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四月第二週 休日

 高校が始まって初めての休日。


 和也は、商店街を新品のジャージを纏って歩いていた。

 入学する前になって、ジャージが擦れてとうとう穴が開いてしまったのだ。だから仕方なく新しいものを買ったのだが、そういえばフィギュアやらなにやらアニメグッズを買わなくなってから本当に買い物をしていない。


 アニメに費やす時間がなくなったので自炊する時間もできたし、そうすると本当に日々の食料にしかお金を使っていなかった。


 結局服など上下ジャージしかもっていないが、どこかに出かける訳でもない。走るのも、寝起きするのもこれ一着。便利、便利すぎるだろうジャージ。


 さて、そんな和也が何故商店街になど繰り出しているかと言えば、今度はスニーカーに穴が開いたからだ。


 長時間家に居ると今は亡き嫁のことを思い出してどうしてもつらくなってしまうので、アニメ恐怖症になって以来これと言って趣味もなくなった和也ができる唯一の娯楽が走ること。


 となると、スニーカーが壊れるというのは致命的である。


 せっかくなので新しい靴は、スニーカーとは別にランニング用の良い靴を買おうと考えた和也。


 量販店で適当なスニーカーを購入した後、家にあったチラシを片手に初めて入るスポーツ用品店へ足を踏み入れた。


 THE運動系! な人間が多い中だと自分はかなり浮くかもしれないと思っていたが、意外とスポーツ店の中というのはいろんな人種が居た。


 自分と同じように、趣味で走る人も少なくないのかもしれないと少し安堵する。


 高校始まって初めての休日の今日は、そこそこ充実したものになりそうだった。


「いらっしゃいませ!!」


 ……しかし、こういう元気満々の体育会系店員は苦手だ。あまり、話も得意ではないし、専門的な知識もない身。会話は弾まないだろうし、変なものを買わされないだろうかという不安も多くある。


 とりあえず自力でランニングシューズ用のコーナーを見つけだした時には、和也は心底ほっとしていた。


 さて、様々な種類があるがどれを買おう。安いのが良いとは限らないし、だからと言って無駄に高い買いものもごめんである。


 しかしにらめっこを続けていると、店員がポ○モントレーナーのごとく近寄ってくるのも間違いない。ささっと買わねばという気持ちと、少し悩みたい気持ちとがこすれあって……


「あれ、和也せんぱい!!」

「っ!? …………あ、ああ。神戸さんか」

「えへへ。って! いつもしおりって呼んでくださいって言ってるのに!」


 女性にしても声変わりしていない、舌足らずなボイス。振り返れば二次元もびっくりの愛らしいツインテール少女がそこに居た。

 神戸(かんべ)しおり。13歳。今をときめく中学二年生だ。

 むぅ、と膨れた表情も年頃っぽくてとても可愛い。どうしてこんな子が自分によくしてくれるのかはわからないが、これで善意に裏があったらもう女性全般を信じられないくらいには、彼女は優しい。


 出会ったのはちょうど一年ほど前。最初は突然ちびっこギャングに絡まれたかと思ったのだが、彼女は陸上部のエースらしく。

 毎朝走っている和也をどこかのアスリートか何かと勘違いしていたのだが、ここ最近でやっと趣味で走っているだけだと理解してくれたばかりだ。


「あ、ランシュー選んでるんですか! どのモデルも良いですよねっ!」

「あ、あぁ……」


 ランシュー、か。そう略すのか。

 一人頷く和也のことなど露知らず、このちみっこい少女は目を輝かせてランニングシューズの棚を見つめていた。

 上下がジャージなところを見ると、部活帰りか何かだろうか。

 確かに時刻はお昼を周り、午前部活ならば終わっていてもおかしくない時間だった。

 そうだ、と和也はひらめく。


「よかったら、選んでくれないかな。俺の……」

「えっ!? いいんですか!? じゃ、じゃあ、これとかおすすめですよ!」


 ぱっ、と迷うことなく出されたランニングシューズは、白地にブルーのラインがカッコいい一足。シンプルながら、なんちゃら機構というのが搭載されているらしくカーブに強いそうだ。なるほど、コーナリングで全力疾走した時に走りやすいのか。


 和也は彼女の提案に頷くと、そのままレジに行こうとして


「待ってくださいって! 試着! 試着しないとだめですよ!」

「え」

「もう! あわなかったら足を壊すかもしれないんですよ!? 和也せんぱいが走れなくなったら世界の損失です!」

「……笑う、とこだったかな?」

「違います!! 良いから履いてください!!」


 びし、と備え付けのいすを指し示す彼女は、下手をすれば店員よりずっと怖いのではなかろうか。

 和也はしぶしぶ座ると、新品のスニーカーを脱いでランニングシューズに足を通す。


 そのまま立って、軽く足を慣らすように足踏みしてみると、なるほど弾力がスニーカーとはぜんぜん違う。

 軽く、コーナリングの時のようにバランスを変えてみると、なんだかクッションが反発するような感覚がかえってくる。なるほど、このバネのような感触がコーナーに活きてくるのだろうか。


