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「間に合ってやったぜこのやろう!」


僕の目に飛び込んできたものは血にまみれた腕を抑えている美紀と、そして呪符を構えた鬼頭の背中だった。


僕はここまで必死に走っってきた。


だが鬼の首塚への階段は苔むしていたのだ。

闇夜の中苔むした石階段を掛け上った僕は何度転んだかわからない。


たぶん。今の僕は血まみれだ。


でも!でも!ここで間に合わなければ男じゃない!


鬼頭は僕の気配に気づいたものの、こちらに視線を送る事もせずに叫んだ。

「来たな!けったいな兄ちゃん。期せずして儂の状態はけったいな兄ちゃんと鬼に挟まれてる状態や!儂が憎いならば!今なら殺れるで!」


鬼頭の顔は見えないが一種の興奮状態になっているようだ。


僕はその場で深呼吸をする。

ひとつ。ふたつ。みっつ。

脳に酸素を送り込む。


そしてできるだけ冷静に鬼頭に声を紡いだ。

「挟み打ちなんてしません・・・・・・・よっ!!と」


僕は猫のように低い姿勢で飛び出す。


しかしその速度は自分でも面食らうようなものであった。


鬼頭の背中を跳び越すつもりが、眼前一杯に映るものは鬼頭の背中である。

いち。にい。さん!

呆れるくらい冷静に鬼頭の上着の縫い目を数える自分がいる。


近すぎる。

ぶつかる!


僕は深く腰を落とす。


踵がきしむ。

太ももが爆発的にきしむ。

血液という液体が僕の体内で沸騰する。

その紅潮は僕は内側からの圧力に耐えきれないのではないかと思える程であった。


「があああっっっ」


僕は叫び声をあげた。

一瞬にして、鳥のように高く飛び上がった僕は、瞬間的に血の気が引く。

先ほどまで真っ赤に染まっていたであろう僕の顔は。

たぶん真っ青だったのだろう。


あ・・・・・・やべ。こりゃ死ぬわ。


火事場の馬鹿力というものであったのだろうか?

それとも時流の言う甘露の力であったのだろうか?

答えはわからない。


眼下に見える鬼頭と、美紀が小さく見えた。


二人とも僕の跳躍力に唖然としている。


そう。

すでに僕は、人として落下に耐えられるであろう高さを越えていたのだ。


最高到達点に達した僕は重力に負け自然落下をする。


ああ。

死ぬ。間違いない。僕は死ぬ。


妹の友達を助けようとして。鬼まで助けようとして。そのまま激突したら怪我をさせてしまったであろう鬼頭を躱すために僕は死ぬんだ。


死ぬときって走馬灯のように過去の思い出が流れるっているけどそれは嘘だな。

だって。


僕がバランスを崩し、境内の石畳に頭から叩きつけられる瞬間に見えたものは時流の太ももだもの。


「雲母!両手を伸ばせ!」


時流の声に合わせて僕は両腕を伸ばした。

両手から竹の割れるような音が不快なほど頭に響いてくる。


手首から先は燃えるような熱さしか感じない。

手首から先の感触はない。

ただ。熱さしか感じないのだ。


そのまま首塚の石畳に倒れた僕は天を仰ぐ。

天というか、今、見えるのは仁王立ちになった時流の太ももなのだが。


「馬鹿者。生きておるか?」

時流は不愉快そうに僕の顔をのぞき込む。


「・・・・・・ああ。生きてるみたい」

時流は呆れて笑う。

「かかか。戦ってもないのに死にそうになるやつは初めてみたぞ。で。今からどうするつもりじゃ?」

「決まってるだろう」


僕は腕を使って起き上がった。

燃えている手首がぐにゃりという音を立てる。

きっと両手は折れているのだろう。

粉々に。


だが。


僕の目の前には血まみれで、うつろな目をした美紀が映る。


誰もが見捨てたとしても僕は。

僕は。


「僕は美紀を助けるんだよ!」


砕けた両手は言う事をきかない。

だらりと下がってしまった両腕は空気抵抗の塊にしかならなかった。


「させるかよ!」


鬼頭は叫んだ。

突如、僕の背中に激痛が走る。


なにをされたのかはわからない。

でも。

僕は血まみれの美紀をほおっておくことはできない。


中身がたとえ鬼だとしても。

中身がたとえ鬼だとしても。


「美紀いいぃぃぃぃ!」


僕は叫ぶ。


突然走り寄ってきた僕を見て美紀は目を白黒させているが、そんなことは関係ない。

僕は力の入らなくなった腕で美紀を抱きしめた。


「吸え!もう一度吸え!それで美紀が元気になるならそれでいい。血まみれの美紀なんて美紀じゃない!中身が鬼だなんて関係ない!僕の目に映るのは美紀なんだから!」


僕は首を差し出す。


「おにい・・・・・・ちゃん?」


妙な間を感じたが、それこそが。

いや。こんどこそ走馬灯の見せる時間なのだろう。

美紀に殺されるなら。

鬼に取り憑かれたとはいえ、美紀に殺されるなら構わない。

僕たちは幼馴染だ。

友達だ。


僕の首に美紀の唇が絡みつく。


僕はありえない方向に曲がった手で美紀の髪を撫でた。


「美紀・・・・・・・僕は本当のお前を助けられていないのかもしれない。でも今のお前は助けられた。それだけでいい。それだけで・・・・・・」


僕の首から乾いた音が聞こえる。

首の骨は、美紀によってかみ砕かれているのだろう。

でも。

構わない。

目の前で、殺される命を救うためなら。



息ができない。

苦しい。


死ぬって事はこういう事なのか?

僕は最後に願う。

まさに一生のお願いだ。

「・・・・・・ぐう・・・最後のお願い・・・・・・だ。いもうと・・・・・・をよろしく・・・・・た」


突然。僕の肺に酸素が送り込まれた。

そして僕の背骨に柔らかな力がかかる。


その圧力はか細く、細い腕で泣きじゃくるような体温が感じられた。


「雲母兄ちゃんを殺せるわけないじゃない!!!!!!」


僕の頬に美紀の涙がつたう。


そして僕の胸は美紀の小さな双丘に意識を集中するのであった。








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