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四月第二週 平日

「僕の名前は二宮蓮。好きなものはギター。この一年、いや高校生活楽しんでいきたいと思うから、これからよろしくね!」


 明るく、そして爽やかそうな好青年の自己紹介に、和也は小さくため息を吐いた。彼らのような容姿端麗文武両道万能系人間を見ていると、どうしても眩しく感じてしまう。


 私立つつじヶ丘高校に入学した理由は、そんなに難しいことではない。とりあえず自転車でいける距離にある、偏差値的に問題のない学校だからだ。

 大学へ向けてのサポートもやってくれるようだし、それならなにも考えずとも悪いようにはならないだろうということ。


 問題としてこの学校は、吹奏楽部とサッカー部が全国クラスだったりスポーツ特待生が多く在籍するので、やたらきらきらした青春を送る人間が居るということだ。そういう人間の前で、和也のようないわゆる陰キャラは形見が狭い。


「俺は、伊丹翔だ。陸上部の特待生として入ることになったからには、この学校の陸上部を強くしようと思う! よろしくな!」


 そう、こういう風に特待生で入ってくる人間が、しれっとクラスに混じっているのがこの学校の特徴だった。学力的な配慮も込みで、同じ教室で授業を受けることになる。


 しかし、気の向いた時に自己紹介していた二人のルックスはおかしいくらいによかった。あんなのがごろごろしているクラスで一年間過ごすなど、ずいぶんと修羅の道になりそうだなと思う。

 隣に座っている少女も、つり目がちだがとても可愛らしい子であるし。


 ぽろり、と彼女の消しゴムが落ちた。ちょうど和也の足下に転がってきたが、和也はこういう時の対処法を知っている。


 口を開けばひかれたり、こういうきらきら系の美人には罵倒される可能性すらあるものだ。

 だから無言で拾い、無言で机の上に乗せる。にらまれるのも怖いから、すぐに視線をそらす。幸い窓際ということもあり、目を向ける先には困らない。


 やたら広い校庭に、さすがはスポーツ校だなと感嘆もひとしおだった。


 床にいすが擦れる音。改装されたばかりとあって、床もとても綺麗な光沢を放っているが、さて。やたら近いところから聞こえたと思ったら、次の自己紹介は隣の少女であったようだ。


 首元で切ったその髪型はどこか"嫁"を想像させるが、目の前のこの少女は黒髪であるし、"嫁"はあんなつり目の怖い人間ではない。くわばらくわばら。


「進藤愛奈です! さっき二宮くんが言ってたみたいに楽しい高校生活にしたいので、みんなよろしくね!」


 はいはいきらきら乙。


 どうしてあんな大勢の前で、あんな気軽な発言が出来るんだろうか。

 和也にとっては疑問しかないが、ああいう容姿の子がやるととても映えるのだから仕方がない。和也がもし二宮蓮という少年と同じ自己紹介をさせたら、周囲の視線が侮蔑のものに早変わりするだろう。


 なにやら今の自己紹介で二宮蓮と距離を縮めたか、手を振り合いながら席に戻ってくる彼女。

 まあ、自分には関係ない。学園もののアニメに出てくるようなノリは、和也にまね出来るようなものではないのだから。

 もしあるとしたらそう、三、四人の少女が楽しげに何かをするのを遠目から眺めて心ぴょんぴょんするくらいがちょうどいいのだ。


「あ、あのさ」


 和也の視線は未だ窓の向こうにあった。飛行機雲が綺麗だ。


 今、何か声が聞こえたが振り向いてはいけない。自意識過剰だとおもわれるのが落ちである。愛奈と名乗った少女の声であったが、絶対に自分に向けられたものではない。

 それに反応したら最後、「うわ、あんたじゃないんだけど」と汚物を見るような視線で見られるのがふつうなのだ。


 中学二年で学校に久々に行った時に、しっかり学んだ。


「あの、ちょっと」


 自己紹介の順番は流れ、とうとう和也の前の人間が終えた。

 ため息混じりに和也は立つ。なにも、こんな華やかなクラスのオオトリに自分のような人間を置かなくてもいいではないかと境遇を呪いつつ、ゆっくりと教壇に向かうのだった。



















 なぁんで無視すんのよおおおおお!!


