではないだろうか?
神坂雅を学校でひとりぼっちにさせないようにするのは簡単ではないが出来ないことではない。
そう。集団生活の中で話し相手がいないのはとても辛いことだ。
僕だってあおいがいなかったら友達と呼べる者はほとんどいない。
学校を終えてから話しをしたいと思える相手はあおいだけだからだ。
気心が知れている幼なじみが同じ高校というのは助かる。
いや救われる。
そんなあおいが僕に助けを求めた。
僕の行動があおいにとって助けになるのかはわからない。
でも・・・・・・・。
動かずにはいらない。
僕はあおいに救われてきた。
今まで心を救われてきたのだ。
僕が動く理由はそれだけで十分だ。
「次は加美町~次は加美町」
「ほら。もう降りる準備しなきゃ」
あおいが僕の腕を引っ張る。
そうか。
もう着いたのか。
真夏に歩いて学校へ通うというトライアスロンを演じた僕にとって、定期券を見せるという行為はあまりにたやすかった。
消費カロリーは1/1000000だろう。
バス停に降りたったあおいは笑顔で僕にむかい指を立てた。
「解決してくれたら雲母の背中に胸を押しつけてもいいわよ」
そのセリフが終わるや否やバスの扉が息を吐き出し閉じる。
僕の気のせいであってほしいが同じバスに乗っていた男子高校生が僕を睨んでいるように見えた。
「ば!!馬鹿!!!」
僕の顔は真っ赤である。
あおいはお腹を抱えけたけたと笑ってる。
「冗談。冗談。雲母が私の胸で喜ぶとは思ってないわよ」
冗談は時と場所を選んで言ってもらいたい。
僕に男友達ができないのはあおいのせいなんじゃないだろうか?
彼女は学校中の羨望の眼差しを一心に浴びているという事を自覚してもらいたいものだ。
「どうする?家寄ってく?」
あおいは軽く首を傾げる。
「今日はいいや。母さんがチャーハン作り置きしとくって言ってたから」
「そう?たまには寄りなよ。お父さんもお母さんも雲母に会いたがってたよ」
「ん。またにするよ。チャーハン食べ残したら母さん悲しいだろうからさ」
「そう?雲母優しいんだね」
バックを後ろ手に持ったあおいはにこりと笑い僕に手を振った。
「またね」
「うん。またね」
あおいの背を見送り僕は手を握る。
神坂雅。
時流が言ってた世界の崩壊。
それを食い止める為になんて異世界バトル的な命令を受けてた僕だけど。
未だに半信半疑な僕だけど。
今は、神坂雅を救いたい。
救ってやりたい。
救うなんて偉そうに言っても救われるのは僕とあおいの気持ちだけなのかもしれないのだけれども。
それでも僕は神坂雅を救ってやりたいと心からそう思った。
「そうだ。チャーハンをおにぎりにして時流に持って行ってやろう」
夏とはいえ既に日は傾いていた。
時流の事を忘れていたわけではない。
忘れていたように見えるが忘れていたわけではないのだ。
僕は慌ててチャーハンをおにぎりにし、自転車に飛び乗るのであった。