登校(改)
洞だと語呂が悪いので、海老塚に改名です。内容は変わっていません。
「おおい。澪。出かけるぞ」
僕は玄関に座り、妹の澪を待つ。
妹にエロ本を匿ってもらい、あまつさえ、ドックイヤーという手法で、僕の性癖がばれてしまったのだ。
普通のページをドックイヤーしておくべきだったのだろうか?
とにもかくにもいつも通り振る舞うしかないだろう。
しかしエロ本で普通のページってあるのか?
「おい。雲母。エロ本ってなんじゃ?」
時流が屈託のない笑顔で近づいてくる。
お前は絶対に気づいているだろうに。
裏表紙ですら、女性の肌が丸見えだったのだ。
ああ。
これから僕はどうして生きていけばいいんだ。
面倒見の良い、兄という家族のイメージが、妹萌えというレッテルを張られてしまうのだろうか?
たまたまドックイヤーしたのがお兄ちゃん〇〇みたいなページだったのが悔やまれる。
時流が僕の肩に優しく手を置いた。
「雲母。春画くらい気にするでないぞ」
「やっぱりわかってんじゃねえか」
「なんだ?雲母。声に覇気がないのう?気にるでない。年頃のおのこはそんなものであろう?」
「気にするなって。妹にばれたんだぞ。いや。むしろばれていたといっても過言ではないんだ」
「まあ気にするな。妹御だって馬鹿ではない。兄の性癖を守るためにしたことじゃ」
「性癖って」
「逆に我がお主の母親なら春画の一つも見つからなかったら心配するがなあ」
「そんなもんか?」
「そんなもんじゃ」
「お・・・・・・お兄ちゃん。お待たせ」
学校の制服に着替えた澪を見る。
スカートの裾を抑えているのが、僕の春画を見てしまったトラウマでない事を祈るばかりである。
「じゃあいくか」
「う。うん。お兄ちゃん。澪。変じゃないかな?」
澪は、不安そうに自分の前髪を触った。
「変じゃないよ。いつもの澪だ」
「大丈夫?ほんとに大丈夫?」
「大丈夫だって。澪は可愛いんだから自信持ったらいいのに」
「・・・・・・」
澪は顔を赤くする。
肉親の贔屓目抜きにして、澪は可愛いと思うんだけど。
なんで学校に行かなくなっちゃったのかな?
「お兄ちゃん・・・・・・手」
「はいはい。わかってます」
僕は澪の手を握る。
澪の顔はぱあっと明るくなった。
「じゃあ行くぞ」
澪はこくりとうなずき、僕の服の裾をちょこんとつかんだ。
澪が中学校にまともに通わなくなってもう、2年になる。
まったく通ってないわけではないのだが、良くて週に2回。だいたい週に1回の登校ペースだ。
今日は中間テストをしなかった澪の。いわゆる補修である。
登校日数の少ない澪に学校が救済措置を行ってくれてるのだ。
今回、僕は澪の付き添いだ。
こういう時、親が行くべきなのだろうが、地元の中学校なのだから僕が適任であろう。
先生方も転勤で徐々に様変わりはしているが、僕の担任だった、長妻先生は在籍している。
在籍どころか、3年1組。澪の担任は長妻先生なのだ。
兄妹で、同じ先生に教わるなんてなあ。
夏の日に照らされるアスファルトを澪と二人歩く。
学校までは歩いて30分。
「雲母!首!」
後ろから声が響く。
突然、延髄に衝撃が走り、そして顔が柔らかいものに包まれた。
時流である。
いっつ肩車だ。
神坂雅の時に行った、肩車二人羽織で味を締めてしまったのだろうか?
「ううむ。見晴らしがいいのう」
顔は見えないが、時流の声は音符のように跳ねていた。
味を締めたのは間違いない。
澪は時流に気づいていないが、どうだろう?
少女を肩車し、妹の手を引く僕は変態に見えないだろうか?
いや。他人は澪を妹と認識してくれるだらろうか?
そんな心配を浮かべる僕の目の前に眼鏡をかけたスーツ姿の男が現れた。
突然現れたというわけではない。
その男は片手に地図を持ち、ハンカチで顔を拭き、きょろきょろと周りを見ながら現れたのだ。
「ああ!助かった!けったいな兄さん。道教えてくれへんか?」
初対面でけったいって?けったいってどんな意味だっっけ?
