延髄切り
「あづううううううううういいいいいいいいい」
じりじりと照りつける太陽の中、僕は学校を目指し歩いている。
なぜ歩いているかって?
それはバスを逃したから。
なんだって田舎のバスは1時間に1本もこないんだ。
僕が町議会議員になったらこの県道に毎分バスを通してやる。
だいたい温暖化ってなんだ?
地球が暖かくなるなんて嬉しいじゃないかくらいに思っていた、幼少の自分をひっぱたいてやりたい。
しかし出席日数だけは稼がねばならない。
家に戻り自転車を取りに行こうとも思ったが、すでに道中の半分は過ぎている。
(進むも地獄。戻るも地獄か・・・・・・)
せめて学校の帰り道くらいは冷房の効いたバスで帰りたい。
そんな閃きに身を委ねてしまった30分前の自分を殴りたい。
人間って5分前に戻れたら大概の失敗って帳消しにできるよね。
「ああ。この通りを曲がった角でパンを咥えた女子高生と運命の出会いをしてみたい」
熱波で思考のまとまらぬ僕の目が映した物は女子高生ではなく甚平を着た少女であった。
その少女は微動だにせず一点を見つめている。
スマホを。
今では小学生?中学生?にもスマホを持たせる時代なんだな。
僕なんて両親を説得してやっと手に入れた携帯がらくらくテレフォンだったのに。
サンタクロースなんて信じていない高校2年生の枕元にらくらくテレフォンが置かれていたときはさすがにびっくりした。
用意すらしていない靴下にらくらくテレフォンが突っ込まれていたのだ。
・・・・・・箱ごと。
機能をそぎ落とし通話のみに特化した携帯電話。
いや。
言ったけど。
学校で携帯持ってないのって僕だけだとか、家に電話しないと繋がらないのってお前だけだって言われたとか涙ながらに訴えた。
アプリなんて言ったら受験生が何言ってるんだといわれそうだったので、通話に特化した説得を繰り返していたら通話しかできない携帯電話が僕の元に召還されてしまったのだ。
そんな僕の憧れているスマホを持つ少女。
(平日の朝に?)
すでに通学時間と呼ばれる時は過ぎている。
こんな時間になにをしているのだろうか?
僕の視線を感じた少女は顔を上げこちらを向く。
その視線に僕は後ずさりをしてしまう。
彼女の光彩は金色に光っていたのだ。
(カラーコンタクト?しかしおませさんすぎだおう)
ちょっと噛んでしまったが僕は少女に近づく。
いちおう弁解させて貰うが僕はロリコンではない。
平日の真っ昼間からスマホをいじる少女を注意する為である。
「お嬢ちゃん?こんな昼間から何してるの?」
決してロリコンではない。
僕の問いに少女は金色の目を近づけた。
「なんじゃ?おぬし。われが見えるのか?」
あまりの時代錯誤っぷりの言葉に僕は一瞬怯んでしまう。
おぬしってなんだっけ?
おぬしって僕の事か。
われ?
我か?
そういえば一時期、一人称をオラって言ってる子供達がいたな。
我とかお主とか流行っているのか?
「いや。見えるもなにも?学校はどうしたの?」
「学校?ああ。寺子屋のことか。そんなもの我はすでに卒業しておる」
少女は無い胸を反り返した。
この。
触ってしまった。
ぺたんという音しかしない胸。
いや胸板を。
なあああああああああ!!!!!!!
少女は転げ回り悶絶している。
「な!今のは、せくはらというものではないのか!」
いや。お前ぺったんこだったし。
「なんとおそろしい・・・・・・このせかいではろりーたこんぷれっくすというものがあるとはきいていたが、まさかわれが被害者になってしまうとは」
「なんで被害者だけ漢字変換されてるんだよ!」
「もじのせかいでしかつうようしないセリフをはくでない。そろそろわれも、ひらがなばかりではどくしゃがよみにくいとおもってたばかりなのだ」
「なに!?もしかして僕のいる世界が2次元の世界だというのか!?」
「いや。そうではない。3次元だぞ」
「証拠は?」
「お主は我の胸を触った。それが証拠だ」
「いや。2次元だったけど」
「きさまあああああああああああああ!!!!!!」
少女の延髄切りが見事に僕の首に決まった。
彼女が縦、横、斜めという動きをしてくれたおかげでこの世界が2次元でないという事を認識した僕は意識を断ち切られそうになる。
だが、僕は再び立ち上がった。
高校生が少女に、負ける訳にはいかないのだ。
ここは年長者として余裕を見せなければならない。
殴り返したい気持ちを抑えながら僕は立ち上がる。
スマイルだ。
謎の生物(少女)と相対した時こそスマイルだ。
笑顔は世界を救う。
人類が笑顔で過ごしていれば争いはおこるまい。
瀬戸物と瀬戸物がぶつかったらいけないのだ。
僕は渾身の笑顔を少女に向けた。
「きもっ」
「・・・・・・」
「なんだとおお」
「我の芳醇な胸を触って鼻血をだして笑顔など、きもくてしかたないわ!!」
鼻血でていた。
延髄切りで鼻血とかやばすぎるだろう。
こいつどれだけ戦闘能力高いんだ?
どこぞの戦闘民族か?
「まてまて!!違う違う!この鼻血はお前が蹴って出た物だ!決してお前の胸を触って出たからではない」
「それはそれでむかつくのう」
「じゃあこれならどうだ」
僕は右手を開き腕を伸ばした。
シェイクハンドである。
「ち。今度は股でも触ろうという魂胆ではあるまいの?」
えらい言われようである。
だが僕は笑顔を崩さない。
「仕方ないの。お前が我の奴隷になるのなら許してやろう」
そして僕はこの夏、少女の奴隷になってしまったのであった。