 愛奈は怒り心頭であった。会話のきっかけになるかと思った秘技・消しゴム落としは、洗練された動きであっと言う間に机の上に乗せられてしまい不発。


 その後も外を眺めるばかりで、いやそれが絵になっているのがやたらと悔しいのだが、ためしに声をかけて見ても、まるで自分宛だと思っていないかの如く全スルー。


 自信過剰ではないが、愛奈は自分がそれなりの容姿であることをわかっていた。そりゃあ、何せ主人公である。乙女ゲームの主人公がドブスじゃ務まるものも務まらない。

 それに加えて、入学前からそれなりに気合いを入れて自分を磨いていたのだ。なのにこのスルーっぷりはいったい何だろうか。


 女に興味がないのだろうか。それはそれでちょっと胸が熱くなるが、破滅的なまでに悔しい。


 愛奈はしばらく、隣の少年の存在を考えていた。攻略キャラと並び立つほどのイケメンだというのなら、もしかしたら隠しキャラだったのでは? と。

 攻略キャラ6人と隠しキャラ、という唱い文句だったから、確かに愛奈は計7人を攻略しては居る。シナリオスチルも全部埋めたつもりだったし、だからこそ薬師寺和也という存在が何者なのかと考えていた。


 だが、よくよく考えてみれば、だ。隠しキャラが一人だなんて、誰が言った?

 シナリオスチルも、全部埋めた気になって実は後からプラスされる方式だったのかもしれない。

 いやなゲーム会社だとは思いつつも、その推測が一番近そうだ。


 そうとくれば、愛奈がゲームと現実通して一度も攻略していないのはあの「薬師寺和也」ただ一人ということになる。


 つまるところ、逆ハーして愉悦に浸るには彼を攻略するのが必須だ。


 みてなさい、今にオトしてやるんだから。


 そう思いつつキッと、壇上で自己紹介を始める彼をにらむ。

 周囲の人間はその容貌に魅了されているか、おもしろそうだと笑っているかのどちらかだ。

 後者の主立ったメンバーは攻略キャラの二人であったりするからやっていられない。


「薬師寺和也……です。……特に、俺は……なにも」


 それきり頭を下げて、悠々と壇を降りた。なるほど、オオトリだということも気にせず、ばっさり名前だけ言ってさよならとは。胆も据わっていて、なおかつ無口っぽいキャラクターであるとわかる。


 愛奈はそれだけ心のメモに記録すると、ふと気づいた。

 自分はずっと彼を見ていたにも関わらず、彼の方から目をあわせることはなかった。和也が教室に満遍なく目を配っていたにも関わらずだ。



 あれ、ひょっとしてうざがられてる?



 脳裏をよぎったその言葉。席に戻ってきた薬師寺和也を見れば、またしても窓の外へと意識をとばしているようだった。


 真意はわからないが、とりあえず過度の接触で好感度がマイナスになる事態は少し避けたい。

 しばらく考えているうちに鐘が鳴り、気づけば今日の授業は終了。


「進藤さん、だっけ?」

「あ、二宮くん。それに、伊丹くん」


 鞄に、配られた諸々をしまっている最中のことだった。話しかけられた声に顔をあげれば、攻略キャラである二人だった。そういえばこの二人は中学からの仲なのだったか。

 そんな情報を脳内で整理しつつ、愛奈は笑う。大人しめの明るい子が、一番攻略には楽なのだ。ガールズ・バケーションでは常識である。


「まさか自己紹介で話題のネタにされるとは思わなかったよ、これからよろしくね」

「うん、よろしく!」

「俺は、伊丹翔だ。コイツ、可愛い子見つけるとすぐ絡むからな……気をつけろよ?」

「おい翔テメエ!」

「あはは、うん、伊丹くんもよろしくね!」


 猫被りぃ! 猫被りぃ!!


 内心でそう唱えつつ、ゲームでもあった初めてのやりとりを卒なく終わらせる。

 この二人と、軽くでも仲良くなっておくことは、今後の展開を有利にするために相当便利なのだ。


 軽音部と陸上部。運動系、文化系両方に通じるコネクションが一気に出来ると言ってもいい。つながりは、大事にするべきだ。


「じゃあ、帰ろうか」



 笑う蓮に併せて愛奈も微笑んだ。

 だが、その内心は、前途多難そうな高校生活のことでいっぱいなのであった。





 序盤からこけそうなんだけどー!

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