なんとなく馬鹿にされた気分になった僕は目を反らす。
「すまんすまん。気分害したか?飴食べるか?」
スーツ姿の男はポケットから黄色い穴の開いた飴を取り出す。
「飴はいりません。なんですか?」
できるだけ冷静に話したつもりだが、少しだけ不快感がでてしまったのかもしれない。
冷たい声で返事をしてしまった。
「ああ。ここに行きたいんやけど」
男は地図を広げる。
住宅地図だ。
その地図には海老塚という家に赤く丸がつけられてあった。
「かなわんなあ。地図アプリで近くまで来てるのはわかるんやけど、個人保護法っていうやつかなあ。個人宅にはたどりつけへんのや」
「個人保護法を考えれば僕が道を教えるのも個人保護法に引っかかるんじゃないですか?」
「なんや。お前。頭、かったいのう。個人保護法と、夏に焼けたアスファルトを歩くおっさんを助けるのとどちらが正義なんや」
「法律が正義です」
「固すぎるやろ!」
自分でおじさんというには若すぎるように感じるが、間違いなく余所者である。
風体を見る限りではセールスマンであろうが。
「美紀ちゃんち?」
「おお!お嬢ちゃんわかるんか?」
僕の背中に隠れていた澪が、声を出す。
だが、謎のセールルマンの声に気おされたのかすぐに僕の背中に顔を隠した。
実は、僕も海老塚さんの家はわかる。
こんな田舎だ。
家は少ないし、なにより、海老塚さんの家の娘は澪と同級生である。
海老塚美紀は澪の同級生であると同時に、澪の友達なのだ。
しかし、家をこんな得体のしれない男に教えてもいいのだろうか?
永遠にさまよってもらえばいいんじゃないか。
「ああ。きっと自分。俺の事疑ってるんやろ?んじゃこれやるわ」
スーツの男は名刺を差し出す。
名刺交換の礼儀など知らない僕はそのまま受け取る。
そこにはこう書かれていた。
「真贋師 鬼頭 嗣」
「きとうさん?でもなんですか?真贋師って」
「うん?俺の仕事は真贋か見極める事だけや。そこに書いてある携帯電話に電話かけてみ。ああ。非通知でええから」
僕はらくらくフォンを取り出し電話をかけた。
「もしもおーし」
コールも待つこととなく、目の前の男に繋がる。
「な。繋がったやろ。とりあえずは俺の個人情報は兄さんにばれたわけや」
「はあ」
「俺は怪しいもんじゃない。もういい加減、洞さんの家教えてくれへんか?」
「関西人はスリッパで電話の代わりにするって嘘だったんですね」
「のりつっかみなんか、そんな七面倒くさい事するかいな!関西人を誤解しすぎや」
「七面倒って何ですか?」
「七面倒くさいを突っ込むなや」
「なんで七なのかなぁと」
「ええか。昔の人の言う数字に意味なんかないんや。八百万や、九十九神ってのはとにかくいっぱいて意味やし、女の厄年19は(逝く)からきてるんやし、男の厄年とか言われる42歳は42(しに)からきてるんや。どちらかといえばおやじギャグや」
「おやじギャグで人生決められてるんですか?」
「問題は言霊ってやつやろうな」
「で。七の意味は?」
「とにかくいっぱい面倒くさいって意味や」
「いっぱい面倒臭かったんですね。では失礼します」
「なんでそうなるん!」
「鬼頭さんには面倒臭かったんでしょう。では僕は失礼します」
「ごめんごめん。いや。さっきから洞さんの家に電話してるんやけど繋がんのや」
そういえば、洞さんの家は両親ともどもホームセンターに勤めているから、土日は留守だって聞いたことがある。
じゃあこいつの言っている事は本当か?
「疑りぶかい兄ちゃんやのう。じゃあ。この電話番号を見せたるわ。それこそ依頼主の個人情報を売るようなものやけどしゃあない」
僕は鬼頭の携帯をのぞき込む。
それにつられて、澪も形態の画面を見た。
「これ美紀ちゃんの家の電話番号だよ」
「やっとわかってくれたか。この町はみんな人はええんやけど、ガード固すぎるわ。いわゆる閉鎖的ってやつなんやろうな」
僕は内心ムカッとしたが、ここまで手の内をさらす人間は今まで見たことがないのは事実。
僕は海老塚家を教えてやった。
「ほな。おおきに」
すれ違いざま、鬼頭が僕の肩を掴み耳元で囁いた。
「兄さんも困った事あったらいつでも。お安くしておきますからな」
それが僕と鬼頭との出会いであった。