「いいな、これ」

「えへへ、ですよね!!」

「じゃあ、これにしよう」


 和也のシューズを選んだだけなのに、こんなに楽しそうにしてくれる少女の存在がありがたい。

 だが、和也は知っていた。こういう子は誰にでも優しいのであって、間違っても自分に惚れているなどと考えてはいけないということを。


 考えてもみろ、自分のどこに惚れる要素があると言うのだ。

 貴重な、対等に接してくれる存在くらいに考えるのがちょうど良い。昔読んだSSでも勘違い野郎はすぐに淘汰されていただろう。


 試着の終わった靴を、丁寧に仕舞ってくれるしおりに礼を言いつつ受け取ろうとして、ふいに取り上げるような格好で彼女はその箱を持ち上げた。


「あ、」

「あ?」

「あたしの選んだものが買いたかったら、ちゃんとしおりって呼んでくださいっ!」


 顔を薄く赤らめて、なにを言い出すかと思えば何だろうこの可愛い子は。昔見た陸上女子のアニメにでてきた子よりも可愛いのではないだろうか。


「しおり、ちゃん?」

「っ!! ……えへへ、やっと呼んでくれましたね!」


 はい、どーぞ、と満面の笑み。

 手渡されたその箱を持ってレジに行くと、音符がでそうなほど楽しそうにしおりが付いてきていた。


 何かお礼ができればいいのだが、と思ったその時。

 どこかのネットで聞いた"ATM奴隷"という言葉が脳裏をよぎった。















「しおり、ちゃん」


 今日のしおりのテンションは最高潮にまで達していた。

 部活を終えた帰りに、たまにはと思ってふらっと寄ったスポーツ用品店に憧れの先輩が居たからだ。

 いや、それだけではない。ランナーにとっては生命線ともいえるランニングシューズを、なんと自分に選ばせてくれたのだ。

 自分のことはせいぜいがつきまとっている後輩くらいにしか思っていないのではと思っていたが、可愛い後輩くらいにはランクアップしていると良いなと内心はにかむ。


 それも。


(おそろいに、しちゃった……!)


 そう。それである。

 真っ先に選んだランニングシューズは、しおりとお揃いのもの。違いと言えば、和也に買ったものは青いライン、自分のはピンクというだけである。モデルも型番まで同じ。レディースとメンズで同じモデルがでているものを買っておいて本当によかったと、今では子供っぽいカラーを選んだ当時の自分をほめてあげたかった。


「えっと……」

「あ、は、はい! なんでしょう!」


 思わず自分の世界に飛んでおり、和也の声に気づかなかったようだ。

 あわてて振り向けば、余り感情を見せない彼の若干困った風な顔。


 気を悪くさせたのでは、と不安になりつつも上目遣いで恐る恐る彼の言葉を待つ。そんな彼女の心配とは、全く反対の言葉がかえってくるとは知らずに。


「この後時間があれば、お昼くら」

「是非!!!」

「……いごちそうするよ、うん、行こうか」


 っしゃああ! しおりちゃん大勝利ィ!!!


