公園
「ところでお前はどうするんだよ」
「主をお前と呼ぶでないわ」
「まあ僕としては学校に着いてこられても困るだけなんだけど」
「お主が困ろうが、正直知ったことではないのだが」
時流はふゎと小さな欠伸をした。
「我はもう眠い。あの公園で休んでおるわ」
「ああ。花崗公園か」
学校の近くにある公園である。
昨今の事情で遊具と呼べるものは少ないが、それなりに整備されているし、木陰もある。
「ところで、腕にひっかき傷があるやつを見つけたらどうすればいいんだよ」
僕は次のステップに進む。
「みつけました」で終わる男ではないのだ。
できる男、水洗雲母。指示待ち人間ではないのである。
まあ、指示を出しているのは自称OLの少女なんだけど。
彼女の正体は見た目は子供。頭脳は大人である事を祈りたい。
身体は大人でもいいんだけど。
「また変な事を考えておるな」
「見抜かれた!」
「まあよい。なにも良くはないのだが。まあよい。馬鹿なりに頭は使っておるようじゃしな」
「馬鹿じゃない!馬鹿に馬鹿って言われる方が馬鹿なんだ!」
「?」
「・・・・・・話を進めてくれ」
口げんかに負けた気分になりつつ僕は肩を落とした。
「傷をもつ者を見つけたら、この公園に連れてきて欲しいのだ」
「傷なんて誰でもあるだろ?」
「腕にひっかき傷じゃぞ?」
「夏だし、蚊に刺されたら掻いちゃうじゃん」
時流は笑う。
「大丈夫じゃ。見ればすぐにわかる。気は感じておるからお主の学校にいるのは間違いない」
「わかっているならお前が探せよ」
身も蓋もない事を言ってみる。
「ん。確かにそうなのだが。人が多いところでやりあいたくないのじゃ。寺子屋は人が多いのじゃろう」
「そりゃあな。確かに人は多い」
「それにお主がどれだけ使えるか試してみたいところじゃからのう」
「下僕研修中ってことかよ」
「まあそんなところじゃ」
時流は薄い唇を小さく歪めた。
「支配者としての笑みを浮かべたいのか、欠伸をしたいのかどっちだ?」
「両方じゃ!」
「まあいいや。僕もいい加減、学校に行かないといけないし」
「我もいい加減、こやつ学校に行ってくれないかなと思ってたところじゃぞ」
初めて意見が合致したように感じるけど、寂しく感じたのはなぜだろう。
「ああ。忘れるところであった。これをもってけ」
時流が僕に向けてなにかを放った。
いや。なにかと悩むようなものではなかった。
飴一粒である。
お駄賃ではないことを祈りたい。
まだなにもしていないんだけど。
「サンキュー!じゃあ行ってくるわ」
「命令を忘れるなよ」
僕は去り際に言葉を残す。飴のお礼だ。
「そうだ。真夏の滑り台には気をつけろ」
「?」
時流はきょとんとした表情を浮かべたが、欠伸をうかべ、そのまま木陰に歩いていった。
「おはよーっす」
「お早いお着きでございますね」
教師に軽く嫌味を言われたが仕方ない。
僕は苦笑いを浮かべ窓際の席に座る。
授業終了5分前だったしな。嫌味くらい我慢してやろう。
世の中には窓際族と言う言葉があるらしいが、なぜだろう?
冬は暖かいし、夏は風が入るし、僕の住む町では高い建物が少ないから遠くに海だって見える。
つまり、退屈な授業中なら景色を見てればいいわけだ。
けして体育中の女子に目を奪われているわけではない。
学校にチャイムが響く。
休憩時間だ。
学校に来て5分だが50分の休憩時間なのだ。
つまりランチタイムである。
なにもしてないのに等しいのだが、腕を伸ばしのけぞってみた。
何事も雰囲気が大事なのである。
授業、がんばって受けてましたよ的な。
「おーす!雲母!相変わらずキラキラネームだな」
「相変わらずってなんだよ!名前が頻繁に変わるわけがないだろ」
「悪い悪い。いつものやりとりしないと始まらなくて」
「何も始まってないだろう!お前は初めて会った時から僕の名前を弄ってくるな」
彼女の名前は香月あおい。
成績優秀。スポーツ万能。面倒見が良くてこの学校のアイドルである。
彼女と僕の仲がよいのは学校の七不思議に数えられているらしい。
幼なじみだけなんだけど。
帰り道、一緒になるのは家が近いからだけなのだが。
(雲母はあおいの弱みを知って脅迫している)とか言われてるらしいが、まったくの誤解である。
僕のように人畜無害な人間、どこを探したっていないくらいだ。
そういばこいつの腕にひっかき傷は・・・・・・・ないな。
ま。毎日見てるわけだし、あおいに傷でもあれば、時流の話を聞いたとき、すぐに思いついたはずなんだけど。
「なんだよ。人の腕をじろじろ見て。夏服だから興奮してんのか?」
「お前なんかに興奮するか」
「なんだよ。相変わらず失礼だな」
「開口一番、人の名前を弄ってくるやつに言われたくないぞ」
「まあまあ。これやるから」
おあいは焼きそばパンを僕に手渡した。
「あおい様!」
「よいよい。くるしゅうない。雲母の顔が暑苦しいがくるしゅうないぞよ」
「ひとこと多いな」
「パンのお礼に牛乳買ってきてくれない?」
「行ってきます」
僕は素直に購買部へ向かう。
お昼時、パンの争奪戦は凄まじいのだが、牛乳に関して言えば慌てなくても買えるのだ。
とくに僕も、あおいもコーヒー牛乳とかフルーツ牛乳とか、人気のある牛乳ではなく、ふつう白い牛乳が好きなので、他の生徒達と争わなくても楽勝なのである。
僕は牛乳を手に入れ、降りてきた階段を再び上る。
あおい、牛乳買い忘れたって言ってたけど、感謝しなくちゃな。
秒単位で売り切れてしまう当校NO,1ヒット商品焼きそばパンは全校生徒の憧れであり、手に入れた者は羨望の眼差しでランチタイムを過ごす事ができる。
それを手に入れてくるとは。あまつさえ僕にくれるとは。
購買部は1階。僕等の教室は4階。
学年が上がるにつれ、フロアが上がっていくシステムの学校なので、焼きそばパンを手に入れる機会は減っていた。
それを簡単に手に入れてしまう彼女の運動能力は凄まじいのである。
あれは下るというより落下の速度に近い。
スカートを翻しタンターンと小気味良い音を立てながら下っていくのだ。
スパッツ履いてたけど。
いや。中身のことは良い。
良くないけど。
今はパンをいかにおいしく食べるかにかかっている。
パンツではない。パンだ。ブレッドだ。
パン・・・・・・つ。
なにげに見上げてしまったその先には真っ白なパンツがあった。
階段を上るときは足元を良く見ましょうなんて言うけど、あれは見上げて歩くといろいろなものが見えてしまうからだね。きっと。
そして僕は凝視してしまう。
パンツをではない。
言っておくがパンツではないよ。
大事な事なので2回言いました。
その異様さに凝視してしまったのだ。
ブラウスの肩口から伸びるように巻かれた包帯を。