 後で部活の友人に超絶自慢するネタができたと、テンション爆上げのしおりであった。


「えっと、食べたいものとかあるかな?」

「おなかはすいてます!」

「じゃあ、量多めのところが良いかな……」


 和也の声は、聞き手に配慮してか聞こえやすい。大きくもなく、とても小さいという訳でもない。聞き心地が良い程度に小さく、そして耳に入りやすいのだ。


 しかし、まさかお昼を一緒にできるとは思っていなかったしおりである。彼はただ単純にお礼のつもりであろうけれど、しおりにとってこれは完全にデートであった。


 野暮ったいジャージで少しもったいないけれど、和也も同じくジャージ姿だったからよしとする。

 そういえば、彼はなぜジャージだったのだろうか。


「和也せんぱい、ランニング帰りですかっ?」


 和也が知るという店に向かって歩く途中。休日だけあって人通りも多いが、車の通りが少ないのが幸いか。東京の中にあっても郊外のここは、わりと落ち着いた街だった。


「いや……外出は基本これ、だけど」

「ええええ!?」


 目を丸くして驚いてから、次いでしおりは気付く。

 そういえば薬師寺和也という男は見た目に対して全くと言って良いほど配慮をしない男だったと。

 しおりに「髪、そろそろ長くないですか?」と聞かれてようやく床屋に行ったあたり、本当に服や髪に無頓着なのだろう。


「だ、だめですよせんぱい! もっとこう、おしゃれしないと!」

「……と言われても」

「……せんぱい、今日この後ご予定は?」

「特にないけど……」

「わかりました、この不肖しおり、せんぱいに似合う服を選びます!」


 どん、と胸をたたいて和也を見つめるしおり。

 あっけにとられていた和也だが、ぽりぽりと頬を小さく掻いてから、じゃあ、と頷いた。


「うん、よくわからないから、お願いできるかな。本当にありがとうね」

「あ、いえいえ! そんなことは!!」


 デート延長戦確定の報に、テンションがもはや天元突破のしおりであった。

















 学校始まって初めての休日。愛奈は服を買いに一人で街へ出かけていた。

 友人と選ぶのも悪くはないが、基本的に衣服をちゃんと選ぶときは一人で店に向かう主義である。

 店員と一対一でいろいろと話を聞いていると、着合わせや流行に関しての話もセットで聞くことができるのでとても便利だ。どんなに悩んだって友人を待たせることもないし、だから基本的に服を買う時はソロである。


(どうしよう)


 そして、服を買いに来てみれば。デパート内のメンズコーナーに、見知った影を見つけてしまった。

 なぜか中学生くらいの少女も一緒だが妹だろうか? それにしてはずいぶんと性格が不一致のようにも見えるが。


 思わず物陰に隠れてしまったが、なにを隠れる必要があるというのだろう。それに自分の用があるのはメンズコーナーではない。さっさとレディースコーナーに行けばいいのだが……。


 ひょっとするとこれが必須イベントなのではないかという思いが頭から消えないのだ。

 もしここで絡み損ねたらフラグ回収できずにバッドエンド、なんてことになったらどうしようかと。


 いや別にどうするというわけでもないが、入学初週にこの高校に来た目的を失うなど悲しすぎる。


 しかし振り返ってみると入学式の日から数日の間、一度でも会話をできただろうか。もしかすると何かのイベントをこなさない限り言葉を交わすことすらままならないのかもしれない。


 それにしても、一緒にいる少女はとても楽しそうだ。

 薬師寺和也も何だか困ったような表情で彼女につき合っているところを見ると、もしかしたらライバルキャラか何かなのかもしれない。


 中学生がライバルというのも、斬新な設定だが。


 そんな風に、悩んでいた時だった。


「あれ? 進藤?」

「ぇっ? あ、伊丹くん」


 デパートの通路、その背後から声をかけられることなど余り経験がないせいで一瞬驚くも、振り返れば褐色の陸上少年"伊丹翔"の姿。


 はて、こんなところで遭遇するイベントがあっただろうか。そこまで細かいことは流石に覚えていないが、買い物にきたデパートで知り合いと会うこと自体あのゲームには無かったように思う。そういうところは自分が十五年間生きてきた今までと同じようにリアルなものなのだろうか。


「……お、薬師寺か」

「う、うん。声かけようか迷っちゃって」

「はは、なんだそりゃ」

「話したことないからちょっとね」

「ああ、なるほどな……ん?」


 雑踏の中で愛奈と翔は並び立つ。彼は何かに気が付いたのか、じっと目を細めるばかり。どうしたのかと視線の先を見てみれば、彼が捉えているのは薬師寺和也ではなくその隣の少女であった。


「……三中の神戸(かんべ)じゃねえかあれ」

「えっと、知り合い?」

「去年の、中学最後の大会。男子には関係なかったんだが、俺の同期だった女子三年生の引退がかかった大会で……一年生にして優勝かっさらってった化け物だよ」

「えぇ!?」


 驚いて翔と彼女を交互にみれば、彼は冗談を言っているようには見えないし、神戸しおりは神戸しおりで無邪気に微笑む年頃の少女にしか見えない。確かに、三中陸上部のジャージに身を包んでいるのは確かだが……。


「しかしアイツが何で薬師寺と一緒に居るんだ?」

「さ、さあ……?」


 その理由なんてよけいにわからなかった。翔は自分の同期が負けたからといって別段敵意は持っていないようではあるものの、人並みの疑問として首を傾げていた。

 もちろん、問いかけられたところで愛奈になにがわかるわけでもないのだが。


「薬師寺って、やっぱり何かの特待生じゃないのか?」

「え? ううん、知らないけど」

「あいつ毎朝西園の"杉"でランニングしてるから、俺ちょいちょい見るんだよな」

「そうなの?」

「ああ、やたらストイックで、しかも速ぇ。あれで一般とか言われたらちょっと陸上部に勧誘したくなるな」


 もしかするとその関係で神戸と知り合いになっているのかもしれない、と勝手な予測を立てて翔は頷いた。

 愛奈にはなにが何だかわからないが、要するに和也は近くの公園で毎朝ランニングをしているということなのだろう。


 なるほど、だとすれば……。


「伊丹くん」

「ん?」

「西園の"杉"って、いったいどこ?」


 もしかしたらコレはフラグで、毎朝和也に確実に会えるポイントがわかったという、そういうことではないのだろうか。


 一歩進めそうな気配に、愛奈は内心ガッツポーズを禁じ得なかった。


 この時はまだ、逆ハーで男を弄んでやろうとしか、考えていなかった。

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